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日本にとって対岸の火事ではない…「トランプ起訴」に見るアメリカが内戦へと向かう兆し

プレジデントオンライン / 2023年4月16日 9時15分

2023年4月4日、フロリダ州パームビーチのマール・ア・ラーゴで、「口止め料」支払い疑惑をめぐる出廷後の記者会見で発言した後、退出するドナルド・トランプ元米大統領。 - 写真=AFP/時事通信フォト

トランプ前アメリカ大統領が、ビジネス記録の改竄に関する34件の罪状で大統領経験者として史上初めて起訴された。妥当性を巡って激しい論争が起き、アメリカ社会のさらなる分断が憂慮されている。『アメリカは内戦に向かうのか』(バーバラ・ウォルター著)の翻訳を担当したものつくり大学教授の井坂康志さんは「これは対岸の火事ではありません。ウォルター氏の指摘は、日本のSNSの仕掛け人と怒れるフォロワーにもそのまま当てはまるのです」という──。

■アメリカは「内戦」に向かうのか

バーバラ・ウォルターが著わした『アメリカは内戦に向かうのか』は、内戦を予期しうるパターンの探索に知的リソースを割いている。

アメリカでは民主党員(青)と共和党員(赤)の価値観も、2004年以来急激に分断されているし、現在に至っては反LGBT、中絶問題、さらにマスク着用ですら暴動が起こっている。本書の説くところと照合すると、現在のトランプ元大統領への訴追などを見る限り、内戦に至るスピードはかえって前倒しされているように見えなくもない。

アメリカはもちろん日本にとって重要な国である。いや、「致命的に」の一語を加えたほうが正確だろう。さらにもう1つ、同書で展開されるアプローチやコンセプトを日本に当てはめて考えてみることで、くっきりと問題の所在が浮かび上がってくる側面もある。

というのも、本書は、もちろんアメリカのみを分析しているわけではない。むしろ、著述全体からすれば、中東、東南アジア、ヨーロッパ、南米などほぼ世界全域をカバーしている。

2016年6月29日、マンハッタンのチェルシー地区に貼られた、ドナルド・トランプに「#Hate」の文字が書きこまれたポスター
写真=iStock.com/Boogich
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Boogich

■「日本だけは大丈夫」という勘違い

だが、例外的に言及の少ない国がある。それが日本だ。

本書において日本は3回しか登場しない。たったの3回である。アメリカの同盟国の中でも、巨大な政治経済上のパートナーでもある日本に対して3回の言及とはいかにも不自然だ。なぜなのだろうか。

言うまでもなく、著者の学問的守備範囲の問題はある。だが、背景には、日本の政治社会が相対的に安定しており、中東やアフリカの一部など、日々国際ニュースをにぎわす政治的暴動から一見無縁なのも理由としてあるだろう。ひいてはアメリカでの銃乱射事件は、3年連続で年間600回を超えている。日本を同列に論じるのはそもそも無理がある。

しかし、私からの「言及3回」の理由を問い合わせるメールへの返信において、必ずしも、原著者ウォルターが日本の現状に楽観的でないことが判明している。ウォルターは、本書で記述される内戦や暴動を日本における近未来の姿と考えるべきと警鐘を鳴らしている。

「ここで述べられていることは、私たちの世界を取り巻く真実の姿にほかなりません。それらが日本で生活する皆様にとっても、遠からず訪れるであろう未来であることは否定できません。読者の皆さまにおかれましては、アメリカはじめ世界各地における切迫した現実をあらかじめ知っていただき、それらの経験を賢明に用いていただけることを願っています」

この返信は、日本版へのメッセージとして許諾を得たうえで冒頭に掲載している。他国の騒擾(そうじょう)を他山の石とすべきとの認識をもとに、日本の個別解については、日本人自らの手で解いていかなくてはならないのだろう。

■内戦へと至るプロセスは「雪崩」に似ている

まず、日本は未来を楽観に委ねてよいのだろうか。

その前に、1つ重要なことを確認しておく必要がある。ウォルターの指摘する分析手法の中でも、最も目を引く指標である「ポリティ・インデックス」についてである。これは内戦を予期するうえでのいわば「目玉」であるのだが、そのアプローチや概念上の定義はきわめて複雑かつ難解なものなので、1つたとえ話をしてみたいと思う。

しばしば冬から春にかけての季節に、ニュースなどで、雪山やスキー場などでの雪崩による被害が報道される。今年も、外国人によるスキー客が雪崩に巻き込まれたというニュースが記憶に新しい。

内戦とは、ある意味で雪崩に似たところがある。というのは、厳寒時しっかりと硬く冷え固まった雪が堆積した場合、頑健であるために雪崩は起こりにくい。さらにその上に新しい雪が降ったとしても、気温が低いままならその硬さに大きな影響はないと考えられるし、むしろ重圧によって堆積した雪はさらに頑強さを増していくだろう。

問題は、厳寒から、急に温暖な気候へと移行していく局面である。しばしば大きな雪崩は気候が緩む時節に起こると指摘される通りである。急に春先のような気温になると、硬く積もった雪が急激に溶けて土台が緩んでくる。

■キーワードは「アノクラシー」

話を政治に戻すと、ポリティ・インデックスが最も不安定化する状況とは、上記の雪崩が発生するメカニズムによく似ている。

すなわち、何らかの一元的で独断的な政治体制の下に国民が支配されている状態、すなわち専制政治は、冷え固まった雪の堆積に似て、安定度は抜群に高い。そこに流動性というものはなく、民衆は唯々諾々と上からの命令に従う。

問題はそこからである。

専制体制が、何らかの事情で急激に緩和され、春先のうららかな風が吹き始めると、固まった雪の堆積が一気に溶解して、地盤ごと流動化する危険性が高まる。急激に民主化されて、昨日まで緊縛されていた民衆に自由が与えられてしまうときに、政治は一気に不安定化するという。つまり、「間の悪い民主化」は危機を助長するのである。

本書の重要な箇所で何度も言及されている「アノクラシー」がこの雪崩の危険性を示すゾーンである。アノクラシーとは、民主主義政治でもなければ、専制政治でもない。いわばその中間にある状態だ。現代のアメリカは、このフェンス上に危なっかしく立っている状態というのが原著者の見解である。

■最も危険なのはSNS

日本の場合、これはどのように理解できるだろうか。

ウォルターの著作の中でも最も危険とされているのが、SNSである。ウォルターは、内戦を防ぐためにまずなすべきことは何かと問われて、「それはソーシャル・メディアとそれらを運営するテック企業を規制すること」と即答している。

企業への規制自体は一般的に行われていることである。わかりやすいのは、医療や製薬、あるいは食品など人体と直接的な関わりを持つ企業活動だ。それについては、行政による厳しいチェックを経たり、報告義務を課せられたりするなどの実質上・手続き上の義務が定められるのがむしろ普通である。

一方で、SNSは人体に直接の影響はないものの、人間精神の細胞上の組成に致命的な影響を及ぼしている。たとえば、研究によれば、人は他者の幸福よりも不幸に、あるいは喜びよりも怒りに強く反応するという。これは良い悪いではなく、1つの事実だ。怒りは人を呼び寄せるからだ。

SNSの運営主体は純然たる私企業である。企業は株主に対して業績上の責任を負っている。憎悪の連鎖が生じて、SNSの大炎上が発生するということは、それだけ利用者の間で広汎な閲覧がなされているわけだから、SNSの宣伝効果を高めているのと同じことになる。

すなわち、憎悪を拡散し、分断を助長するほどに企業は儲かる。ウォルターは、この状況に毅然(きぜん)として対応すべきであると主張している。

人々の挙げた手の上に「PROTEST」の文字
写真=iStock.com/wildpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wildpixel

■ネット上の“仕掛け人”たち

現在、Twitter、Instagram、TikTokなどを見る限り、そこには、危険な存在がうようよ棲息しているのに気づかされる。

実は、先ほど内戦に至る要因を雪崩にたとえたのだが、この比喩には1つポイントがある。それは、内戦とは、純然たる自然現象ではなく、それを引き起こす人為的きっかけを待っているという点である。その意味では、内戦とは、「誰かが起こすもの」である。

彼らのことをウォルターは「仕掛け人」と呼ぶ。このような仕掛人は、とかく「火のないところに煙を立てる」天才的な能力と手腕を発揮している。

もちろん当人たちに内戦を起こそうなどという大それた意図はないかもしれない。しかし、結果として、分断を煽(あお)り、人々を対立させる点において、YouTubeやTwitterでの一声が時に大雪崩を引き起こす振動となり、ガスの充満した部屋で擦られる1本のマッチとなるのだ。

■「怒れるフォロワー」が分断を助長する

仕掛人を支えるのは、怒れるフォロワーたちである。すでに、SNSでの憎悪の拡散に見るように、21世紀の主たる戦場は、見渡す限りの平原や砂漠、海原ではなくなっている。使用される武器も、銃やバズーカ砲、戦車、戦闘機ではない。

バーバラ・ウォルター著、井坂康志訳『アメリカは内戦に向かうのか』(東洋経済新報社)
バーバラ・ウォルター著、井坂康志訳『アメリカは内戦に向かうのか』(東洋経済新報社)

あたかも『カラマーゾフの兄弟』の長男ミハイルが叫ぶように、「最大の戦場はどこか? それは人間の心なのだ!」。戦場は今やスマホの中にある。現在のようなネット社会では、人々の心内はサイバー空間上に可視化されている。つまり、内戦に見まがうべき状況は、ネット上ですでに発火し、類焼し、爆炎を上げているのだ。

もちろん、日本が突如として内戦になるかというと、それは杞憂(きゆう)と言わなければならないだろう。というか、そんなことは考えたくもないというのが本当のところだろう。それに幸運なことにアメリカとはだいぶ初期条件が異なっている。

だが、この30年ほど、冷戦とバブルの2つの「崩壊後」を顧みる時、その「考えたくもないこと」が優先的に生活圏に立ち現れてきた事実に思いを致さざるを得ない。ウォルターの『アメリカは内戦に向かうのか』は、日本のアクチュアルな状況に置き換えて読むとき、多くの教訓を与えてくれるだろう。

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井坂 康志(いさか・やすし)
ものつくり大学教養教育センター教授
1972年、埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。東洋経済新報社勤務を経て、2022年4月より、ものつくり大学教養教育センター教授。ドラッカー学会共同代表。訳書に『ドラッカーに学ぶ 自分の可能性を最大限に引き出す方法』(ダイヤモンド社)、『ドラッカー 教養としてのマネジメント』(日本経済新聞出版社)、『ドラッカーと私』(NTT出版)等。

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(ものつくり大学教養教育センター教授 井坂 康志)

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