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年金の受給手続きが5分で完了…日本人作家が痛感した「窓口すらない英国」と「すべてがアナログな日本」の差

プレジデントオンライン / 2023年4月12日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Junichi Yamada

■ネットで最低限の個人情報を入力するだけ

英国に住んで35年になるが、徹底した行政のデジタル化でコストを削減し、事務を効率化しようという英国政府の姿勢には常々感心させられている。

筆者は今年66歳になるので、つい先日、英国の国家年金の受給手続きをしたが、ものの5分で済んだ。受給開始の数カ月前に「Get Your State Pension」という2ページのごく簡単な案内状が送られてきて、そこにパスワードが書いてある。それを使って政府の年金受給のサイトに入り、生年月日、連絡先、配偶者、英国以外で働いた国、銀行口座などを入力すれば完了である(英国以外で働いた国を申告するのは、一部の国が英国と社会保障に関する条約を結んでいて、当該国で働いた分、年金が増えるため)。

一方、筆者が3年前に日本の年金の受給手続きをしたときは、20ページもの書類に記入し、銀行預金の取引明細のコピーなど、いくつかの書類も添付し、郵送しなくてはならなかった。そのうち送った銀行預金の取引明細について年金事務所から「あなたの名前が入っていないから、本人の口座かどうか確認ができない。名前の入ったものを送ってほしい」と言われた。

■しかも「メールもファクスも駄目。郵送して下さい」

そもそも本人が自分名義の口座の詳細を受給申請書に記入し、署名もして「ここに振り込んでくれ」と言っているのになぜ取引明細(あるいは通帳)のコピーまで提出しなくてはいけないのか? (英国では口座番号と名義人をサイトに入力するだけである。)

先方の事務担当者に「そもそもおたく(日本年金機構)は、毎年この口座から保険料を引き落としていたんですよ。わたしの口座だと分かるじゃないですか」と言ったら「部署が違うので確認できない」という。仕方がないので、別途先方が望むような取引明細をコピーし、「PDFにしてメールで送っていいですか?」と訊(き)いたら、「メールもファクスも駄目。郵送して下さい」と言う。

「なぜメールが駄目なんですか? PDFで送るのもコピーを郵送するのも同じじゃないですか」と訊くと「以前、外部から不正侵入があったので、外部とのメールは使っていない」と言う。はぁー? である。

当時、コロナ禍の真っ最中で、航空便の減便のため、日本に航空郵便が届くのに1~2カ月かかっていて、いつ届くかも分からない状態だった。仕方がないので、東京の出版社の担当編集者に取引明細のPDFをメールで送り、彼にプリントアウトしてもらって、年金事務所に郵送してもらった。ほとんど冗談のような話だが、これが日本のお役所の実態である(なお、年金事務所の担当者は親切で丁寧な年輩のパートの女性で、彼女自身が、おかしな制度や組織文化のために苦労している様子だった)。

■米国は破産手続きさえデジタルで済むのに…

話は2001年にさかのぼるが、粉飾会計で破綻した米国のエネルギー企業、エンロンのことを作品に書いていたとき、米国の進んだデジタル化にはっとさせられた。エンロンは同年12月2日、チャプター11(連邦破産法11条)の適用をニューヨーク州南部地区連邦破産裁判所に申請したが、申請手続きは電子だった。

かたや日本は、その22年後の現在も裁判所への破産申し立てはすべて紙で、破産手続開始申立書、取締役会議事録、委任状、債権者一覧表、財産目録、直近の貸借対照表と損益計算書、従業員名簿・賃金台帳、預貯金通帳の写し、不動産登記簿謄本など、山のような書類を物理的に裁判所に持ち込まなくてはならない。

英国では税務関係の手続きもすべて電子化されている。筆者は12年くらい前に税務調査を受けたことがあるが、その際も手続きはすべてデジタルだった。日本では、税務署の職員が物理的に訪ねてくるが、英国では最初に税務調査の通知の手紙が来て、該当する年度の申告関係の書類(すべての領収証を含む)を全部スキャンしてeメールで送る。その後、先方でそれを精査し、いろいろ質問が来て、経費として認めるかどうかの議論を戦わせる。

■だから最速でワクチン接種も進められた

筆者の場合、過去6年間分の取材費のある項目が経費として認められないので、円に換算して1000万円くらい追徴すると言われ、数カ月にわたって事情説明(反論)を行い、最後は言い分を認めてもらった。この間、やりとりはすべて電話とeメールである。行政の経費節減で税務署の人員も減らされているらしく、一度説明すると返事が来るのは2カ月後くらいで、応酬はだらだら続き、精神的には疲れたが、税務署に出向いたりする必要はなかった。

英国政府の動きを見ていると、可能な限り行政サービスをデジタル化しようと考えていることが分かる。各種免許の申請、不動産登記簿の閲覧、年金保険料の払い込み記録の確認、自治体への植物性ゴミの回収依頼と料金支払いなど、あらゆることがデジタル化されている。

最近では、新型コロナ・ワクチンの接種に関し、まだ世界のどの国でもワクチンの開発が終わっていない2020年の秋には接種プログラムのロジスティクスを確定し、デジタルの予約システムを構築し、先進国の中で一番早い同年12月に接種を開始した。その後は、基礎疾患の有無や年齢にしたがって一気呵成(かせい)に接種が推し進められ、エリザベス女王、ウィリアム王子、ジョンソン首相、ハンコック保健相(いずれも当時)なども年齢の順番にしたがって接種を受けた。

■6000人ものIT要員が医療資源を振り分けていた

予約・実施・データ等はNHS(国民医療サービス)が一元管理し、筆者もネットで予約をし、接種を受けた。英国から半年遅れでワクチン接種を開始した日本政府が、ワクチンの調達だけやり、あとは自治体や職域に丸投げして、紙のクーポンを手にした人々を右往左往させたのとは対照的である。

英国では単に行政手続きをデジタル化するだけでなく、ITとデータサイエンスをフル活用し、行政サービスの効率化と効果を高めようとしている。そのため各種組織は大量のIT要員を揃(そろ)えている。

例えばNHSには「NHSデジタル」(本部・西ヨークシャー州リーズ市)という約6000人が働く情報・IT部門があり、そこがコロナ禍の渦中に力を発揮した。すなわち同部門が、患者との最初の窓口になるGP(家庭医)から患者個々人の情報を吸い上げ、多数のデータサイエンティストがそれを基に、地域ごとの将来のコロナ患者数の予測などを行い、経営陣がどの病院のどの部門を閉鎖し、どの設備と医療スタッフをコロナ病床やICUに振り向けるか、あるいは逆にどのコロナ病床を元の部門に戻すかといった決定をしていた。

ワクチン接種
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

■窓口が消えたせいでブチ切れそうになることも…

的確で詳細な予測と指示によって、ごく短期間で必要な病床と医療スタッフの確保を実行したのである。それによってピーク時には一日の感染者数が27万人強で、2倍近い人口の日本とほぼ同じだったにもかかわらず、日本のように医療崩壊の危機は起きなかった。

ただし、行政のデジタル化はいいことばかりではない。筆者が英国に赴任した35年前は、社会保障関係の役所をはじめ、いろいろな役所の事務所があちらこちらにあり、物理的な窓口も利用できたが、今はすべてつぶされた。

役所の担当者と話す必要があるときは、電話をかけるしかないが、職員数が減らされているので、税務署の場合、最低でも15分くらい待たされる。それでもつながればラッキーで、「今は誰もアベイラブルではありません。グッバーイ」という自動音声の後、一方的に電話が切れてしまうこともあるので、こちらはブチ切れそうになる。

(最近何となく分かったのだが、最初に「お話のあと、職員の対応ぶりについて評価をしていただけますか?」と自動音声で訊かれ、イエス・ノーで答えるようになっているが、イエスを選択すると多少優先的につながるようだ。)

■少なくとも一定数の窓口と職員は必要

日本は日銀がお金を刷りまくり、公的債務が実質的に制御不能になっても、無駄な行政事務と多数の職員を維持している。これでは行政の効率化以前に国が破綻する。他方、英国のように効率重視のあまり、物理的な窓口を全廃し、職員数も減らして利用者を途方に暮れさせるのも困りものだ。

行政の話ではないが、筆者は2020年の春先にコロナ禍が本格化し始めた頃、日本から英国に戻る日本航空のフライトを変更しようとして、同社のコールセンターに電話をかけたがまったくつながらず、札幌など地方のコールセンターをトライしても駄目で、ほとほと困ったとき、有楽町にある同社の店舗に駆け込んで手続きをしてもらい、物理的窓口の貴重さをしみじみ実感させられたことがある。

今後、日本で行政のデジタル化を進めるにあたっても、少なくとも一定数の物理的な窓口は残し、電話対応も、多少待たせるにしても、利用者に不便や不安を感じさせない程度の職員数を確保してもらいたいと思う。

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黒木 亮(くろき・りょう)
作家
1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務し、国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス、貿易金融、航空機ファイナンスなどを手がける。2000年、『トップ・レフト』でデビュー。主な作品に『巨大投資銀行』、『法服の王国』、『国家とハイエナ』など。ロンドン在住。

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(作家 黒木 亮)

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