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1年で27人採用も22人退職…離職率41%のIT企業社長がハマった「給料を上げれば辞めない」という誤解

プレジデントオンライン / 2023年4月20日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironagasukujira

高い離職率を抱える会社は、どこに問題があるのか。マネジメントコンサルティング会社「スキルティ」の中塚敏明社長は、創業5年目のIT企業「ネットビジョンシステムズ」で41.5%だった離職率を6年間で4.5%に改善した経験をもつ。中塚氏の著書『従業員エンゲージメントを仕組み化する スキルマネジメント』(クロスメディア・パブリッシング)より、一部を紹介する――。

■なぜ給料アップした社員は、数カ月後に退社したのか

「どうして僕の給料が上がったんですか!」

社員から予想外の言葉を返されたのは、2015年の秋のことでした。社長面談の最中に、入社2年目の一般社員が、目に涙を浮かべて私に詰めよったのです。

(給料が上がったのに、何が不満なんだろう?)

私としては、派遣先でお客様からの評価が高い彼の働きぶりに、目に見える形で報いたつもりでした。しかし、本人は「そもそも会社の方向性がわからないし、自分が昇給した理由にも納得できない」と、抗議したのです。

結局彼は昇給した数カ月後に、会社を去りました。

今の自分なら、彼が何を訴えたかったのかがわかります。

けれども、当時は創業から5期目で、3名からスタートした会社は社員数50名を超え、会社は組織としての大きな転換期を迎えていました。

私自身もプレイングマネジャーから経営者への転身を図ったばかりで、社員の意識までには、考えをめぐらせる余裕がなかったのです。

■いくら新人を採用しても、次々と退職

給料アップに抗議するかのように社員が辞めた後も、当社は業務の拡大に伴う人手不足解消のため、積極的に採用活動を続けていました。

ところが、いくら新人を採用しても数カ月後には退職してしまい、定着までには至りません。27名を採用して22名が退職、残るのは5名という悲惨な事態も起こりました。

その後も社員の流出が止まらず、2017年には離職率は40%を超過しました。

1カ月に数名ずつが、職場を去る計算になります。

現場のマネジャーからは、「皆すぐに辞めてしまう、これでは教え損だ」と、嘆き声が上がるようになりました。私は退職予定者の連絡が届く月末近くになるたびに、憂鬱な気持ちに沈み込んでいました。

このままではいけない、でも何から手をつけたらいいのかわからない……。

■日本の従業員エンゲージメントは世界最悪

2014年頃から人事評価制度の構築を始めていましたが、会社は軌道にのるどころか、かえって社員の離職率の急増という結果を招いていました。以前の面談での経験からも、単に給料を上げるような小手先のやり方では、社員の育成や定着を望めないのは明らかでした。

組織が崩れかけている原因を突き止められずに悩む私のもとへ、ある一本の営業電話がかかります。

それは、リンクアンドモチベーション社からの、従業員エンゲージメントを測定する、エンゲージメント・サーベイ(アンケートで組織の状態を可視化・分析する調査)の案内でした。

「従業員エンゲージメント(またはエンゲージメント)」とは、「企業と従業員の相互理解や従業員の自社への貢献意欲」を表します。エンゲージメント・サーベイは、企業と従業員の関係性をデータで可視化して測定する、いわば「企業の健康診断」です。

アメリカのコンサルティング会社、コーン・フェリーが、2020年に世界の23カ国を対象に行ったエンゲージメント調査によると、日本のエンゲージメント・スコアは56%で最も低い数値を示しました。

世界平均の66%を10%も下回るデータは、世界最低水準です。諸外国の従業員と比べ、日本の従業員の会社への貢献意欲が劣るとある検証データからは、日本における人と組織の絆の弱さが読み取れます。

■社員の強い不満が数値化、組織偏差値は「47.8」

もうやるしかないと決意した私は、リンクアンドモチベーション社のデジタルツールを自社へ導入し、全社員を対象に調査を実施しました。

会社の現状を直視するのは怖い。でも、どこに問題があるのかを具体的に把握しないことには組織の課題は改善のしようがない、と腹をくくったのです。

2016年12月、最初に計測したエンゲージメント・サーベイでの、エンゲージメント・スコア(組織偏差値)は47.8でした。

エンゲージメント・スコアは、企業の偏差値にあたります。大学の偏差値のように、調査を実施した全企業の中央値を50とみなし、従業員の期待と満足度の差で算出されます。あるべき姿と現状との差が小さくなるほど、スコアが高くなる仕組みです。

ここで判明したのが、会社の制度・待遇に対する社員の強い不満でした。人事評価制度における公平性、透明性、納得性への不信感が、数値化したデータに表れていたのです。

■誰もが昇給・昇格を理解できる仕組みを整備

とにかく社員の不信感を解消しなければと考え、まずは、人事評価制度を抜本的に見直したのです。会社の方向性を示す、経営計画とミッション・ビジョン・バリュー、これらを体現する行動指針を定め、人事評価制度に組み込みました。

給与についても、会社の経営状況に見合った賃金テーブルを再設計し、社員へ公開しました。人事評価制度と賃金テーブルを連動させて、昇給・昇格を誰もが理解できる仕組みを整えたのです。

人事評価制度を整える一方で、社員間のコミュニケーションを深める施策も打ちました。IT派遣・SES事業の特性上、企業に常駐する社員と上司との関係性は希薄になりやすいため、人事評価面談などを増やし、お互いが信頼関係を構築できるように後押ししたのです。

半年ごとに測定する、エンゲージメント診断のフィードバックを確認しながら、経営目標、人事評価制度、社員間でのコミュニケーション改善を進めていきました。

■待遇を改善できなくても「67.9」に上昇

2016年から始めた社内改革が実を結び、当初47.8だった社員全体のエンゲージメント・スコアは、2018年には中央値の50を超えました。さらに、2019年12月には、67.9に上昇しました。

この間従業員から寄せられた、給与や住宅手当などへの要望は叶えられませんでしたが、それでも、スコアは跳ね上がったのです。

成長を表す木のブロック
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

たとえ待遇を改善できなくても、会社の方向性と評価制度への納得感を醸成できれば、社員はついてきてくれる。

この点に気づけたことは、私にとって非常に意味がありました。

会社の強み診断でも、従業員への支援行動が、長所にランクインするようになりました。上司がフラットに部下の話を傾聴して、困った時には助ける姿勢が、高スコアにつながったと思われます。

一般社員からの不満の声は消え、社員全体では離職率も25%に低下しました。エンゲージメント・スコアの上昇と比例して、組織の安定も徐々に感じられるようになっていました。

しかし、社内の雰囲気は良くなったものの、会社の業績は経営目標には及びません。2017年から2018年にかけて、社員の平均単価、売上の伸び悩む時期が続くようになりました。

ちょうどその頃、社員全体での離職率低下と逆行するように、ミドル層の役職にあたる、マネジャーの離職が目立ち始めました。

■マネジャーが部下への寄り添い疲れで疲弊

2018年のプレイングマネジャーに絞ったエンゲージメント・スコアでは、2016年のサーベイ開始時には50だったスコアが、一気に27.6へ急降下しました。そこから浮かび上がったのは、部下への寄り添いで疲弊しきった、現場マネジャーの姿です。

一般社員への支援をするかたわら、自らもプレイングマネジャーとして働く現場マネジャーの業務は、エンゲージメント・サーベイの導入前よりも倍増していました。

長時間労働と休みの減少、それに加え、心理的圧迫感が重なり、モチベーションの低下したマネジャー層の会社離れが加速していたのです。

当社は、それまで成功していた、エンゲージメントの診断にもとづく組織改善方法では越えられない、第2の壁にぶち当たっていました。

■社員間の業務・責任の線引きを明確化

管理職を寄り添い疲れから解放し、一般社員を自力で仕事を回せるレベルへ導くには、組織に所属する人を変えるのではなく、仕組みを変えなければならない。

悩んだ末に、社員の役職ごとに求める成果目標の再設計に着手します。改めて各役職の役割と昇格条件を、より明確に定めて全社員へ情報公開を行いました。

CEOと組織図
写真=iStock.com/NicoElNino
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NicoElNino

これにより、個々の社員に目的意識が生まれ、キャリア形成への関心も高まりました。上の役職を目指す若手社員も増え、各自の仕事へのやる気に弾みがついたのです。

社員全体の仕事に対するモチベーションの上昇に勇気づけられ、私は管理職と一般社員、それぞれの不安や悩みの解消に乗り出します。

マネジャーを、部下への寄り添い疲れから解放し、社員が自力で仕事を回せるようにするには、やはり各自が自分で実行できる、仕事の仕組みを構築すべきではないか。

そこで閃いたのが、上司が行うマイクロマネジメントを部下本人のセルフマネジメントに任せる、スキルマネジメントです。

スキルマネジメントとは、当社が提唱する、組織の最大化を実現するマネジメント手法です。その特徴には、個々の社員が自己完結でスキルを管理して、仕組みでPDCAを推進する「人」と「システム」による分業スタイルです。

私は、セルフマネジメントによる、能力開発を推進するシステムを設計して自社へ導入しました。主に若手社員や新入社員を対象とした「社会人基礎力」の強化に取り組んだところ、社員間での業務・責任の線引きがより明確になり、各社員の行動および心境には変化がみられました。

■クレームが減るという嬉しい効果も

マネジャーは、経験の浅い部下への指導が激減し、余分な支援業務から解放されました。

本来の業務に集中する時間と気持ちの余裕が生まれ、より生産的な仕事や、部下の意欲を後押しする支援にも目が行くようになりました。

一般社員も、職場でのルール・行動指針や、社会人基礎力を土台とした技術スキルの個別確認・学習で不安が減り、落ち着いた気持ちで業務にのぞめるようになりました。

社員全体のスキルが底上げされた結果、お客様からのクレームが寄せられなくなるという、嬉しい効果もついてきました。

システム導入によるセルフマネジメントの実践により、上司は部下の行動や進捗(しんちょく)を確認する手間が省け、部下は「やらされている感」を感じずに、自分主体で仕事と向き合うようになったのです。

社員の誰もが、無駄に悩まず、迷わず、心に不安やガラクタを抱え込まずに、仕事にやりがいを感じて成長し続けられる。

そんなプラスの連鎖が、社内で生まれたのです。

■離職率4.5%、組織偏差値「70超」を達成

スキルマネジメント導入の成果は、エンゲージメント・スコアにも反映していました。

人事評価制度の再設計とスキルマネジメントの運用後に行ったエンゲージメント・サーベイでは、プレイングマネジャーのスコアは、2018年の27.6から2019年には54.3までに回復。2022年の時点では75.6と、驚異的な数値をたたき出します。

組織偏差値を表す社員全体のスコアでも2019年の67.9から、2022年には同規模企業内の上位2%しか到達しない、70%を超える躍進をみせました。

中塚敏明『従業員エンゲージメントを仕組み化するスキルマネジメント』(クロスメディア・パブリッシング)
中塚敏明『従業員エンゲージメントを仕組み化するスキルマネジメント』(クロスメディア・パブリッシング)

行動面の診断では、弱みとなる項目が全て消えました。強みの項目には、新たに会社の目標となる理念戦略や、研修制度の充実などの制度待遇が現れました。

この結果は、会社の方向性と社員の想いの一致と、社員の環境に対する満足感の高まりと成長意欲を物語っています。

さらに、従業員満足度の大幅な上昇は、会社の実績にも直結しました。

離職率は41.5%から4.5%へと大幅に減少。これにより各種KPI(中間目標)、売上の収支も、改善したのです。

スキルマネジメントによって社員の意識改革が進んだだけではなく、会社そのものが、成長意欲の高い組織へと変貌を遂げたのでした。

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中塚 敏明(なかつか・としあき)
スキルティ株式会社 代表取締役社長
1976年、東京都中野区生まれ。東日本電信電話株式会社(NTT東日本)に2000年4月入社。法人営業部門にて大手サービス業のPBX、LANの提案・設計・構築プロジェクトに従事。2011年にネットワーク業界の人材不足を解決するネットビジョンシステムズを設立。2016年、ネットワークエンジニアの養成スクールを開校。能力開発をマネジメントするスキルマネジメントシステム「skillty」を考案・開発し、2022年にスキルティを設立。著書に『従業員エンゲージメントを仕組み化する スキルマネジメント』(クロスメディア・パブリッシング)。

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(スキルティ株式会社 代表取締役社長 中塚 敏明)

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