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路頭に迷うフリーランスが続出する…今の日本で「インボイス制度」を導入するのは危険である理由

プレジデントオンライン / 2023年4月14日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Drazen Zigic

政府は今年10月に「インボイス制度」の導入を予定している。弁護士の郷原信郎さんは「いまインボイス制度を導入するべきではない。消費税について国民が誤解している状況では、零細事業者は批判にさらされ、廃業に追い込まれる可能性がある」という――。

※本稿は、郷原信郎『“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』(KADOKAWA)の第4章「『消費税は預り金』という“虚構”が日本経済を蝕んでいる」の一部を再編集したものです。

■このままインボイス制度を導入するのは危ない

今年10月にはインボイス(適格請求書)制度の導入が予定されている。

小規模な消費税免税事業者は、適格請求書発行事業者の登録をして課税事業者となるか、仕入れが「消費税の仕入税額控除」の対象外となる免税事業者にとどまることで仕事を失うリスクを覚悟するか、小規模事業者は、困難な選択を迫られている。

しかし、インボイス制度の導入をどうみるか、どう対応するかを考える以前の問題として、そもそも、消費税というのが、いったいどういう税なのか、正しく理解されていないという重大な問題がある。

多くの人は、消費税を、「事業者が消費者から預かって、それを税務署に納付するもの」のように認識している。そうであれば、消費税は全額消費者が負担するもので、事業者には「消費税相当分のお金を預かって税務署に納付するコスト」以外には、負担は生じないはずだ。

しかし、消費税法上は、納税義務者が「資産の譲渡等」を行った「事業者」であり、消費税は「取引の対価の一部」であることは明らかだ。基本的には、各取引段階の事業者が納税義務を負う「付加価値税」だ。それを事業者が取引先に、そして最終的に消費者に転嫁できた分については、負担を免れるというだけだ。

多くの人が、消費税は「預り金」のように認識しており、そこから、免税事業者が消費税を「預かっている」のに、税の支払を免れているとして、「益税」などという誤った批判まで生じている。

■「消費税=預り金」という誤解はなぜ生まれたか

なぜ、法律上はあり得ない認識が、国民全体に広まり、動かしようがないほど定着してきたのか。それは、1989年の消費税導入の際から、国民に受け入れさせようとする当局やマスコミが行ってきた「消費税=預り金キャンペーン」によるものだ。

1987年、中曽根政権時代に、政府は、大型間接税としての「売上税」の導入を決定して、法案を国会に提出したが、国民からも、経済界からも、猛烈な反発を受けて断念した。その僅(わず)か一年後の1988年、竹下内閣において「消費税」の導入が決定され、国会で可決成立した。

消費税導入の時点から、消費税が「預かり金的性格」であることを積極的に公言し、それが、法的には明らかに誤った説明が、世の中全体に広まることにつながっていった。

このような「預り金的性格」という言葉を使った政府側の説明は、「預り金」と言っているわけではないので、誤った説明とまでは言えない。しかし、それが、国民には、「預り金」と認識させて確実に消費税を負担させ、事業者の側もそれを「預り金」のように扱い、納税義務を負う消費税額について、確実に納付をさせようという意図によるものであることは明らかだった。

要するに、国民全体が消費税を「事業者が消費者から預かり、そのまま税務署に納付する税金」のように誤解させようとするものだった。

■小規模事業者が廃業に追い込まれる可能性

インボイス制度自体は、欧州の付加価値税の多くで導入されている。消費税が欧州型の付加価値税である以上、ある意味では当然のことであり、それ自体に問題があるわけではない。

しかし、これまで消費税の税としての性格が国民に誤解され、「益税」などという筋違いの批判が行われてきた日本で、このままインボイス制度が導入されると、被雇用者から個人事業主、ギグワーカーなどへの代替で生じた「実質的な労働者」も含む小規模事業者等が、厳しい状況に追い込まれることになる。

適格請求書登録をして課税事業者にならないと、取引先にとって課税仕入れと認められず、その分、取引先が消費税を負担することになる。それが、結局、免税業者が取引先を失い、廃業に追い込まれることにもつながりかねない。

一方、最低賃金のレベルの収入しかない事業者は、インボイス登録をしても、そのために必要な事務処理コストを負担する余裕がないことも考えられる。

自宅で書類をチェックする女性
写真=iStock.com/travelism
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/travelism

政府は、6年間、売上1億円以下の企業は、1万円以下の取引では、適格請求書の添付がなくても、課税仕入れとして認めるなど、インボイス制度導入による零細企業の負担を軽減するための措置を導入するようだ。5000万円以下の事業者は簡易課税制度(売上に係る消費税額の合計金額にみなし仕入れ率を掛けて仕入れ税額を計算し、消費税の納税額を簡単に算出することを認める制度)も活用するなどすれば、相当程度負担が軽減できると考えられる。

■益税批判は人気動画「YouTube大学」でも

しかし、消費税の転嫁は、小規模事業者であればあるほど困難であり、特に、消費者向けの零細小売業者の場合、課税業者、免税業者を問わず、「消費税分の上乗せ」などというのはほとんど行えないのが実情だ。それなのに、「預り金ドグマ」を前提に、これまで、「小規模免税事業者は、消費税を預かりながら、納付を免れてきた」などという誤解による益税批判にさらされてきた。

人気お笑いタレントで教育系ユーチューバー中田敦彦氏の「YouTube大学」は、文学や経済・歴史などをわかりやすく解説する超人気チャンネルであり登録者は500万人を超える。インボイス制度の解説の初回で、中田氏も益税批判を繰り広げていた(現在、該当動画は非公開となっている)。

消費税は、バブル景気の最後の時期に導入され、その後、バブルの崩壊によって長期化するデフレ不況下で引き上げられ、第2次安倍政権下でさらに引き上げられる中で、政府やマスコミなどによって誤解が作り上げられてきた。

詳しくは拙著『“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』(KADOKAWA)にて解説しているが、その誤解によって生じている影響を、今、改めて問い直す必要がある。それは、インボイス制度の導入をどう考え、どう対応するかという当面の問題だけではなく、消費税を今後どうしていくのかを考える上でも欠くことができないものだ。

■インボイス導入の前に国民の誤解を解消せよ

世の中で当然のように思われている「預り金ドグマ」からすると、中田氏が解説するとおり「消費税を消費者から預かっていながら、納税しなくてもいいという『益税』をなくそうというのがインボイス制度」ということになる。一般的な見解に基づいて、わかりやすく解説する教育系ユーチューバーの中田氏としては、当然の説明であろう。

郷原信郎“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』(KADOKAWA)
郷原信郎『“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』(KADOKAWA)

この動画は、既に256万回視聴されており、通常のテレビ番組の視聴者数にも匹敵する。このような動画を通じて「預り金を納税しない『益税』はズルい」という認識が、さらに世の中に広まっていく。しかし、消費税は(転嫁が予定された)「対価の一部」である。実際には消費税の転嫁が十分にできず、実質的にも「消費税を預かっている」とは到底言えない状況は、小規模零細事業者ほど顕著だ。

そのような誤解のままでは、従来「益税」で潤ってきた免税事業者が、ある程度不利益を受けるのは当然、というような誤った考え方によって、零細事業者の救済を十分に行うことが阻害されることになりかねない。

政府、国税当局は、「消費税は預り金ではなく、欧州型の付加価値税」であるということを、明確に認め、国民の誤解を解消し、従来、「預り金ドグマ」によって不利益を受けてきた事業者の救済を図りつつ、インボイス制度が付加価値税を円滑に効率的に運用していくために不可欠であることの理解を求めていくべきであろう。

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郷原 信郎(ごうはら・のぶお)
郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
1955年、島根県生まれ。77年東京大学理学部を卒業後、三井鉱山に入社。80年に司法試験に合格、検事に任官する。2006年に検事を退官し、08年には郷原総合法律事務所を開設。09年名城大学教授に就任、同年10月には総務省顧問に就任した。11年のオリンパスの損失隠し問題では、新日本監査法人が設置した監査検証委員会の委員も務めた。16年4月「組織罰を実現する会」顧問に就任。「両罰規定による組織罰」を提唱する。『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『検察の正義』(ちくま新書)、『思考停止社会 「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)、『「深層」カルロス・ゴーンとの対話 起訴されれば99%超が有罪になる国で』(小学館)など、著書多数。近著に『“歪んだ法”に壊される日本』(KADOKAWA)がある。

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(郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士 郷原 信郎)

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