命に関わる大病を乗り越えてたどり着いた「人生を3倍拡張できる」未来とは
プレジデントオンライン / 2023年5月6日 8時15分
■リケジョが増えない理由は、女性の思い込みにもある
2021年、琉球大学で女性初の工学部教授に就任した玉城絵美さん。後進の女性研究者を育成することで、母校に恩返しがしたいと語る。
「工学部への女性の入学者が少ないうえ、能力があっても修士や博士課程への進学に悩む女性が多いと感じています。専門性が高くなると男性にはかなわないという思い込みがあるようです。しかしそれは誤解。能力に性差がないことは研究データが証明しています。企業は慢性的なIT人材不足ですから、工学系の学位があれば、男女問わず理想のキャリアや収入に近づけると思います」
![(写真左)2011年、東京大学大学院で博士号取得。(写真右)12年、東京大学大学院博士課程修了時、総長賞を受賞。その賞状と記念品。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/8/1200wm/img_b8f1238d1594ce3074a7f8c69ac6ca51931006.jpg)
かつては玉城さんも性差による偏見に戸惑うことがあった。
「当初は男性に現場の主導権を譲ろうと思いがちでしたが、結果的に研究をリードするのは私の役目。男性中心の環境でマイノリティーを経験したことで、逆に性差への固定観念の殻が剥がれるのを感じました」
※1 ボディシェアリング(BodySharing®):キャラクター、ロボットや人などとユーザーが、さまざまな身体感覚を相互に共有し、体験を共有する技術。ここでいう身体感覚とは、視覚や聴覚だけでなく位置覚、重量覚や抵抗覚などの固有(深部)感覚を含む。
※2 HCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション):人間とコンピュータの間の情報交換についての研究分野。
■新しい研究分野を開拓・起業。夢だった技術を10年で現実に
学生時代に命に関わる大病を経験した玉城さんは長い入院生活を強いられ、友人たちのように部活や旅行などが自由に体験できないことに強いいら立ちを覚えた。
![14年、第4回「日本起業家賞(TEAJ-EMI)」(米国政府主催)ファイナリストに選出。米国大使館で、ファイナリストたちとともに駐日米国大使(当時)のC.ケネディ氏を囲む。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/4/1200wm/img_2450c0a8a89fc813a64de501ff07c066271581.jpg)
「自分で旅行ができないなら、他人やロボットの体験を共有する技術を開発すればいいと考えました。ボディシェアリングのイメージはこの時期に芽生えたのだと思います。大学では情報工学を専攻しましたが、私が想像していた感覚共有研究はその頃まだ、研究分野も存在しませんでした」
そこで新しい研究分野をつくるために博士号を取り、いち早く産業化するために研究職と起業を両立する道を選んだ。
「研究者のビジネスは先端技術の社会への導入がスピーディーなのが利点。世界では工学博士と経営者のような二足のわらじは珍しくありません。今は有能な人ほど複数の専門性を持ち、成功しやすくなっています」
12年に起業、10年あまりで開発したボディシェアリングは、体験者がロボットやアバター、他人の体験を感覚として共有できる技術として、観光、農業、スポーツやエンターテインメントなどさまざまな分野で応用されている。ほかにもバーチャルオフィスなどでの活用で実用化に向かっているという。
![(写真左)ボディシェアリングの開発風景。(写真右)「FirstVR」(下)と触感型ゲームコントローラー「UnlimitedHand」(上)。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/a/1200wm/img_0a96d885b2d3b1e816758db096cc2556640633.jpg)
「アプリを起動し、体のデータをとるデバイス(※3)を装着してバーチャルオフィスに出社すると、その人の緊張や体力の消耗度合いなどが数値で表示されます。管理職は部下の状態を把握でき、リモートでも対面に近いサポートが可能になります。疲れ切っている、まだ余力があるなどが可視化できるので、サボっているとバレます(笑)。すでに企業でのテスト導入を開始しましたが、数年後には家庭でのサービスインもめざしています」
※3 筋変位センサーを搭載したデバイス「FirstVR」をふくらはぎに装着すると「緊張」と「残体力」が推定できる。
■ITでどんな人もやりたいことができる社会に
玉城さんの会社は7割がバーチャルオフィスに出勤するリモート勤務。チームにはメンターを設け、業務やキャリアパス、私生活の相談もしやすい環境に。さらにチーム全体での情報共有も徹底している。
「業務上の情報は郵便物までテキスト化して共有。どう働きたいかが表明できる“働き方カード”に働く時間やスタイル、成長目標や家庭事情まで詳細に記録して全メンバーに公開しています。各自の働き方が尊重され、居心地がいいと好評です」
![リーダーとしての3カ条](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/d/1200wm/img_8df52a19f5dc1429c5984ad03c11b4db94759.jpg)
スタッフ各人には多様な事情があるもの。問題があればディスカッションし、フォローし合える体制にして2年、海外人材も含め優秀な人材が定着し、29年に設定している研究ゴールに向け、力を合わせている。
ボディシェアリング技術はまだ実験段階ではあるが、事業計画ではあと数年で産業化が進み、日常生活に浸透していく予定なのだという。
「遠くない未来、普通の人が大リーガーのホームランやプロの楽器演奏を体感できるとか、日本にいながらハワイでサーフィン体験ができる社会がやってきます。人生経験は3倍くらいに拡張し、仕事でも私生活でも選択肢が増えてやりたいことができる社会に変わるはずです。諦めることは何もないんです。やりたいことを実現する方法は必ずある。女性だからと諦めず、もっと欲張って生きてほしいですね」
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H2L代表取締役/琉球大学工学部教授
1984年生まれ、沖縄県出身。琉球大学工学部卒業後、筑波大学大学院、東京大学大学院学際情報学府で研究。博士(学際情報学)。2012年、H2Lを共同創業。16年、外務省WINDS(女性の理系キャリア促進のためのイニシアティブ)大使に任命。米国ディズニー・リサーチ社、東京大学大学院総合文化研究科特別研究員、早稲田大学理工学術院准教授を経て21年4月より琉球大学工学部知能情報コース教授に就任。
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(モトカワ マリコ 撮影=荒井孝治)
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