性能は普通だが、長く安心して使える…ソニーから分離したVAIOが「日本で作る普通のPC」にこだわるワケ
プレジデントオンライン / 2023年4月11日 11時15分
■VAIOは「普通」のPCで定番を目指す
ソニーから分離してPC専業メーカーとなったVAIOは3月29日にVAIO F14/F16というスタンダードPCを発表した。この発表会では、これまでのようなプレミアムニッチを狙うのではなく、Windows PCの定番を目指した「普通」のPCだという。
20世紀の日本のエレクトロニクス産業は高い技術力を背景に普通ではない他社より優れた機能や性能を差異化の源泉として競争優位を築いてきた。ハーバード大学のマイケル・ポーター教授は、そうした製品差異化をするのでなければ、価格で勝負をして圧倒的なシェアを獲得するコスト・リーダーシップ戦略が求められると指摘している。
VAIOという95%が国内ビジネスである小さなPCメーカーがDELLやHPなどのグローバルなPCブランドに対して、価格だけで勝負を挑んでシェアを奪おうというのはありえない。では、なぜここにきてVAIOは普通のPCで定番を目指そうとしているのだろうか。
■「大学生が小脇に抱えながら闊歩する」というイメージ
かつて、VAIOがまだソニーのビジネスだった頃にいたずらに低価格モデルを拡販し、大赤字で撤退したという痛い思いもしている。ソニーのPC事業の歴史は結構長い。1982年にはSMC-70というグラフィックス機能に力を入れたPCを発売している。この時採用された外部記憶装置がその後世界的に普及する3.5インチのフロッピーディスクであった。
その後、SMCシリーズは後継が2モデル、当時ファミリー層向けにアスキーとマイクロソフトが開発したMSX規格に準拠したHiTBiTシリーズ(SMCも最終的にはHiTBiTブランドに組み込まれた。)を発売し、1990年代の初めぐらいまでがソニーのPCの第1期であった。
その後ソニーは1996年にPC業界に再参入した(日本での発売は1997年から)。ソニーは、他社と異なるPCを作る、持っていてクールなPCを作るという、ソニーが20世紀に他の家電カテゴリーでやってきたのと同様な製品差異化を行おうとした。しかし、OSはWindowsという標準的なものであり、搭載するアプリケーションに多くのソニー独自の製品を追加した。これが良くも悪くもVAIOの特徴の一つであった。
もうひとつはデザインである。大学生が小脇に抱えながら都心のキャンパスを闊歩(かっぽ)するというイメージでデザインされたVAIOノート505はVAIOを代表するヒット商品となった。当初のVAIOに紫色のPCが多かったのもデザインのこだわりであった。あえてカラーバリエーションを付けず、この色を見たらVAIOというブランドイメージをつくるためであった。
■中途半端なこだわりでソニー時代のVAIOは失敗
こうした戦略に転機が訪れるのは2000年代の半ばであった。米国、日本から始まり世界中に市場を広げたVAIOは中国にも進出。VAIOのブランドイメージは特に中国で高かった。そこで、中国を中心に安価で標準的なVAIOを大量に投入するようになった。今にして思えば、ソニーからVAIOのビジネスがなくなったのはこの意思決定が原因だったのかもしれない。
ただし、数を追うことは悪いことではない。グローバルな競争の中で、トップレベルで数を競うことができるのであれば、部品調達の際のバーゲニングパワーも高くなるし、自社で効率よく生産する工程を設計することができたら規模の経済性が働いて安くても大量に販売することで大きな利益を得ることができる。
一方、ソニーのVAIOの拡販の失敗は、まず追う数が中途半端であったことと、自社生産ではなくEMSを活用したODM生産であったことから、規模の経済性が効かないビジネスだった。もちろんODMで製品を安く調達することも不可能ではない。現にアップルが全ての製品をODMで調達しつつ大きな利益を上げている。アップルがEMSを活用しながら安く製品を調達できるのは、アップル自身が製造技術の開発にも注力し多くの特許も持っているためであり、他者よりも効率的に生産するだけの能力があったためである。
しかし、ソニーのVAIOの場合、中途半端に大きな数であるにもかかわらず、ソニーのVAIOだからという中途半端なこだわりで、EMSに対して製品の仕様に多くの注文を付けたので安く調達するということができなかった。これがソニー時代のVAIOの失敗といっても良い。
■「これといった秀でた機能や性能ではない」ところが良い
その後、独立したVAIOはまず日本市場を中心にプレミアムなノートPCで地道にビジネスを回復させ、その後、法人向けビジネスに力を入れることで、基本的にはニッチ戦略を採ってきた。VAIOの山野正樹社長は、営業体制の強化による法人向けビジネスの成長と、PCとしての本質的価値追求が新生VAIOの成長の原動力だと話す。
では、いまなぜ普通のPCを作って定番を目指すのか。定番というからには数を追うということであるし、数を追うということはそれなりの低価格である必要もある。山野社長も定番を目指すからにはそれなりの価格が求められることを発表会で示した。これは、ソニー時代のVAIOの低価格大量販売の二の舞にならないのだろうか。
VAIOの新戦略はまだ発表したばかりであり、結果は誰にも分からないことであるが、イノベーション研究者として筆者は今回のVAIOの商品戦略は良い線を行っていると考えている。
定番であり普通であるPCというのはこれといった秀でた機能や性能ではないことを示すが、かつてのソニーのVAIOが無理やりに機能的に秀でた点をWindows PCで実現しようとしたことのほうが経営学的には無理があったと言える。
■同じソフトが他の端末でも使えるからこそ便利
PCはリアルにも仮想的にもネットワークを形成している製品である。同じソフトウエアやデータが同じように他の端末でも使えるからこそPCは便利に使える。こうした特性を「ネットワーク外部性の便益」と呼ぶ。ネットワーク効果という言い方をすることもある。
ネットワーク外部性があるということは、個々の製品そのものの機能の違いよりも、同質的な製品が結ばれたネットワークの規模、つまり、どのPCでも同じデータが使えたり、同じソフトが使えたりする、ユーザーの数が多いことである。
ネットワーク外部性の便益とは、ユーザーの数が大きければ大きいほど、製品の価値が高くなるということである。例えば、iPhoneやAndroidは一定数の数のユーザーの数があり、ユーザー数が多いからこそ多くのアプリが開発され、iPhoneやAndroidはスマートフォンとしての価値が高いと言える。
一方、かつてマイクロソフトが開発したWindows Phoneはデザインや個々の機能面では優れた端末であったが、ユーザー数が少なく、専用アプリが少なく、スマートフォンとしての価値は低く評価された。これがネットワーク外部性の意味である。
■「ソニーのVAIO」は互換性に乏しいPCだった
PCでネットワーク外部性の便益があるということの前提には、互換性が求められるということがある。全てのPCで全てのソフトウエアやデータが同じように機能しなければPCとして役に立たない。
かつてのソニーのVAIOにはVAIO専用ソフトが山盛りに搭載され、それが他のソフトウエアとの互換性の問題を引き起こす、スペックの割にもっさりした動作になるなど、PCに慣れたユーザーからは、「VAIOはデザインは良いけれども、プリインストールされたソフトがなければもっと良いのだが……」という声がよく聞かれていた。
ソニーのVAIOは非常に癖があり、標準的でなく、互換性に乏しいPCであったという言い方もできる。その点、今回のVAIO社が目指すVAIOは定番である。ネットワーク外部性の便益を最大化する、最も同質的で互換性の高いPCを作ろうとしている。これはPC事業の本質的な価値創造といえる。
■安曇野の工場ならではのつくりこみの違い
一方で、定番であり普通であるということは差異化の源泉がないということにも通じる。この疑問に対してVAIOは安曇野の工場ならではのつくりこみの違いを指摘している。長野県安曇野市にあるVAIOの本社工場は、ソニー時代からVAIOの本拠地であったソニーEMCS長野テックであり、さらに昔は、長野東洋通信工業というソニー100%子会社のオーディオ製品の工場であり、先に述べたSMCやMSXの生産も手がけていた。
VAIOはPCメーカーとしては非常に小さな会社であるが、旧ソニーEMCS長野テックという大企業の開発生産設備を引き継いだことにより、小回りの利く企業の規模でありながら、各種測定機器などの開発製造に関わる設備は大企業の工場並みというぜいたくな開発生産体制を有している。
これまでもVAIOは、ハイエンドモデルのZシリーズを自社生産しながら、ODMで調達した製品についても一台一台安曇野の工場で検品をする安曇野フィニッシュということを行ってきた。これらも、安曇野の高い設計製造品質をVAIOの売りにしようという試みだった。
■カッコイイ、カシコイ、ホンモノという特徴
さらに、今回発売する新しいVAIOも安曇野の工場で生産されるという。安曇野の品質だからこそできる、特徴を出そうと山野社長は指摘し、それはVAIOの本質的価値であるカッコイイ、カシコイ、ホンモノという特徴だという。カッコイイやホンモノというのは、VAIOの差異化を規模の経済性に影響を与える互換性を損ねないデザインで図ろうというものである。
山野社長は、驚くような性能や機能でなくても、長年使ってもパームレストやキートップが剝げないようなホンモノ感があることがVAIOの特徴だと強調している。
ソニーのバイオが製品差異化によってむしろネットワーク外部性の便益を損ねていたのに対して、この新しいVAIOの戦略はPCという同質性の高い製品カテゴリーの戦略としては正しい考え方かもしれない。しかし、本当にそれだけで定番のポジションをVAIOはとることができるのであろうか。
長年使ってもパームトップやキートップが剝がれないというのはPCをそれだけ長く使うという前提での話であるが、PCやスマホといった商品は、機能性能の進化が早く、早ければ3年程度で買い換えを迎える商品でもある。そうした商品にこのホンモノの品質はある種の過剰品質になってしまうかもしれない。
■中国製品排除の流れは、またとないチャンス
むしろ、安曇野の工場で製品を作ることの価値は、日本の資本の企業が日本国内で開発製造することそのものの情緒的な価値かもしれない。それは、日本製の情報機器という安心と信頼だ。
昨今、欧米や日本で中国製の通信機器やアプリの排除が進んでいる。これらは政治的な思惑の一面もあるが、中国の政治体制を考えると、企業の機密情報や個人の機微情報を託すには中国の機器には心配があると考えるのも一理ある。
それが事実かどうかはあまり問題でない。少なくとも、今日の欧米社会は中国製品に対して警戒を抱き始めている。これは日本にとってまたとないチャンスでもある。
■日本企業が開発製造するからこそ安心できる
4月5日にウォールストリートジャーナルが報じたところによると欧州自動車大手のステランティスとBMWは北米のEV向けバッテリーの調達先としてパナソニックとの交渉を開始したという。これは先ほどの安心とは少し異なる文脈であるが、米国において中国製バッテリーを使ったEV車には優遇措置が受けられないということが関係している。
米中の対立が高まる中で、今後、通信機器やバッテリーだけでなく、PCについても中国製品排除の流れが起きてもおかしくはない。その時にだれがPCを供給するのか。長年自由経済の中で成長してきた日本企業が開発製造するからこそ安心できるPCというのは、今後ひとつのPCの大きな情緒的価値になるかもしれない。これは神戸の自社工場でPCを生産しているパナソニックにも当てはまる話だ。
なにも日本製だから機能的、性能的にハイスペックでなければならないという時代は終わっている。しかし、日本のもうひとつの価値である、日本の設計品質、製造品質、それに加えて、情報の取り扱いに懸念のない安心できる企業への信頼という3つの要素が今後の日本のPCに活路を見いださせるのではないだろうか。
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早稲田大学大学院 教授
1972年東京都生まれ。京都大学経済学部経済学科卒業後、ソニー入社。映像関連の商品企画、技術企画、新規事業部門の商品戦略担当などを務めた。2007年京都大学で博士(経済学)取得後、研究者に転身。同年、神戸大学経済経営研究所准教授着任。早稲田大学商学学術院准教授などを経て、2016年より現職。2016年から17年までハーバード大学客員研究員。ベトナム外国貿易大学ハノイ校客員教授、総務省情報通信審議会専門委員などを務める。主な著書に『読まずにわかる! 「経営学」イラスト講義』(宝島社)、『イノベーション・マネジメント』(中央経済社・共著)など。YouTubeチャンネル「長内の部屋」でニュースやビジネスに関する動画を配信している。
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(早稲田大学大学院 教授 長内 厚)
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