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「最初の90分間」がとにかく重要…スタンフォード大教授が説く「なぜか頭がいい人」の眠り方

プレジデントオンライン / 2023年4月11日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/cyano66

頭をよくするにはどうすればいいか。スタンフォード大学の西野精治教授は「記憶を司る海馬の大きさは、頭の良さに直結している。この海馬を大きくするには、質の良い睡眠をとることが重要になる」という――。

※本稿は、西野精治・木田哲生『最高のリターンをもたらす超・睡眠術』(大和書房)の一部を再編集したものです。

■睡眠で大きくなる「記憶の港・海馬」

「頭がよい」――ということの一つの要素として挙げられるのが記憶力でしょう。

私がスタンフォード大学精神科睡眠研究所に留学し、突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に力を注ぎ始めたのが1987年。当時からこれまで、実に多様な睡眠のメカニズムが解明され、睡眠と記憶力の関係についても数々の研究が積み重ねられてきました。

私が睡眠について学び研究を始めた30年ほど前は、脳の神経細胞は一度分裂したらもうそれ以上は変化しないというのが通説でした。ところが、脳科学分野の研究により、記憶形成や定着に不可欠な脳の重要な役割を担うのが「海馬」という部位で、その海馬は脳内で唯一、細胞分裂を続ける神経細胞であることが明らかになりました。

それが25年ほど前のことです。とくに記憶や認知症とのかかわりについて言及されたことで、海馬の働きが注目されるようになりました。そして、睡眠研究の分野においても、実にさまざまな研究が行われてきたのです。

海馬は、脳の奥深くに存在する大脳辺縁系にあります。大脳辺縁系とは、記憶、情動の表出、意欲などに関与している複数の部位の総称で、そのなかで海馬は、記憶のうちでもとくに短期記憶と呼ばれる一時的な記憶の保存作業を担っています。新しい記憶は、いわば記憶の玄関口であり「記憶の港」である海馬を通じて、次の目的地(長期記憶・消去)へ出発していきます。

海馬は睡眠時間によって大きさが変わるということが、これまでの研究でわかっています。海馬の大きさは海馬の働きに直結していて、記憶の港のたとえでいえば、港が大きくなればその分一度に多くの情報を留めることができます。逆に、港が小さくなっていけば、それだけ港に入る情報が少なくなり仕事や勉強のパフォーマンスに影響が及ぶのです。

この海馬の働きに深く関係するのが睡眠です。

■寝入りばなの90分が大事

海馬の働きを高め、記憶の港を大きくする睡眠に大きくかかわるのが眠りの質です。ここで簡単に、睡眠のメカニズムについてお話しします。

【図表】睡眠の周期
図版=『最高のリターンをもたらす超・睡眠術』より

眠りには、ノンレム睡眠(脳も体も休息している状態)とレム睡眠(脳は活動していて体が休息している状態)との2種類があり、寝ついた後にすぐ訪れるのがノンレム睡眠です。

最初の約90分間持続するノンレム睡眠が、睡眠全体のなかで最も深い眠りで、細胞の増殖や新陳代謝の促進、アンチエイジング効果などに影響するグロースホルモン(成長ホルモン)もこの入眠直後のノンレム睡眠中に分泌されます。そして、このとき、海馬から大脳皮質への情報の移動と保存が行われていることも、近年の研究から明らかになりました。

この最初の深いノンレム睡眠は、まさに「黄金の90分」と呼ぶべきものです。

質のよい睡眠をひと言でいえば、最初の90分間でしっかりと深い睡眠を得ることです。そうすれば、記憶力だけでなく、日々の仕事や勉強の精度を上げる集中力や思考力などにもよい影響が及ぶでしょう。

■レム睡眠中に記憶の整理が行われる

近年はノンレム睡眠の研究にも注目が集まっていますが、レム睡眠の発見直後から、レム睡眠の研究はさかんに行われており、レム睡眠が記憶の整理や定着に関与していることは、多くの実験から明らかになっていました。

脳での可視化の技術も進み、2015年に、レム睡眠と「脳の可塑性」に関する次のような実験結果が発表されました。マウスの睡眠中の神経伝達と結合の変化を観察した実験です。

海馬の情報伝達は、神経細胞の樹状突起から飛び出す「スパイン」と呼ばれる「棘」のような細胞突起によって行われています。樹状突起とは、神経細胞の一部で、外部からの刺激や情報などを受け取るために、細胞体からまさに樹木の枝のように枝分かれした複数の突起を指します。

図表2の画像「REMD」は、レム睡眠だけを選択的に起こらないようにしています。上画像の「ND」は、何も操作を加えていません。

【図表】レム睡眠の役割を調べる実験画像
図版=『最高のリターンをもたらす超・睡眠術』より

8時間後の画像では、どちらにもスパイン(▲印)が飛び出している箇所が複数あります。16時間後を見てみると、上画像「ND」では、スパインが消失しています(△印)が、「REMD」の操作をするとスパインの消失が遅くなり、下画像のように、16時間経ってもスパインがたくさん残っています。

スパインはレム睡眠中に形成されることが多いのですが、これらの画像から、まるで樹木の枝葉を切りそろえて「剪定(せんてい)」するかのように、一度できたスパインを除去したり、必要なものを残したりする役割もレム睡眠が担っていることがわかってきたのです。

■衰えを感じる人は睡眠を改善しよう

この実験によって、神経細胞の組織変化が可視化されたことは、大きな進展でした。また、8時間や16時間といった長いスパンで睡眠中の脳の様子を観察したことも、この実験の画期的な点です。

寝入りばなの90分、ノンレム睡眠の深い眠りがまず海馬から大脳皮質への情報の移動や保存を助け、その深い眠りから切り替わったレム睡眠中には脳内の情報伝達を司るスパインの最適化を行う――そうした睡眠中の脳内の働きは、残念ながら私たちの目に見えるものではありません。しかし、起床時の頭のスッキリ具合や気分の良し悪しにストレートに表れるものです。

だからこそ、私たちは意識的に眠りにかかわり、改善する姿勢を忘れてはいけないのです。「最近、仕事の効率が悪い」「年齢には勝てないな」などと嘆いている方こそ、少し睡眠への意識を変え、最初の90分をしっかり眠る習慣をつけていただきたいと思います。

■「勝負の日」の前日はしっかり寝る

こうした実験結果から言えることは、大事なプレゼンや会議、昇進試験、学校のテストなどの前日、睡眠を削ってがんばるのは逆効果であるということです。もう一つ、マウス実験をご紹介しましょう。

実験の1日目、床がツルツルの材質の箱に探索用の物体を置き、マウスを自由に探索させます。これを学習期間(10分)とします。その後、マウスをホームケージに戻して24時間おき、これを休息期間とします。

2日目は、箱の床の半分を前日と同じツルツルの材質、半分を新しいデコボコの材質にし、前日と同じ物体を置き、自由に探索させます。これを試験期間(4分)とします。

するとマウスは、2日目はツルツル床に置かれた物体よりも、初めて触れるデコボコ床に置かれたオブジェクトをより長い時間にわたって探索するという結果が出ました。これは、マウスの新しい環境を好んで探索するという性質に由来すると考えられます。デコボコ床に長く滞在したのは、前日に経験したツルツル床の質感を記憶したうえでの、デコボコ床という新しい質感への「選好性」によるのです。

【図表】学習の定着と睡眠の関係を調べるマウスの実験
図版=『最高のリターンをもたらす超・睡眠術』より

マウスのこのような知覚記憶をベースに、睡眠が記憶の定着に不可欠であるかどうかが調べられました。

1日目にツルツル床を探索させた後の休息中、マウスのゲージを揺らして学習直後から1時間にわたり断眠させると、2日目のデコボコ床への「選好性」は低下しました。他方、学習直後から6~7時間後に断眠させた場合は、断眠させないケースと変わらず、デコボコ床への「選好性」が見られました。

つまり、1日目のツルツル床の学習が断眠によって定着しなかったため、2日目にツルツル床とは異なる質感のデコボコ床を選ぶという行動が起こらなかったのです。このことは、学習直後の睡眠が、記憶の定着には必要であることを示しています。

人間の記憶と睡眠の関係もこれと同じで、覚えたことや理解したことをできるだけ脳に留めて発揮したいならば、その前夜こそしっかり睡眠をとるべきです。大事なプレゼンや試験前夜の睡眠のたいせつさは、睡眠研究の世界においては常識といえます。

■記憶の定着はいつ行われるのか

実は、ここまではこれまでも数々の実験で明らかになっていましたが、このマウス実験が重要なのは、記憶の定着が脳の3つの状態、つまり「覚醒時」「ノンレム睡眠」「レム睡眠」のうちのどの状態のときに起こるのかを調べた点にあります。

記憶には時間的に見て、獲得、固定、再生の3つの段階があると考えられています。起きている間に得た外界の情報は脳へと伝わり、知覚体験されます。脳で最初に情報を受け取る領域を下位脳(専門的には第一体性感覚野。運動感覚に関する情報を処理し、関連する脳の部位に出力する領域)と呼びますが、この下位脳からのボトムアップにより、知覚された情報は複雑な情報処理をする上位脳(脳の第二運動野。運動のコントロールに関与する領域)に伝わります。

さらに、知覚学習により上位脳から下位脳へトップダウン方向の情報の連絡が強化され、自由に想起できる記憶として固定されます。

この実験では、ツルツル床を学習した直後のマウスのノンレム睡眠時に、上位脳から下位脳への神経伝達を意図的にブロックしました。すると、記憶の定着は見られませんでした。しかし、学習6~7時間後のノンレム睡眠時に同じように神経伝達をブロックした場合は、記憶の定着には影響が出なかったのです。

■睡眠もタスクとしてスケジュールに組み込もう

このことから、記憶の定着は、脳の覚醒時、ノンレム睡眠中、レム睡眠中の3つの脳の状態のうち、とくに学習直後の睡眠のノンレム睡眠時に行われることがはっきりしたわけです。

西野精治・木田哲生『最高のリターンをもたらす超・睡眠術』(大和書房)
西野精治・木田哲生『最高のリターンをもたらす超・睡眠術』(大和書房)

記憶の定着には種々の過程があり、初期の研究ではレム睡眠が学習・記憶促進に重要であると報告されましたが、この実験も含めた近年の研究により、記憶の定着にはノンレム睡眠の強い関与も明らかになってきたのです。

取り組まなければならない課題があるときでもしっかり睡眠をとれるようにするには、常に作業の優先順位を頭に入れつつ、個々の作業にかかる時間を把握しておくことでしょう。そして、そのなかに睡眠のスケジュールを必ず組み込んでいくことがたいせつです。

懸命に勉強やプレゼン準備に取り組んでも、その直後に十分なノンレム睡眠をとらなければ記憶は定着しません。時間が足りないピンチのときこそ睡眠は決しておざなりにせず、削らない。そういう発想の転換が、逆に作業の効率を上げてくれます。

早寝する日を書き込んだカレンダー
写真=iStock.com/XtockImages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/XtockImages

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西野 精治(にしの・せいじ)
スタンフォード大学医学部精神科 教授、スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長
医師、医学博士、日本睡眠学会専門医。大阪医科大学卒業。1985年大阪医科大学大学院より新技術開発事業団早石修プロジェクト出向。1987年スタンフォード大学留学。2019年ブレインスリープ創業、2021最高研究顧問就任。2022年NOBシフトワーク研究会設立、会長就任。著書に「睡眠負債」の実態と対策を明らかにしベストセラーとなった『スタンフォード式最高の睡眠』(サンマーク出版)、『スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣』(PHP新書)、『睡眠障害』(角川新書)、『スタンフォード式 お金と人材が集まる仕事術』(文春新書)、『眠れなくなるほど面白い 図解 睡眠の話』(日本文芸社)、『スタンフォードの眠れる教室』(幻冬舎)などがある。

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(スタンフォード大学医学部精神科 教授、スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長 西野 精治)

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