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男性はペットボトル、女性はビニール袋で用を足すしかない…トラック運転手の人手不足が改善しない根本原因

プレジデントオンライン / 2023年4月26日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_

トラックドライバーの人手不足が深刻になっている。2024年には運転手の残業時間が年960時間に制限され、今まで通り荷物が運べなくなる恐れがある。元トラックドライバーの橋本愛喜さんは「国は女性ドライバーを増やすことで人手不足の解消を狙っているが、まるで現場をわかっていない。改善に必要なのは賃上げと労働環境の見直しだ」という――。

■ニッポンの物流が抱える「2024年問題」

今年に入って、テレビやネットで「2024年問題」という言葉を聞くようになったと思う人も多いだろう。

「2024年問題」は、2024年4月から運送事業に携わるトラックドライバーに対して適用される「働き方改革」、つまり「労働時間の削減」によって起きる様々な問題を指す。

なかでも世間で騒がれているのが「荷物が運べなくなる」ことだ。

トラックドライバーの人手不足はかなり前から慢性的に続いているが、2024年から残業(時間外労働)が年960時間までに制限されるため、今まで運べていた荷物が運べなくなる恐れがある。

そのため、これまで以上に「人材確保」が現場では必要不可欠になるのだ。

そんななか、国や有識者、運送業界もあの手この手でその策を打っているのだが、言うまでもなく、「数打てばいい」ってもんじゃない。

現場を知らない人たちから毎度くり出される愚案に、現場のドライバーたちや運送企業から直接話を聞いている筆者は、「違うそうじゃない」を言い続けている毎日を送っているのだが、その折、産経新聞からこんな記事が配信されていた。

『迫る物流2024年問題 解決導く救世主は「トラガール」』(2023年4月11日)

詳細は後述するが、トラガールとは、国土交通省のウェブサイトなどで使用されている、女性トラックドライバーの“愛称”とやらで、同省は人手不足解消の一手として「トラガール促進プロジェクト」なるものを立ち上げている。

が、強く否定しておくが、「トラガール」は24年問題の救世主では絶対にない。

いや、救世主になどしてはいけないのだ。

■自衛隊の女性率よりも低い女性ドライバー

内閣府の「男女共同参画白書 令和4年版」によると、令和3年度における女性の就業者は約3002万人、男性は約3711万人で、女性の割合はおよそ44.7%。

一方、同年度の女性トラックドライバーの数は男性が約82万人で女性はわずか3万人。割合で言えばたった3%だ(全日本トラック協会「日本のトラック輸送産業-現状と課題2022」p.16)。

同じく男性社会といわれている「自衛隊」の女性率ですら約7.9%であることからも、いかに日本の女性トラックドライバーが少ないかが分かる。

これほど女性ドライバーの割合が少ないのは、他でもない。「過酷」だからだ。

何をどこにどう運ぶかにもよるため、その程度には幅があるが、なかには数十キロもする荷物を手で積み降ろしたり、1週間以上家に帰れなかったりする現場もある。男性でも大変な仕事だ。体力的・筋力的に不利な女性はより過酷になる。

にもかかわらず、毎度女性トラックドライバーは、ことあるごとに業界のPR要員に仕立て上げられる。

幼稚性の意味をもつ「トラガール」などという言葉を使って。

■国が進める「トラガール推進プロジェクト」の異様

慢性的な人手不足を補うため、国土交通省が2014年に立ち上げたのが「トラガール促進プロジェクト」だ。

国土交通省が2014年に立ち上げたのが「トラガール促進プロジェクト」のウェブページ
国土交通省が2014年に立ち上げた「トラガール促進プロジェクト」の旧ウェブサイト。

昨年6月に刷新されるまで旧サイトにあったのは、ピンク色の丸文字で書かれた「現場に華やぎを与える女性トラックドライバーが増えてきた」という言葉と、「女性の女性による女性のためのトラック」として開発された、隅から隅までピンク色した水玉模様のトラックだった。

華やかな現場を演出しようとしているが、人手不足解消につながるのだろうか。
国交省「トラガール促進プロジェクト」の旧ウェブサイトより。華やかな現場を演出しようとしているが、人手不足解消につながるのだろうか。

言うまでもなく、現場の女性トラックドライバーは、「現場に華やぎを与えるため」の存在ではない。「荷物を運ぶ労働者」として現場に立っている。

何度とない指摘により、ようやくそのサイトは刷新されたが、なぜかこの「トラガール」という言葉だけは残った。

彼女たちは、社会インフラを支え、自分や人の命を危険にさらしかねないプレッシャーと戦っている。

ホワイトカラーの女性を指す「OL(オフィス・レディー)」でさえ死語となって久しいなか、なぜ国やメディアは、危険の多いブルーカラーの現場で働く女性には「ガール」という幼さを強調する言葉を使い続けるのか。

■現場の女性ドライバーは周囲から舐められ続ける

現役の女性ドライバーに聞くと、批判的な意見によく接する。

「トラガールだのなんだの『女』を強調する呼び方はやめてもらいたい。ただでさえ数が少なくて目立つのに、そういう目で見られたりすると仕事がやりづらい」
「この言葉のせいで女性トラックドライバーがみんな若いと勘違いされる。現場で『今来たドライバー、トラガールじゃなくておばさんなんだけど』という倉庫作業員の話し声が聞こえてきたことがあった」

本人が「自分はトラガール」と思うのは勝手だが、国やメディアが「女性ドライバー」を「ガール」と表象し続ける限り、この業界も、そして現場の女性ドライバーも舐められ続ける。

ある日、男性ばかりの会合で2024年問題が話されていた時にも、こんな声が聞こえてきたことがある。

「トラガールを増やしていきたい」「トラガールを見ると元気になる」

その後、同じメンバーと国交省の話になった時、筆者が「ああ、あの官僚ボーイたちですか」と言ったところ、水を打ったように周囲が静まり返った。

「またまた大人をからかって」と笑いながら場を和ませようとする人に、無論悪気はない。

が、筆者は最後まで、なぜ大人の女性ドライバーは「トラガール」でよくて、なぜ男性官僚が「官僚ボーイ」ではだめなのか、理解することはできなかった。

■なぜ女性トラックドライバーが増えないのか

女性がトラックドライバーとして働くのは体力・筋力的なハンデがあるからだけではない。

何よりも女性が働く環境が整っていないからだ。

中でも深刻なのが「トイレ」である。

トラックドライバーのマナー問題で毎度指摘されるものに「黄金のペットボトル」がある。

トイレに行けない時の緊急措置として、トラックドライバーは車内のペットボトルなどに用を足すことがある。

その背景にはやはりトイレが少ない、トイレやコンビニなどがあっても、車体の大きいトラックは、駐車する場所がなく立ち寄れない、という根本的な原因がある。

生理現象であるため、ペットボトルに用を足すこと自体は致し方ないことではある(ペットボトルに用を足すのと、それを外に投げ捨てることは全く別問題である)。

が、当然ながらそれは「男性」にしか成し得ない策だ。正直、女性からすると、ペットボトルで用が足せるだけでもうらやましい。

膀胱炎は、トイレ問題をかかえるトラックドライバーの職業病とも言われているが、現場を取材すると、男性以上に女性ドライバーから悩みを聞くことが多い。

■避けられない生理

そして女性には、排泄以外にも「定期的にトイレ行かねばならない事情」がある。

生理だ。

現役時代、筆者がトラックで高速道路に乗っていた時、大渋滞に巻き込まれた。

生理2日目。量も痛みもひどい体質で、2日目の時は昼間から夜用のナプキンをする。ただ、生理痛がひどくてもなかなか薬は飲めない。眠くなるからだ。

納品先に到着したのは、指定された時間ギリギリ。無論ナプキンを変える時間もない。

トラックを工場に入庫させ、運転席から降りるとき、嫌な予感しかしなかった自分の目は、自然と座布団に向く。汚れていた。

座布団が汚れているということは、当然作業服のズボンも汚れていることになる。

「こういう時」のために、女性はそれぞれ様々な対策をもっているのだが、筆者は毎度黒いカーディガンを携帯していた。

それをサッと腰に巻き、荷台付近で待つ得意先に挨拶して、荷台に乗り込む。ヒラヒラしたものが現場にあることは安全管理上ご法度なのだが、背に腹は代えられない。

米が入った440袋。1つ30kg。
1つ30kgの米が入った袋。積んだり、降ろしたりするだけでも重労働になる。(ドライバー提供)

■ナプキンをなかなか変えられない

筆者が運転していたのは荷台に屋根が付いていない「平ボディ」と呼ばれるトラック。

荷降ろしをする際に荷台に上がるためには、片足をタイヤにかけ、勢いをつけながらもう片足で荷台に乗るのだが、女性だからなのか、筆者が腹の痛みでふらついていたからなのか、優しい得意先の男性は、私が落ちたときのために、後ろで支えようとして「くれる」。

言わずもがな、荷台に乗ろうとする人間の尻の位置は、支えようとする人の顔部分にくる。各得意先ではこういう優しい男性が多かったのだが、ナプキンがなかなか変えられない生理の時は、特にそれが嫌だった。

その工場には、女性トイレがなかった。あってもそこから歩いても数分かかる事務棟まで行かねばならない。

そんな現場が、今でもごまんとある。

■ビニール袋に用を足す女性ドライバー

こうした女性ドライバーならではの苦労を話すと、「だったら辞めろ」「だから女は使えない」という言葉が聞こえてくる。

「辛い仕事は男性にまわって来て、女性は楽な仕事ばかり」「女だからってだけですぐに手伝ってもらえる」「きつい仕事を男ばかりにさせるのはフェアじゃない」と。

が、「トラガール」ではなく「女性トラックドライバー」として働いている人たちには、誰一人として「手伝ってほしい」とか「仕事を選びたい」という気持ちはない。自らその仕事を選び、強いプライドをもってブルーカラーの現場に立っている。

「女性はペットボトルに用を足すことすらできない」と先述したが、ある女性元トラックドライバーは、「私は緊急の時、こうして用を足していた」と教えてくれた方法が衝撃的だった。

それがこれだ。

元トラックドライバーの女性が実体験をもとに描いたイラスト。女性は「コンビニ袋は万能」と語ってくれた。

ビニール袋の取っ手を前後で持ち、用を足す。

無論、現場の女性全員がここまで精神的に強いわけではない。

が、現場を知らない人たちが、のんきに「トラガール」などという言葉で飾り立てるほど現場は「ピンク色」ではないし、言葉のイメージづくりよりも、まず先にやるべきことがあるだろう、と筆者は強く思う。

■「2024年問題」の解決に本当に必要なもの

再度述べるが、24年問題を解決するのに必要なのは、トラガールではない。

「運賃値上げ」と「労働環境改善」。この2つである。

本来、この働き方改革というのは、「トラックドライバーの労働環境の改善」であるはずなのに、毎度なぜか国もメディアも「荷物が運べなくなる」と、「荷物」のことばかり問題にしようとしており、まったく本質をついていない。

そもそも当事者であるトラックドライバーの多くは、現状、労働時間が減ることを歓迎していない。成果や売上に応じた額の給与が支払われる歩合制で働く人が多いトラックドライバーは、労働時間が減ると必然的に給料が減る。安定した基本給のある一般職の「残業できなくて給料が減る」の比ではないのだ。

国や識者は、そのドライバーの賃金の保障の話はせず、労働時間を短くすることばかりに躍起になる。

■「トラガール」が救世主になることは絶対にない

「そうはいってもトラックドライバーの過労死が多いのは事実だ」とする識者もいる。

もちろん、労働時間と過労死の因果関係はあるはずだが、トラックドライバーの現場において、過労死に繋がり得るものは労働時間の長さだけではない。むしろ、先述したような数十キロの荷物を数百個も手荷役させられたり、トイレになるべく行かなくてすむよう、水分摂取を控えたり、炎天下の中でアイドリングストップで長時間荷待ちさせられたりするほうがよほど体に悪い。

停める場所もろくにないのに、4時間走ったら30分休まねばならないなど、休憩のタイミングすら決められており、4時間走った先に駐車場がなければ必然的に路駐になる。

停まっても違反、停まらなくても違反になる現状。そんな心的負担こそ過労死の原因になっているのではないか。

こうした改善がなされれば、嫌でも人材はトラック職に集まる。いや、これらが改善されないから、“トラガール”はおろか男性のドライバーだって入っていないのが現実なのではなかろうか。

無責任に“トラガール”などという言葉で人を呼び込んだところで、現実を知った人は3日ともたずに辞めていく。

外堀ばかり埋めようとせず、こうしたおかしな現場のルールや商習慣を見直し、「人が入ってきやすくなる労働環境を準備しておく」ことが、国がすべきことだと、強く思うのだ。

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橋本 愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター
元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化祭、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆や講演を行う。

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(フリーライター 橋本 愛喜)

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