洋式は空いていても使いたくない…中国の若者たちが「和式トイレ」を愛好しているワケ
プレジデントオンライン / 2023年4月18日 9時15分
※本稿は、斎藤淳子『シン・中国人 激変する社会と悩める若者たち』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■一昔前はドアのないトイレや詰まったトイレも珍しくなかった
中国のトイレは一昔前、特に辺鄙(へんぴ)な農村では、アフリカやシベリアなど世界各国の辺境地を旅してきた国際派の強者カメラマンが「これを上回るものは見たことがない!」と唸ったほど凄まじい状況だった。
北京市内のデパートなど店舗の内装はある程度きれいでも、薄暗い廊下を経てトイレに行くと、電球が切れていたり、ドアのちょうつがいが片方取れていて斜めにぶら下がっていたり、もしくはドアが全くなかったり、下水が詰まっていたりしていた。きれいに使えるトイレはいくつもなかった。
ドアさえない状態だったから、紙など論外だった。それでも、ドアのないトイレや詰まったトイレで用を足して何食わぬ顔で涼しく去っていく猛者を目撃するたびに、自分の小ささを思い知らされたものだった。
中国のトイレといえばこんなイメージだったが、この10年くらいでこの基準もあっという間に変わった。人々の決定的な変化を感じたのはある日の夕方、近所のピカピカの駅ビルモールの込み合うトイレで若者と一緒に並んでいる時だった。
■洋式トイレの個室の中に掲示してある注意書き
中国でも日本で我々が和式とよぶスタイルのトイレが長いこと基本だったが、近年は洋式がオシャレということで、都市部のレストランやデパートなどから徐々に洋式のところも増えた。ところが、少し前は、地方から出てきて、洋式トイレの使い方を知らない人が少なからずいた。
個室の中に掲示してある注意書きの中に、洋式トイレの楕円(だえん)形の便座カバーの両側に上り空中で跨いでしゃがんでいる人に×印が付けられたイラストを見たことがある。その絵を見て、初めて謎が解けた。洋式の便座に泥のついた靴跡があるのは、和式の発想をそのまま当てはめてやってしまったチャレンジャーの仕業だったようだ。
そういう不慣れな人が以前はたまにいたので、確かに洋式トイレは不衛生な場合があったが、最近の都市内のモールのトイレは頻繁に掃除されているし、そういう人も急速に減ったので清潔だ。靴で乗った跡のある洋式トイレにはもうお目にかからない。だから、私も普通に洋式でも和式でも空いた所から使っていた。
■他の人と間接的に肌が触れ合う洋式は「汚い」
ところが、ある日そのトイレに並んでいる若い人たちを注意深く見てみると、彼らは洋式を避けて、和式が空くのをじっと待っている! 他の人と間接的に肌が触れ合う洋式は「汚い」から入りたくないということらしい。ドアもついているし、下水も詰まっていないトイレでも満足できない、というのが近頃の中国の若者の感覚らしい。
この10年でこういう若い人に出会う機会が増えた。そういう人のためにモールのトイレ内には、洋式便座用の使い捨てのカバーや使用前に便座を拭くための消毒液のディスペンサーが取り付けてある。
そういえば、60歳になる北京の人民大会堂のすぐ近くの下町の胡同に住む知人が潔癖症の娘を嘆いていたことを思い出した。彼女の家は北京でも数少ない歴史のある胡同の一つで8家族が雑居している伝統住宅の四合院だ。
中庭には大きな香椿の樹があり、へちまや胡瓜が育ち、愛犬や鶏が自由に歩き回っている。北京の真ん中とは思えない牧歌的なお庭のある平屋住まいは最高に素敵な環境なのだが、旧式の家屋は下水道が未発達で、トイレだけは通りに出ていき、公衆トイレを使う。
![公衆トイレ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/7/1200wm/img_2723c69d8f3694e63d5c446610f87921294317.jpg)
■潔癖症が中国の若者の間で増えている
このように北京の中でも最も庶民的な環境で育った娘さんなのだが、知人は「娘はやけに潔癖症でバスのつり革を握るのも嫌がるし、洋服もすぐにドライクリーニングに出したがる。今の若者ときたら私たちとは随分違うのよね」と嘆いていたのを思い出した。知人は大抵のことは「大丈夫、大丈夫」とやりのける明るく大らかな北京っ子らしい人だ。
約30歳弱の年の差がある彼女の一人娘がそんなに潔癖症と聞いて、知人のイメージとかけ離れているので驚いたものだった。しかし、モールの洋式トイレも敬遠する人が多い今の北京では、この知人の娘さんのような人はちっとも珍しくないのかもしれない。若者はとってもキレイ好きなのだ!
潔癖症が若者の間で増えていることについては洗濯の別洗いや洋式トイレの使用回避などについて触れたが、潔癖症の対象は最近はモノだけではない。中国には近年、「精神潔癖症」という新しいことばも登場している。
■世界的に「繊細」に向かう人間関係の最先端のケース
精神面における潔癖主義とは恋愛において相手の身体上の、つまり、物理的な清潔さと同時に相手が自分を一点の曇りもなく愛してくれることを求める精神的な清さを求める潔癖症の人を指す。また、相手が自分に対していかなる隠し事もせず、少しも疑いを持たずに自分を信じてくれることも求める。そんなあらゆる面での「潔癖症」の人を意味するらしい。
中国版インスタグラム「小紅書(RED)」に投稿された、精神潔癖症に対するカウンセラーの分析は、同症になる人には一人っ子育ちであることや、近距離の人間関係が苦手で相手が自分を傷つけるのではないかとおびえるなどの共通点があると指摘する。そして、これを治すには長期的に勇気を持って感情に向き合う経験が必要と親切にアドバイスも示している。
人との近距離のコミュニケーションが苦手ゆえに、必要以上に自分の感情が傷つくのを恐れてしまう傾向は中国の若いカップルに限らない悩みだろう。勇気を持って感情に向き合うリアルかつ近距離の関係が不足しがちなのは、近年、日本も含めて世界中で見られる新しい傾向だ。中国の若者は世界的に「繊細」に向かう人間関係の最先端のケースとも言えるのかもしれない。
![スマートフォンを使用する女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/0/1200wm/img_506af21dedb3d5bc4ca8d624c1510e75389325.jpg)
■「感情潔癖症」の人たちからの強烈なコメント
一方、同記事には次のような感情潔癖症の人たちからのコメントがたくさん寄られている。これが強烈でいかにも目を引く。
「感情潔癖症は正常なこと。なぜ(私が)治す必要があるの? 治すべきは相手に対して誠実でない人の方だ」
「もし、男の人が他の女性と色々なことがあったなんて知ったら、どんなに好きな相手でも逃げ出したい。絶対に一緒にいたくない」
「恋愛をしたことのある男の人は受け入れられない。前の彼女と色々あったと思うだけで気持ちが悪くなる」
「私はもう35歳だけど、感情潔癖症。でも妥協するつもりはない。私と同じようにこれまで恋愛をしたことのない人を探し続ける」
これらは皆、女性による書き込みだ。感性は中学生のようで、少し心配になってしまう。
このことを驚いて話したところ、30代の独身男性は「いる、いる、確かにこういう奴いる!」という。彼の友人(同じく30代の独身男性)も、女性は他の男性と付き合った経験はない方が「純粋」で好ましいと考えているという。一見すると「古風さ」への回帰のようだが、本質的には感情潔癖症の一種かもしれない。
■中国の若者たちの感情の裏側に隠れている恐怖
もう一つの精神潔癖症の表れは相手を拘束することだ。前述した通り、近頃の中国のカップルの間ではいかなる秘密もご法度だ。スマホのパスワード公開はもとより、GPSによる位置情報の共有も一部では「普通」になっているという。
![斎藤淳子『シン・中国人 激変する社会と悩める若者たち』(ちくま新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/b/1200wm/img_eb6f1fd82158ddc8e2f7a2bd365e210e288942.jpg)
さらに、コントロール欲が強い場合は、パートナーのスマートフォンのアドレス帳にある異性の連絡先を消してしまうこともあるという。こうなってくるともはや神経症スレスレだ。
猜疑心が強く、自分が願う通りに相手が自分を大切にしてくれないのが怖く、傷つきたくないと思うあまりに、先に相手を束縛してしまう。これでは健全で持続的な二人の関係を築けないのは火を見るより明らかではないか。かえって自分を孤独に追い込んでしまうだろう。
心配性で傷つくのが怖い。これは人との新しい関係を築く際に世界中の誰もがぶち当たる感情のハードルなのかもしれない。中でも、急速に「潔癖さ」を求めるようになった中国の若者たちの感情の裏側にはこんな恐怖が隠れているようだ。
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ライター
北京在住26年。米国で修士号取得後、北京に国費留学。JICA北京事務所、在北京日本大使館勤務を経て、北京を拠点に共同通信、時事通信、読売新聞のほか、中国の雑誌『瞭望週刊』など幅広いメディアに寄稿。NHKラジオやJ-WAVE、TBSラジオなどでも中国の現地事情を解説している。共著書に『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』(ちくま新書)、『在中日本人108人のそれでも私たちが中国に住む理由』(CCCメディアハウス)などがある。
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(ライター 斎藤 淳子)
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