ストレスだらけの自衛隊員のメンタル維持法…それは「規則正しい生活、清潔なトイレ、温かい食事」だった
プレジデントオンライン / 2023年4月11日 14時15分
※本稿は、下園壮太『50歳からの心の疲れをとる習慣』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■疲労の「第1段階」と「第2段階」の違い
人生の後半になると、気持ちの波が顕著になってきます。それは「エネルギー」が低下してくるからです。
体を動かしたり、意欲を維持したりするのに必要な力のことを、私は「エネルギー」と呼んでいます。このエネルギーは年齢とともに低下してくるのです。
疲労には3つの段階があり、段階が進むと気持ちの波の大きさが変化します。
疲労の第1段階は、休むことによって回復できるレベル。第2段階は、うつっぽくなり、イライラし始めるものの、気合いでなんとか乗り切ることができるレベル。第3段階は、日常生活に支障が出る抑うつ状態です。
50代以降になると、もともとのエネルギーが減っているので、少し無理をするだけでもすぐに疲労の第2段階になってしまいます。第1段階では波はほとんど感じませんが、第2段階では波が大きくなってきます。
第2段階では、まずやる気を持続できなくなります。この段階では、本能は体を休ませようとするので、これ以上がんばれないように、やる気は自然となくなるわけです。このやる気の低下は、日常生活や仕事に地味に影響してきます。
■気合いで復活しても、すぐにまた急降下
疲労の第2段階では、感じる疲労やストレスが2倍になり、冗談半分で言われたことでも受け流せなくなり、くよくよ思い悩んだり、いつまでも腹を立てたりしてしまうようになります。
ところが、このようにやる気がなくなり小さなことで落ち込んだとしても、第2段階ではまだエネルギーが残っているので、必死に気合いを入れて気分を変えれば、日常生活を送れるのです。
第2段階では、気合いを入れることで無理して気持ちのレベルを戻すことができるのですが、それは短い時間しかキープできません。そして、その状態を維持できなくなると、気持ちがガクンと下がる、ということを繰り返してしまいます。
これが「波」や「ムラ」を感じる基本的なメカニズムです。
つまり、「波が気になり始めた」人で、「やる気が持続できない」「傷つきやすくなったように感じる」という人は、疲労の第2段階、しかも限りなく第3段階に近いところにいます。このことにまず気づくべきでしょう。
■「第3段階」へ落ちてしまう人の共通点
第2段階では、第1段階と違い、通常の休養では回復できません。2倍の時間をかけて疲労から回復しなければなりません。数日間、しっかり睡眠をとるとともに、栄養のあるものを食べ、激しいアクティビティは控えましょう。
そういった対処をとらずに疲労の第2段階の状態が長く続いてしまうと、やがて第3段階に落ちていきます。第3段階になると、これまでとは別人のように動けなくなり、それはそれでつらいのですが、波自体は収まります。というのも、落ちている気持ちを上げるエネルギーがもはやないからです。
ですから、気持ちの波が出てきたときは、第3段階に落ちる前に気づき、休んで疲労を回復させなければなりません。
疲労の第2段階でしっかり休まずに、第3段階へと落ちてしまう人には特徴があります。それは、性格が真面目で、「こうあるべき」という思い込みがあり、第2段階で気持ちの波があると、その原因を追求して、克服しようとしてしまうタイプの人です。
気持ちの波があるのは、「自分の性格が弱いから」「能力がないから」「責任感がないから」などと原因を決めつけ、自分を責めるのです。
■「対策」をとろうとすると余計に疲れる
そして今度は、その原因を解決するための「対策」をとろうとします。責任感がない、アイデアが出ない自分を変えるために、役に立ちそうな本を読んだり、セミナーに参加したり、体を鍛えるためにジムに入会したりします。
でも、エネルギーが落ちて疲労の第2段階にある人がそんなことをしたらどうなるでしょうか? エネルギーはもっと低下し、やがて第3段階へと落ちてしまいます。
気持ちの波があるのは、疲労の第2段階にある証拠です。それでも「いや、自分はそんなに疲れていない」と思ってしまう人は、スケジュール帳を開いて直近まであなた自身にかかっていたストレスをチェックしてみてください。
ハードな仕事、クレーム対応、気を使う人間関係……。仕事だけでなく、家庭の問題、環境の変化、不安や気疲れ、天候の不順、長時間の移動、ちょっとした事件や災害……。先週や先々週だって、あるいは数カ月前から、ハードな案件が続いていたことに気づくかもしれません。
しかも、疲労は遅れてやってくることが多いのです。疲労がたまりすぎる前に、しっかりと休息をとりましょう。
■チャーチル首相がうつを「黒い犬」と呼んだ理由
人生は、いろいろな試練の繰り返しです。うつっぽくなったときでも、浮いたり沈んだりという経験を繰り返して、少しずつ対処が上手になる人もいます。
例えば英国首相だったウィンストン・チャーチルは、精力的に任務を遂行しつつ、繰り返しやってくるうつ症状に苦しみ、うつのことを「黒い犬」と呼んでいたそうです。
おそらくチャーチルは、自分の状況を俯瞰(ふかん)し、「黒い犬がやってきても、それはやがて去って行く」ととらえることができていたのでしょう。
うつ状態になることを「黒い犬」と名づけることで、自分の波をことさらおおごとにとらえないという対処法を身につけていたわけです。
気持ちが落ちてしまう自分のことをダメだと思わず、「ああ、またあの黒い犬が来た」と思えば、「仕方ないな、あいつがいるうちは自分は暗いんだ」とあきらめもつき、自分のことを責めないで済むところが賢い、と私は思うのです。
■「過去は振り返らない」なんて人は要注意
一方で、何度繰り返しても対処が上手にならない人もいます。毎回波に飲まれては、ダメージを受けてしまうのです。この波乗りが上手になる人とならない人との違いは、疲労から回復し、第1段階のレベルに戻ったときに、きちんと振り返っているかどうかだと思います。
波をなんとかやり過ごして元気になったときに、「気持ちが落ちて溺れていた自分」を振り返って観察してみると、わかることがあります。
人にはストレスをためるコップがあって、それがいっぱいになるとあふれ、気持ちが落ち込みます。ストレスが勢いよくコップに流れ込んできてあふれたときは、とてもわかりやすいでしょう。しかし、ほんの少しストレスが追加されただけなのにコップからあふれてしまった場合は、「ああ、気づかないうちに、すでにコップの中にはストレスがかなりたまっていたんだな」と気づくべきなのです。
こうしたことは、スケジュール帳を見ながら落ち着いて振り返らないとなかなか気づきません。「俺は過去は振り返らない、常に前を向く」なんて言っている人は、毎回気持ちの落ち込みにやられてしまいます。
■ストレスだらけの自衛隊員のメンタル維持法
自衛隊における気持ちの浮き沈みへの基本的な対処法は、「できるだけコップにストレスをためないようにしておく」というものです。
自衛隊のような組織では、予期せぬストレスにさらされるのが当たり前です。ですから、生活を整え、コップに入っているストレスを事前に減らしておこうというわけです。日常生活におけるストレスをなるべく抑えるために、規則正しい生活や、清潔な休憩所、清潔なトイレ、寝具のある生活環境で温かい食事をとる、といった環境づくりを重視しています。人間関係のトラブルが生じても、できるだけ早く解消しておきます。
そしてもし、何らかの原因で感情の波が大きくなってきたら、環境を整えてしっかり休息をとって、復活を早めます。
家族や身近な人が波にさらされているときも、休める環境を整える手助けをすることが大切です。
■伝えるべきは「がんばれ」よりも「休んで」
ところが、それとは正反対に、弱ってしまった人のことを「おまえは弱い奴だ!」とか、「責任感や使命感が足りないからだ」と責めると、相手はさらに疲れてその場から逃げたくなってしまいます。
ただ休ませる環境を整えれば復活できるのに、よかれと思って間違った方向に相手を責め立ててしまう、というのは残念ながらよく起こることです。
カウンセリングでさえも、疲労と精神状態の関係をよく理解できていないカウンセラーが不用意に応援して、相手をがんばらせてしまうことがあります。
早めに休めば1週間で復活できたはずなのに、カウンセラーに励まされてもう少しがんばってみようと無理を続けたばかりに、1カ月休まなければならないレベルにまで落ち込んでしまった、という残念なことが起こります。
疲労の第1段階のときには、発想を切り替えてがんばれば元気になることがあっても、第2段階にまで落ちているときは、同じやり方で乗り切ろうとすることはマイナスになります。
疲労と心の状態は強くリンクしています。私たちは原始人の部分をたくさん持ちながら生きているのですから、気持ちが落ち込んでいる人から相談を受けたときは、「がんばれ」と励ますことには慎重になり、しっかりと休むことの大切さをぜひ伝えましょう。
■疲れがたまったら休日に「おうち入院」を
体の疲れはもちろん、心の疲れをとるのも、まずは睡眠が何よりも大切です。
眠ることによって、脳の中では必要のない情報がお掃除され、覚えておくべきものとそうでないものが整理されるので、データが軽くなりスムーズに脳が活動できるようになると言われています。現実に多くの人とカウンセリングなどで接していても、疲労からの復活には睡眠が一番効果的だと実感しています。
できれば、3日ほど休みをとること。そうすれば、疲労の借金を効果的に返すことができるでしょう。難しければ、1日でもいいです。
とにかく眠れるだけ眠ることを意識してください。あとは食事も運動も気にしなくてけっこう。これを私は、「おうち入院」と呼んでいます。
おうち入院の一番のメリットは、昼に眠れること。疲労の第2段階になると不眠の症状が出て、夜に眠りにくくなります。翌日仕事だと、朝寝坊もできません。休みが3日間あると、真ん中の1日は、とことん睡眠をとり、だらだらと過ごせます。
病院ではなく、家でこれをやるので「おうち入院」というわけです。疲れがたまってきたら、休日に1日でもいいので睡眠重視の「おうち入院」を試してみてください。
■月曜午前の半休だけでもゆとりができる
しかし、忙しくてたった1日の休みを確保するのも難しいという人もいるでしょう。子育てをしている人は、「土日は休みだけど子どもの世話がある」場合もあります。
私自身、自衛隊に所属していたときは、土日にも講演や講義の仕事が入っていた時期があり、その頃は「おうち入院」は不可能でした。それでも、なんとか工夫して休まないといけないな、と思っていました。
そこで、月曜の午前に半休をとることにしました。月曜の午前は、それほど重要なタスクはありませんでした。すると、月曜の朝はしっかり朝寝坊して、通勤ラッシュの時間を外してゆったり出勤できるようになりました。それだけで、自分の心にゆとりができたのです。
人によって1週間の忙しさの波は異なると思うので、いろいろと試行錯誤しながら効果的な休み方を探してみてください。ちょっと仕事に空きができそうなときに、午後を半休にしてジムに行ってみたり、気持ちのいい公園でお昼寝したり、などとやってみてはどうでしょうか。
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心理カウンセラー、NPO法人メンタルレスキュー協会理事長
1959年、鹿児島県生まれ。82年、防衛大学校を卒業後、陸上自衛隊入隊。陸上自衛隊初の心理幹部として、自衛隊員のメンタルヘルス教育、リーダーシップ育成、カウンセリングを手がける。大事故や自殺問題への支援も数多く、現場で得た経験をもとに独自のカウンセリング理論を展開。2015年に退官し、その後は講演や研修を通して、実践的なカウンセリング技術の普及に努める。著書に、『自衛隊メンタル教官が教える 心の疲れをとる技術』(朝日新聞出版)、『「一見、いい人」が一番ヤバイ』(PHP研究所)、『教えて先生 もしかして性格って悪くなるの?』(すばる舎)など多数。
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(心理カウンセラー、NPO法人メンタルレスキュー協会理事長 下園 壮太)
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