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東大の経済学者でも「日本円の紙くず化」は避けられない…日銀の植田総裁が"異次元緩和"をやめられない理由

プレジデントオンライン / 2023年4月25日 10時15分

辞令交付後、握手する日銀の植田和男総裁(左)と岸田文雄首相=2023年4月10日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

日本経済はこれからどうなるのか。モルガン銀行(現・JPモルガン・チェース銀行)元日本代表の藤巻健史さんは「日銀の新総裁に植田和男・元東大教授が就任した。優秀な学者だが、異次元緩和の後始末は誰がやっても不可能だ。近い将来の日本円の紙くず化は避けられないだろう」という――。

■日銀の植田新総裁は、日銀を正常化できるのか

4月9日、日銀の植田和男新総裁が就任し、新体制がスタートした。

黒田前総裁が10年続けた「異次元の金融緩和」で国債の爆買いを続け、日銀財務は大幅に悪化した。市中にお金をばらまき、副作用が目立ち始めている。日銀はもはや元には戻れない危険な状態になってしまった。

これをどう正常化できるか、「異次元緩和の出口」をどうするか、植田新総裁の手腕が問われることになる。

植田総裁に残された選択肢はあるのだろうか。

これが本稿のテーマである。

日本金融学会の機関誌『金融経済研究』2023年3月号で、名古屋大学の齊藤誠教授は「現在の国債管理政策の終息は決して軟着陸とは言えないものの、全乗客の絶望という壊滅的な墜落というよりは、どうにかこうにか全乗客の無事を見通すことができる不時着陸といえるような事態であろう」と指摘している。

かなり日銀出口に関して悲観的な考えをお持ちの先生でさえ、悲惨な結末を予想していない。総裁職を引き受けてしまった植田総裁も、齊藤教授同様「全乗客の無事を見通すことができる不時着陸が可能」と判断したからだろう。

「マーケットを甘く見過ぎている」のではないだろうか。マーケットに対峙(たいじ)した経験のある日銀マン、元日銀マンはその怖さを知っているからこそ総裁職から逃げたのだと私は思っている。

現状分析においては私と同じでも、将来予想の点で意見が違うのは学者とトレーダーの違いかもしれない。

■もはや不時着は不可能、日銀は墜落するしかない

余談だが、私がモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)東京支店長だった1997年、当時世界最大のヘッジファンドオーナー・ジュリアン・ロバートソン氏が私のオフィスにやってきた。

その時、彼が連れてきた世界的有名なエコノミストを私の面前で怒鳴りつけた。今でも鮮明に覚えている。ジュリアンが私に将来のマーケット予想を聞いてきた最中に、エコノミストが口をはさんできたからだ。

「君たち(=エコノミスト)の仕事は過去を分析すること。将来を予想するのはタケシや私たちのようなリスク・テーカーの仕事だ、黙ってろ!」と。

リスク・テークを生涯の仕事としてきた私の予想は、日銀の財務内容がここまで悪化した今となっては、総裁の交代でも何ら変わらない。

名古屋大学の齊藤教授が否定的な見解を示した「全乗客の絶望という壊滅的な墜落」こそ、日本に待ち受ける未来だと思う。つまり円の紙くず化・中央銀行のとっかえは不可避である、と言うことだ。

財政赤字を放任し、危機先延ばし策の異次元緩和(=財政ファイナンス)を行ってきたツケである。

■オーソドックスな金融論を学んできた学者たちの危機意識

冒頭で触れた日本金融学会『金融経済研究』で注目すべき点は、オーソドックスな金融論を学んできた学者たちは、日銀の出口に対して、かなりの危機感を持っていることだ。

金融論を勉強したこともない金融素人たちが発している見解とは大きく違う。

前述した名古屋大学の齊藤教授は「将来の財政余剰の割引現在価値をはるかに超えた国債や超過準備預金の発行は、ゼロ金利環境が未来永劫(えいごう)継続するという期待の下でしか維持されない。したがって、近い将来、金利環境がゼロ近傍から離脱するシナリオを考察するのであれば、国債や貨幣への旺盛な需要自体が一挙に失われる状況を考慮するのが論理的な帰結となるであろう」と指摘する。

収録されたパネル討論で、白塚重典氏(慶応義塾大学教授・元日本銀行金融研究所長)は、言葉は優しく学術的ではあるが、要は普段私が警告している「ハイパーインフレのリスクが静かに高まっている可能性」を語っている。

「ではこの永遠のゼロ(筆者註:ゼロ金利のこと)からの出口は展望できるのであろうか。可能性として考えられるのは大規模な技術革新などにより潜在成長経路が押し上げられるという幸せな帰結か、財政の持続可能性に対する信認が喪失し、短期間のうちに大規模な物価水準の調整が起こるという不幸な帰結のいずれかである」(白塚氏)

取引チャート
写真=iStock.com/da-kuk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/da-kuk

■異次元の金融緩和はやめたくても、やめられない

世界的な物価高の影響から日本国内でも「金融緩和をやめるべきだ」「金融政策を中立に戻すべきだ」との主張が散見されるようになった。

つい最近も、国際通貨基金(IMF)で日本担当ミッション・チーフを務めるラニル・サルガド氏が「日本銀行は緩和バイアスを中立に変更すべき」と述べた。

確かにおっしゃる通り。政府が物価対策をしているのに、本来、物価上昇抑制の先頭に立つべき日銀がそっぽを向いている。それどころか長期債を爆買いしてお金をバラまき、インフレを全力で加速させている。あまりに奇妙な話なのだ。

しかし「緩和を解除すべき」という言説と、実際に「緩和解除をできるか否か」は全く別の話だ。植田総裁は金融政策を中立に戻したいと強く思っていると思うが、できない。ここが問題なのだ。

■YCCを解除したら日本経済は大崩壊する

金融緩和解除に関しては、「イールド・カーブ・コントロール(YCC、長短金利操作)を解除しろ」との主張が最も多いと感じる。

その主張の背景には、「YCCを中止しても10年金利はせいぜい1%程度までしか上昇しない」との分析があるように思う。3月9日のブルームバーグ記事を読めばそれが分かる。

また4月12日の日経新聞のインタビューで三菱UFJFGの関浩之・市場事業本部長は「現在買い控えている10年物国債はイールド・カーブの形状などによるが、利回りが0.8%以上の水準になれば徐々に投資の検討を始める」とお答えになっている。

植田総裁が(齊藤教授がおっしゃるところの)「どうにかこうにか全乗客の無事を見通すことができる不時着陸」を想定しているのは、この前提、すなわち「10年金利は上昇してもせいぜい1%」との前提に立脚しているからだと思う。

たしかに長期金利の上昇が1%程度で収まるのなら、私もそれほど悲惨な状況になるとは思わない。

しかし、何度も修羅場をかいくぐってきた私には、この前提はとんでもない楽観論であり単なる願望でしかないと思える。私は日銀がYCCを完全撤廃したら長期金利は1998年のロシア危機並みに上昇すると思っている(私の記憶では当時、ロシアの長期金利は80%程度に達した。これはタイポではない)。  

このレートが出現したのはロシアの財政破綻が囁かれていた1998年で、前出のジュリアン・ロバートソン氏率いるタイガーファンドが多額の損失を出し、その損失を利の乗っているドルを売って対応した時のことである。

おかげで私も保有していたドルのロングポジションに大きな損失を被り、巻き添えを食ったのでよく覚えている。

■長期金利が1%で収まるはずがない

YCCを放棄したら長期金利1%で収まらない。その理由は3つある。

第一に、理論面から見ていきたい。以下はオーソドックスな金融論における名目長期金利の公式だ。

名目長期金利=実質長期金利+期待インフレ率+国の倒産確率

YCCを解除したら、国のデフォルト(債務不履行)の確率はかなり上がるはずだ。期待インフレ率も2%くらいにはなっているだろう。実質長期金利がプラスだと仮定すればどう考えても名目金利が1%でとどまることはあり得ない。

■国債を買い支えているのは日銀

第二の理由は需給の関係だ。私が尊敬する山本謙三元日銀理事のレポート「金融経済イニシアティブ」の指摘を見てほしい。

「日銀の国債保有残高は、13年4月から23年1月までの9年10カ月で、約458兆円増加した。この間、政府の新規国債発行額も多額にのぼった。13年度から22年度(第二次補正後)までの10年間の新規国債発行額(年金特例債、復興債を含む)は、合計約492兆円にのぼる。すなわち、日銀は、新規国債発行の93%に当たる金額を市中から買い入れたことになる。10年間の財政赤字を、ほぼ丸ごと呑み込んだ計算だ」

山本さんの分析は新発債に焦点をあてているが、私は参議院議員だった時、財政金融委員会で雨宮日銀副総裁(当時)に新発債と借換債を合計した発行額に対して日銀はどのくらい購入しているのかを聞いたことがある。

2017年度、政府は新発債+借換債で141.3兆円発行し、日銀は96.2兆円を購入した。実に68%だ。この10年間、毎年60~90%も買っていることになる。この日銀の国債爆買いが、財政が極端に悪化しているのにもかかわらず、長期金利が超低位にとどまっている理由だ。

サンマであれ、お米であれ、どんなマーケットでも供給の大半を買い占めていた購入者が撤退すれば、値段は大暴落する。国債マーケットとて同じ。日銀がYCCを廃止し、長期国債の購入をやめれば国債価格は大暴落(=長期金利は暴騰)するのは自明だ。

■過去の金融危機とは比べ物にならない

第三の理由は過去に起きた金融ショックだ。

私は現役時代、日本国債市場を揺るがしたロクイチ国債暴落(1980年)、タテホ・ショック(1987年)、資金運用部ショック(1998年)、またブラックマンデー(1987年)、バブル崩壊(1990年代前半)など、さまざまなショックを現場で経験し生き延びてきた人間だ。部下には「血反吐(へど)を3度吐かなければ優秀なトレーダーにはなれない」と言ってきたが、私自身、何度も血反吐を吐いてきた。

ロクイチ国債の暴落はディーラーになった直後に起きた。1979年1月に6%台後半だった表面利率6.1%の国債(通称ロクイチ国債)が1980年4月には12%超まで上昇(=価格は下落)した。価格で言えば100円の債券価格が70円台にまで下落したことになる。

1987年9月に起きたタテホ・ショックは、タテホ化学工業の国債先物取引での巨額損失の発覚に伴い発生した。5月に2%台だった金利が10月には6%台にまで上昇したのだ。1998年の資金運用部ショックは、当時の最大の国債の買い手である運用部が国債購入を中止すると発表したことによって起きた(詳細は後述)。

これらショックに比べれば、今回の来たるショックは段違いに大きいものだろう。それなのに10年金利が1%までの上昇で止まると、どうしてそう考えるのか不思議である。

■日銀が国債の買い支えをやめるとどうなるのか

YCCを解除し、日銀が国債の買い支えをやめたら国債価格(あるいは利回り)はどうなるだろう。先述した資産運用部ショックを例にするとイメージしやすい。

資金運用部とは、郵便貯金や簡保等で集めた原資を運用していた大蔵省の機関(会計)(2001年に廃止)だが、1998年12月、宮澤喜一蔵相(当時)がその国債購入を中止すると発表した。資金繰りが厳しくなったからだ。

当時の国債の最大の購入者である資金運用部が購入を中止するということで、国債市場にショックが走った。

2.4%だった国債利回りが4カ月間で6%にまで急騰した。大蔵省は大慌てで「国債購入の中止」を中止した。すなわち国債購入を継続することにして事態を収拾させた。もし購入中止のままにしたら、軽く10%は超えたと私は思う。それほどの勢いでの金利上昇だった。

注目すべきは、この時、資金運用部が購入していた国債は政府発行国債の19%にすぎなかった点だ。

発行国債の大半を購入している今に比べれば、資金運用部の購入などかわいいものだった。しかも、その混乱の中でも、市場は、いざとなれば法を変えてまで、日本銀行が、最後の砦として長期国債市場に介入、爆買いをして市場を支えてくれるとの期待があった。

今はその最後の砦と期待されるはずの日銀自身が既に大半を買っているのだ。日銀がYCCをやめたら、どこまで長期金利は跳ね上がるのか? と考えるだけで背筋が凍る。

1%までで金利上昇が止まると考えるのは、へそが茶を沸かすくらいにおかしいと私は思っている。

■「暴落はしない」という楽観論を鵜呑みにしてはいけない

2014年2月26日の参議院「国民生活のためのデフレ脱却及び財政再建に関する調査会」で、内閣官房参与の藤井聡・京都大学教授がこう話していた。

「国債暴落が起こるか否かは、今国債を持っている人が投げ売りをするかどうかにすべて依存しているが、売れば自分で自分の首を絞めることになるからそういう人はいない。アンケート調査をして科学的に証明した」

私は唖然とした。「科学的に証明した??? So what?」と思ったものだ。

「そういうやつ(=筆者註:国債が暴落する可能性があると主張する人)で実際にお金を動かしている人は全然いないんですけれども、全然債券を動かしていないやつらにはいるんですよ、こういうやつらが。わかりますかね。(中略)そういうことで、よくそういうことが言われるのは、こういうような非金融資産の運用家たちがテレビや新聞で騒いでいるのではないかなと思います」(国会議事録より)

毎年、新発債が三十数兆円発行されている。誰かが毎年この分を買わねばならない。すなわち投げ売りをする人がいなくても三十数兆円を“買い増す”人がいなければ、国債の需給がくずれることを藤井先生は理解されていない。

それに過去のショックでは、真っ先に逃げ出したのは藤井先生がいうところの「自分の首を絞めることになるから売らないはず」の国債村の住人だったのだ。

専門が違ったり、実務経験がないと時々、とんでもないことを言いだす学者先生もいる。このことは決して忘れてはいけない。(筆者註:植田総裁は論文等を読む限り、至極まっとう、超優秀な学者だと僭越ながら思う。誤解なきよう)

■暴落が始まったらパニックがパニックを呼ぶ

日銀がYCCをやめる時、流れに逆らって国債を買い向かう人はいるのか。

不動産市場で考えると分かりやすいだろう。一度値下がりを始めると、なかなか買い手が現れないものだ。

私は現役時代に「逆張りのフジマキ」と呼ばれていた。逆張りは自分の予想に絶対的な自信があり、かつ精神的に相当タフである必要がある。何度もマーケットで血反吐を吐いた経験が無いとできるものではない。

国債市場の下落は先物市場が主導する。タテホ・ショックの直前に国債(JGB)のトレーディング部門に配属されたK君は、生まれて初めて買い持ちポジションを作った途端に、タテホ・ショックに直面した。

当時は確か3円の値幅制限だった(1日3円以上の価格下落は成立させない)が、連日、値幅制限下限に値が張り付く(=値幅制限の下限でも売り手が買い手よりも圧倒的に多く取引が成立しない)。

翌日もさらに3円下がってオープンするが、その値幅制限下限に値が1日中張り付く。やはり売り手過多で取引が成立しないのだ。パニックがパニックを生んでいった。

日本銀行
日本銀行は、日本の中央銀行である(東京都中央区 日本銀行本店)(写真=Wiiii/CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0/Wikimedia Commons)

■市場の怖さに立ち向かうことは容易ではない

毎日(取引が成立しないので)板を眺めているだけだったK君は、(ポジションはとても小さかったのにもかかわらず)連日、真っ青な顔をしていた。損の拡大を防ぐ術がなく、損が膨らんでいくのを毎日、見ているだけなのは恐怖なのだ。どこまで損が広がるかわからないからだ。

制限価格の下限で買い向かう人もたまにいたが、買っても市場は制限価格の下限に張り付いたままでその日は終わり。翌朝は朝から前日から3円下がったところで1日張り付いたままで、その日も終わる。

既に保有していた国債の損失が拡大し倒産も意識せざるを得ない状態のときに、誰がポジションを買い増せるのか? 今回のショック時でも日銀にとって代わるだけの需要が出てくる目途がたたない限り、連日、値幅制限の切り下げが続くと私は思う。

今、1%で長期金利の上昇が止まると予想している方々には、「そういう事態になった時、買いで立ち向かえるものなら立ち向かってみろ」と私は言いたい。口で言うのは簡単でも市場の怖さに立ち向かうことは容易ではない。

■YCCを解除すれば日銀はThe End、日本円は紙くずになる

以上の理由から、私は植田新総裁がYCCを解除することは到底無理だと思っている。市場の反応の様相を間違えて安直にYCCを解除すれば、その時点で日銀はThe End。円は紙くず化して、日本経済はぐしゃぐしゃだ。

YCCが解除できないということは、日銀は、どんなに激しいインフレが日本で起きようともお金をバラマキ続けなければならないということで、インフレはますます加速していってしまう。そんな惨めな国は世界では日本以外にない。

それでは日銀に残された選択肢はなんだろうか。

私は「長期金利の変動許容幅の拡大」、すなわち「長期金利の上限引き上げ」だけだろうと思っている。

日銀はこれまで段階的に変動許容幅を拡大させてきた。昨年12月の金融政策決定会合では±0.25%から±0.5%に変更。すぐに10年国債金利は上限にまで急上昇した。

仮に、再び変動許容幅を引き上げれば、市中金利はすぐに上限いっぱいに上昇し、張り付いてしまうだろう(国債価格は下落することを意味する)。それもまた大きな問題だ。国債を多く抱える地銀や生保、そして日銀自身の保有国債の評価損が増えてしまうからだ。

■金融システム自体が崩壊しかねない

日経新聞の報道によると、地銀が保有する国債の含み損は、2022年12月末時点で1.4兆円。同年9月末から倍増した。日銀が長期金利の上限を0.25%上げただけで、損のこの膨らみようだ。

地銀の場合、単に評価損の問題だけではない。私が参議院議員の時に質問したら金融庁遠藤局長(当時)は地銀の保有債券は90%以上が短期所有目的であり時価評価の対象だと答弁された。

日銀が日銀検査でそう勧めているのだし、実際、すぐに日銀に売却するつもりで購入している(日銀トレードと言う)のも多いはずだから当然だろう。単なる評価損ではなく直接当期純利益を減らす実現損が膨らむということだ。

これ以上長期金利が上昇すると破綻リスクが高まる地銀も出てくるのではないか。3月に破綻した米国のシリコンバレー銀行(SVB)は貧弱なマネジメントをしていた個別銀行の問題だが、日本での金利引き上げは金融システム自体の崩壊につながる恐れがある。

■生保も、日銀も多額の含み損を抱えている

長期金利がさらに上がれば、生保会社も安心はできない。

主要15社の生保が保有する国内の公社債は、約5兆5600億円の含み益から一転して約3600億円の含み損になってしまった(昨年9月末時点)。たった0.25%の長期金利上昇で5兆9200億円も評価額が下落したのだ。

そして長期金利のほんの少しの上昇で一番のダメージを被るのが日銀だ。

日銀の抱える評価損は昨年9月末の8749億円から12月末には8兆8000億円になった。3カ月で評価損が8兆円も拡大した。これでは植田総裁は長期金利をさらに大きくは上げられない。

■信用を失い、日本国債は「ジャンク債」になる

さらに格付けの問題もある。

日本国債について、米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が格付けを「シングルA+」に一段階引き下げたのは2015年9月のことだ。

以降も日本の財政事情は格段に悪化している。それにもかかわらず、ジャンク債レベル(BBB未満)まで引き下げられずに済んでいるのはなぜだろう。

ニューヨークとロンドンに本拠を置く民間格付け会社フィッチ・レーティングスで国債格付けを担当するクリスヤニス・クルスティン氏は、日本経済新聞紙上で「日銀の国債購入は格付けを支える要因の一つ」と明言した。財政事情がBBBのイタリアより、日本の格付けが高いのはYCCのおかげなのだ。

格付けは倒産確率だから、日銀が国債の爆買いをしている限り、国の資金繰りには問題がない。しかしYCCの解除となれば倒産確率は急騰する。格付けがイタリア以下(すなわちジャンク債)に陥るリスクも小さいとは言えなくなる。

国債の格付けがジャンク債以下になれば、他国が日本国債を購入してくれなくなるのはもちろん、金融機関や企業の債務もジャンク債扱いになるから基軸通貨のドル調達は難しくなるし、倒産続出で日本経済は大混乱にもなるだろう。

これがYCCの解除ができない理由のひとつである。

■植田総裁にできることは「マイナス金利」の解除くらい

植田総裁にできることは何もないか、と言うとそうでもない。一つだけできることがある。マイナス金利の解除だ。

それは「金融緩和をやめた」とのアナウンス効果でしかなく、経済的には何の影響もない。付利の対象になる日銀当座預金は(1月16日~2月15日)491兆円。このうちのマイナス金利の対象は29兆円にすぎないからだ。ちなみにゼロ金利が適用されているのは255兆円、プラス金利が適用されているのは206兆円だ。

インフレ防止手段を持たない中央銀行などもはや中央銀行の体(てい)をなしていない。日本には中央銀行が存在しないと言っていい。

だから私は以前より、「日銀に代わる新しい中央銀行の創設準備をしなければならない」と主張してきた。それは現在流通する円が無価値になることを意味するため、ドルMMFなどのドル資産を持って自己防衛を図る必要がある。

名古屋大学の齊藤教授は、『金融経済研究』3月号の中で以下のように指摘している。

「こうした瞬時的で非連続的な変化を考察することについては、『そんなことは絶対に起きてほしくない』という人々の心理的な性向から往々にして思考停止に陥りがちになる」

よくこのお言葉の意味を考えていただきたい。日本円は本当に安全資産と言えるのか、紙くずになるなんてありえないことなのだろうか――。

思考停止に陥るべきではない。それが、自分の財産と、ご家族を守るための第一歩だと思っている。

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藤巻 健史(ふじまき・たけし)
フジマキ・ジャパン代表取締役
1950年東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。80年に行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。85年米モルガン銀行入行。当時、東京市場唯一の外銀日本人支店長に就任。2000年に同行退行後。1999年より2012年まで一橋大学経済学部で、02年より09年まで早稲田大学大学院商学研究科で非常勤講師。日本金融学会所属。現在(株)フジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年までは参議院議員を務めた。2020年11月、旭日中受賞受章。

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(フジマキ・ジャパン代表取締役 藤巻 健史)

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