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ロシアは負けそうになったら核兵器を使う…それでも「ハルキウの敗北」でプーチンが核を使わなかった理由

プレジデントオンライン / 2023年4月27日 13時15分

2023年4月6日、ベラルーシとの最高国家評議会に出席するロシアのウラジーミル・プーチン大統領 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

ロシア軍がウクライナ侵攻において核兵器を使用する可能性はあるのか。軍事アナリストの小泉悠さん、物理学者の多田将さん、ハドソン研究所研究員の村野将さんの鼎談をお届けする――。

※本稿は、多田将『核兵器入門』(星海社新書)の第4章「核兵器と国際政治」の一部を再編集したものです。

■さまざまな状況で核の使用準備ができているロシア

【多田】現在のロシアやアメリカ、あるいは他の核保有国で、それぞれどのような使い方が考えられているのでしょうか。本当に戦略やシナリオを用意していて核兵器を使う気があるのか、あるいは実戦使用は真剣には考えていないのか、という点をご説明いただけますでしょうか。

【小泉】核兵器の使い方に関して、想定しうるやり方を全部備えているのはロシアだと思います。というのは、彼らは世界で2番目に長く核兵器を持っている国であり、アメリカと並んで世界で最大規模の核兵器を持っています。ロシアは核兵器を運ぶ運搬手段も飛行機やミサイルなど、考えうるものは一通り持っています。

【小泉】やろうと思ったら何でもできるし、何でもできる以上はだいたい何でも考えてはある、そう思っておくべきだと思います。そこで問題になってくるのは、いわゆる核戦略には「宣言政策」と「運用政策」があるということです。

俺はこういう時に核を使うぞ、だからやめた方がいいぞと相手にメッセージを送るための核使用の政策が前者で、実際に戦争になったらこうやって核を使おう、と思っているやり方が後者です。

■ロシアが核を躊躇なく使うとき

【小泉】後者の、本当に戦争になったときにどうするかというのは、もちろん公表もされないし、さらにいうと外部から見て分かりやすい形で記述されてもいません。恐らくターゲットのリストや、どの手段でどのターゲットを狙うのかという具体的な作戦計画として作られているものなので、例えばこういうときにこう核を使いますという分かりやすいお品書きのようなリストはきっと存在しません。

分かりやすいお品書き方式のリストがあるのは宣言政策だけです。ロシアの場合に関しては、従来は一つだけ知られていました。それは「軍事ドクトリン」という文書で、2つの基準が書かれているのです。

ざっくりいうと一つはロシアに対して大量破壊兵器が使われた場合で、そのときは遠慮なくこっちも核を使いますよ、と。

もう一つは通常兵器による攻撃だとしても、ロシアが国家存亡の危機に陥ったときにも核を使いますよ、と。この2点が2000年の「軍事ドクトリン」で初めて明確に示されて、それ以来ちょっと表現は変わったりしているのですけど、後の2010年バージョン、2014年バージョンまで踏襲されています。

■2020年に加えられた使用条件

【小泉】さらに2020年の6月に「核抑止分野におけるロシア連邦国家政策の基礎」という文書が公表されています。これを見ると、「軍事ドクトリン」に書いてある2つの核使用のケースに加えてもう2つ、ロシアが核を使う可能性が付け加えられています。

ひとつはロシアの戦略核戦力の機能を損なうような、攻撃を含めた幅広い干渉があって、そのせいで戦略核戦力がダメになりそうだったら使います、と。

もうひとつは核弾頭をつけた弾道ミサイルが明らかにロシアに向かっているときで、この4つくらいのときに核を使うとロシアははっきり言っています。同時にこの文書には「核抑止の一般的性質」という章が設けられています。

その中で、ロシアがそうするとは一言も言っていないのだけど、一般的に核兵器というものはこういう使い方をしますよね、という核の使い方一覧リストみたいなものが掲げられています。

そこには、例えば国家存亡の危機になっていなくても核を先制的に脅しのために使う、とかいった使い方も入っています。ですから、ロシアは宣言政策としては4つくらいを明示して、ロシアがある程度追い込まれたときだけ核を使うと言っていますが、実際にはいろんな使い方を承知しているわけです。

ロシア国旗を背景に浮かぶロケット弾
写真=iStock.com/bymuratdeniz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bymuratdeniz

■北朝鮮の合理性

【小泉】それらが本当に参謀本部がつくった核のターゲットと攻撃手段のリストの中に含まれていないかというと、実はあるんじゃないかと思います。そういう使い方を想定していないことはないと私は思うんだけど、少なくともロシアはそういうふうに言っています。

そして多分これは、アメリカや中国も同じなんだと思います。どこの国も、外向けにいうことと実際に軍の核運用部隊の人たちが作っている作戦計画とはだいぶ違うのではないかと感じます。その点でいうと、北朝鮮なんかは正直なのではないかと私は捉えています。

彼らはできることの幅がそんなに大きくないので、かなり宣言政策と実際にやることの一致が大きいのではないでしょうか。つまり北朝鮮の場合は最小限抑止なんですね。

大規模な核攻撃を受けたら国家がもう持たないというレベルの損害、国民の3割が殺害されるとか、工業力の5割が破壊されるみたいな、そういう損害を受けた場合でも、相手にそういう損害を与える能力は北朝鮮には明らかにありません。

でもアメリカに対して受け入れがたい損害、つまり別に国家は崩壊しないんだけれども、まっとうな人間として、あるいは政権が政権維持を考える上で許容できないような損害、例えばニューヨークに核弾頭が落ちて100万人死ぬとか、そういうレベルの損害を与える能力を持っていれば事実上抑止として機能するだろうという考え方があって、北朝鮮はそこを目指して非常に合理的に核戦力を作っていっているな、という印象を私は持っています。

■負けそうになったら使う

【小泉】核兵器は、通常戦力ではどうにもならないような場合に使うわけですよ。通常戦力でどうにかなるんだったら、こんな危ないものをみんな使う必要はないわけですね。

で、アメリカは世界最強の通常戦力を持っているから、そもそも先に核を使うインセンティブはあまり高くないというか、核の使用を回避しながら戦うことができるわけです。

しかし、ロシアの場合はそうではないんですね。最近心配されているロシアの先行核使用、先行というか戦争が始まらないうちにいきなり核を使ってしまうという話は、戦っている最中に戦局が不利なので核を使って相手を脅しつけて停戦を強要するというオプションで、1997年くらいに出てきたものでした。

ソ連が崩壊して6年くらい経ち、ロシア軍が本当にボロボロになっているときに軍改革を進めないといけない、今より兵力を減らして経済の立て直しのために軍事費を浮かそうというときに、では大戦争になったらどうするんだという問題に対して当時のロシア軍の中から出てきたのが、負けそうになったら早い段階で核を使うと。

■弱者ほど核に頼る

【小泉】核を戦場で使うというのはみんな冷戦期には考えていたんですが、そうではなく戦略核をごくごく限定的に、相手に対して非常に見えやすい場所で使うことによって戦争の継続を諦めさせる、こういうことをやるので兵力を削減しても大丈夫なんだっていう話で、ロシアの積極的核使用は実は通常戦力の削減とセットになっているんですよね。

だから、ロシアの核戦略は必ずしも頭のおかしい奴が考えてきた話ではなくて、通常戦力を核で補います、しかもそれは闇雲に核を使って戦うのではなく、核を使うことによって戦争をやめさせられるんです、という話なんですよ。

じゃあ本当にそんなことができるのかというのは全く別問題なんですが、やはり弱者であればあるほど核兵器という究極的な破壊力に頼りたくなるところがあるんじゃないですかね。

ですから今の世界で、どんな場面で核が使われる可能性があるかということを考えると、大きな力の差があるものの戦いにまず考えられるのではないかと私は思います。

また、そもそも核兵器を持っていなければ使いようがないので、核兵器を拡散させないという核不拡散の重要性がここにあると思うのです。

【村野】今の小泉さんのお話はすごく重要だと思います。核兵器を先に使用したいという誘惑にかられる、あるいはせざるを得ないインセンティブがあるのは、通常戦力で劣勢にある側なんですよね。まさに今のロシアがそうですし、北朝鮮も同様です。

通常戦力の劣勢を核戦力で補おうとしているというのはこの2つの国に共通することで、私は北朝鮮の核戦略はロシアの核戦略を相当参考にしていると思っています。

■ウクライナで核を使えないワケ

【小泉】でも、2022年9月にロシア軍がハルキウでボロ負けしたときにロシアが核を使わなかったのを見て、やはり簡単に核は使えないな、という感じもしました。

2022年3月3日、ウクライナ・ハルキウの路上の建物を破壊
2022年3月3日、攻撃を受けたウクライナ・ハルキウの建物(写真=YuriiKochubey/Depositphotos.com)

通常戦力で敗北して、敵がドカドカ攻めてくるときこそが戦術核の使い道なはずなのに、戦場で使って敵の野戦軍を阻止するのも、脅しのための核使用も、プーチンは結局できなかったのです。

手段はあるし研究もしていたし、訓練では何回もやっているといわれているのにできなかった。ハルキウの敗北は第2次世界大戦後にロシアが喫した最大の軍事的敗北であるにもかかわらず、です。

やはり核を使った場合、どこまで事態が転がっていくかというエスカレーションの予測可能性があまりにも低いので、よほどのことがなければ使えないんだと思いました。

■想定外の苦戦

【小泉】ではよほどのこととは何かという話ですが、これまでロシアが想定してきた危機と今ウクライナで起きていることの間には微妙なズレがあるんです。

ロシアの将軍たちにとって、ウクライナやジョージアといった旧ソ連の国はロシアの通常戦力で簡単にやっつけられる相手だったんです。

多田将『核兵器入門』(星海社新書)
多田将『核兵器入門』(星海社新書)

しかしそこにアメリカが入ってきたら勝てないので、その際に核を限定使用するという考えだったんですよ。この時点でアメリカとの戦争が始まっている、あるいは差し迫っている、もしくは第3次世界大戦が通常兵器によって始まってしまったというような危機のステージがきわめて高い段階なので、核の使用を本気で考えてもおかしくないというロジックでした。

ところが今回ロシアは、アメリカが直接関与してくる前の、ウクライナの通常戦力にさえ勝てなかったということです。なので核を使うかどうかといったら「いや、さすがにまだ第3次世界大戦になっていないのに」という話になってしまうから余計に使いにくいんだろうと感じます。

ロシアの自己イメージと実際の実力にギャップがあるんでしょう。

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小泉 悠(こいずみ・ゆう)
東京大学先端科学技術研究センター専任講師
1982年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、未来工学研究所客員研究員などを経て、2022年1月より現職。ロシアの軍事・安全保障政策が専門。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版、サントリー文芸賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)、『ロシア点描』(PHP研究所)などがある。

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多田 将(ただ・しょう)
物理学者
京都大学理学研究科博士課程修了、理学博士。高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 准教授。著書に『すごい実験』『すごい宇宙講義』(以上、中公文庫)『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ』(以上イースト・プレス)『放射線について考えよう。』『核兵器』『兵器の科学1 弾道弾』(以上、明幸堂)『ソヴィエト連邦の超兵器 戦略兵器編』(ホビージャパン)がある。

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村野 将(むらの・まさし)
ハドソン研究所研究員
岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年より現職。専門は日米の安全保障政策、とくに核・ミサイル防衛政策、抑止論など。拓殖大学大学院国際協力学研究科安全保障専攻博士前期課程修了。著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房、共著)、Alliances, Nuclear Weapons and Escalation: Managing Deterrence in the 21st Century(Australian National University Press, 2021、ブラッド・ロバーツとの共著)などがある。

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(東京大学先端科学技術研究センター専任講師 小泉 悠、物理学者 多田 将、ハドソン研究所研究員 村野 将)

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