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シンガポールでは「6個入り1000円」で売れる…生で食べられる日本産の卵が海外で人気になっているワケ

プレジデントオンライン / 2023年4月10日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/agnormark

■“物価の優等生”に戻ることは考えづらい

過去40年程度の間、わが国で卵は“物価の優等生”と呼ばれるほど、価格が安定してきた。ところが、2022年の秋ごろから、優等生であった卵の価格が上昇している。今年に入って、価格上昇の勢いは一段と強まっている。一部のレストランなどでは、卵料理の提供を控えるところまで出ている。

卵が“物価の優等生”から脱落した背景には、いくつかの要因があるのだが、最も重要な要素は“高病原性鳥インフルエンザ(鳥インフル)”の拡大といわれている。卵を産む鳥の数が減ってしまっては、これまでのようにたくさんの卵を収穫することは難しい。

現在の小売店舗での卵の価格動向を見ると、今後、すぐに卵の価格上昇が落ち着くことは考えづらい。それでなくても食糧費などの価格が上昇しているときに、卵が“物価の優等生”から落ちてしまったのは、わが国家計の生活負担を高めることになるはずだ。

一方、シンガポールや香港では、わが国の卵を“高級品”と考える人が増えている。シンガポールでは、わが国では考えられないほどの高値で、わが国産の卵が売れるという。日本産の卵は安心、安全な高級食材だという認識は、着実に高まっているようだ。そこに、わが国農業の成長戦略を考えるヒントがあるかもしれない。

■30年もの間、価格がほとんど変わらなかったが…

わが国では、長い間、卵の価格が安定してきた。それは、消費者物価指数に含まれる“乳卵類”の前年同月比の価格変化率からも確認できる。1973年に発生した“第1次石油危機”による物価の上昇を背景に、一時わが国の卵価格は大きく上昇した。1974年11月、乳卵類の価格上昇率は同42.1%に達した。

ただ、上昇は一時的だった。1975年半ば以降、価格上昇は徐々に落ち着いた。その後は多少の上下を伴いつつも前年同月比でみた乳卵類の価格変化率は横ばい圏で推移した。消費者物価指数に含まれる卵の割合は0.25%程度であり、乳卵類の5分の1を卵が占める。

卵だけの価格の推移を見るには、一般社団法人日本養鶏協会が公表している統計が分かりやすい。1989年から2022年までの暦年平均の卵価格は、およそ190円だった(東京で販売されているMサイズ、1キロ当たり)。気象などの影響によって単月の卵の価格は相応にばらついてはいるが、ならしてみると価格はほとんど安定して推移してきた。

■過去最多の998万羽が殺処分に

ところが、2022年の秋ごろから卵価格は上昇しはじめた。2022年8月に204円だった卵価格は9月に223円に上昇し、12月の価格は284円になった。その後も価格上昇の勢いは強まり、2023年3月は前年同月比75.9%上昇し、343円に達した。

卵の価格上昇の背景には、いくつかの理由がある。まず、感染症の影響は大きい。コロナ禍によって、わが国の供給網が絞られたことは養鶏や物流などの停滞を招いた。また、ウクライナ紛争によって飼料などの価格も上昇し、養鶏コストは上昇した。

さらに、2022年は鳥インフルエンザの流行が例年よりも早く始まった。感染が確認された養鶏場の鶏は殺処分される。その9割が採卵用の鶏であるようだ。2023年1月9日に農林水産省が発表した資料によると、2022年10月下旬に感染が確認されて以降、約998万羽が殺処分の対象になった。過去最多だ。

一方、家計を中心に需要される卵の量が大きく落ち込むことはない。結果的に需給バランスは崩れ、卵価格は上昇している。なお、鳥インフルによる卵の価格上昇は米欧にも共通する。

■シンガポールでは「6個入り1000円」で販売

そうした状況下、シンガポールや香港で、わが国の卵を高級品とみなす人が増えている。日本養鶏協会によると、2021年度、わが国で生産された卵は約258万トンだった。うち約2.4万トンが輸出された。輸出先は、香港、台湾、シンガポール、マカオ、グアムだ。2022年暦年の輸出金額を確認すると、香港向けは93.5%、台湾向けは4.7%、シンガポール向けは1.8%と、香港の割合が大きい。

2005年に147トン(4583万8000円)だった香港向けの輸出は、2022年に2万8247トン(78億5184万6000円)に増加している。香港では全国農業協同組合連合会(JA全農)が、卵焼きなどを生産する工場を稼働させた。目的は、すしなど日本食に合った卵食材をよりよい鮮度で提供することにある。

シンガポールでも、わが国の卵は急速に人気を獲得し、高級品としての評価は高まっているようだ。朝日新聞デジタル(3月27日)によると、シンガポールのスーパーでは6個入りの卵のパックが1000円で販売されているという。

高級化の背景には、アベノミクスが進む中で、わが国を訪れる外国人観光客は増えたことがありそうだ。日本に来た観光客が、日本の卵の味を覚えて帰国したのかもしれない。それに加えて、政府は和食の魅力を海外に発信するなどして、わが国の文化の魅力をより強くアピールしようとした。

■生で卵を食べられることに衝撃を受ける人は多い

足許では、ウィズコロナに伴う国内外の動線修復の加速も手伝い、わが国を訪問するアジアや欧米の観光客も増えている。食文化などわが国の魅力を発見、あるいは再認識する人は多い。特に、“すき焼き”や“卵かけご飯”など、生で卵を食べられることに衝撃を受ける人は多いようだ。

すき焼きを生卵にくぐらせて
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

さらに、空輸によって鮮度を保ちつつ迅速な輸送が可能になったことは、日本産の卵の高付加価値化を促進する大きな要因になった。そうした変化を背景に、シンガポールの消費者にとってわが国の卵は“安心”、“安全”、“高栄養”、“美味”な高級食材としての地位を確立しつつあるといえる。

わが国の養鶏業者が飼料の配合を改良するなどして、見た目も、味も、より満足度の高い卵の供給に取り組む養鶏業者の努力の積み重ねが大きいことは言うまでもない。

■日本の“ブランド農産品”の需要は増えている

また、台湾でも、鳥インフルの流行によって卵不足は深刻化している。一方、わが国では飼料のさらなる見直しなどを進めて、卵の高付加価値化に取り組む養鶏業者も出始めた。そうした事例が示唆するのは、わが国農業の潜在的な成長可能性の高さだ。世界から高級品として扱われるわが国の農畜産物は増えてきた。代表例は、“和牛”、“シャインマスカット”、“スカイベリー”や“とちおとめ”などのイチゴだ。

国内では少子化、高齢化、地方における過疎の深刻化などを背景に、需要は高まりづらい。過疎化によって耕作が放棄される農地も増えている。養鶏をはじめ、農畜産業の成長は難しいとの見方は多い。

しかし、世界経済の観点から考えると、わが国の農業技術の競争力は相応に高い。それに磨きをかけることによって、卵のように海外で高級品としての評価を獲得し、より多くの付加価値を生み出すことは可能だ。

参考になるのはオランダだ。わが国同様、オランダの国土は狭い。しかし、輸出競争力は世界トップクラスにある。国連によると農産物、食料品の輸出額においてオランダは米国に次ぐ世界第2位だ。

■「世界一の農業競争力」に学ぶことは多い

オランダは農業の高付加価値化を徹底して強化し、輸出競争力を高めた。付加価値ベースでみたオランダの農業競争力は世界トップといっても過言ではないだろう。ユーロ圏の単一市場によってドイツやフランスなどへの供給体制は強化された。加えて、デジタル技術、市場原理(競争原理)の導入などによって、農家は花卉(かき)など自国の気候風土に適した作物への選択と集中を進め、高付加価値路線を徹底した。

オランダの取り組みを、そのままわが国に導入できるほど事は単純ではないだろう。むしろ重要なポイントは、わが国の農業関係者が取り組んできたより安全、より美味な産品を生み出す取り組みを強化することだ。

それに加え、マーケティングのプロの登用などによってブランド化戦略を推進し、国際市場にその魅力を発信する。それは、より多くのわが国農産品の高付加価値化を支えるだろう。長期的にみて、そうした取り組みを進めることは地方創生の推進を支え、関係する産業での所得向上にも資すはずだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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