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「野球好きが集まる場所」ではやがて行き詰まる…日ハム新球場がサウナ、飲み屋街、キャンプ場まで用意する理由

プレジデントオンライン / 2023年4月28日 17時15分

3月に開業した北海道日本ハムファイターズの本拠地「エスコンフィールド」 - 撮影=永禮賢

3月に開業した北海道日本ハムファイターズの本拠地「エスコンフィールド」は、球場内にホテルや温浴施設、ビールの醸造所などを構える異色の球場だ。なぜ野球以外の遊び場をふんだんに盛り込んだのか。運営会社とデザインを担当した乃村工藝社に、日経トレンディ元編集長の能勢剛さんが聞いた――。

※本稿は、能勢剛『「しあわせな空間」をつくろう。 乃村工藝社の一所懸命な人たち』(日経BPコンサルティング)の一部を再編集したものです。

■ホテルの客室、半露天テラス、屋上レストランからも…

2023年3月に誕生した北海道ボールパークFビレッジ(以下、Fビレッジ)。その中心施設であり、北海道日本ハムファイターズの新球場となるES CON FIELD HOKKAIDO(エスコンフィールドHOKKAIDO。以下、エスコンフィールド)に足を踏み入れると、そこには日本の球場とは思えない自由でダイナミックな空間が広がっている。

まず目に入るのは、外野スタンド奥の高さ70メートルもある巨大なガラス壁。屋根が閉じた状態でも、自然光で場内は明るい。切妻型の大屋根が開くと、太陽の光がふんだんに降り注ぎ、天然芝のグリーンが鮮やかに輝く。観客スタンドには、劇場を思わせるようなゆるやかな傾斜が付けられ、座席も通路もたっぷりとした広さ。場内のさまざまな場所に、特別な観戦デッキが設けられている。

VIPルームのバルコニーで仲間と食事しながら、ダグアウト並びのシートでフィールドの土に触れられるほどの近さから、フィールドを一望するホテルの客室バルコニーから、温浴施設の半露天テラス席から水着姿で、球場内ブルワリーの屋上レストランで出来立てクラフトビールを飲みながら……。これまでの日本の球場では考えられなかったような、自由で開放的な観戦スタイルがたくさん用意されている。

■目指すは「新しい文化を生み出す場所」

そして、一塁側、三塁側の頭上には幅86メートルの巨大なビジョン。試合の経過や選手のデータ、試合を盛り上げる映像などが、次々に映し出される。場内は、広々とした通路を歩いて一周でき、数多くの有名飲食店が集まる横丁エリアやショップなどを通路に沿って配置。野球ファンはもちろん、そうでない人々にとっても、気分が上がり、特別な時間を過ごせる空間になっている。まさに、米国・大リーグのボールパークのような、エンターテイメント空間がそこにある。

エスコンフィールドを中心に、Fビレッジの敷地は約32ヘクタールもの広さ。パートナー企業とともに、球場の周りにはいくつもの施設が配置されている。球団の歴史を伝えるレジェンドスクエア、誰でも自由に遊べるミニフィールド、屋内外の子どもの遊び場、庭園、グランピング施設、プライベートヴィラ、農業学習施設、認定こども園、等々。レジデンスエリアにはマンションが建設され、人々が暮らす街でもある。2027年度には、JR北海道が敷地横を走る千歳線に新駅の開業を計画している。

Fビレッジが目指すのは、北海道日本ハムファイターズの本拠地というだけではなく、地域の大人も子どもも、国籍や性別も関係なく多くの人々が集い、交流し、新しい文化を生み出す場所。地域、そして北海道全体を活性化していくようなコミュニティスペースなのである。

Fビレッジの運営会社であるファイターズ スポーツ&エンターテイメントの小川太郎さん(事業統轄本部 コーポレート&ファシリティ統括部 ファシリティクリエーション部部長)
撮影=永禮賢
Fビレッジの運営会社であるファイターズ スポーツ&エンターテイメントの小川太郎さん(事業統轄本部 コーポレート&ファシリティ統括部 ファシリティクリエーション部部長) - 撮影=永禮賢

■なぜ本拠地・札幌ドームを離れたのか

Fビレッジが計画されたのは2015年のこと。自前の球場を持つことが念願だったと、Fビレッジの運営会社であるファイターズ スポーツ&エンターテイメント(以下、ファイターズ)の小川太郎さんは語る。

「社内プロジェクトがスタートしたのは2015年からですけれど、自前の球場については、そのずっと前から課題としてありました。球団経営を考えていくと、球団・球場一体経営という形で、自分たちでハードも持ってコントロールしていかなきゃ成長できないよね、ということがひとつ。

もうひとつは、企業理念として“スポーツコミュニティの実現”をずっと掲げていて、野球はもちろん、野球から離れたところでも地域コミュニティにどういう形で貢献できるのかを考えると、球場があるエリアの街づくりというとおこがましいですけれども、少しでもエリアとか地域に貢献し、発展に寄与していきたい。それが、球場と周辺を段階的に開発するという今回の構想につながりました」

その構想を具体化するにあたって、まず、目指していく街のビジョンを定めたと、同じくファイターズの酒井恭佑さんはいう。

ファイターズ スポーツ&エンターテイメントの酒井恭佑さん(ボールパーククリエーショングループ兼企画PR部ディレクター)
撮影=永禮賢
ファイターズ スポーツ&エンターテイメントの酒井恭佑さん(ボールパーククリエーショングループ兼企画PR部ディレクター) - 撮影=永禮賢

■野球ファンだけを対象にしても先細りしてしまう

「Fビレッジのビジョンとして、“PLAY HUMAN”を掲げました。これは人が人らしく人生を謳歌(おうか)するために、人生を楽しもうというメッセージを込めています。今、世界の情勢がすごく不安定ですし、コロナ禍もあって、思い切り声を出して応援することもできません。だからこそ、生きることを楽しむ、喜ぶことが必要じゃないかなと思っています。

私たちの事業である野球興行は、エンターテイメントで人を幸せにしたり、明日の生きる活力を生み出したりするものです。ですから、Fビレッジという街のビジョンにもそういう目標を掲げました」

Fビレッジには、野球に興味がない人にもぜひ来て楽しんでほしいと小川さんはいう。

「Fビレッジを構想するのに、ひとつ大事にしたことがあります。野球ファンやファイターズのコアなファンの人たちに向けて、リアルで観戦することの価値を最大限に高めることは、当然追求していきます。でも、業界全体でいうと、日本全体が高齢化して、人口が減っていくフェーズに突入していくなかで、野球ファンだけを対象にした施設では、やはり先細りしてしまいます」

ダグアウトクラブラウンジの壁画
撮影=永禮賢
ダグアウトクラブラウンジの壁画。2016年のファイターズ優勝のオマージュとして描かれた - 撮影=永禮賢

■「野球には興味がなくても楽しいから行く」でいい

「野球には興味がなくても楽しいから行くといった、球場を訪れる心理的なハードルを下げるような形で、多様な層を取り込みたいと思っています。

ですから、エスコンフィールドでは、多様な観戦環境をつくるというテーマを追い続けてきた一方で、野球に関係なくてもホテルに泊まりたいとか、温泉に入りたいとか、クラフトビールが好きだから来るとか、いろいろなコンテンツを散りばめながら、球場の中も外も、野球に興味ない人でも何かをフックに来てみたいなと思われる施設にしたいということなんです」

初めて自前の球場をつくるファイターズが、日本初の観戦スタイルをいくつも盛り込んだ球場をつくる。初めてずくめの球場プロジェクトに、乃村工藝社は、最初はスタジアム周辺のコンサルティング業務から関わったという。同社の平野裕二さんが振り返る。

「プロジェクトのうわさを聞いて、チームの何人かでファイターズさんを訪問しました。日本初のボールパーク計画ということで、当時、全国でスタジアムアリーナをどんどん開発していく流れがあったんですけれども、そのなかでも抜きん出た開発だなと感じていて、もうこれはやりたいという想いで、ぜひ関わらせてくださいとお願いをしました。それで、球場周辺のマスタープランサポートの取り組み提案からさせていただきました」

乃村工藝社の平野裕二さん(ビジネスプロデュース本部 第二統括部 都市複合プロジェクト開発部 専任部長)
撮影=永禮賢
乃村工藝社の平野裕二さん(ビジネスプロデュース本部 第二統括部 都市複合プロジェクト開発部 専任部長) - 撮影=永禮賢

■「この仕事は誰にも譲りたくなかった」

球場周辺のアクティビティ検討、配置検討などを続けるうちに、エスコンフィールドは基本的な計画がまとまり、球場内の施設について、設計施工コンペが行われる。乃村工藝社の田村啓宇さんは、どうしてもこのコンペに参加したかったという。

「僕の人生で、二度と出会えるかどうかというぐらい大切な機会だなと思いました。正直なところ、この仕事は誰にも譲りたくなかったんです。チームのみんなも同じ想いでした。野球場というのは、デザインの世界でそういう分野があるわけじゃなくて、今回も商業施設でもあり、エンターテイメント施設でもあり、ある種企業ミュージアム的な要素もある。

もう、さまざまな要素が入り交じっているので、ぴったりフィットする人材ってそんなにいないんです。だから人選が難しい。しかも、金額が大きいのでビジネス的なリスクもある。案件の内容とともに想いを会社に説明して、最終的には会社が現場の熱意をくんでくれて、コンペに参加することができました」

乃村工藝社の田村啓宇さん(クリエイティブ本部 第二デザインセンター センター長 統括クリエイティブディレクター)
撮影=永禮賢
乃村工藝社の田村啓宇さん(クリエイティブ本部 第二デザインセンター センター長 統括クリエイティブディレクター) - 撮影=永禮賢

■ダグアウト横に観客席を作る異例のコンペ

2020年の設計施工コンペからプロジェクトに取り組んでいる武田康佑さんも、個人的な想い入れがあったという。

「これまで担当してきた案件のなかでも最大級のプロジェクトです。僕は札幌出身なので、構想を聞いた時から、自分がやりたいな、これをやるのはたぶん自分だなって勝手に決めていたんです(笑)。そうしたら、たまたま偶然の巡り合せで、おまえ行けよって背中を押してもらえた。だから、このプロジェクトには、ものすごく想い入れが強いんです」

乃村工藝社の武田康佑さん(営業推進本部 北海道支店 営業部 主任)
撮影=永禮賢
乃村工藝社の武田康佑さん(営業推進本部 北海道支店 営業部 主任) - 撮影=永禮賢

コンペになった施設は、1塁側と3塁側のダグアウト横の観客席であるダグアウトクラブラウンジ、スタンドのなかほどにある特別室のバルコニースイートなどだった。

「どれも強いこだわりを持った空間で、コンセプト性があって、いろいろな多様性を象徴できるエリアです。それらをまとめてコンペにしました」(小川さん)

コンペの結果、乃村工藝社は1塁側のダグアウトクラブラウンジを獲得した。ホームチームであるファイターズのダクアウト横の席で、シートからの視界は監督や選手たちとほぼ同じ。野球ファン、特にファイターズファンにとって憧れの観客席だ。それだけに、最もファイターズらしさが求められるエリアでもある。

■模造紙を広げて、写真を1枚1枚並べていき…

どんな施設にすればいいのか、まずはファイターズらしさとは具体的にどんなデザインなのかを、ファイターズのスタッフと乃村工藝社チームとで、ブレストすることから始まった。ファイターズの酒井さんは、感覚の共有作業が面白かったという。

「模造紙をばあっと机に広げて、どういうトーン&マナーなのかを、写真を1枚ずつ机に並べて、ファイターズと乃村工藝社さんとで、ああだこうだ、やはりこっちだねとか、こっちじゃないねみたいな感覚のすり合わせをやりました。

並べた写真は、内装のさまざまなマテリアルの写真で、例えば照明器具や家具類の写真もあれば、海外のカフェやホテルの写真もある。いろいろな写真を見ながら、方向性を絞っていくんです。ファイターズのなかでも多少のブレはあったので、こっちに行きたいねみたいなことが可視化されて、われわれの整理にもなりました」

このブレストは、乃村工藝社チームにとっても大きかったと田村さんはいう。

「もっとフォーマルにとか、もっとラグジュアリー寄りだよねというのは、打ち合わせの会話にはしょっちゅう出てきます。でも、ラグジュアリーといっても山ほどテイストがある。みなさんが今この場で考えるラグジュアリーというのは、どういう方向性なんですかと。いきなり正解は分からないので、いろいろなラグジュアリーの写真から違うものを落としていく。ちょっと戻したりしながら、最初に時間をかけて集約していきました」

上空から見たエスコンフィールドの全体図
写真提供=H.N.F.
上空から見たエスコンフィールドの全体図。天然芝で開閉式の屋根を備える球場はここだけだ - 写真提供=H.N.F.

■最も知恵を絞ったのは「ファンへの特別感」

「そこが見えてから、初めて施設のインテリアをどうするか考えていく。アイデアをプラスして、どんな演出をしていくかなんです。例えば、ベンチシートの張り地は野球のグローブの質感にして、縫い目もグローブっぽくするとかね」

ダグアウトクラブラウンジで、乃村工藝社チームが最も知恵を絞ったのは、コアなファイターズファンに向けた特別感をどう演出するかだった。単に手厚いおもてなしというだけでは、ファイターズファンの琴線には触れない。ファイターズのスタッフとも議論を重ねた結果、乃村工藝社チームはひとつのコンセプトをつくり上げる。そして、ファイターズの酒井さんは、このコンセプトが秀逸だったという。

「“バックステージラウンジ”というコンセプトなのですが、場所が少し奥まっているので、フィールドが選手の晴れの舞台だとすると、あそこは舞台の袖から見ているような感覚にさせる。選手の裏側とか息吹が感じられるというコンセプトなんですね。

仕掛けも、すごくよくできていて、階段を下りていくと、ちょうどフィールドと同じレベルになる瞬間があるんですけど、そこにフィールドの土と同じ色のカーペットが敷かれている。まるでフィールドに降り立つような感覚にさせるんです。さらに内装の至るところで選手の息吹や鼓動が感じられる仕掛けがなされています。コンセプトから詳細設計まで、ダグアウトクラブラウンジは秀逸だったなと思います」

■ラグジュアリーさよりも「優越感」がいい

発想のヒントは、劇場の舞台裏だったと乃村工藝社の田村さんはいう。

「例えば劇場で舞台裏に入れる特別感。ライブだったら、演者の友人だけがパスで楽屋を訪れられる。ラグジュアリーな空間にするのではなくて、そういった優越感がある特別な体験をコンセプトにしました。お客さまの気分としては選手と同じ動線でフィールドに降りていく、そんなイメージを演出しました」

もともとこの部屋は、試合後に監督・選手たちが立ち寄るインタビュールームの隣りに位置し、ガラス越しにインタビューの様子が見られる。ダイニング機能があり、食事も提供される。ファイターズファンにとっては、“しあわせな空間”そのものだ。

ダグアウトクラブラウンジのプロジェクトを進める一方で、乃村工藝社には、ファイターズから思いもよらぬオファーが寄せられていた。コンペで他社に決まっていたはずの3塁側のダグアウトクラブラウンジ、特別観客席のバルコニースイートが、さまざまな事情から担当が白紙に戻り、案件が乃村工藝社に回ってきたのだ。

球場内ホテル「tower 11 hotel」の客室廊下
撮影=永禮賢
球場内ホテル「tower 11 hotel」の客室廊下。子どもが喜びそうな演出があちこちに施されている - 撮影=永禮賢

■一線級のディレクターを異例の7人投入

「白紙に戻した事情はいろいろとあるんですが、改めて乃村工藝社さんにお願いしようと思ったのは、やはりわれわれのニーズをきちんと聞いて、それをいろいろな形で検証して出してくださるからなんです。

もちろん提案力そのものも抜きん出ているのですが、これが一番いいと思いますと提案を押し付けるのではなくて、私たちの意図をよく聞いて、咀嚼して、アウトプットとして出してくださる。結果的に、これ何とかなりませんかと、いろいろとお願いすることになりました」(小川さん)

球場内のホテルと温浴施設は、企画段階から手伝っていたこともあって、最初から乃村工藝社が担当することになり、エスコンフィールドのなかで、タイプの違う現場をいくつも抱えることになった。案件数の拡大とともに、乃村工藝社は人材を投入していく。

「今回は全部で7人のルームチーフクラスが担当しました。ルームチーフとは、案件の責任者が務まる一線級のディレクターなのですが、7人も関わるのは、社内でも聞いたことがありません。観客席とホテルや温浴施設とでは、求められるものが違いますから、それぞれに向いた特徴あるメンバーをアサインしました」(田村さん)

仕切り直しでスタートした施設は、ゼロベースで作業が始められた。

レフトスタンド奥のTOWER 11
写真提供=H.N.F.
レフトスタンド奥のTOWER 11。上層階には新しい観戦スタイルが詰まっている - 写真提供=H.N.F.

■完成プランの提案ではなく、一緒に考えていく

「乃村工藝社さんには、完成された提案ではなくて、一緒につくってくださいというオーダーでお願いしました。例えばバルコニースイートは、ファイターズとして、北海道らしい高級感のあるラウンジにしてほしいということだけがお題としてあって、いきなり案を提示してもらうのではなくて、どんな空間にしようかというところから、一緒に考えていただく感じでした。

ダグアウトクラブラウンジは、野球ファンに向けた観客席ですが、バルコニースイートは、必ずしも野球が好きな方だけに利用してほしいわけではないですし、道外や海外からもたくさんのお客さまに来てほしい。それで北海道の魅力が伝わるような空間をつくってほしいとお願いしました」(酒井さん)

バルコニースイートがあるのは、バックネット裏の特等席エリア。スタンドの中段にある。8人~18人くらいで使えるいくつかの個室に観戦用のバルコニーがあるつくりだが、スタンドの下に部屋を組み込んでいるため、空間は変則的な形になっている。

「バルコニースイートに限らず、どの空間も天井がフラットになっていなくて、フィールドに向けて階段状に下がっていくんです。最初は、図面で見て理解したつもりでいても、現場に入ると感覚が違う。ファイターズさんとは、2週間に1回、定期的な打ち合わせの場を設けていましたが、お土産はお菓子ではなくて(笑)、毎回、論点を変えて大きな模型を用意して、持っていくようにしました」(田村さん)

このお土産は、ファイターズに歓迎された。

TOWER 11の壁画
撮影=永禮賢
TOWER 11の壁画。ビル名は、ダルビッシュ有選手、大谷翔平選手の背番号から命名した - 撮影=永禮賢

■VIP席は視線を避けるのではなく、どこからでも見える空間に

「まだスタジアムが建てられていない段階でしたから、図面を見ても、なかなかイメージができないんですね。模型に小さなカメラを入れていくと、実際にそこの空間にいるような感じになる。そうすると、やっぱここ狭いんだねとか、天井がこんなに低いんだねとかいうのがよく分かるんです。すごくよかったなと思いますね」(酒井さん)

そんな天井を感じさせないように内装を工夫しながら、乃村工藝社チームはファイターズと相談して、バルコニースイートを思い切って開放的な空間にデザインした。

「今までの球場ですと、たいていVIP用の席はブラックボックスになっています。どうしてもスタンドの上のほうで、人影が少し見えるぐらいとか、ほかの席の人とまったく分断して構築されているところが多いんです。

でも、エスコンフィールドではスイートルームのバルコニーがオープンになっていて、隣り合う部屋どうしでお客さまがハイタッチすることだってできる。バルコニーの手すり部分も、あえて開放的な透明ガラスにして、ほかの観客席との一体感を高めました。秘密のVIPルームではなく、球場内のどこからでも見える憧れの観戦バルコニーにしたんです。

バルコニースイートがあるエリアのエントランスは、北海道らしさを表現するために、金属に温かみがある銅を使い、木材は少し荒々しさを残した表面仕上げに。このテイストは、球場内のいろいろな場所で使っていて、家具類も、例えばテーブルの天板に原木のテイストがあるものを使い、北海道の大自然を表現するようにしました」(田村さん)

バルコニースイートがあるエリアのエントランス
撮影=永禮賢
バルコニースイートがあるエリアのエントランス。銅と木を使い北海道らしさを表現している - 撮影=永禮賢

■いくつもの“世界初”を実現した発想と工夫

エスコンフィールドには、いくつもの“世界初”“日本初”が盛り込まれているが、そのなかでも出色なのは観戦できる温浴施設「tower 11 onsen&sauna」だ。レフトスタンドの一角に、かつてファイターズで活躍したダルビッシュ有選手、大谷翔平選手の背番号「11」に敬意を払ってTOWER 11(タワー・イレブン)と名付けられたタワーがあり、上層階が温浴施設とホテルになっている。

「計画の最初に、温泉は掘ろうと決めました。世界がまだ見ぬボールパークを目指すなかで、温泉がある球場は世界初ですから、これはもうやる方向でというのがずっとありました。最初は外の事業者さんを誘致することも考えましたけど、球場に密接に関連するので、自社事業としてやることにしたんです。それが4年ぐらい前。その後、サウナがブームになって、球場のコンテンツとしても、より面白くなりました。

ただ、発想はできるけど、本当にやるとなるといろいろと課題が多い。それを乃村工藝社さんと一緒に考えながらやっていきました。例えば今回は、水着を着用して入る温泉プールのような位置付けにして、いくつかのハードルを乗り越えたりしました。裸で入るお風呂からの観戦は、フィールドからも見えるので法律的にダメなんです」(小川さん)

そもそも、球場と温浴施設とでは、管轄する行政も法律も違う。両方の条件や規制をクリアしながら、エンターテイメントとしての魅力を最大化するプランの模索が続いた。乃村工藝社の平野さんが、その紆余(うよ)曲折を語る。

エスコンフィールド
撮影=永禮賢

■観客の行動が読めないことがいちばん心配だった

「ファイターズさんがやりたいことが、もう盛りだくさんにあったんです。法的な制約はもちろんですが、そもそもスペースが限られている。そこに、いろいろな機能を入れ込まないといけない。最初は、水着じゃない前提でしたから、男女の分け方に悩んだり、裸だったらどうするのみたいな議論もありました。途中で足湯にする案も出ましたけど、インパクトがないからとすぐボツになりましたね。

もともとの建物の設計では、外壁はガラスに覆われていて、全部が屋内の空間だったんです。それをファイターズさんが、一部のガラスを取っ払って、半屋外の吹き抜け空間にすることを決断された。そこを水着で試合を楽しめるエリアにすることで、最終的に概要がまとまりました。デザイン設計に入ったのは、それからですね」

その実施設計でも、球場の温浴施設ならではの難しさがあったと田村さんはいう。

「球場ですので、温浴施設のエキスパートを連れてきて、図面を見せればできるというものではないんです。いちばん心配なのは、お客さまの行動が読めないこと。普通のお客さまを想定した検証は十分に尽くしていますが、やはり考えだすと、こういうことする人いるよねって、リスク要因が浮かんでくる。まさかの行為に対しても安全性を担保しなきゃいけないので、エンターテイメント性を担保する部分との両立が難しかったですね」

温浴施設の「tower 11 onsen&sauna」
写真提供=H.N.F.
温浴施設の「tower 11 onsen&sauna」。温泉プールにつかり、水着姿で観戦できる - 写真提供=H.N.F.

■予期せぬ「白いレースカーテン」の失敗

温浴施設と同じTOWER 11にあるホテル「tower 11 hotel」も、客室から試合が見られるホテルとしては日本初。客室のバルコニーからフィールドが一望できるほか、フィールドに面していない側の客室ゲストには、ホテルの屋上に専用の観戦エリアが設けられている。廊下の床にホームベースをデザインするなど、館内には野球にちなんだ意匠が満載。だが、日本初の観戦ホテルだけに、予期せぬ失敗もあったと田村さんはいう。

「客室に白いレースのカーテンを使ったんですけれど、そこに外野フライが重なると、フィールドからボールが一瞬見えなくなっちゃう。すぐに替えましたけど、誰も気付かないんですよ、最初は。今考えたら、そりゃそうだよねなんですけど。悔しいけれど、こういうものって、ひとつずつトライ&エラーでノウハウを蓄積していくしかないんですね」

日本初の試みは、まだまだある。実は、エスコンフィールドでは、試合が行われる日は、小学校6年生までの子どもたちは入場無料で、立ち見で試合を楽しむことができる。また、球場内のミュージアムには社会問題をテーマにしたアートも用意される。

「子どもたちや次世代のために、価値や機会を提供したい。少しでも子どもたちにプラスになるような貢献をしたいということが、Fビレッジが大事にしているコンセプトのひとつです。それで、屋内外のあそび場など子ども向けの施設を配置しましたし、幼保一体の認定こども園も誘致しました」

バルコニー
撮影=永禮賢

■球場のすぐそばに「農業学習施設」を作った理由

「クボタさんがつくられる農業学習施設でも、農業を次世代に伝えることに重点を置かれていて、来場者を楽しませるという要素を盛り込みながら、次世代への価値貢献を大事にした施設になっています」(小川さん)

その農業学習施設を担当するクボタの野上哲也さんは、Fビレッジへの参加はタイミングがよかったという。

「2020年の年末ごろにFビレッジへの参加を打診されました。ちょうど2021年からの中期経営計画のなかで、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を重視するクボタ独自のESG経営に、さらにステークホルダーへの視点を加え、あらゆるステークホルダーに、クボタの事業への“共感”と“参画”を通じて社会課題の解決に貢献していくという方針が出されたところでした。

ただ、今までのクボタには、一般の方々に自社のことを知っていただくような施設がまったくありません。それで、どういう施設にしていくのか、クボタとして何を発信できるのかを考えた時に、必然的に“未来”というキーワードが浮かんできました。

北海道は農業の大地ですので、自分で収穫した野菜を食べるといった観光農園はあらゆるところにあります。農業体験ができる施設もいろいろとありますので、それらとは差別化を図りたい。それで“未来”というひとつのキーワードを据えて、議論を重ねました」

クボタの野上哲也さん(KESG推進部 北海道ボールパーク推進課 課長)
撮影=阿部卓功
クボタの野上哲也さん(KESG推進部 北海道ボールパーク推進課 課長) - 撮影=阿部卓功

■スマート農業ではなく、食糧問題を考えるものを

新しい施設のコンセプトづくりには、乃村工藝社から柳原朋子さんが参加した。

「これまでのお付き合いしたクライアントさんのなかでは、圧倒的に合宿が多いクライアントさんなんです(笑)。いきなり丸2日間の終日会議から始まって、何回も合宿をしました。やはり最初は、クボタさんがおやりになりたいことがまだ言語化されていませんでしたので、お話をうかがいながら、新しい施設でなにを目指すのか、イメージをすり合わせていきました。

そうした議論を重ねるなかで、“未来”というキーワードから発想が広がっていきました。未来の農業というと、スマートでカッコいい農業を思い浮かべがちですけれど、世界的な人口増加や経済発展による食糧不足、農業人口の減少、地球温暖化などの現実に目を向けると、日本の食と農を最適化する農業のあり方こそが未来の農業ではないかと。

そして、これは農家さんだけの問題ではない。“食と農の未来を志向する仲間づくり”を新しい施設として目指そうというところに着地していきました。来場者に食への感謝や興味が芽生え、数年後には、食と農の未来の担い手となってもらいたい、そんなイメージです」(柳原さん)

乃村工藝社の柳原朋子さん(クリエイティブ本部 プランニングセンター 企画1部 部長 プランニングディレクター)
撮影=阿部卓功
乃村工藝社の柳原朋子さん(クリエイティブ本部 プランニングセンター 企画1部 部長 プランニングディレクター) - 撮影=阿部卓功

■小学校高学年に農業経営を知ってほしい

施設では、実際に露地栽培と屋内の施設栽培のエリアとがあり、最新の農業技術の一端に触れることができる。さらにこの施設がユニークなのは、食と農業の未来を見据えて、農業経営の視点を持ち込んだことだ。野上さんが、施設の概要を説明する。

「Fビレッジですので、野球ファン、観光客、インバウンドの方々など、さまざまなお客さまがいらっしゃると思いますが、メインターゲットには小学校の高学年を考えています。

まず、シアターで食と農業の素晴らしさ、農業に関わるさまざまな社会環境課題をお伝えしたうえで、メインの展示体験エリアでは、農業経営を実際に体験するゲームをやっていただきます。ゲームをやるなかで、これからの農業のあり方のひとつとして、また、社会環境課題の解決策として最先端農業、未来の農業があることを理解していただく。その後に、最先端の農業技術を見学する。そんなプログラムになっています」

農業学習施設
写真提供=㈱クボタ
農業学習施設。最先端の農業技術から農業経営まで、子どもたちに伝えることをコンセプトにしている - 写真提供=㈱クボタ

■「私自身、農業に対するイメージが変わりました」

農業経営の視点を、消費者も含めたみんなに持ってもらうことで、これからの農業に対するイメージが変わってくる可能性があると柳原さんはいう。

能勢剛『「しあわせな空間」をつくろう。 乃村工藝社の一所懸命な人たち』(日経BPコンサルティング)
能勢剛『「しあわせな空間」をつくろう。 乃村工藝社の一所懸命な人たち』(日経BPコンサルティング)

「このプロジェクトをきっかけに、農業のことを私なりに勉強したんですけれど、強い意志を持って面白いチャレンジをしている農家さんがいたり、農家さんがつくった野菜を消費者に届けるのに新しい取り組みを工夫している方がいたり、いろいろな方々が新しいチャレンジをしているんですね。新しい食と農の世界をつくっていこうとしているのに触れることで、私自身、農業に対するイメージが変わりました。

その上で農業を経営する視点が持てると、みなさんの農業に対するイメージも大きく変わるなという気持ちがありました。それで、農業経営をテーマにしたゲームができないかなと、クボタさんと話しながら具体化していきました。実際にゲームをつくるのは、死ぬほど大変なんですけど(笑)」

この農業学習施設には、北海道大学も参画。無人トラクターなど、北大が得意とするスマート農業技術の運用実験などで連携していく計画だ。

■「野球以外の300日」を含めて街をつくっていく

Fビレッジは2023年3月にオープンを迎えた。しかし、街づくりはその後も続いていく。野球の試合があるのは年間70日ほど。あとの300日も含めて、通年で活気ある街にするために、これからもさまざまなチャレンジが試みられていく。ファイターズの酒井さんは、むしろここからが本番だという。

「Fビレッジは共同創造空間として、みんなでこの街をつくっていきたいと思っています。そもそもファイターズだけでは、このプロジェクトは成り立ちません。いろいろな事業者さんに参画いただくことで、コンテンツの多様性であるとか、事業の多様性であるとか、さまざまな広がりができてきます。

ボールパークプロジェクトは今も、そしてこれからも、みんなでつくるプロジェクトです。開業後もさまざまなチャレンジをしていきますので、ぜひいろいろな方に参画いただきたいと思っています」

※取材は2022年10月

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能勢 剛(のせ・たけし)
日経トレンディ元編集長
日本経済新聞社のシンクタンク、日本消費経済研究所(当時)のマーケティング理論誌『消費と流通』編集部を経て、日経BPで『日経トレンディ』編集長、『日経おとなのOFF』編集長などを務める。その後、日経BPコンサルティング取締役編集担当として数多くの企業メディアを制作。独立後はメディア制作のコンセプトブルーを主宰。媒体のコンセプト提案、企画づくり、取材・執筆などで活動。

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(日経トレンディ元編集長 能勢 剛)

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