連休明けに会社に行こうとすると涙が止まらない…小さな不調をあなどると危ない「五月病」の真実
プレジデントオンライン / 2023年4月24日 8時15分
■連休も遊びに出かける意欲が起きない
ある会社の企画部門に勤める30歳のYさんは今年1月、前から希望していたプロジェクトのリーダーに抜てきされました。やりたかった仕事で、初めてのリーダーの役割に張り切って、忙しいながらも充実した毎日を送っていました。
ところが4月になると上司が変わり、チーム内のメンバーが異動したりして環境に変化がありました。新しい上司にプロジェクトについて説明したり、新規にチームに加わったメンバーのサポートをしながら、チームリーダーの仕事に取り組む日々。だんだんと、まじめで責任感の強いYさんのところに業務が集中するようになってしまいました。毎日仕事が終わらず、遅くまで残業することも増えてきました。
すると4月の終わりごろから、体は疲れているのに夜眠れず、食欲もなくなってきました。仕事でも、細かいミスをすることが出てきたのです。「リフレッシュしよう」と迎えた連休も、遊びに出かける意欲が起きず、なんとなく体調がすぐれないという状態です。そして連休明けは、「朝起きて仕事に行こうと思ったら涙が止まらない」といった症状が出始めました。
出勤時間が遅くなり、会社でも仕事に集中できていないYさんの様子を見た同僚が心配し、産業医に相談することを勧めました。そして産業医から精神科の受診を促され、適応障害の診断を受けたのです。
■4月に頑張りすぎて、5月にエネルギー切れに
4月は環境が変わりやすい時期です。自分が異動や転職することもありますし、Yさんのケースのように、周りの人が異動したり退職したりして、環境が変わるケースもあります。また、新年度は張り切って新しいことを始めたくなることも多く、資格をとるために勉強を始めたり、ジムに通い始めたりする人もいるでしょう。最初は良いのですが、しばらくすると負担になってくることもあります。
そうして4月に頑張った分、5月に入ってゴールデンウィークが明けたころにエネルギー切れになる。それがいわゆる「五月病」、つまり「適応障害」です。
■過剰適応してしまい発症する
「適応障害」は、その病名から「環境に適応できなかったためになる病気」と勘違いされがちですが、ほとんどの場合はそうではありません。むしろ、環境の変化に頑張って適応しようとして過剰適応した結果、エネルギーが切れて自律神経のバランスを崩してしまうという病気です。
倦怠(けんたい)感や疲労感が取れない、夜眠れない、不安が強くなる、動悸(どうき)や頭痛、腹痛などさまざまな症状が起こります。仕事が忙しかったり、ストレスが強くなったりすると、一時的にこうした症状が出ることはありますが、週末にゆっくり休んでよくなるようなら心配はありません。目安は2週間です。症状が2週間以上続くようなら、病院を受診するようにしてください。
ただ、どんな症状が表れるかは個人差があります。ですから普段から、「自分はストレスがかかったときにどんな症状が出やすいか」を知っておくといいでしょう。先ほど挙げた症状のほかにも、胃が痛くなる、肌が荒れる、吐き気がするなど、人によって症状の出方は異なります。バロメーターになる体調の変化を知っておき、症状が出たら早めに休養を取るようにしてください。生活リズムを見直し、睡眠時間を取れるようにしたり、食生活を見直したりすることも大切です。
適応障害になっても、通院して治療すると3カ月ぐらいでよくなる人が多いです。しかし、症状が出てきて2週間以上経っても我慢して病院に行かず、治療を始めるのが遅くなると、適応障害からうつ病に進行する可能性があります。その分治療も長引いてしまうので、早めに受診することが大切です。
■「ストレス源から離れること」が一番の治療
適応障害の治療は、薬、環境調整、カウンセリングの3本柱で考えますが、それぞれ目的が異なります。
薬については、「適応障害の根本の治療薬」があるわけではありません。眠れなかったら睡眠薬、頭痛がひどいなら頭痛薬、不安が強ければそれを抑える薬といった対症療法です。心身に出ている不快な症状を、薬で抑えることが目的です。
そして、適応障害の中心となる治療法は、環境調整です。
適応障害の大きな特徴は、うつ病と違って、ストレスの源がはっきりしていることです。環境を変えて、適応障害の原因となっているストレスの源から離れるだけで、症状が改善するはずです。
会社員であれば、いったん休職する、部署を変わるなどの配置転換をする、といったことが、もっとも効果が出るケースも珍しくありません。休職することで症状が改善したからといって、また元の職場環境に戻そうとする会社もありますが、それは避けなくてはなりません。またストレスの源に触れることになるので、症状がぶり返しかねないからです。
■カウンセリングでストレスとの付き合い方を学ぶ
そして、カウンセリングの目的は、再発防止です。単に話を聞いてもらってすっきりするというだけなく、ストレスとの付き合い方を学びます。
適応障害になる人は、責任感が強く真面目で几帳面、何ごとも「ゼロか100か」で考えてしまう、悩み事を一人で抱え込みやすく、何でも自分の力で乗り越えないといけないと思っている、といった傾向があります。「自分がやらないといけない」「目標は必ず達成しないといけない」「周りに迷惑をかけてはいけない」……。こういった「ねばならない」思考が横たわっていることが多いのです。
どんな職場でも、ストレスというのはありますし、避けることはできません。ですから、こうした傾向を持つ人は、環境が変わっても、なんとか適応しようと食らいついてストレスを抱え込んで心身に不調をきたす恐れがあります。カウンセリングによって、ものごとの捉え方や考え方を変え、受け取るストレスを緩和できるようにしていきます。
■リモートワークによる適応障害も増えている
リモートワークが、適応障害の引き金になったり、症状の悪化を早めることも増えています。ほかの同僚の様子が見えない分、「みんな自分より頑張っているのだろう」と思い込んで仕事やストレスを一人で抱え込み、弱音も吐きにくくなってしまいます。また、通勤がないため出勤・退勤の線引きがはっきりせず、プライベートとの境目があいまいになり、仕事量が増えて苦しくなっているというケースもよく聞きます。
先に述べた通り、適応障害は早期発見、早期治療が重要ですが、オンラインだと特に、本人も周りも兆候を見逃しやすいのです。
出勤していれば、「最近、遅刻ギリギリに会社に来ている」「疲れた顔をしている」「パフォーマンスが下がっている」などの様子に周りも気づきますが、リモートだとなかなかわかりません。また、本人も調子が悪いことは隠そうとするので、病状が悪化するまで表面化しにくいのです。
働き方の選択肢が増えるのは良いことですが、こういったネガティブな面があることは考慮してほしいと思います。例えば1カ月か2週間に1回は、チームのメンバーが対面で顔を合わせる機会を設けましょう。オンラインでは雑談がしにくく、打ち合わせをしても目的以外の会話はなかなかできないものです。対面の方が、自分のちょっとした体調の変化や仕事の大変さについても話しやすいですし、「ちょっとつらいな」と思っても、次に会う約束があれば「その時に相談してみよう」と思えて安心感につながります。
![リビングルームで、ノートパソコンを前に頭を抱えている女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/3/1200wm/img_938487f75518502a34e2183a7f8c776a485614.jpg)
■好きな仕事も体を壊してまでやることでない
冒頭のYさんは、2カ月ほど休職して体調が回復。復職することになりました。しかし、まったく同じ環境だと再発する可能性があるので、同じ部署ではありますが、プロジェクトリーダーの役割やクライアントとの折衝役からははずれ、業務量も制限して残業はしないことになりました。
Yさんの場合は、比較的早い段階で治療を始められたため、2カ月ほどの休職で復職できるほどに回復できました。しかし、なかなか受診せず、働き方も変えないままで症状を悪化させてしまうケースや、受診をして適応障害の診断を受けたものの、職場の理解が得られず休職が先延ばしになり、結局治療に時間がかかってしまうことはたくさんあります。本人だけでなく、職場全体が適応障害への理解を深めることが重要です。また、自分の心身の調子がすぐれないときに早めに相談したり、ほかの人の兆候に早めに気付けるような職場づくりをしてほしいと思います。
周りから見ると、Yさんは、せっかくプロジェクトリーダーになったのに、そのポジションから離れることになったので、挫折したように見えるかもしれません。しかしYさん本人にとっては、健康の大切さに気づく、よいきっかけになったようです。大好きな仕事でも、体を壊してまでやることではない、自分が健康に働けるペースを守ることが重要だと実感する機会になりました。
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産業医・精神科医
産業医・精神科医・健診医として活動中。産業医としては毎月30社以上を訪問し、精神科医としては外来でうつ病をはじめとする精神疾患の治療にあたっている。ブログやTwitterでも積極的に情報発信している。「プレジデントオンライン」で連載中。
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(産業医・精神科医 井上 智介 構成=池田純子)
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