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環境左翼に翻弄されて国内産業はボロボロ…「脱原発」を達成してしまったドイツから日本が学ぶべきこと

プレジデントオンライン / 2023年4月25日 9時15分

2023年4月18日、ドイツのショルツ首相 - 写真=dpa/時事通信フォト

■60余年の歴史を持つドイツの原発はゼロに

4月15日22時、ドイツで最後に残った3基の原子力発電所が停止モードに切り替えられた。これにより原子炉の温度が徐々に下がり、最終的に発電機が送電網から切り離されたのが、法律で定められたリミットであった零時の少し前。こうして、何が何でも原発をドイツの地から駆逐したかった緑の党の宿願がついに叶い、60余年続いたドイツの原発の歴史に(一応の)終止符が打たれた。

反原発派によれば、この日は「歴史的な日」。ただし、ドイツの脱原発は政策ではなく、すでに宗教である。

その5日前の10日、ハーベック経済・気候保護相(緑の党)はわざわざ、ドイツのエネルギー供給は保障されていると発信した。「この困難な冬もわが国のエネルギー供給は保証されたし、これからも保証されている」と。

しかし、この冬にエネルギー供給が破綻しなかったのは、まれに見る暖冬でガスの消費が極力抑えられたせいだ。しかも昨年7月まではロシアのガスも入ってきていたし、3基の原発も動いていた。ただ、それらがなくなった今、誰がどう考えても、この冬のエネルギーは安泰ではない。つまり、ハーベック氏の保証は空手形で、「“グリーン教”を何も言わずに信じてほしい」ということだ。ただ、グリーン教の信者は、今では急激に減っている。

■産業国ドイツに与えた打撃は計り知れない

かつてドイツでは17基の高性能の原発が、何の支障もなく稼働していた。ところが福島第1原発の事故の後、当時のメルケル首相がそのうちの比較的古かった8基を止めてしまい、以後12年かけて、残り9基の原発を、着々と、経済も物理も数学も、最近では倫理まで無視して破壊していったのがドイツ政府だ。こうして失われた実質価値は17基分で3000億ユーロ(約40兆円強)とも言われる。

これが産業国ドイツにじわじわと与えた打撃は計り知れず、今では取り返しがつかないといっても過言ではない。日本経済もここ20年ほとんど成長していないので他国のことは言えないが、ドイツ経済も成長が極めて鈍い。

これまで安いロシアガスがあったから、ドイツの一人勝ちなどと言われていたが、今ではガスどころか原子力もなくなり、今後のエネルギー調達では、供給も価格も不安要素だけが残っている。現在、パイプラインで入ってくるガスはノルウェー産だけだが、これはかなり割高だ。その他はLNGなので、さらに高い。しかも、ドイツはこれまで安いロシアガスがあったため、LNGのターミナルもなかった。12月に突貫工事で最初の1基ができたが、これで足りるはずもない。

そこで、駆逐するはずだった石炭火力や、すでに止まっていた褐炭火力まで総出で動かしている。CO2がどんどん増えるのもお構いなしだ。

■自動車企業、化学企業などが“脱出”を検討

昨年の冬、ドイツの稼ぎ頭であるバーデン=ヴュルテンベルク州では(まだ原発が動いていたにもかかわらず)、何度か赤信号が灯り、一般家庭にまで節電要請が出た。電力の不安定は産業にとっては致命傷だ。数秒でも停電すれば、精密機械工業や電子産業はもとより、繊維工業も印刷工業も重篤な被害を受ける。

しかも、そうでなくても高かったドイツの産業用電気の料金は、昨年後半さらに跳ね上がり、日本の1.5倍、フランスのほぼ2倍、米国・カナダ・韓国の3倍、中国・トルコの4.4倍に達した。

それどころか、脱原発の完遂とほぼ同時に、ドイツ最大の電力会社E.onがさらに値上げを宣言。7月1日より、これまでの電気代30.85ユーロセント/kWhを、49.44ユーロセント/kWhに引き上げるというから6割の値上げだ。理由は原価の高騰。もっとも他の電力会社では、すでにそれよりも高いところも多い。

いずれにせよ、これで産業の競争力が保てるはずもなく、当然の帰結として、ドイツの企業は必死で脱出を始めている。しかも、体力のある企業、つまり、これまでドイツの経済を支えてきた自動車、化学など重要な基幹産業が次々にドイツを後にすることを検討している。行き先は中国が多い。どのみち作った製品は中国に輸出するのだから、現地で作るのが一番という判断だ。

■大企業「BASF」は中国工場に1.5兆円規模を投資

世界一の化学コンツェルンBASFは、ドイツの本拠地ルードヴィクスハーフェンの工場を縮小し、中国に100億ユーロ(1兆4800億円)を投資してプラスティック工場を作っている。これまでドイツ企業が中国で行った最大規模の投資だそうだ。ルードヴィクスハーフェンの工場群で1年間に消費するガスの量は、スイスの1年分の消費量に匹敵するというから、逃げ出すのも無理はない。ドイツの代表的な企業が、完全にドイツに見切りをつけ始めた感がある。

大手一流紙Die Zeitは、「エネルギー高騰、記録的なインフレ、世界中で停滞している景気によりドイツの危機は続く」と書く。これで関連企業が大企業の後を追えば、ドイツは空洞化し、失業者が溢(あふ)れる。出ていけない企業は潰れる可能性が高い。しかし、ドイツ政府はそれを深刻なことと受け止めているのか、いないのか、常に気休めしか言わない。

脱原発の完遂した15日、緑の党の共同党首の一人であるラング氏は、「ようやく再エネの時代が始まる!」と喜びのツイートを放った。ちなみに、今回減った3基の原発分をカバーするには、風車なら1万基が必要になるという。それどころかハーベック氏のかねてからの計画では、現在、陸と海で3万基近くある風車をさらに増やし、国土の2%を風車の森にするつもりだ。そのため、最近滞っている風車への投資を促す補助金も再び引き上げるという。これも、さらに電気代を押し上げる要素になるだろう。

■石炭を焚いてCO2を増やす日々が続く

さて、脱原発完成の翌日、4月16日の電力事情はどうだったかというと、日曜日だったので正午の需要はたったの5410万kW。ただ、電源の内訳は、3万本の風車と220万枚の太陽光パネルがそれほど役に立たなかったらしく、風力が550万kWで、太陽光が1180万kW。残り2240万kWは石炭火力が補った。

7時間後に陽が沈み、再エネがほぼなくなると、石炭・褐炭を焚き増したため、CO2の排出量は、脱原発の完遂後1日目にして、早くも記録更新を達成したという。しかも、それでも足りずにフランス(原子力)とポーランド(石炭火力)からの輸入にも頼った。これから、こういう日々が続くことは間違いない。

ドイツ政府は30年には再エネ80%を、45年にはカーボンニュートラルを達成すると豪語しており、緑の党は、石炭と褐炭の火力発電の全廃も2038年ではなく30年に前倒しするという。そのためには風車を毎日、4~5基建てるのだとショルツ首相。ほとんど妄想に近い。

風力タービン
写真=iStock.com/WillSelarep
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/WillSelarep

また、35年からは合成燃料を除いてガソリン車の登録が禁止となるし、それより何より、来年24年からは、新築の家屋にはガスや灯油の暖房装置が付けられなくなる。さらに緑の党は、暖房に使う燃料は少なくとも65%が再エネでなくてはならないという法案も通そうとしており、その経済負担に国民は怯えている。

■この理不尽に賛同できる人はさすがに少ない

車も暖房も生活必需品なのに、EV車や電気式のヒートポンプ暖房は、中流の家庭では負担が多すぎて買えないケースが続出するだろう。いずれ大きな社会問題に発展することは想定済みだが、緑の党は一切容赦なしだ。

ただ、緑の党はそこまでCO2を毒ガス扱いし、国民に多大な努力と経済負担を強いておきながら、他方ではCO2フリーの原発を停止し、その代替に石炭や褐炭火力を使い、何百万トンものCO2を放出することは何とも思っていない。この理不尽に賛同できる人はさすがに少なく、当然のことながら国民の間で不満が高まっている。

バイエルン州のゼーダー州首相(キリスト教社会同盟)も、これをあまりにも馬鹿げたことだと思っている一人らしく、自州の原発は再稼働すると宣言したため、社民党と緑の党がいきりたっている。ゼーダー氏曰く、「うちの原発は博物館じゃない!」。そこで、今回止めた1基と過去に止めた2基の合計3基の原発の再稼働を申請するという。

■なぜ、ここまで突き進んでしまったのか?

一方、緑の党が州政権に参加している州では、過去に止めた原発の冷却塔を次々と爆破し、絶対に再稼働できないようにしている(2020年5月・フィリップスブルク原発、2021年10月・ハム原発、2023年2月・ビブリス原発)。爆破の映像は、緑の党の破壊のエネルギーと、科学に対する忌避を如実に示しており、どれも実に衝撃的だ。

いずれにせよ、彼らは今後も原発を破壊し、ドイツ産業の息の根を止めるように努力するだろう。国は衰亡し、当然、国民は貧しくなる。これこそ国民に対する裏切りではないか。

それにしても、多くの電力関係者や一部の政治家が抗議し、また、経済学者やジャーナリストらが何年ものあいだ懸命に修正を呼びかけていたのにもかかわらず、この無謀すぎるエネルギー転換計画が、そのまま進んでしまったのはなぜなのか?

それは端的に言うなら、この「エネルギー転換」と「脱原発」の計画には、ドイツのすべての主要政党が積極的に関与してきたからだ。脱原発の父は社民党のシュレーダー元首相で、母はCDU(キリスト教民主同盟)のメルケル元首相だが、その周りに緑の党と自民党がくっついている。つまりどの党も、修正すれば失敗をすべて押し付けられることはわかりきっていたので、結局、最後まで言い出せず、ここまできた。不毛すぎる話だ。

■原発擁護は口に出すことさえタブーだったが…

さらに、もう一つの理由はメディア。国民が緑の党、および反原発団体の主張をここまで鵜呑みにしてしまったのは、主要メディアがそれしか報道しなかったからに他ならない。ドイツ国民は、自分たちの報道機関は中国やイランとは違い、まずまず信用できると思っている。しかし実際には、公営テレビや主要紙の報道は完璧に緑の党系で、こと原発に関しては、長年、偏向報道が組織的に行われてきた。

異論は葬られ、原発擁護をするのは、自然や安全を無視した、お金と物質に目の眩(くら)んだ人間か、あるいは極右だと思わせる報道が横行するうちに、ドイツ社会では原発擁護は口に出すことさえタブーとなった。ただ、現在、興味深いことに、風見鶏のメディアが方向転換を図っているようで、一辺倒の世論に風穴が開く可能性も出始めている。

なお、驚いたのは日本でなされている一部の報道。例えば、日本経済新聞に載っていたある教授のコメントが、一部始終ピント外れだったが、中でも「すでに電力消費の5割近くを再エネで賄い、2030年までにその比率を8割に引き上げるドイツにとって、原発がもはや電源として重要性を失っていたという事情も大きい。ドイツは対仏をはじめ、隣国ほぼすべてに対して電力の輸出超過国だ」のくだりは、これまで説明してきたドイツの状況を見ればあまりにもミスリードであることがわかるだろう。

■島国の日本にできるはずがない

ドイツの原発はベースロード電源として重要な役割を持っていたのに、それを無理やり停止していったから産業界が苦しんでいるのだ。また、年間の電力ミックスでは再エネは時に半分を超えているが、要らない時にたくさんできるので、それを外国に安い値段で(時にはお金をつけて)輸出している。ただ、必要な時に足りなくて輸入する電気は、相当な値段を払っている。いずれも、たくさん隣国があるからできる技で、日本には無理。

なお、輸出できず、風力発電を止めてもらう時には、その分の保障を払う約束となっており、これが「ファントム(亡霊)電気」と呼ばれている。そうするうちに、ドイツのエネルギー転換のコストはすでに天文学的な額だが、そのわりにCO2は減らず、電気代はすでに何年もEU一だ。しかも、最近は冬になるとブラックアウトまで恐れているのだから、これのどこを見て、「脱原発後の電力安定供給に関して、ドイツは自信をもっているはずだ」という結論になるのかがわからない。

なお、ドイツの脱原発に、どこの党がどのように関わり、ドイツのエネルギー政策を間違った方向に導いていったかなど、まだまだ書きたいことは山ほどあるので、そのうち機会があったら取り上げたいと思う。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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