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会社の「座席表」は本当に必要なのか…固定席から自由席に変えたJリーグが大成長を遂げられたワケ

プレジデントオンライン / 2023年4月22日 11時15分

2014年にチェアマンに就任した村井満さん。任期最終年の2021年には毎週1枚の色紙を用意して、朝礼を開いた。 - 撮影=奥谷仁

Jリーグの2021年度の営業収益は1240億円で、8年で2倍以上に増えている。2014年にチェアマンに就任し、4期8年務めた村井満さんは、さまざまな組織改革を行ったが、その一つが本社のフリーアドレス制だった。どんな効果があったのか。ジャーナリストの大西康之さんが聞いた――。(第24回)

■書類が積み上がっている机を避けて通るような状況

(前回からつづく)

――前回は6つあったJリーグの事業子会社を2つにする構造改革の話を伺いました。これだけ大きく構造を変えると、社員の働き方も大きく変わるわけですよね。

【村井】まずはオフィスの話をしましょうか。私がチェアマンになった時、Jリーグは文京区本郷にある日本サッカー協会ビル(通称JFAハウス)の8階と9階に入っていて、そこが事業子会社ごとに6つの部屋に分かれていました。

――もともと大阪本社の三洋電機が首都圏の営業拠点として建てたビルですね。昔、電機業界を担当していたのでよく行きました。JFAが買い取ったのが2003年ですね。三洋電機はあの頃から業績が悪化し始めて、2009年にパナソニックの子会社になります。バブルが崩壊する前に建て始め1993年に竣工(しゅんこう)していますから、しっかりした作りのいいビルですよね。

【村井】昔ながらのオフィスレイアウトで、書類が積み上げられた机を避けるように、従業員が周囲に寄り集まって朝礼を開いたりしていました。席に戻っても机には書類が座っているといった具合です。

一方でチェアマン室は広々としていて、お客さんがいないときはその隅っこでポツンと仕事をするわけです。チェアマン室の横には少し小ぶりな専務室もありまして。そんな立派な部屋ですから、社員からするとドアが重いというか、なかなかに入りにくい。

■役員部屋にいるだけでは、社内の様子はわからない

【村井】こんな広い部屋に一人でいても仕方ないな、と思ったので、チェアマン室を、4人の役員が使う役員大部屋方式にしました。いつもチェアマンと役員が顔を合わせていられるので「ここで4人が話したら役員会だね」などと冗談を言い合っていたのですが、社員にしてみるとますます恐ろしい部屋になってしまったようで、誰も寄りつかなくなりました。

――そこで思い切って2017年からフリーアドレス制の導入に踏み切るわけですね。リクルートやリクルート・エージェント時代にフリーアドレスは経験されていたのですか。

【連載】「Jの金言」はこちら
【連載】「Jの金言」はこちら

【村井】していません。私にとっても初めての試みでした。しかし前回お話ししたように、6つの事業会社という、それぞれ閉じた組織の中で仕事をしていた状況を変え、Jリーグの社員200人がワン・チームとして動くようにするためには、役員室をなくし、フリーアドレス制を導入するのが一番だと判断したのです。

自分の席が決まっていて、朝一番でそこに座ると、人間はどうしてもほっこりしてしまいます。空いた場所を見つけてパソコンを開き「さあ、今日は誰とどんな仕事をするんだろうな」と考えたほうが、ワクワクするし緊張感もありますよね。

■座席表がないなら、前からいる人が自己紹介をすればいい

――働き方がガラリと変わるわけですから、当然、反発もありますよね。

【村井】ありました、ありました。でも、以前も言ったように「全員反対」の時が、変わるチャンスでもあるんです。

座席表がなくなっちゃうわけですから、例えば新入社員や新しくJリーグに移ってきた人なんかは、紙の座席表を見て一緒に働く仲間や上司の顔と名前を覚えるという作業もできないわけです。仕事自体もまだ紙が中心の部署もあって「資料の置き場がなくなったら仕事にならない」と猛烈に怒った社員もいました。

しかし例えば座席表の件で言うと、前からいる人たちが新しく入ってきた人のところへ行って「私、○○部の○○です。こんな仕事を担当しているので何かあったら声をかけてください」と自己紹介する、みたいな新しい形のコミュニケーションも生まれました。

紙の資料を溜め込んでいた社員も、必要なものはデジタル化する、不必要なものは捨てる、というような作業をするといった工夫を重ね、身辺がずいぶんスッキリしました。無駄なものを削るという作業は資料を減らすだけでなく、仕事の効率化にもつながり、いつも終電間際で帰っていた人が、余裕を持って帰宅できるようになるみたいな副次効果もありました。

■組織中心からテーマ中心に働き方が変わった

――6つの事業会社が一つになり、慣れ親しんだ自分の席もなくなって、現場に混乱は起きなかったのですか。

【村井】混乱より発見のほうが多かった気がします。私も席がなくなって、オフィスにいるときは空いている席を見つけて座るのですが、そうすると隣の社員が電話でクレーム対応している様子が手に取るようにわかる。「ああ、今現場ではこんな問題が起きているのか」というのを、じかに感じられるようになりました。これは役員室にこもっていたら絶対に触れられない情報ですね。

逆に私がJリーグのパートナーさんや実行委員と話しているのを聞いて「今の話、大変そうですね」「それってこんな対応もありじゃないですかね」と社員が話しかけてくれるようになりました。そこからテーマに合わせて新しいプロジェクトが動き出すような風土が生まれていきました。

メディアプロモーションの社員がなぜか物販やチケットセールスに協力していたりして、「彼の上司は誰?」というくらい、組織中心から仕事中心、テーマ中心の働き方に変わりました。

■それぞれの心の中にあるバリアを取り払うこと

――部屋をなくす、組織をなくすだけで、働き方というのはそんなに変わるものなのですね。

【村井】一番のポイントは社員それぞれの心の中にあるバリアなんです。「私はこの組織に所属しているのだから、その壁を越えた話をしてはいけないのではないか」とか「自分は役職のない社員なのでチェアマンに直接会いに行ってはいけないのではないだろうか」とか「Jリーグで働いている自分が他の競技団体の人と仕事をしていいのだろうか」とか。

これらはすべて心の中にあるバリアの問題ですね。これを取り払っていけば、いろんな人との出会いが生まれ、そこから新しいアイデアが生まれて、新しいサービスができていきます。

たかがフリーアドレス。言ってみれば「席替え」の問題ですが、窮屈な靴に自分の足を合わせるよりも、自分に合う靴を選ぶという、生き方の問題でもあるわけです。

もちろんわれわれは組織で動いているので、目的地がありますしタイムリミットもあります。全部が自由というわけではありません。ただそれらを実現するための方法は、心のバリアを取り払って、自分に合う靴を選んでいけば良いと思います。

2021年10月15日の色紙
撮影=奥谷仁
靴に自分を合わせるから自分に合う靴を選ぶ働き方に。2021.10.15 - 撮影=奥谷仁

■「オフィスに通える人」という条件も外すことができる

その後、Jリーグもコロナ禍でリモートワークを強いられることになるのですが、一足早くフリーアドレス制をやっていたので、リモートワークには比較的スムーズに移行できました。

コロナ禍で入社した人たちはリアルで顔を合わせることがないまま、いろんな人たちと仕事をしてきました。JFAビルのオフィスも半分は引き払ってしまったので、200人の従業員全員が一堂に会せる場所はないのですが、チームごと、部署ごとに仲間同士でご飯を食べたりする機会を増やしてもらえればと考えています。

一方、リモートワークでここまでやれるのなら「湯島にある今のオフィスに通える人」という条件を外して、人材を採用することも可能なわけです。世界中からJリーグで働ける人を集めていくような人事の考え方に移行していく予感もあります。

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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