AI翻訳で作られた英文メールは実は通じていない…「AIの精度が低いから」ではない3つの理由
プレジデントオンライン / 2023年4月26日 9時15分
※本稿は、井上多恵子『グローバル×AI翻訳時代の新・日本語練習帳』(BOW&PARTNERS)の一部を再編集したものです。
■察知する文化があいまいな言葉を生んでいる
日本では、共有している情報が多いことを前提にしたハイコンテクストのコミュニケーションが行われてきました。明確に説明しなくても、情報の受け手の側で、発信者が言わんとすることを察知してくれるコミュニケーションがなされてきたのです。あうんの呼吸や忖度(そんたく)は、その典型です。
背景には、日本語を共通言語に、同じような教育を受けて育ってきた人たちが国民の大半を占めることがあります。一方、移民の国アメリカでは、共有している情報が少ないことを前提にしたローコンテクストのコミュニケーションが行われています。共有している情報が少ない人でも理解できるように、情報を補って明確に説明することが求められるのです。
それを象徴的に表している言葉が、アメリカ人が好んで使うCrystal clearです。文字通り訳すと、「水晶のように澄み切った」という意味ですが、それが転じて、「非常に明白な」という意味で使われています。
情報を発信する側が、受け手にわかりやすい伝え方をすることが求められるのです。世界中にいる人たちとコミュニケーションを取るときには、ローコンテクストのコミュニケーションが望ましいです。
つまり、情報の受け手が発信者の意図を推測しなくてもいいように、必要な情報を補うなどして明確に伝えるスタイルです。
では、これから、具体的な留意点を見ていきましょう。著者の実践経験に基づき、読み手の推測がより必要だと思う順番にRuleとして並べています。
■変な英語になる理由1.主語が足りない
ヒアリングをした方全員が、日本語を英語に翻訳する際の工夫点として最初に挙げていたのが主語を補うことでした。
浦安市多言語表記検証報告書(浦安市多言語表記検証委員会が令和3年3月に発行)でも、「主語がない」ことを誤訳発生要因の一つとして取り上げ、「政府は」が欠けている文を紹介しています。今の機械翻訳は、推測可能な主語は自動で補うレベルにまで進歩しています。とはいえ、確実に意図通りの訳がなされるよう、主語を補うようにしましょう。
(ccに部署の人たちを複数名入れたメール文)
機械翻訳したら
この翻訳を和訳したら
この文がマズイ理由は、他のメンバーも受け手に会うことになっている場合であっても、「楽しみにしている」という書き手個人の気持ちだけを伝える英文になっている点です。
元の日本語を書き直すとしたら
主語が「私たちは」であることを明記しました。
書き直した文を機械翻訳したら
「私たち」があなたに会うことを楽しみにしているという意味に修正されました。
■組織としての謝罪文が、個人的な謝罪文に…
(○○お客様相談室メール文)
機械翻訳したら
この翻訳を和訳したら
この文がマズイ理由は、和文を読んだ人は、○○お客様相談室という組織としての謝罪文と理解しますが、英文では個人としての謝罪文になっている点です。
元の日本語を書き直すとしたら
主語が「私どもは」であることを明記しました。
■機械翻訳でもS+V(主語+動詞)を忘れずに
和文を作成した後、各文に主語があるか否かを確認し、主語がない場合は、主語を補います(機械翻訳で主語が誤解されて補われるリスクを避ける)。
[例]貢献賞を受賞して喜んでいます。
→ 私たちは、貢献賞を受賞して喜んでいます。
①5W1HのWho(誰が)を入れて、和文を書きます。
[例1]彼女は(Who)、諦めずに努力を続け、優勝しました。
[例2]阿部一二三選手が(Who)、東京2020オリンピックの柔道競技で金メダルを取りました。
②英文法で学んだS+V(主語+動詞)やS+V+O(主語+動詞+目的語)などの形になるように、主語であるSを入れて、和文を書きます。
[例1]彼は、(S=主語)走り切りました。(V=動詞)
[例2]私の甥は、(S=主語)夢を(O=目的語)かなえました。(V=動詞)
■変な英語になる理由2.目的語が足りない
翻訳ソフトを販売している方によると、目的語が欠けている文章の英訳に一番苦労するそうです。前述したように、現在の機械翻訳ソフトは、主語が不足していても文脈から推測して補ったり受身形にしたりして訳すことができますが、目的語は文脈から推測しづらいことが多く、誤訳がより発生しやすくなります。
機械翻訳したら
例文では、「着々と進めて」と「予算に計上」の二カ所で目的語が省略されています。「着々と進めて」の箇所は、機械翻訳では、目的語を必要としない自動詞に置き換えられています。
■普段の文章よりも意識して目的語を増やす
一方、「予算に計上」の箇所は、省略されている目的語を補うために、itが使われています。間に別の文が入っているため、この英文でitが指しているのが“digital transformation”だということを理解しづらい構成になっています。また、そもそも予算に計上するのは、「デジタルトランスフォーメーションを進めるための費用」でありデジタルトランスフォーメーション自体ではないため、itでの置き換えでは不十分です。
元の日本語を書き直すとしたら(二文目から)
目的語をそれぞれ補いました。
和文を作成した後、他動詞が使われていれば目的語が入っているかどうかを確認し、不足している場合は補ってください。
[例]「哲学的に考える機会が増えた」
心の中でのつぶやき:何を哲学的に考える機会が増えたのだろう? 人生? それとも物事?
前者の場合:「哲学的に人生を考える機会が増えた」
■変な英語になる理由3.文章が長い
プレゼンテーションの指導をする際、短文にするようアドバイスすることがよくあります。繰り返し読まないと理解できない長文を機械翻訳すると、当然わかりづらい英文になります。英語に翻訳する場合は、特に短文であることが望まれます。一文が長いと、わかりづらさがどう増すのかを見てみましょう。
例1:東京都は、元年12月に策定した「『未来の東京』戦略ビジョン」について、新型コロナウイルス感染症の影響で生じた社会の変化や浮き彫りとなった新たな課題を踏まえ、内容をバージョンアップし、「『未来の東京』戦略」として結実させました。
(東京都広報2021年5月掲載文)
機械翻訳したら
この翻訳を和訳したら
間違ってはいませんが、理解しづらい長文です。また、この項のテーマとは異なりますが、元年がいつの元年かを明記していないため、令和ではなく平成と誤認識しています。正しい翻訳のためには、西暦で書く必要があります。
元の日本語を書き直すとしたら
短文にして、西暦で表記しました。
■短い文章で書くことは日本語の作文でも重要
例2:学んだことを職場で実践したら上司から褒められ、その後も継続したら成果が出たので、今後も実践しようと思います。
機械翻訳したら
この翻訳を和訳したら
理解しづらい長文になっています。
元の日本語を書き直すとしたら
短い文章で書くことは、そもそも日本語を正しく、わかりやすく書く上でも重要です。たとえば、次の文章は、どのように分けたらいいでしょう?
[例]私は職場の近くに住みたいと思ったので、昨年からマンションを探していたのですが、都心の物件は売値が高く私の貯蓄額では到底買えないことがわかったので、もう少し職場から遠くに住むか賃貸にするか、いろいろとネットで調べて検討中です。
だらだらと続く文章は、次のように、「目的・思い」「行動」「事実・現実」「行動」に分けるのも一つの方法です。
②そのため、昨年からマンションを探してきました。(行動)
③しかし、都心の物件は売値が高く、私の貯蓄額では到底買えないことがわかりました。(事実・現実)
④そこで、もう少し職場から遠くに住むか賃貸にするか、いろいろとネットで調べて検討中です。(行動)
■一流は「短い文で語り、間を取る」
“Talk in short sentences. Pause.”(短い文で語り、間を取りなさい)これは、かつてアメリカ人の研修講師から、自信を持ってコミュニケーションを取るための技の一つとして教わったものです。その技をパネルディスカッションで実践していたアメリカのエグゼクティブの方々は、実際自信に満ち溢れて見えました。
現在、日本語のスピーチやプレゼンテーションにおいても、一文を短く話すことが推奨されていますが、短い文を言う訓練は英語のほうが実際やりやすいと感じます。日本語は結論が最後に来がちですが、英語は大事なことから前に述べる文法構造になっているからです。最初に主旨を述べてだんだん情報を細かくしていくので、極端な話、後半をバサッと削ってしまっても意味が通じる確率が高いのです。
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英語コーチ
1963年生。一橋大学社会学部卒、豪州マクレイカレッジジャーナリズム学科卒。豪州勤務や人材開発をはじめ、ソニーで長年数々のグローバル業務に従事。ネイティブ並みの英語力:Versant80点満点で79点、CEFRレベルC2、TOEIC990、英検1級(優秀賞)、英語通訳案内士。元東北大学、同大学院非常勤講師(英語プレゼンテーション他)。コーチングの権威マーシャル・ゴールドスミス氏の限定コミュニティ100Coachesのメンバー(日本人は2人のみ)。
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(英語コーチ 井上 多恵子)
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