1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

「焼きいも」が第4次大ブームの中…日本に"サツマイモが消える危機"が迫っている事実をご存じか

プレジデントオンライン / 2023年4月30日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/piyaset

“サツマイモ”が熱い。品種改良が進んでおいしくなり、さらに焼きいも専門店が「冷やし焼きいも」「焼きいもパフェ」といったメニューを開発。1年を通して楽しめるようになったことで、第4次ともいわれるブームに火がついた。ところが、進化生物学者の宮竹貴久さんは「じつは、肝心のサツマイモの栽培に危機が迫っています。この事実はもっと広く知られてほしい」という──。

■日本発「焼きいも」ブームが世界を席巻…

「焼きいも」がいま、空前のブームになっている。しかし、その焼きいもが日本で食べられなくなるかもしれない、と言ったら驚くだろうか。

焼きいもブームが加速したのは、ここ3~4年のことだろう。サツマイモは品種改良が進み、甘い、甘い焼きいもが売れっ子となった。都内でも専門店が次々出店している。

国内だけではない。サツマイモはいまやシンガポール、香港、台湾、マレーシア、タイなど、東南アジアのみならず、欧米諸国でも「日本で品種改良されたサツマイモは、とくにとても甘くておいしい」と、すごい人気だという。

九州、四国、本州の生産地でイモを作る農家の士気は上がるばかりだ。サツマイモ輸出で年商20億円という記事も見かける。コロナ禍(か)が明けた今、農林水産省もサツマイモの海外輸出戦略に力を入れている(1)

■「いないはず」の害虫が静岡県で発見される

そんな矢先、空前絶後のサツマイモブームに水を差しかねない事態が起きた。

2022年10月28日、静岡県が「アリモドキゾウムシの県内初確認について」というプレスリリースを出したのだ。翌週31日には、中日新聞がWeb版で「サツマイモ害虫、県内で初の確認 アリモドキゾウムシ」という記事を掲載した。浜松市の農産物販売店でゾウムシが見つかり、市内の一部地域に分散したようだ。

僕はかつて、南西諸島でこのゾウムシの根絶事業に携わった経験がある。そんな僕も含め、全国の関係者がこの報道に大きな衝撃を受けた。

南方からの侵入を警戒していた九州ではなく、いきなり東海地方で“いないはず”のサツマイモの大害虫が見つかったのである。

■サツマイモを“ゴミ”にしてしまう怖い虫

アリモドキゾウムシは、世界の熱帯・亜熱帯におけるサツマイモの大害虫で、わが国では1903年に沖縄本島で初めて見つかっている。その後、南は宮古・八重山諸島、北は奄美諸島、小笠原諸島に侵入し、またたく間に定着し蔓延(まんえん)した(2)

その幼虫がイモの中に侵入して食い進む。虫や菌によって傷を受けたサツマイモは、自らイポメアマロンという強烈な苦み物質を出す(3)

ゾウムシの被害を受けたイモはとても苦くて食えたものではない。家畜の餌としても使われるサツマイモだが、苦み物質を放出したイモは豚の飼料としてさえ使えない。

■性フェロモントラップでモニタリング

アリモドキゾウムシは南西諸島に蔓延しているが、基本、屋久島以北には定着を許していない。

これまで屋久島、鹿児島市、室戸市(高知県)などに数匹が侵入した事例はある(2)。しかしその都度、国と地方自治体の職員が懸命の駆除作業を行い、侵入地に多量の誘引剤と農薬を散布して対応した。

発見地から半径2キロの範囲内にゾウムシのオスを強く誘引する「性フェロモントラップ」を仕掛け、ゾウムシがさらに分散していないか徹底的なモニタリングを行い、発生地に自生する寄主植物であるノアサガオやサツマイモなどヒルガオ科植物をすべて除去する完璧な初動防除を行ったのだ。

アリモドキゾウムシの性フェロモントラップ
筆者提供
アリモドキゾウムシの性フェロモントラップ - 筆者提供

これが功を奏し、各地で侵入のたびに根絶に成功している。

しかし温暖化の進む日本のハウス栽培地帯で、このゾウムシは越冬できる可能性がある。いったん広範囲に蔓延を許してしまえば、根絶は不可能に近いほど難しい。そうなると、日本の甘藷(かんしょ)栽培は大打撃を受けるだろう。

■徹底駆除のうえ、「1年間栽培禁止」の厳しい措置

昨年、浜松での発見によって衝撃を受け、日本のサツマイモ栽培に強い危機感を抱いた農林水産省は、2023年2月17日に緊急防除の省令、つまり大臣命令を発した(4)

3月19日以降、ゾウムシの発生地から半径1キロ以内はサツマイモやノアサガオなどのヒルガオ科植物のすべてを廃棄させ、栽培も禁止し、さらに発生地からの移動を禁止する、という措置だ。

さっそく、3月20日付の中日新聞Web版では、発生地区での「サツマイモ栽培1年禁止」として報じ、農家は死活問題だ、と書いた。

国と自治体は、すぐに発生地に性フェロモンの罠をたくさん仕掛けてモニタリングし、さらに地区内のサツマイモを含むヒルガオ科植物の徹底的な除去を行った。これらの初動防除により、12月以降は罠にかかるゾウムシは見つかっていない。

だが、寒い冬のあいだは虫が活発でなくなるため、フェロモンに誘引されにくい。気温の上昇する今年の春先から夏秋にかけて、ゾウムシの発生を見届けなくてはならないだろう。そのための1年間栽培禁止という厳しい措置である。

ゾウムシのダメージを受けたサツマイモ
写真=iStock.com/piyaset
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/piyaset

■モニタリングトラップがない「イモゾウムシ」もいる

今回より規模は小さいが、2006年の秋に指宿(いぶすき)市(鹿児島県)でも侵入はあった。同年9月8日までに24匹のゾウムシが見つかったのだ。

指宿でやっかいだったのは、アリモドキゾウムシに加え、2008年の11月にイモゾウムシも見つかったことだ。イモゾウムシもサツマイモの塊根(かいこん)に幼虫が食い進み、同様の被害をサツマイモに与える。

これを受けて農水省は、今回の浜松と同じ緊急防除措置に踏み切った。2009年8月のことだ。

イモゾウムシについては、誘引のできる性フェロモンも開発されておらず、いったん侵入を許せば、どこに潜(ひそ)んでいるのか、そのモニタリングすら難しいのが現状だ。

■徹底駆除・防除で駆逐に成功した指宿市では…

2011年に農水省から侵入害虫の専門家として指宿に派遣された僕は、最前線で防除にあたっている地域の担当者から説明を受けた。そして指宿市の徹底的な防除に感嘆した。

発生地域でのサツマイモの栽培禁止はもちろんのこと、市内でノアサガオの徹底的な除去を行い、さらに、近所の方々で相互にヒルガオ科植物の発生を監視する組織体制までつくられたという。これらの植物にイモゾウムシが寄生するからだ。

そういう行為を住民のあいだに慣習化させたのだ。

夏休みの日記に定番のアサガオのスケッチができない子供たちはかわいそうに思えたが、そこまで徹底してこそ、指宿市は2012年に2種類のゾウムシの完全な駆逐に成功したのである(5)

■地道な「不妊化法」作戦も

今回の浜松への侵入も駆逐できることを切に願う。しかし昨年12月までに見つかったアリモドキゾウムシの数は「467頭」である(6)。油断はできない。

ゾウムシは、侵入初期であれば、現地の方々の懸命な対応でいずれも数年以内で根絶に成功している。

さらに、アリモドキゾウムシが古くから蔓延していた南西諸島でも、性フェロモンによってオスをモニタリングして発生地域での生息密度を下げ、寄主植物をできる限り取り除いたうえで、不妊化したオスを放って野生のメスと交尾させる、いわゆる「不妊化法」(「政府が決して言わない、進化生物学的に見て危険な『日本のワクチン接種計画』の“あるリスク”」参照)によって、この虫の根絶作戦を展開してきた。

そして沖縄県では、久米島で2013年(7)、津堅島で2021年(8)に根絶に成功している。

■発生源の可能性①:海外からの人による持ち込み

それにしても今回、アリモドキゾウムシはいったいどこから浜松にやってきたのだろうか。それについて考えることは、この虫だけでなく、すべての外来種による被害防止に通じるものがある。

なぜ静岡県にアリモドキゾウムシが、発生したのだろうか。この虫の飛翔力は強くなく、南の島から風に乗って飛んできたとはほぼ考えられない。港湾地区での発生であれば、たとえば台風を避けた船の積み荷として海中に捨てられたイモ類が漂着することもあるだろう。

可能性のある原因としては、まず「人」による持ち込みだろう。

たとえば虫のついたサツマイモ、あるいはその苗を県外や国外から持ち込んでしまった可能性も否定はできない。外国人が居住している地域では、親戚から農産物を空輸してもらい、「ふるさとの味」に触れようとすることもあるかもしれない。

もちろん国の職員の方々が、水際でそのような侵入を徹底的に防ぐため、日夜懸命な努力をされていることは言うまでもない。

段ボールとスーツケース
写真=iStock.com/abdulkadir hasanoğlu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/abdulkadir hasanoğlu

■発生源の可能性②:ネット上の個人売買

あるいは、近年なんでもネット販売できる時代になり、個人で手軽にモノを売買できるという盲点がこの問題に潜んでいる可能性も考えられる。

事実、2022年7月12日の沖縄タイムスプラスは、サツマイモなどの植物を沖縄から県外に送る法律違反の事例が急増している、とする記事を掲載した。2020年まで1件も違反はなかったが、21年に10件、22年に3件(同年7月時点)の違反が確認されたという。すべてフリマサイトによる個人間の取引だった。

国の事務所の記者会見では、植物防疫法の存在を知らずに売買した、あるいは規制の対象とは知らずに出品してしまった人がいたという。

■今回の一件から考えておきたいこと

よく考えてみてほしい。

もしも本州におけるアリモドキゾウムシの発生に、安易な気持ちで行われたネット売買が関係しているのであれば、とても残念なことだ。

港や空港などで海外からの持ち込みを水際で懸命に防ぐ国の職員、また現場で必死に防除作業にあたっている地方自治体の職員の方々がいる。その努力はすべて僕たちの税金に支えられ、成り立っている。

さらに、精魂込めて丹念に育てたイモを廃棄しなくてはならない農家の無念さはいかばかりだろうか。

移動禁止植物のアプリ出品が見つかると、もちろん罰金が科されることもある。けれどもそれ以前に、いったん害虫の侵入を許すと、どれだけ現場の関係者の時間を奪うことになるのか、想像してほしい。

一方で、サービスを提供する側にも規制などの措置が必要になる可能性もある。

■「人の流れ」「モノの流れ」を見直そう

今回のアリモドキゾウムシの発生原因は現在「調査中」だろう。だが物流の発達、インバウンド、温暖化などの要因により、これまでは南方地域にしか生息していなかった外来種が、わが国に突如として現れるリスクが明らかに高まっていることは間違いない。

今回の出来事は、人の流れ、モノの流れをいま一度見直す機会を与えてくれているのかもしれない。

ネット販売などに気軽に違法品を出品してしまう安易な行動が環境を狂わせ、生態系をも攪乱(かくらん)する脅威はあるのだ。そしてなんといっても、現場の最前線で、昼夜を惜しまず病害虫の駆逐作業にあたっている方々に思いを馳(は)せてほしい。

日本が誇る「焼きいも」を世界中で愛されるブランドにするために。

■参考文献
*1 農林水産省サイトより https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/imo/attach/pdf/siryou-3.pdf
*2 『不妊虫放飼法 侵入害虫根絶の技術』伊藤嘉昭編(2008)海游舎
*3 Akazawa et al. 1960. Arch. Biochem. Biophys. 88, 150-156
*4 農林水産省サイトより https://www.maff.go.jp/pps/j/information/kinkyuboujo/arimodoki.html
*5 「鹿児島県指宿市におけるイモゾウムシおよびアリモドキゾウムシの緊急防除と根絶」農林水産省門司植物防疫所(2012)植物防疫 66:350-351
*6 農林水産省サイトより https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/keneki/k_kokunai/arimodoki.html/attach/pdf/arimodoki-3.pdf
*7 Himuro et al. 2022 PLOS ONE
*8 Ikegawa et al. 2022 J. Appl. Entomol. 146, 850-859

----------

宮竹 貴久(みやたけ・たかひさ)
岡山大学学術研究院 環境生命自然科学研究科 教授
1962年、大阪府生まれ。理学博士(九州大学大学院理学研究院生物学科)。ロンドン大学(UCL)生物学部客員研究員を経て現職。Society for the Study of Evolution, Animal Behavior Society終身会員。受賞歴に日本生態学会宮地賞、日本応用動物昆虫学会賞、日本動物行動学会日高賞など。主な著書には『恋するオスが進化する』(メディアファクトリー新書)、『「先送り」は生物学的に正しい』(講談社+α新書)、『したがるオスと嫌がるメスの生物学』(集英社新書)、『「死んだふり」で生きのびる』(岩波書店)などがある。

----------

(岡山大学学術研究院 環境生命自然科学研究科 教授 宮竹 貴久)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください