女優サヘル・ローズの母は、なぜ日本で路上生活をしても血のつながらぬ娘を愛しぬくことができたのか
プレジデントオンライン / 2023年5月7日 8時15分
■戦争で親をなくした私を救い出してくれた“お母さん”
実の母は、私が4歳のときに亡くなったといわれています。戦争の最中のことなので、私自身、何が真実かわからずに今まで生きてきました。でも、私の人生で間違いようのない真実があるとすれば、母・フローラ(=お母さん)と出会えたこと。これは永遠の財産です。フローラは育ての親。子どものころは「偉大で、強い人」という印象でしたが、私が大人になるにつれ、母が生身の弱い人間だということに気づき、私が守ってあげなきゃダメな人なのだと思うようになりました。フローラは養母とか実母とかそんな概念を超えた、私の大切な存在なのです。
フローラに出会ったのは4歳のとき。祖国イランが、イラン・イラク戦争で困窮していた時代です。そのころ、私は孤児院で生活しており、フローラはその孤児院にジャムを持ってきてくれたのです。それというのも、里親を募集するテレビCMで、「私たちは家族を探しています。ぜひ、私たちに会いに来てください。そして甘いジャムを持って来てください」と訴える女の子が気になったからだそう。
その女の子というのが私。孤児院に訪れるようになったフローラは子どもたちの人気者となり、フローラの争奪戦が始まるほどでした。私は、やさしいフローラと少しでも長くいたくて、「お母さんになって」とお願いするのですが、フローラは困った顔をするだけ。そしてあるとき、帰ろうとするフローラに「連れて行って!」としがみついたのですが、フローラから何の言葉も返ってきませんでした。でも、数カ月後、フローラは私に言ったのです。「私の子どもになる?」と。
当時、イランで養子を取るには、①既婚者で、②養育する金銭的余裕があり、③子どもが産めないことが条件とされていました。そのとき、フローラは25歳。結婚しており、夫は日本で働いていましたし、実家は王家に縁のある裕福な家庭でしたから、2つの条件はクリアしていました。そして、3つめの条件を満たすために手術を受け、自ら子どもが産めない体に……。私が成人してからその事実を聞き、私を引き取ると決めたフローラの覚悟の強さをあらためて思い知りました。
■実母に育児放棄され、祖母に育てられたお母さん
母・フローラは実母(祖母)に育児放棄され、祖母(曽祖母)に育てられました。実母は若くして子どもを授かったため、どう育てていいかわからなかったそう。母の育ての親である曽祖母は祖母と違い、おおらかで自由な人。母と曽祖母は気性がよく似ていたようです。
母は民族性とか宗教・文化とは関係なく慈愛に満ちており、自分たちが食べ物に困っていてもホームレスの人がいると「何が食べたい?」とお店に連れて行き食事をおごるほど。「私たちには帰る家があるからいいじゃない」と。母が慈悲深いのは曽祖母譲りなんです。
母が15歳のときに曽祖母が病で亡くなり、実家に帰ることになったものの、実の母(祖母)と折り合いが悪く、苦しさのあまり自殺未遂を繰り返したそう。そんな母も、祖母と少しでも心を通わせたいと、1年かけて刺しゅうしたプレゼントを渡すのですが、「こんなものいらない」と突き返されてしまったり……実の母に振り回されてきたのです。そして、実家から出る手段として結婚。その後、私を養女にしたことを祖母に大反対されたことなどでイランにいづらくなり、日本にいる夫を頼って来日。
母は今も祖母のことを「母」と呼びません。曽祖母のことを「母」と呼び、祖母に「私の母親はおばあちゃん」と面と向かって言うのです。でも、祖母も母が憎かったのではありません。今では、私の“おばあちゃん”として仲良くさせてもらっているからわかるのですが、プレゼントをもらってうれしいのにうれしいと言えない、そんな人なんです。愛情表現が苦手で、言葉の使い方がヘタだから、思いと裏腹に人を傷つけてしまう……難しいですね、親子って。
どんなにていねいに生きていてもすれ違うし、後悔するような出来事は起きてしまう。だから、ふたりを見ていて、私はこういう生き方はしたくないと思うし、母も私にそんな思いをさせたくないから、「自分の意見を持ちなさい、自分の考えを伝えなさい。親や他人に好みを左右されてあなた自身の色を消してはいけない」と強く言うのです。
■「一緒に死のう」と話したとき、私とお母さんは親子になった
母は、来日後、頼りにしていた夫とうまくいかず、自ら家を出ることに。野宿しながらも必死に働き、私を育ててくれました。
一方、私は日本語がわからず授業についていけなくても、いじめに遭っていても、母が1週間の出張中、ひとりで過ごさなければならなくてどんなに寂しくても、満足にご飯も食べず、骨と皮だけになっていく母を前にすると、いろんなことをのみ込んでしまうんですよね。母に心配をかけたくないから“パーフェクトなサヘルちゃん”を演じてしまうんです。でも、思春期真っただ中の15歳のとき、学校での激しいいじめに疲れ果てた私が「死にたい」と母に言うと、「一緒に死のうか」と答えてくれたんです。
母も言葉のわからない日本でひとりぼっち。働いても働いてもまともな稼ぎを得られず、日々の食事に困る毎日に押しつぶされそうになっていたんですね。その瞬間、お互いに弱さを見せ合えていなかったことに気づいたのです。ふたり抱き合い泣きながら、このとき初めて親子になれた気がしました。親と子の間ではすれ違ったり、近づいたり、いろんな瞬間がありますが、乗り越えるたびに何度でも親子として更新されていくのだと思うのです。
それ以来、母とどんなことでも話し合うようになりました。親には親の、子には子の苦しみがあって、それを口に出さないから余計に苦しくなるんです。親子で意見が違うのは当たり前。お互いを尊重し合えば、意見が対立することを恐れることはありません。
私が育った孤児院では、養子を望む夫婦が1週間に1度、子どもを探しに来ていました。選ばれれば、施設を出て行ける……子どもたちは気に入られようと必死でした。私は運良くフローラに引き取られましたが、それまで何度も選ばれずに落胆した思いがトラウマとして心に染みついています。子どもなりに、自分のどこがいけなかったのか、次はこうしようと考えるんです。
でも、親子の間でも同じようなことがありますよね。親も「こうあるべき」とか、「普通は」という言葉を持ち出して、無意識に子どもにそれを強いているんですよ。子どもは大好きなお母さんに好かれたいから、愛される自分になろうと努力して、それがうまくいかなくなったとき、関係がぎくしゃくしてしまうのだと思います。
■親と子がお互いに弱音を吐き、助け合える関係に
「普通」なんてありもしない理想。いろんな人がいて、いろんな家族の在り方があって当然です。親は権威ある存在である必要はないし、子どもは立派でなくてもいい。
親と子はお互い寄り添い合い、弱音を吐き出せる存在であるべきだと思います。苦しいことがあれば、お互いの傷を言葉にすればいい。それってとても大切なことじゃないですか。私は、「死ぬ」という感情を抱いた瞬間、いろんなものがそぎ落とされ、気づくことができたのですが――。
私自身、30歳をすぎて親と一緒に暮らしていると何か問題があるように言われますが、私を社会の物差しで測らないでほしい。私は自分の考えで、自分の人生を生きています。それが母・フローラから学び、私が実践している生き方なのです。
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イラン出身。8歳のときに養母と日本へ移住。通っていた小学校の校長先生から日本語を学ぶ。高校在学中に「J-WAVE」でラジオDJとしてデビュー。現在、リポーターや俳優として多方面で活躍中。慈善活動にも注力しており、過去、そうそうたる面々が受賞している、米国の「人権活動家賞」を2020年に受賞。近著に『言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て”』(講談社)。
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(俳優・リポーター サヘル・ローズ 構成=江藤誌惠 撮影=国府田利光)
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