1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

「人間は本来、40歳を過ぎたら余生」養老孟司さんが82歳で大病を経験してたどり着いた"境地"

プレジデントオンライン / 2023年4月24日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/stockstudioX

82歳で心筋梗塞を発症し、「病院嫌い」なのに病院のお世話になることになった解剖学者の養老孟司さん。現在は体調も回復し、平穏な日常を取り戻している。このたび1年数カ月ぶりに再診を決意した養老さんは「おかげさまで入院のことなどほぼ忘れてしまった。次に入院することがあるとすれば、もはや一巻の終わりということだろうと思う」という──。(第1回/全3回)

※本稿は、養老孟司、中川恵一『養老先生、再び病院へ行く』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。

■「自然現象」を敵視する人々

自分の病気の話を他人にするのは、趣味が良くない。最近はプライヴァシーがどうとかいうけれど、そういうことではありません。

私が大学勤めでいたころ、恩師の中井準之助先生が旧制一高の同窓会に出たことがあります。戻られてから、「話題と言えば、病気と孫と勲章だよ」と噛んで吐き出すように言われました。以来自分の病気の話には気を付けようと思ってきました。

病気は自然現象です。これを敵視する人は意外に多い。自然は敵でも味方でもなく中立なのに、都会人は得てして病を敵とみなす。人間社会に埋没している人ほど、その傾向が強いといえます。

例えば政治家。コロナが始まったころ、アメリカのトランプ大統領やブラジルのボルソナロ大統領が典型でした。2人ともおかげでコロナのしっぺ返しを食らいました。中国の習近平主席はゼロ・コロナ政策を採って物議をかもしています。中国は極めて古い都市文明ですから、自然を敵視し、克服しようとする傾向が強いのです。

■病気は日常性を破壊する

病気は日常性を破壊します。日常は「有り難いもの」、つまり「滅多にないようなもの」ではありません。いわば「有り難くない」ものなので、破壊されない限り日常の有り難みは感じられません。

病気は日常を壊すことによって、人々にさまざまな洞察を与えます。親や子どもの死は人生の意義を深く考えさせますが、家族の病は家族の成員にいろいろなことを教えます。

現代人の日常は安定したものではありません。万事を徹底的に意識化していけば、世界は安定するはずだ、という誤った信念が人類を支配してきました。そうした世界が実現すれば、おそらく人は何も学ばなくなるでしょう。

学生のころ、一部の友人が結核で1年間、休学することがありました。退院してくると、以前より大人になっていたものです。日常性の変化は若者を成長させます。安全安心の社会は、人々の成長を止めようとしているのでしょう。

■虫は生涯の友

私の虫の友人2人は小学生時代に結核で1年間休んでいます。その間に友人がいないので、虫を友としたのです。おかげで生涯の友人を得たことになります。

私自身も若年のころには、病気ばかりしていました。だから人との付き合いが苦手で、今もそうです。その代わり虫が生涯の友人になりました。

虫は私の人生にさまざまな慰めを与えてくれますが、積極的な手伝いをしてくれるわけではありません。そこから何かを得ようとするのは、当方の勝手であって、相手の都合ではないのです。

病気とは、人間の問題に自然が勝手に介入してくることです。それで人間のことしか考えていない政治家は錯乱するのでしょう。そんな予定はない、というわけです。

■病気と死には人力及び難し…

病気と死はつきものですが、どちらも基本的には人力及び難し、です。秦の始皇帝が最後に不老不死の妙薬を探したのは、政治家としてむしろ当然かもしれません。

日常の病気には、そういう大げさな話は出てきません。ささやかな日常が壊れるだけの話です。この体験をどう生かすか、それがいちばん大切なことかもしれません。

現代社会、とくに都会の日常は、日常自体の継続がその日常を破壊するという、一種の自己矛盾の問題になってきています。だからSDGs(持続可能な開発目標)であり、COP(気候変動枠組条約締約国会議)なのでしょう。

日常を考え直すのは簡単ではありません。病気がその契機になれば幸いというべきです。

■日本列島の「発作」は100年に一度起こるもの

最近私は、もっぱら2038年に想定されている南海トラフの地震を考えています。地震そのものが問題なのではありません。この日本では、こうした大災害はほぼ100年に一度起こります。日本列島の発作みたいなもので、問題はその発作の落ち着き方だといえます。日常が変化してしまいます。

大正デモクラシーや「狭いながらも楽しい我が家」とエノケンが歌ったマイ・ホーム主義といった雰囲気は関東大震災で消え、治安維持法の改正、軍人内閣、さらには戦争へと歴史は一直線に進みました。安政の江戸大地震は東南海地震と並行し、やがて安政の大獄から倒幕運動へと進むことになりました。

日本社会は「空気で動く」といいますが、こうした天災の後は空気が一変するのでしょう。

2038年の後はどうでしょう。私は多分生きていないので、知ったことではない、というのが正直なところですが、いわゆる日本の将来はここにかかっていると思わざるを得ません。災害の後にどのような日常を想定するのか。

横断歩道
写真=iStock.com/woraput
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/woraput

■「ろくな患者ではない…」

『養老先生、再び病院へ行く』は前著の続きです。前著が意外に好評を得たので、引き続きということで本書が成立しました。

その後、私自身はまったく元気に日常を過ごしています。おかげさまで入院のことなどほぼ忘れてしまいました。次に入院することがあるとすれば、もはや一巻の終わりということだろうと思います。

しかし本書で触れたことは、最近考えていることなので、病気のおかげと言ってもいいかもしれません。

先日も病院に行ったら、「検査の数値はどれも悪くありません」と言われたので、「じゃあ、なんで死んだらいいんですか」とうっかり訊いてしまいました。ろくな患者ではない。もうちょっと、素直になるべきではないかと反省しています。

■気が付いたら自分が一番年上になっていた

年をとったせいか、「老い」についてよく聞かれるようになりました。自分1人でいたら、老いなんて思うはずもありませんから、老いというのは、他人が決めるものだと思います。

自分より若い人たちと山を歩いているとき、「船頭さん」(作詞・武内俊子、作曲・河村光陽の童謡)を歌われたことがありました。

今年60歳になる船頭の「おじいさん」は、年をとっても船をこぐときは元気、といった歌詞ですが、これを歌われたときに、初めて自分も年寄りなんだと思いました。僕がみんなよりも先にどんどん歩いて行ったら、後のほうで誰かがこれを歌っていたのです。

もう1つ、老いを感じたのは、いつのまにか自分が一番年上になっていたとき。

僕は大学生のころからいろんな集まりに顔を出していますが、いつも「なんで俺より年下のやつがいないんだ」と思っていました。僕は現役で大学に入っていますが、仲のよい同級生はみんな浪人しているから、自分が一番年下ということがしょっちゅうありました。

それがいつのまにか、自分が一番年上になっているのです。こういうときも年齢を感じます。

■若い人と自分のあいだにある「歴然とした差」

でもそれは単なる位置的な関係性でしかありません。むしろ老いを意識するとしたら、身体的能力の衰えでしょう。

例えば目がよく見えなくなります。そのことは若い人と一緒に虫捕りに行くとよくわかります。若い人から「あそこに何かいる」と言われても、僕はぜんぜん気が付きません。そこには歴然とした差があります。

握力も衰えてくるから、ペットボトルのふたも簡単に開かなくなります。ペットボトルのふたが開けられないというのは、しゃくにさわるんですね。そんなこんなで、身体能力の衰えを感じてきています。

年をとってもみんなより早く歩けるのは、若いころから歩くことが好きだったからでしょう。

糖尿病の先生から、「歩くのはいいですね」と言われましたが、別に健康のために歩いているつもりはありません。歩いたほうが気持ちいいから歩いているだけです。そのおかげで、歩行能力に関してはまだそれほど衰えていないのでしょう。

■40歳を過ぎたら余生

今も鎌倉の自宅から鎌倉駅に向かうときは片道15分の距離を歩きますし、中学高校のときは片道45分の距離を歩いて、途中で虫を捕っていました。

養老孟司、中川恵一『養老先生、再び病院へ行く』(エクスナレッジ)
養老孟司、中川恵一『養老先生、再び病院へ行く』(エクスナレッジ)

当時は国道の脇に虫がいっぱいいましたから、長い距離も楽しみながら歩くことができたのです。

基本的に、身体的能力は35歳くらいまではなんとか維持できますが、そこから先は右肩下がりだといわれています。だから人間の寿命は35歳でよいという説もあるくらいです。

女性が昔のように16〜17歳くらいで子どもを産んだとすると、35歳なら孫ができておばあさんになっているわけです。

縄文時代は平均寿命が31歳ぐらいで、40代まで生きた人は歯がすり減ってなくなっています。そのくらいが元々の年齢ではないかと思います。

今はその倍以上も生きていますから。40歳を過ぎたら余生なのかもしれません。

----------

養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)など多数。

----------

(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください