E判定をひっくり返した…通信制高校に通うミュージカル俳優を「独学で東大合格」させた極限体験という糧
プレジデントオンライン / 2023年4月11日 11時15分
※本稿は、『プレジデントFamily2023春号』の一部を再編集したものです。
■敢えて選んだ「独学」ストイックに取り組んだ日々
僕が東大受験を思い立ったのは、高2の秋のことでした。
中2のときにミュージカル「ビリー・エリオット」の主役ビリーに選ばれて以来、僕はいろいろな舞台に出演して、一ツ葉高校という通信制高校で学びながら、自宅のある熊本と劇場のある東京を行き来していました。
進路を考える時期になって、選択肢に東京大学が思い浮かんだのです。舞台をやっている僕にとっては東京藝術大学も魅力だけど、将来何に挑戦するとしても、実現できる可能性を高める武器を揃えておきたい。東大でなら、今後日本や世界を担う優秀な仲間たちに出会えるだろうし、彼らに囲まれて過ごすことが刺激となり、自分の考え方や価値観にもいい影響があるんじゃないか。東大という名前があれば、何かスタートするときに周りからも信用されるような気もしました。
■ストイックに取り組んだ日々
わが家は母と二人暮らしです。僕が「東大に行きたい」と言うと、母は驚くことなく、すんなり「頑張ってね」と敢えて選んだ「独学」を認めてくれました。母は、子供の頃から僕の意志を尊重してくれるタイプ。だからこのときも反対することはなかったです。
とはいえ僕は当時、舞台に打ち込んでいて、勉強に一生懸命取り組んだことも、塾に通ったこともありません。東大受験は途方もない目標だったと思います。
東大を目指す級友も、受験を指導してくれる先生もなく、力試しに受けた模試は当然のようにE判定。舞台活動は休止し、ネットや書店で受験の情報を収集して、何が最善かを考えました。東大を目指している他の人たちより後れを取っていることは明らかなので、同じように塾に通っても駄目だと思い、独学で高1の内容を学ぶことから始めました。
勉強は毎日、家で朝から晩まで。食事をするときも歯磨きの間も、頭の中は勉強一色です。不安でしたが、心の支えがありました。「ビリー・エリオット」のオーディションの思い出です。
このオーディションは1年以上にわたるワークショップの過程で、候補が少しずつ絞られていくというスタイルでしたが、周りがバレエやヒップホップなどに秀でた人たちばかりの中で、僕はダンスは習っていたものの突出したものがありませんでした。
でもどうしてもビリーをやりたかったので、ワークショップの日は毎回、3時間ほど前に会場に行って、それまで習ったことを復習したりと自主練しました。そのときのことを思うと、「これだけ努力したのだから、もうたいていのことは耐えられる」と思いました。
受験勉強で疲れたとき、そのときの感覚が蘇ってくる。そしてまだできると思えました。一度めちゃくちゃ頑張った経験は、次の頑張りのエンジンになるのですね。
■僕を肯定し続けてくれた母に感謝
もう一つ、「ビリー・エリオット」の体験で受験に役立ったことがあります。
それは1度目の受験で不合格だったとき。
舞台活動を休止し、受験勉強を本格化させたのは高2の秋。独学を積み重ねていく中で、成績は上向きになり、1年後の高3の秋には東大模試でC判定やB判定が出るようになりましたが、本番では不合格。でも不思議とダメージは大きくなく、すぐに気持ちを切り替えることができました。
というのも、僕は「ビリー・エリオット」の公演期間中に膝に痛みを感じるようになり、大阪公演の前に降板を余儀なくされたんです。中途半端な形で終わってしまい、悔しくて毎日泣きわめいていた時期もありました。僕にとっては大きな挫折だったので、それに比べたら一度の不合格は大したことではなく、まだチャンスはある、と思えました。大きなつまずきが、次のつまずきのクッションになってくれた。失敗や挫折を恐れず挑戦すれば、その経験は糧になるのだと思います。
1年間の浪人生活の後、僕は東大に合格できました。入学してみると、周りにいるのは物事に対する見識が深く、しっかりした人たちばかり。それまで僕はグループで活動していても「自分がしっかりしなきゃ」と思う場面が多かったんですが、自分だけが頑張らなくてもいいと思えて、心が落ち着く、幸せな環境です。
受験勉強中のことを振り返ると、我ながらストイックだったなと思いますが、それはやはり小さい頃から、興味のあるものに夢中になる僕を、母が肯定し続けてくれていたおかげだと思います。もし「それはよくない」「これをしなさい」「あなたには無理」と言われていたら、好奇心を抱くのはよくない、我慢することがいいという考え方になっていたでしょう。
小さい頃、絵本を読んでとせがむ僕に、母は図書館で何十冊も借りてきて読み聞かせてくれたし、ピアノを習いたいと言ったときも、中古のピアノを探して買ってくれました。東大受験もその延長で僕が興味を持ったことだったので、うまくいかないときにも母はそっと寄り添ってくれたのがありがたかったです。
将来についてはっきりと決めていることはありませんが、一つ夢見ているのが、起業してミュージカルをプロデュースすること。今の日本の演劇界では、俳優の人気が役の大小に関わる傾向がありますが、実力があるのにきっかけをつかめない俳優も少なくありません。そこで、完全に実力主義の舞台を作りたい。そのためにも大学では経済を専攻して、起業に役立たせたいと思っています。
2002年熊本県生まれ。17年、1346人の中からミュージカル「ビリー・エリオット〜リトル・ダンサー〜」のビリー役に選ばれ、出演。現在、東京大学文科二類に在学中。
(プレジデントFamily編集部 構成=松島まり乃)
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