iPhone超えの高性能カメラが売りだったのに…韓国サムスン電子の「100倍ズームスマホ」というフェイク
プレジデントオンライン / 2023年4月13日 10時15分
■サムスンのスマホに海外ユーザーが大激怒している
韓国・サムスン電子のスマートフォン「Galaxy(ギャラクシー)」に搭載されている高性能カメラをめぐり、海外のユーザーから「100倍ズーム機能は偽りである」という指摘が相次いている。サムスンが弁解をする事態に発展した。
ここ数年のGalaxyシリーズは「100倍スペースズーム」が最大の売りだった。この機能を使った月の画像をPRに利用し、月面のクレーターすら鮮明に映し出すことができるとうたう。
だが実際は、撮影した画像にAIがディテールを描き足す仕組みになっていた。海外ユーザーの指摘をきっかけに炎上し、欧米のテックメディアを中心に広く報じられている。
米大手テックメディアのヴァージは3月、「サムスンによる月の写真の捏造(ねつぞう)が発覚」と報じた。米有力テックメディアのエンガジェットは、AI技術の進展に理解を示しつつも、「サムスンの月の写真は偽物だ。サムスンのマーケティングは事実と異なる」と指摘する。
該当する機種は、ここ数年のうちに発売されたGalaxyシリーズのフラッグシップ(最上位)モデルだ。2020年発売のGalaxy S20 Ultraから、今年2月に発売されたばかりのGalaxy S23 Ultraまでが影響を受ける。折りたたみ式ハイエンド機種のGalaxy Z Foldシリーズでは全モデルが影響を受ける。
■iPhone最新モデルを大きく上回るズーム性能
サムスンは2020年発売のGalaxy S20 Ultra以降について、「100倍スペースズーム」の機能を華々しく宣伝している。比較として、最新のiPhoneのフラッグシップモデルである14 Pro Maxは、デジタルズームを含めて最大15倍にとどまる。仮にサムスンの主張通りであれば、段違いの性能だ。
ここ数年、性能を証明するかのように、多くの媒体で月の拡大画像が作例として取り上げられてきた。通常のスマホでは月の撮影を試みても、小さなぼやけた円としてしか捉えることができない。
これに対して「100倍スペースズーム」では、息をのむような美麗な月を、画面中心に大きく捉えることが可能となった。この機種による作例はネットにも多く出ているが、いずれも漆黒の宇宙を背景に、大きな円い月が輝く。
驚くべきことにこうした画像の月面には、月の海の濃淡やクレーターまでもが克明に描写されている。プロが天体望遠鏡を使って撮影した天体写真と比べても、大きく遜色ないかのようにすら思われる。
■美しすぎる月面は、AIによる加筆だった
以来、月の解像力は、Galaxyのフラッグシップモデルの能力を誇示する指標のひとつとなった。
米コンデナスト社が運営するテックサイトのアーズ・テクニカは、「このモードは今でもサムスンのマーケティングにおいて頻繁に強調されており、Galaxy S23(Ultra)の広告においても、三脚付きの巨大な望遠鏡を持った人物が、ポケットサイズのGalaxy携帯で撮れる驚きの月の写真に嫉妬する様子が描写されている」と指摘する。
カメラに詳しい方は、レンズの焦点距離で表記する方がイメージしやすいかもしれない。一般のレンズでは300ミリ以上で超望遠といわれるのに対し、S20 Ultraは市販の大半の望遠レンズを上回る「2600ミリ」相当のズーム性能を、小さなスマホに搭載していることになる。相当に迫力ある画作りを期待させる数字だ。
だが、世界のユーザーが息をのんだ月の画像には、大きな「嘘」があった。
実際にはぼやけた画像しか撮影できないにもかかわらず、リアルな月面の凹凸感をAIが加筆していたことが発覚した。純粋な光学では10倍にとどまり、画像が劣化するデジタルズームを含めても30倍にしかならないところ、AIによる加筆で100倍相当の解像感を演出している。
■騒動のきっかけとなったネット掲示板の投稿
騒動のきっかけは今年3月11日、アメリカの大手ネット掲示板「レディット」に投稿された1つのメッセージだった。
「サムスンの『スペースズーム』写真はフェイクである」と題されたこの投稿は、大きな議論を巻き起こした。現在までに1万4500件以上のVoting(高評価票から低評価票の数を差し引いた賛同者数)を集めている。
投稿によると、このユーザーは実験のため、ネットから高解像度の月の画像をダウンロードしたという。これを170ピクセル四方にまで縮小した。スマホ画面の縦の長さがおおむね2000ピクセル前後なので、その10分の1以下という小さなサイズだ。
さらにソフトウェア処理でぼかしをかけたことで、ディテールは完全に失われた。拡大しても、ぼやけた円にまだらな模様が見える程度だ。このミニ画像をパソコンのモニターに表示し、室内を真っ暗にしてサムスン携帯でズーム撮影したところ、月面の凹凸感までリアルに再現された「月」の画像が撮影されたという。
公開されている比較画像では、撮影元の画像には存在しなかったクレーターの陰影などが、撮影後の画像にはっきりと出現していることがわかる。元画像の段階ですでに失われたはずのディテールが、Galaxyで撮影するとよみがえるという、なんとも不思議な現象だ。存在しない情報を、明らかにAIで描き足しているとみられる。
■インフルエンサーの独自検証で大炎上
ヴァージは、通常行われる鮮明化の範疇を超え、「単に新しい月、フェイクの月が現れたのだ」と指摘する。コントラストの強調などにとどまらず、ディテールを「創造してしまう」ため、「良くも悪くも、この時点で多くの人は、得られる画像が捏造だと感じることだろう」と記事は論じている。
レディットのユーザーはその後、さらなる検証を行った。月の画像の一部をグレーで四角く塗りつぶし、それをS23 Ultraで再撮影するテストだ。元画像では平坦なグレーとなっている四角の領域だが、S23 Ultraで撮影すると再び、不思議なことに月面のディテールが出現した。
この投稿を受け、テクノロジーに詳しいイギリスの著名YouTuberのアルン・マイニ氏は、独自に追加検証を行っている。
登録者1300万人の彼は、「サムスンは何年も、自社の携帯が最大100倍のスペースズーム能力を備えると広告している。実際にサムスンの携帯を手に取れば、信じられないほど月にズームし、5000ドル(約66万円)のプロ用カメラ機材で撮るよりもむしろ鮮明な写真を撮ることができる。とても感動的だ」と述べる。
そして氏は続ける。「しかし、ネットではっきりと証明されたのだ。フェイクだった、と」
マイニ氏は検証として、ぼかした月の画像を紙に印刷して円く切り抜き、これを真っ暗な空間に糸で吊(つ)るしてズーム撮影した。すると、氏のGalaxy S23 Ultraは、当該の紙片を月だと認識。得られた画像には、印刷された紙には存在しなかった月面のディテールが、はっきりと描き込まれていた。
■「クラス最高のカメラ体験を提供するため」とサムスンは弁明した
サムスンはGalaxyのカメラ性能のアピールに余念がなく、こうしたマーケティングを信じて購入したユーザーを裏切る形となった。
日本で発表された2020年6月付のプレスリリースでは、「Galaxy史上最高・1億画素超えの超高解像度カメラ搭載」「100倍スペースズーム搭載で遠景まで鮮明描写が可能に」とアピールしている。100倍ズームに関しては確かに、「光学ズームとデジタルズーム、AI処理を組み合わせることで」と述べ、AIが介在する旨を補足している。
だが、デジタルズームに続く「AI処理」のワードは、その場で撮影された写真の補正を想起させるものだ。ユーザーとしては、別画像を基に学習したパターンをAIが描き込んでいるとまでは、想定することが困難だ。
AI処理が用いられているとの簡単に説明する技術文書は存在したが、韓国語でしか掲載されておらず、世界的シェアを誇るサムスンとしては説明不足の状態であった。
騒動を受けてサムスンは3月15日、英文でプレスリリースを発表した。「あらゆる条件下でクラス最高のカメラ体験を提供する」目的で、AIにより「月を認識するエンジン」などを含む「シーンオプティマイザー」を搭載しているとの説明だ。
25倍以上のズーム倍率で月が検出されるなど特定の条件がそろった場合、「AI処理によるディテールアップエンジン」が適用されると説明している。機械学習の一種である「畳み込みニューラルネットワーク」が用いられるとしているが、詳細な説明はない。
■ズームは嘘で、それらしいパターンを加えているだけ
リリースに掲載された簡易的なフローチャート(流れ図)によると、エンジンが撮影画像に詳細を描き足し、内部的に保持している高解像度の理想画像に似た状態になるまで画像に手を加え続けるようだ。
かんたんに述べると、Galaxyの実際のカメラではぼやけた画像しか撮影できないが、そこに「本物の月から学習した、何となくそれらしいパターン」を加筆することで解像感を演出している。
だが、存在しなかった細部を加筆する行為は、ズームとは呼ばない。「100倍ズーム」との宣伝には嘘があったといってよいだろう。
ヴァージは、リリースをもってしてもAI処理の内容が「説明不足」であり、この点がまさに炎上の主因になっていると指摘する。ぼやけた月の画像から鮮明な画像を生成してしまう現状、ユーザーのなかには「端的に言って(月以外の)あらゆるものを捏造している」との誤解も広まっており、火消しが追いついてない。
米ギズモードは、リリースでの説明をもってしても、サムスンが一眼レフ並みの望遠性能を備えるかのような広告を展開した事実が許容されるものではない、と指摘している。
海外メディアからは、純粋に「100倍ズーム」を信じる記事も出ている。米CNN系列の製品評価サイト「アンダースコアード」では、スペースズームなどを挙げ、「息をのむような写真を撮るために万端の装備を整えている」と紹介している。夕方の月を収めた写真を掲載し、「こんなことは他の携帯ではできない」と記事は述べる。
■写真のAI処理はどこまで許されるのか
Galaxyの炎上に伴い海外では、AI処理がどこまで許されるかという議論が盛んに交わされている。近年のスマホのカメラには、AI処理が欠かせない。カメラが捉えた画像をそのまま記録している例はむしろまれだ。
近年の多くのスマホでは、カメラアプリを立ち上げたその瞬間から、ユーザーがシャッターボタンを押すまでもなく、高速に撮像を繰り返している。この段階では写真として保存されないので、私たちが気付くことはない。
ユーザーがシャッターを切った瞬間、その直前・直後に撮影した複数の画像が解析・統合され、ベストな1枚として写真アルバムに保存される。その際、スマホ内部では、各種のAI処理が自動で加わっている。
手ぶれの激しいフレーム(コマ)を除去し、異なる露出で撮ったフレームからそれぞれ暗部と明部の階調が優れたものを選んで合成し、肌が自然に見えるようトーンを整え……といった具合だ。
こうした写真は、ある意味でAIが手を加えた写真だ。では、ユーザーが「だまされた」と感じるかというと、おそらく大半の人々はそうは感じないだろう。大切な瞬間が逆光や手ぶれで台無しになるよりも、むしろ「救われた」とすら感じるかもしれない。
撮影後の演算によって品質を高めるこのような手法は、伝統的なカメラでの撮影に対し、「コンピュテーショナル・フォトグラフィー」と呼ばれるひとつの専門分野として成立している。
一部のユーザーはこうした事情を踏まえ、Galaxyの事例についても、別段問題ではないと考えているようだ。視力のよい人であれば月面の模様を視認できる人もいるため、AI処理はあくまで見た目の印象に近づけているだけだと捉えることも不可能ではない。
■サムスンはなぜユーザーを失望させたのか
独自に検証した前出のYouTuberのマイニ氏は、近年のスマホは顔にすら美顔効果を適用していることなどを挙げ、月面のディテールについては本来であれば炎上するような件ではなかったはずだと指摘する。
だがGalaxyの場合、真相を知ったユーザーの大半が「だまされた」と感じ、炎上状態となってしまった。多くのユーザーを失望させた以上、何らかの問題はあったと考えられるだろう。サムスンはどこを間違えたのだろうか。
ひとつには、周知が不足していた可能性がある。AIを活用して瞬時にリアルな月を再現する機能は、その内部動作を含めて正しく周知されていたならば、むしろ興味深い試みとして歓迎されていたかもしれない。
月が常におなじ面を地球に向けていることに着目し、限られたパターンを学習すればどの写真も画質を向上できると発想したところまでは、ある意味でスマートだった。
しかしサムスンは、「100倍ズーム」を強調したマーケティングに走ってしまった。ズームとはカメラの画角に入ったものの「拡大」を想起させる表現であり、処理の実態を表しているとは言い難い。
夜空の月という特定のシーンを想定した機能ではあるが、影響は大きい。サムスンが大々的に広告したことで、美麗な月の姿は、カメラの性能を視覚的に理解する代表例となった。Galaxyのカメラ性能全般が実態よりも高いかのような誤解を与え、マーケティングを信じたユーザーを失望させる結果となった。
■ユーザーに性能を誤解させるべきではない
アーズ・テクニカは、「(月という)極めて限定的な用途であり、ほかの被写体に広く適用できるソリューションではないため、サムスンが欺いているように感じるのだ」と指摘している。
なお、AIによるこの描画は「シーン別に最適化」などの自動シーン判別機能を有効にし、高倍率ズームで月が検出された際に起動する。設定でオフにすることは可能だが、広告のような鮮明な月は撮影できなくなる。
Galaxyシリーズは今年2月に最新型のS23 Ultraが国内で発売となったが、いまだに「100倍ズーム」は国内メディアでも大きく取り上げられており、性能を誤解しているユーザーも多いことだろう。
サムスンとAIをめぐっては3月下旬、あるユーザーが「リマスター」と呼ばれる自動修正機能を適用したところ、生後7カ月の赤ちゃんの写真に勝手に歯が生えたとの騒動も持ち上がっている。ヴァージなどが報じた。
AIの進化により画質が向上するのであれば、確かに好ましいことだ。だが、AIが「こうである」と推定したとおりに画像に手を加える手法は、まだ賛同を得られる段階に達していないように思われる。
説明を怠り、あたかもカメラの物理的な性能が優れているかのように誤解させたサムソンに、ユーザーが落胆を覚えるのも無理はないだろう。純粋な技術としては興味深いだけに、PRの方向性を間違え「嘘」に成り果てた経緯が残念でならない。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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