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それまでJリーグの試合は土日だけだった…全クラブが反対した「金曜開催」が2018年からスタートした理由

プレジデントオンライン / 2023年4月20日 15時15分

2014年にチェアマンに就任した村井満さん。任期最終年の2021年には毎週1枚の色紙を用意して、朝礼を開いた。 - 撮影=奥谷仁

Jリーグは2018年シーズンの開幕戦で、初めて金曜日に試合を行った。なぜ週末ではなく、観客動員の減る平日開催を導入したのか。チェアマンを4期8年務めた村井満さんに、ジャーナリストの大西康之さんが聞いた――。(第22回)

■「平日開催」はDAZNからの提案だった

――このたび、村井さんは日本バドミントン協会の会長に就任することが決まりました。職員による着服など不祥事続きのバドミントン協会をどう改革していくのか、注目が集まっています。バドミントン協会には大改革が必要だと思いますが、Jリーグチェアマンの時もそうだったように、大胆に何かを変えようとすると、はじめは反対意見が多数を占めますよね。

【村井】第20回〈反対意見にこそ問題解決のヒントがある…全試合中止のJリーグから「世界最高の感染対策」が生まれた理由〉でも言いましたが、反対意見がある時、もっと言えば反対多数の時こそ、その組織が大きく変わるチャンスなんですね。今日はJリーグの平日開催、いわゆる「フライデーナイトJリーグ」が実現した舞台裏から、われわれがどうやって反対多数の状況を変えていったかについてお話ししましょう。

――そもそも「定期的に平日開催を取り入れよう」という話は誰が言い出したのですか。

【村井】(2017年シーズンからJリーグの全試合をネット配信している)DAZN(ダゾーン)さんです。最初のシーズンが終盤に近付いた段階で「こんな変革が必要なんじゃないか」という提案がいくつかあり、その中に「平日開催」が入っていました。

■「日本の文化に馴染まない」「コアサポーターが離れていく」

――DAZNが「平日開催」を提案した理由は何ですか。

【村井】ライブで試合を配信するDAZNさんの立場で言えば、一人でも多くの視聴者を獲得したいわけです。すべての試合が週末に集中していると、同時刻に複数の試合が開催されることになり、ライブでは視聴者はその中の1試合しか見られない。平日開催を取り入れて試合を分散させれば、視聴者は多くの試合をライブで見る機会が増えます。

【連載】「Jの金言」はこちら
【連載】「Jの金言」はこちら

実際に欧州ではトップリーグの試合が月曜日や金曜日にも開催されていて、視聴者の裾野を広げる効果も分かっていました。「欧州はこうやってファンの裾野を広げてきた。日本でもやってみてはどうか」というDAZNさんの提案を聞いた時、私自身は「なるほど一理あるな」と思いました。

――ところが周囲は大反対。

【村井】実行委員会に諮(はか)ったところ、見事に全クラブが反対でした。当時の議事録を見ると「金曜開催は困難」と書いてあります。理由はこんな感じです。

「これまでJリーグは土日に価値があるということでやってきた。積み上げてきた歴史がある」
「(平日開催は)日本の文化に馴染(なじ)まない」
「コアサポーターが離れていくリスクがある」
「仕事の都合で平日夜のアウェイ試合にはサポーターは行けない」
「金曜日開催では入場者が減少するという実績を覆す仮説は描けない」

■短期の利益と中長期の目標、どちらを優先すべきか

――気持ちは伝わってきますね。

【村井】そうですね。各クラブとJリーグの間に立つチェアマンには両側から強烈な磁力が働くわけです。各クラブの経営者にとっては目の前の1試合、1シーズンが全てなんですね。いかにチームを強くして、スタジアムを満員にして、その年度を黒字にするか。3シーズン連続で赤字だと退会というルールもあったりしますから、もう必死です。明らかに観客動員が減る平日開催なんて、絶対にやりたくないわけです。

一方Jリーグのほうには「百年構想」をスローガンに5年、10年の計画で日本の文化の中にサッカーを定着させよう。サッカーの普及によって日本の社会を良い方向に変えていこうという中長期の目標もあるわけです。

平日開催にすると、確かに土日にスタジアムに来てくれていた人の何割かが仕事で来られなくなってしまう。でも土日が仕事で平日にしか来られない人もいるはずで、そうした人たちがスタジアムに来てくれればサッカーファンの裾野が広がります。5年、10年の単位で考えれば、そちらのほうがいいかもしれない。

村井満さん
撮影=奥谷仁

■「2000万円」で理事がピクッと反応した

――全チーム反対でも、簡単に諦めるわけにはいかない。

【村井】朝の会議は全会一致の「開催は困難」で終わったのですが、日中にスタッフと相談して、想定される逸失利益をJリーグが補う方法を考えました。減った入場料収入をそのまま補塡(ほてん)するわけにはいかないので、平日開催のプロモーション費用をJリーグが負担する形にしました。平日開催という新たな市場創造にJリーグが投資をするわけです。

クラブには、そのお金でグッズを配ってもらったり、ビアパーティーを開いてもらったりする。逸失利益は約2000万円と弾きました。

その日の夕方にもう一度J1の実行委員を集めてこの制度を説明したのですが「2000万円」という具体的な金額を出した瞬間に、何人かの理事の方がピクッと反応したのがわかりました。

同時に私がやったのは、各クラブとDAZNさんの意識の擦(す)り合わせです。各クラブには、こんなふうに説明しました。

「欧米のビジネス思考には古いものを壊してそこに新しいものを作るスクラップ&ビルドという発想があって、それがイノベーションを生んでいる。DAZNも彼らなりに日本にサッカー文化を定着させようとしている。突飛なアイデアのように映るかもしれないけれど彼らの思考回路も理解してほしい」

■「せっかく平日開催するのなら…」仰天プラン

一方、DAZNにはこう言いました。

「日本には今あるものを少しずつ良くしていく改善の思想がある。だからコンセンサスを取りながら一つずつ進めていく。あんまり強烈に変化を求めると拒絶反応が起きてしまう。日本のスタイルも理解してほしい」

ある意味、文化の橋渡しみたいなもんですよね。結局その日は「やりたいクラブが手をあげる」という方向で話がまとまりました。

Jリーグの職員に頼んで、翌日以降に全クラブに個別に電話をしてもらいました。「本当のところはどうなんですか」と。そうしたら「ファン層の裾野を広げるという考え方も理解はできるので、シーズンに17試合あるホームゲームのうち1試合くらいならチャレンジしてみてもいい」というクラブがJ1クラブのうち大半に至りました。

――その後、村井さんはとんでもないことを思いついちゃうんですね。

【村井】2018年シーズンの開幕カードを発表する前日に「せっかく平日開催するのなら、思い切って開幕戦からやったらどうだろう」と思いついたんです。スタッフの樋口順也という若者に持ちかけました。彼の辞書には「忖度(そんたく)」という言葉はなく、常に直球が飛んできます。「村井さん、日程発表は明日ですよ。それ本気で言ってます?」と聞くから「うん本気」というと「わかりました。じゃあ日程を探ってみます」と。

■スタッフに命令されてチェアマンが動くという“らしさ”

【村井】彼によると、NHKやローカルテレビ局の放送予定を動かせて、金曜日の夜にスタジアムが確保できて、「開幕土曜日」などと告知をしていないJ1の開幕戦が2つだけあることがわかりました。その一つがサガン鳥栖です。そうしたら彼がこう切り出すんです。

「村井さんが本気なら、ここはチェアマンカードを切らなきゃいけない場面です。チェアマンご本人がチームを説得してください」。まるで樋口君が私の上司のようでした。

僕はちょうどその時、いち早くVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)を導入し、映像解析を一カ所で処理をしているシドニーのラグビーリーグの映像技術の視察に出かける直前だったので、樋口君から細かく指示を受けて、成田空港に向かいました。

私は空港からサガン鳥栖の竹原稔社長とヴィッセル神戸の立花陽三社長に電話して「開幕戦を平日にしてください」とお願いしました。クラブ側も初の試みに快く応じてくれて開幕直前での急展開でしたが、こうしてフライデーナイトJリーグは誕生したのです。裏側で樋口君らスタッフは両クラブの現場ともしっかり握っていたのです。スタッフに命令されてチェアマンが動く。実にJリーグらしい動きだったと思います。

こうして2018年2月23日の20時、サガン鳥栖のホーム、ベストアメニティスタジアムにヴィッセル神戸を迎えた開幕戦が開かれました。結果は1:1の引き分けだったと記憶しています。

■「反対多数」という状況は本気度を示すチャンス

――平日開催の効果はどうでしたか?

【村井】ライブ配信が分散したことでライブ視聴数は過去最高を記録しました。さらに大きかったのは世の中にJリーグの情報が流れる頻度が増えたことです。金曜日の夜の試合だと、前日の木曜日にネット配信などで試合の告知をします。好カードならテレビも「明日は首位攻防」といった具合にスポーツニュースで取り上げてくれます。

金曜日には土日の試合の告知が入り、試合の結果は日曜日の夜のテレビや月曜日の新聞で取り上げられる。「フライデーナイトJリーグ」が始まったことで、木曜日から次の週の月曜日まで週5日間、何らかの形でJリーグに関するニュースが世の中に流れるようになりました。

金曜日の試合の後の出口調査でも「土日が仕事なので、初めて来られた」とか「仕事帰りに職場の仲間と見に来た」とか、今までとは違うJリーグの楽しみ方が生まれていることを実感できました。

この一件で学んだのは「現場はつねにトップの本気度を見ている」ということですね。トップが本気なら現場は動きます。トップにすれば「反対多数」という状況は、自分の本気度を示すチャンスでもあるんですね。

2021年10月8日の色紙
撮影=奥谷仁
Jリーグはファーストペンギン。反対多数こそチャンス! 2021.10.08 - 撮影=奥谷仁

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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