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「みんな、体の声が聞こえなくなっている」養老孟司さんが20年間都会と田舎の「参勤交代」を続ける本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年4月26日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rustyfox

「脱成長」という言葉がそこかしこで使われるようになった。現代の「参勤交代」と称して、20年ほど前から都会と田舎の往復生活を送ってきた養老さんは「この20年、政府が何をやっても全然成長できなかった。日本は、先進国のトップを切って脱成長期に入ったのだろう。人間が手を入れて生かしてきた里山の自然に、これからの社会のヒントがあるのではないか」という──。(第2回/全3回)

※本稿は、養老孟司、中川恵一『養老先生、再び病院へ行く』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。

■手入れして育てた里山こそが自然

僕は都市化するということは、自然を排除することで、脳で考えたものを具体化したものが都市だと言ってきました。

都市の反対側に位置するのが自然です。自然というと、人の手がまったく入っていない状態を想像するかもしれませんが、それが自然だという考え方はおかしいと思います。人と関わりがなければ存在しないのと同じことです。

それよりも、日本人が考えるべきは、手入れをして生かしてきた里山の自然でしょう。

■森林の手入れは手間がかかる

僕は毎年、島根県に行きますが、あそこは森林の手入れがよいのです。逆に広島県はそうでもない。島根県から峠を越えて広島県側に入ると、雪折れ(降り積もった雪の重みで枝や幹が折れること)した杉が片付けられていません。でも島根県のほうはきれいに片付いています。

「手入れ」がとても大事です。

国産材木は一時価格が非常に高くなって、それで日本の林業はうまくいくと思っていましたが、1970年にアメリカの圧力で関税が撤廃されて、外材が入ってくるようになりました。

その当時、国内の木材は国際価格の3倍くらいでした。そこに3分の1の価格の木材が入ってきたため、国内の木材の需要が激減したわけです。

今は国産木材を使った建築物に補助金が出るところもあるそうですが、採算をとりながら山林を維持していくのは大変なことです。

■木が育つまでに40年

それに木を育てるのには時間がかかります。例えば、伐採するまでに40年かかるとすると、その40倍の土地がないと維持できません。

1年に1区画だけ伐採したら、そこにまた苗木を植えて、翌年には次の1区画の木を切る。そして切ったところにまた苗木を植えるわけですが、それが木材に育つまでに40年かかります。

でも40年の木でもまだ十分育ったとは言えません。一番使いやすいのは、60〜80年ぐらいの木だといわれています。それでも最近はいろんな技術ができてきて、40年ぐらいでも使えるようになってきたのです。

その技術の1つにCLT(Cross Laminated Timber)という合成材の一種があります。一枚板は横には強いけど、縦には弱い。そこで板を張り付けて合成し、縦にも強い板をつくるわけです。スウェーデンでは、この合成材で4階建てや5階建てのビルを建てています。

日本でも最近は木造のビルを建てられるようになりましたが、それを止めていたのは消防法です。木は燃えやすいからダメだというわけです。

■日本の林業の裏事情

こういう風に、森林を守るには森林だけでなく、建材をつくる技術から法律まで変えていかないといけません。それこそ、川上から川下まで全部整備しなければなりません。いくら木を植えても、最終的に木材が売れなければしょうがありません。そこまで考えていかないと、森林は守れないのです。

さらに、前述の島根県と広島県のように、自治体によっても異なります。広島のあたりは大都会でいろんな産業がありますが、島根県は過疎ですから第一次産業のウェートが高いのです。

日本の林業については裏もあって、今は基本的にパルプ材の需要が多いから、木をぜんぶ切ってしまう自治体があります。そうすると、今度は山が荒れて、土砂崩れが起こったりするわけです。

もう1つ、日本人に花粉症が急増したのは、杉の植林に国が補助金を出したからです。補助金が欲しいから、貧しい地域では杉をたくさん植えました。四国はその典型で、高知県は人工林が8割くらいですが、そのほとんどが杉です。

■田舎で暮らせば「体の声」が聞こえる

僕は20年ほど前から、現代の「参勤交代」ということを言ってきました。都会で生活している人たちが、1年のうちの一時期、田舎で暮らしたらどうかという提案です。田舎で生活すると何かと不便ですから、何でも自分でやらなければなりません。この不便さが非常に重要なのです。

都会にずっといると、ストレスがかかって気持ちが安定しません。身体的にも安定しないと思います。自分がどういう環境の中にいるときに一番調子が良いのか、みんなわからなくなっているのです。

かといって、外部の環境を勝手に変えるわけにはいきません。というより、現実にできませんから、暑かったらエアコンを入れてみたりします。それが当たり前になると、自分はそのほうが調子がよいと思うようになります。

■子どもは自然寄りに暮らしたほうがよい

でもそれは、自分が調子がよいと感じる環境が本来はどういう状況なのか、自分で把握できなくなるということです。でも都会の環境と田舎の環境の両方を経験していれば、自分はどういう環境で安定するのかがわかるはずです。

僕は病院に行くべきかどうかは「体の声を聞け」と言っていますが、体の声を聞くためには、すべての道路が舗装された都会だけではダメで、田舎の不便な環境にも身を置いてみる必要があると思っています。

僕が子どもの頃は、いつも川で魚を捕って遊んでいました。水に入ると冷たいですし、風が吹いたり、カワセミが飛んでいたりします。自然の中にいると、さまざまな感覚の働きに気を取られて、あれこれ考えることがなくなります。

だから、今の子どもたちも、もう少し自然寄りに暮らしたほうがいいのではないかと思っています。

女の子と川
写真=iStock.com/Hakase_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_

■子育ては計画してやらない

子どもも大人もですが、人は自然に接する時間をつくると、他人の顔色をうかがう必要がありません。薪割りとか畑仕事とか何らかの作業をしていると、そんなことを考えなくてもよくなるのです。

他人にどう見られているかというのは、意外に重たいものです。逆に五感をフルに働かせると、意識のほうが遠慮しますから、感覚が優位になっていきます。自然を相手にしていると、計画通りにしようと思っても、できないことがあることを学びます。

だから子育ても計画してやらないほうがよいのです。子どもなんてどうなるかわかりませんから、シミュレーションして計画通りに育てて、ある種の結果を出すみたいなことは、本来、子育てではできないことです。

自然にしておくことで、知らず知らずのうちに、1つの枠にとらわれない考え方が育っていくと思うのですが、いかがでしょうか。

■先んじて「脱成長期」に入った日本

日本のGDP(国内総生産)は、この20年間、ほとんど増えていません。政府は増やそうとしていますが、何をやっても増えません。そこまでしても、成長できないということは、日本はとっくに脱成長期に入っていると考えるしかありません。

経済学者の水野和夫さんは資本主義が終わろうとしていると言っていますが、マクロで見れば、確かに資本主義は終わっていると思います。

その原因の1つが公共投資の抑制です。例えば田中康夫氏が長野県知事になったときの脱ダム宣言があります。大きな公共事業は環境運動の盛り上がりで猛烈な反対運動が起こるので、政治家はそれをあらかじめ予想して、結局やらなくなりました。

これは、本来であれば経済を押し上げるはずの公共事業に逆風が吹いたということを意味します。

ただ住民を公共事業の反対運動に向かわせているのは、環境保全の思想というよりも、自然を手つかずのまま残したいという漠然とした「空気」だと思います。その空気のおかげなのか、日本は先進国のトップを切って、脱成長期に入ったということだと思います。

■持続可能な社会のヒントは「里山」にある

資本主義が終わった社会といっても、社会主義とはまったく違います。社会主義は脳が考えた政治体制だから、うまくいくはずがありません。

養老孟司、中川恵一『養老先生、再び病院へ行く』(エクスナレッジ)
養老孟司、中川恵一『養老先生、再び病院へ行く』(エクスナレッジ)

もっと小さい社会だったら、平等にするしかありません。いわゆる村社会です。村社会なら、1人だけお金を持っても意味がありません。

次の大規模な自然災害の後は、小規模なコミュニティーが無数にあり、それぞれが自立していくような傾向になればいいと思っています。

実際、江戸時代の庶民のコミュニティーはそうなっていました。

そこで持続可能な社会を目指すなら、やはり里山の自然を生かすということになるでしょう。

■エネルギーの自給自足ができる「単位」で暮らす

持続可能性を考えるとき、エネルギーの自給自足が大事になってきます。

最近は、バイオマス発電所をつくった岡山県の真庭市とか、自前のエネルギーをつくる自治体が出てきました。それぞれが自立できる範囲でエネルギーをつくるのは里山の自然を生かすことにつながるでしょう。

その場合、県単位だとたぶん大きすぎるので、市町村単位くらいがちょうどよいと思います。

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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)など多数。

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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司)

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