男性よりも女性のほうが"不健康食"を食べている…東大教授が解説する「健康になれる食生活」のコツ
プレジデントオンライン / 2023年4月21日 18時15分
※本稿は、佐藤隆一郎『健康寿命をのばす食べ物の科学』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■日本人の摂取カロリー量は戦後すぐよりも少ない
本稿には、東京大学駒場キャンパスで私が行っている「食の科学」の講義内容の一部が含まれています。読者にもぜひ、私が駒場生に毎年出題するクイズにチャレンジしていただきたいと思います(図表1)。
そのクイズとは、次のようなものです。「第二次世界大戦後、食の欧米化と飽食(ほうしょく)が進み、さらには慢性的な運動不足が生活習慣病急増の原因ともされています。さて、それでは現在の日本人の一日の平均エネルギー摂取量は、戦後間もない1950年と比べてどのくらい変化したでしょうか。①減少、②1.4倍、③1.78倍、④2倍以上」。
一般の方々に向けた講演会でも同じクイズに挑戦してもらうことがありますが、多くの人が選ぶのは④で、最も少ないのは①です。選択肢をよく見ると③だけが小数点二桁まで表示してあるため、目ざとい駒場の学生の多くはこれを選びますが、実はこれは私が仕掛けたトラップです。
戦後間もない時期に比べて現在は飽食が進み、高カロリーの欧米食を口にする機会が増え、生活習慣病の患者が増加したというのは誰もが想像することで、④を選択するのは当然ともいえますが、このクイズの正解は①の「減少」です。
統計によれば、1950年当時の日本人は食事から2098キロカロリーのエネルギーを摂取していましたが、2000年代に入ってからは、特に女性のダイエット指向の高まりとともに食事由来摂取カロリー値は低迷しており、2000キロカロリーを切るのが現状です(2018年の男女平均値は1900カロリー)。
つまり、摂取カロリーが増加したことが生活習慣病患者の増加の直接の原因ではないということです。
■動物性脂肪の摂取量は70年間で約5倍に
もちろん個人のレベルで飽食・過食を続ければ肥満となり、生活習慣病の発症リスクも高まりますが、このクイズはあくまで国民全体としては、食事由来のエネルギー摂取量が時代とともに大きく上昇していないことを示しており、これは食と健康の関係をとらえるうえで大変重要な論点となります。
1950年からの70年間のエネルギー摂取の変化を見ていくと、1970年代に一時期、1.1倍程度まで上昇したことはありますが、その後はおおむね変化がなく、むしろ減少する傾向が続いています。現在と比べて、1950年当時の摂取カロリーの算出方法はさほど厳密ではなく、統計値をそのまま単純に比較することには多少無理があるにせよ、生活習慣病患者の増加の原因が摂取エネルギーの大幅な上昇ではないことはたしかです。
それでは第二次世界大戦後、日本人の食生活の何が変化したのでしょうか。図表2では1946年時点での日本人の食事内容を100として、その後の推移を示しています。2018年まで突出して増えているのは動物性タンパク質(良質タンパク質)で、1946年と比べて3.5~4倍に上昇していますが、これは日本人の平均身長を伸ばすなど体格向上へと導いたと考えられます。
![【図表】1946年以降の日本人の食生活の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/0/1200wm/img_70af78be5594f401bff04f0d00c1e3f6359380.jpg)
筆者は昭和30年代生まれですが、1964年の東京オリンピックの頃、テレビで盛んに流れていた「タンパク質が足りないよ♪」というコマーシャルソングは今でも鮮明に覚えています。中でも最も大きく上昇したのは動物性脂肪の摂取量で、この70年間でおよそ5倍強となっており、日本人の健康事情に大きな影響を及ぼしています。
■40年間で精肉の購入量は2倍に増加
動物性脂肪は乳製品、畜肉(牛肉、豚肉、鶏肉等)、魚類から摂ることができます。魚に含まれる魚油についてはさまざまな健康効果が報告されていますが、魚介類の摂取量は年々減少しています。これについては水産資源の減少とそれに伴う価格の上昇も大きく影響しているでしょう。
図表に示したように、1965年からの40年間で2名以上の世帯での魚介類の購入量は25%減少しており、その一方で精肉の購入量は2倍に増加しています。筆者が大学生の頃、女子大学生に何を食べたいかとたずねて「焼き肉」と答える人はほとんどいなかったと記憶していますが(当時は親父食)、現在ではスリムな体型を維持している若い女性も何の躊躇(ちゅうちょ)もなく焼き肉を食べに行きます。
この食習慣・食嗜好の変化が女性若年齢層で脂肪からの摂取エネルギーが高いという調査結果に表れています。
■魚油には脳機能を支えるDHAが含まれている
畜肉に含まれる脂質は飽和脂肪酸に富んだトリグリセリドで、これはグリセリンに飽和脂肪酸が複数個結合した分子です。飽和脂肪酸に富んだ食事を摂り続けると肥満になりやすく、さらには動脈硬化などを発症する原因となります。
一方、植物性脂質や魚油には不飽和脂肪酸が豊富に含まれています。不飽和脂肪酸は室温では液状となります。たとえば植物性油脂でつくられたマーガリンは室温ですぐに溶けますし、食用油も液状です。一方、飽和脂肪酸、つまり畜肉の白色の脂身は室温でも溶けることはなく、固形のままです。たとえば乳脂肪分でできているバターは冷蔵庫から出してしばらく置かないと柔らかくなりません。このような物性の違いが脂肪酸にはあります。
さらに魚油にはω-3(n-3とも呼ばれる)脂肪酸と呼ばれる不飽和脂肪酸が含まれており、代表的な多価不飽和脂肪酸がEPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)です。不飽和脂肪酸は炭素原子のつながりが二重結合(不飽和結合とも呼びます)となっており、この結合を二つ以上持つ脂肪酸を多価不飽和脂肪酸と呼びます。DHAは脳に多く含まれ、脳機能を支えています。
欧米と比べると魚の消費量が多い日本人女性の母乳にはDHAが含まれています。牛はDHAを摂取せず、牛乳にはDHAがほとんど含まれていないため、日本の育児用調製粉乳(牛乳を原料に調製される)には、乳児の健全な脳の発育に必須な成分であるという考えのもとにDHAが添加されています。
■食文化の変化で健康状況が悪化した沖縄県
魚摂取の有効性は多くの論文で明らかにされていますが、大規模研究を複数合わせた36万人以上を統合した解析によれば、魚摂取が週に1~2回の人に比べ、ほとんど食べない人は大動脈疾患死亡が約2倍に上昇するとされています。
成人においてω-3脂肪酸を食事もしくはサプリメントなどで積極的に摂ることは脂肪燃焼(脂肪酸酸化)を促進するなど、健康維持にとって有効であることは多くの研究成果で示されています。
戦後70年の間に日本人の食生活は欧米化しましたが、これと生活習慣病患者数の増加との因果関係を実証することは大変難しいというのが現状です。これについては、沖縄県の平均寿命の経年変化から多くのことを学ぶことができます。
沖縄県は最近まで長らく、長寿県とされてきました。厚生労働省は5年ごとに都道府県別平均寿命を公表しており、沖縄県は日本復帰後の1975年の調査結果から女性の平均寿命で1位をキープし続けていました。2010年に初めて3位となり、2015年は7位、2020年には16位になりました。男性も全国の10位以内に入っていましたが2010年に全国30位となり、2020年にはついに43位まで後退しています。
![【図表】肥満者(BMI25以上)の割合 沖縄県と全国の比較](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/d/1200wm/img_2d92407d5905925045634d49f0697e8c265359.jpg)
食物繊維が豊富で低カロリー・低脂肪な健康食を摂っていた頃の沖縄県民は長寿でしたが、アメリカによる占領とそれに起因する食文化の劇的な変化が大きな影響を及ぼしました。1970年代、沖縄県では糖尿病による死亡率は全国ランキングで男女ともに47位でしたが、21世紀に入ると男女揃って1位となりました(図表3)。
■若年層を除いて全国平均よりも肥満度が高い
肥満度は体重(kg)を身長(m)の二乗で割ったBMI(Body Mass Index)で示され、日本では25以上を肥満と判定します。たとえば肥満大国のアメリカではBM130以上を肥満としていますが、これだけ判定を甘くしても国民の30%以上が肥満と判定されています。BM130というのは日本人の感覚で考えると相当肉付きのよい体格となります。
それでは沖縄県民の肥満度を見ていきましょう(図表4)。男性、女性の各年齢層におけるBMIが25以上の肥満者の割合について、沖縄県と全国の平均値を棒グラフで示してあります。男女ともに20代を除いて、いずれの世代でも沖縄県の平均値は全国平均を上回ります。特に沖縄県の50代男性の50%は肥満と判定されており、総合すると男女ともに肥満度が高いということになります。
![【図表】食事からのエネルギー摂取](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/e/1200wm/img_9e9ba3b23127bc60bda40a7d28830d93274485.jpg)
肥満が糖尿病による死亡率の増加、平均寿命の低下の原因となっていることは明らかですが、唯一の希望は20代の若年層が全国に比べて肥満度の低いことです。この年齢層の若者が健康志向を維持しつつ適正体重を保ち、年齢を重ねていくことが望まれます。
■エネルギー摂取量は平均以下だが…
それでは食生活の現状はどうなっているのでしょうか。図表5では20歳以上成人の食事からのエネルギー摂取について、全国との比較を示しました。肥満度が高いからエネルギー摂取量も高いというわけではなく、男性・女性ともに食事からのエネルギー摂取量は全国平均を下回ります。つまり過食・飽食ではないということです。
![【図表】男女の各年齢層における脂肪エネルギー比率(2018年、国民健康・栄養調査)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/c/1200wm/img_3c084bb3bc56532789f997b5c1817013488620.jpg)
しかし脂肪エネルギー比率(脂質からの摂取エネルギーが総摂取エネルギーに占める割合)を見ると、男女ともに全国平均を大きく上回っています。つまり、カロリー摂取はやや控えめであるものの脂肪分に富んだ食材を摂っているということで、これが肥満度を上昇させる一因となっていると考えられます(図表6)。
![【図表】食事からの脂質摂取量](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/a/1200wm/img_da5bda6a83322167af5d42b28bee8fa9263748.jpg)
沖縄県には鉄道がなく、日本有数の車社会であることも大きく影響しているでしょう。沖縄県のケースは、食生活の変化が予想以上に健康・寿命に強い影響を与えるということを示唆しており、これは食の重要性を物語る証左として心にとどめておきたい事例です。
■全国的に脂肪分の摂取量が増えている
脂肪分に富んだ食生活を送っているのは沖縄県民だけかというと、必ずしもそうではありません。厚生労働省が提案した「健康日本21」では、脂肪エネルギー比率の増加に伴い動脈硬化性心疾患の発症率や乳がん、大腸がんによる死亡率の増加が認められており、20~40歳代では脂肪エネルギー比率を25%以下にすることが望ましいとされています。
![佐藤隆一郎『健康寿命をのばす食べ物の科学』(ちくま新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/9/1200wm/img_99cf16ae7b96412027f493519f519aa0199672.jpg)
また「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、20~30%程度という目標値を定めています。2018年の日本国民の健康・栄養調査結果を見ると沖縄県と同様の傾向が見えてきます。図の上段には男性、下段には女性の年齢別の総数の分布を示し、脂肪エネルギー比率が30%以上の割合を示してあります。
男性の場合、食事由来のエネルギーの30%以上を脂肪から摂っている人の割合は35.3%で、およそ3人に1人となります。特に20歳代では53.1%と半数以上にのぼり、年齢が上がるにつれてこの割合は減っていきます。
同様の傾向は女性でも見られ、食事由来のエネルギーの30%以上を脂肪から摂っている人の割合は42.8%と、男性より7.5ポイントも高い数字です。さらに驚くべきことに、どの年齢層でも女性の脂肪エネルギー比率は男性のそれを上回っています。
■なぜやせ型なのに脂肪肝になる人がいるのか
女性の場合、20~59歳の年代でほぼ半数かそれ以上の人が30%を超えています。つまり、女性はスリム志向のもとでダイエットをして食事量は減らしているものの、カロリーの多くは脂質から摂っているということです。人間ドックで低体重のやせ型体型の女性も脂肪肝の疑いありと診断されることは、この事実を物語っています。
日本は世界有数の長寿国であり、ユネスコ無形文化遺産にも登録された和食を中心とした低カロリーの日本食・日本型食生活は健康食として礼賛(らいさん)される傾向があります。しかし現実の日本人の食生活を分析すると、低カロリーではあるものの脂肪エネルギー比率が高いという傾向が見えてきます。
現代を生きる私たちは日々の食事にもう少し気を配り、自らの健康維持に努めるべく、健康食=日本型食生活を見直し、継承していく必要があります。
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東京大学大学院 農学生命科学研究科特任教授・名誉教授
1956年生まれ。放送大学客員教授。日本薬科大学非常勤講師。東京大学大学院農学系研究科修了。農学博士。専門は食品生化学、脂質生化学。2019年紫綬褒章。著書に『食と健康』(共著、放送大学教育振興会)、『健康寿命をのばす食べ物の科学』(ちくま新書)など。
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(東京大学大学院 農学生命科学研究科特任教授・名誉教授 佐藤 隆一郎)
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