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オレたちは雇用を守る…トヨタ自動車が「国内生産300万台体制」を守り続けている理由

プレジデントオンライン / 2023年4月26日 9時15分

(左から)トヨタ自動車の宮崎洋一副社長、佐藤恒治社長、中嶋裕樹副社長。同社は4月7日に会見を開き、今後の経営方針を説明した - 撮影=プレジデントオンライン編集部

トヨタ自動車の豊田章男会長は、国内の自動車生産台数について「300万台を死守する」と言い続けてきた。そのうち半数は輸出向けにもかかわらず、なぜ国内生産にこだわるのか。『図解 トヨタがやらない仕事、やる仕事』(プレジデント社)を上梓した野地秩嘉さんが解説する――。

■なぜ「国内生産」にこだわり続けるのか

トヨタは国内で約300万台の自動車を生産して、そのうち輸出は約160万台だ。経済合理性から言えば輸出をやめて160万台は人件費の安い海外の工場で作ればいい。そうすれば海外マーケットへ輸送するコストもかからない。

だが、トヨタは国内生産を続ける。それは国内生産の台数を半分にしたら、同社だけでなくサプライヤーや周辺企業の従業員の仕事がなくなるからだ。日本の自動車産業は約550万人いるといわれている。台数を半分にしたら、従業員の半数は職を失う。

トヨタは連結企業だけで37万人もの従業員が世界中で働いている。周辺を入れると100万人近くになる。もし、その半数が職を失うとしたら、日本経済はガタガタだ。

豊田新会長はつねづねこう言ってきた。

「トヨタが長年にわたって、ずっとこだわり、ずっと“やり続けてきたこと”をお話させていただきます。

それは『国内生産300万台体制の死守』です。

これは日本だけの話をしている訳ではありません。これまで、日本がマザー工場となって、トヨタのグローバル生産を支えてまいりました。国内生産体制はグローバルトヨタの“基盤”であると言えます」

■「トヨタだけを守れば良い」のではない

「しかし、これは“成り行き”であるものでも、“当たり前”にあるものでもありません。

超円高をはじめ、これまでどんなに経営環境が厳しくなっても『日本にはモノづくりが必要であり、グローバル生産をけん引するために競争力を磨く現場が必要だ』という信念のもと、まさに“石にかじりついて”守り抜いてきたものです。

トヨタだけを守れば良いのではなく、そこにつらなる膨大なサプライチェーンと、そこで働く人たちの雇用を守り、日本の自動車産業の要素技術と、それを支える技能をもつ人財を守り抜くことでもあったと考えております」(トヨタイムズ2020.05.12)

経営者にとって雇用を守るのはかっこよさを追求するからではない。

【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら
【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら

「首切りはやらない」と宣言することが従業員のモチベーションアップに結び付くからだ。安心して働くことのできる環境がなければ従業員は働かない。働かなければ会社は成長しない。

そんな社員の心理をよくわかっていたのがスーパードライをヒットさせたアサヒビールの社長、樋口廣太郎だった。

わたしは樋口さんが会長になった1994年に2度、インタビューしたことがある。スーパードライが出てから7年が過ぎていた。

■社員の気を変えるために最初にやったこと

スーパードライが出る以前、アサヒビールは「夕日ビール」と呼ばれていた。いつ倒産してもおかしくないといった状況だった。

1986年、住友銀行の副頭取だった樋口さんが社長になった。彼は残っていた在庫をすべて廃棄し、新鮮なビールを売り出した。そして、翌87年にスーパードライを出し、大ヒットさせた。

ヒットさせた後、彼が最初にやったことは雇用を守ると宣言したことだった。

樋口さんは教えてくれた。

「アサヒビールは業績が悪かった時、肩叩きと称して500人ほどの方に辞めていただいたことがある。クビですよ。僕は業績がよくなってきた時、そういう人たちにもう一度戻ってきてくださいとお願いしたわけです。

ただし、転職した会社で頑張っている方もいれば、お年になって定年退職された方もいる。そういう方々の場合は直系の三親等までなら優先的に入社してもらうことにしました。そんなことで社内の気分や流れは変わるんです。

『ああ、うちの会社は人を大切にするんだな』という気持ちが社員の気を変えてゆくんです」(『プレジデント』1994年12月号)

もうひとり、雇用を守ることをポリシーとした経営者がいる。

■「終身雇用を前提に大事に処遇すべき」

先日、亡くなったが、信越化学を国内で最大の時価総額、最高の営業利益に育てた金川千尋さんもまた「雇用を守る」ことが経営者として大切なテーマと言っていた。

ちなみに信越化学と聞くと新潟あたりの地方メーカーと思いがちだけれど、塩化ビニル樹脂、シリコンウエハーなど5つの世界シェア1位の製品を持っている。

わたしが会った時、金川さんはこう言っていた。

「安易に大量採用して、『やらせる仕事がないから解雇する』というのは、まったく無責任でおかしな話です。必要な人しか採用せず、そして、いったん採用したら終身雇用を前提に大事に処遇すべきでしょう。

私は一度も業績を理由に社員を解雇したことはありません。社員を採用した側として、社員とその家族の生活を守り、社員が定年まで勤められる会社であり続けることは経営者の責務です。その責任の重さを知っていれば、安易に大量採用などできません」(月刊誌『理念と経営』2018年)

樋口さん、金川さんは雇用を守ることがポリシーだった。一方で、大量採用をしたわけではなかった。特に、金川さんは、ぎりぎりの人数しか採らなかった。金川さんは社長に就任した1990年、それまで600人を採用していたのをほぼゼロにした。定期採用の人数を減らして、少数精鋭の体制にした。切り詰めるところは切り詰めて、その代わり、徹底的に雇用を守った。

■「『強い企業』にしたいと思ったことは一度もありません」

トヨタは毎年、1000人以上を採用している。そして、採用した人間をきちんと育てている。トヨタの社員が「やる仕事とやらない仕事」をきちんと教育している。

だから強い体質の会社ができあがる。雇用を守り、丁寧な教育研修を行うことがトヨタの「やる仕事」だ。

豊田章男新会長はこう言っている。

「企業規模の大小に関係なく、どんなに苦しい時でも、いや、苦しい時こそ、歯を食いしばって、技術と技能を有した人財を守り抜いてきた企業が日本にはたくさんあります。(中略)

この11年間、私はトヨタを『強い企業』にしたいと思ったことは一度もありません。トヨタを『世界中の人々から頼りにされる企業』、『必要とされる企業』にしたいという一心で経営の舵取りをしてきたつもりでございます。

大切なことは『何のために強くなるのか』、『どのようにして強くなるのか』ということだと思います。

私は、『世の中の役に立つ』ために、世界中の仲間と『ともに』強くならなければいけないと思っております」(トヨタイムズ、同)

トヨタ自動車の佐藤恒治社長
撮影=プレジデントオンライン編集部

■その覚悟は「トヨタ工業学園の卒業式」に表れている

わたしは豊田さんや幹部が「雇用を守る」と言っていることにリアリティを感じる。

それは2018年から毎年、トヨタ工業学園の卒業式を見ているからだ。コロナ禍になってからはオンラインになったけれど、それまでは豊田市の本社に出かけていって卒業式に参加した。頼まれたわけではない。いつかトヨタ工業学園について執筆しようと思ったから、勝手に見に行っていた。

野地秩嘉『図解 トヨタがやらない仕事、やる仕事』(プレジデント社)
野地秩嘉『図解 トヨタがやらない仕事、やる仕事』(プレジデント社)

卒業式は粛々と進む。最後に総代が入社の決意を述べる。高校卒と同じ年齢だから18歳だ。しかし、非常に、しっかりしている。大人だなあと感じる。話す内容はトヨタの幹部と遜色ないのである。

豊田さん以下の幹部は毎年、卒業式には必ず出席する。ただ今年だけは名誉会長だった豊田章一郎さんが亡くなったため、長男の豊田新会長は出席しなかった。しかし、他の幹部は全員、式に出ていた。

トヨタの幹部は卒業式に出ると泣いてしまう。自身がトヨタ工業学園を卒業している、「おやじ」の河合満は大泣きに泣いてしまう。厳しいことで知られる「番頭」の小林耕士も泣く。鬼の目に涙だ。そして、今年はいなかったが、豊田新会長も泣く。あふれる涙で声にならないこともある。

彼らは泣きながら、「オレたちは雇用を守る」と決めている。その決意はちゃんと伝わってくる。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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