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戦前の外務省の情報力は世界トップクラスだった…秘密文書「米国共産党調書」でわかるスゴい実力

プレジデントオンライン / 2023年4月26日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DNY59

現在の日本は、中国やロシア、北朝鮮の「脅威」に直面している。評論家の江崎道朗さんは「防衛力の強化だけでなく、情報を収集・分析するインテリジェンスも重視すべきだ。戦前の日本には優れたインテリジェンス能力があったが、当時の政府は十分に活用できなかった」という――。

※本稿は、江崎道朗『ルーズヴェルト政権の米国を蝕んだソ連のスパイ工作』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

■ソ連崩壊後、明らかになった「秘密」工作

「なぜ第二次世界大戦当時、ルーズヴェルト政権は共産主義を掲げるソ連に好意的だったのか」

この疑問に答える機密文書が、ソ連の崩壊後、次々に公開されるようになった。

1989年、東西冷戦のシンボルともいうべきドイツのベルリンの壁が崩壊し、東欧諸国は次々と共産主義国から自由主義国へと変わった。ソ連も1991年に崩壊し、共産主義体制を放棄し、ロシアとなった。

このソ連の崩壊に呼応するかのように世界各国は、情報公開を始めた。第二次世界大戦当時の、いわゆる外交、特に秘密活動に関する機密文書を情報公開するようになったのだ。

ロシアは、ソ連・コミンテルンによる対外「秘密」工作に関する機密文書(いわゆる「リッツキドニー文書」)を公開した。この公開によって、ソ連・コミンテルンが世界各国に工作員を送り込み、それぞれの国のマスコミや対外政策に大きな影響を与えていたことが立証されるようになったのだ。

■マスコミ、労組、政府、軍にスパイを送り込んだ

1917年に起きたロシア革命によって、ソ連という共産主義国家が登場した。このソ連は世界「共産」革命を目指して1919年にコミンテルンという世界の共産主義者ネットワークを構築し、各国に対する秘密工作を仕掛けた。世界各国のマスコミ、労働組合、政府、軍の中にスパイ、工作員を送り込み、秘密裏にその国の世論に影響を与え、対象国の政治を操ろうとしたのだ。

そしてこの秘密工作に呼応して世界各地に共産党が創設され、第二次世界大戦ののち、東欧や中欧、中国、北朝鮮、ベトナムなどに「共産主義国家」が誕生した。その「秘密」工作は秘密のベールに包まれていたが、その実態を示す機密文書を1992年にロシア政府自身が公開したのである。

「ああ、やっぱりソ連とコミンテルンが世界各国にスパイ、工作員を送り込み、他国の政治を操ろうとしていたのは事実だったのか」

ソ連に警戒を抱いていた保守系の学者、政治家は、自らの疑念は正しかったと確信を抱き、「ソ連はそんな秘密工作などしていない」と弁護していた、サヨク・リベラル派の学者、政治家は沈黙した。

■秘密通信を解読した「ヴェノナ文書」

ロシア政府の情報公開を契機に、米国の国家安全保障局(NSA)も1995年、戦前から戦中にかけて在米のソ連のスパイとソ連本国との秘密通信を傍受し、それを解読した「ヴェノナ文書」を公開した。

その結果、戦前、日本を追い詰めた米国のルーズヴェルト民主党政権内部に、ソ連のスパイ、工作員が多数潜り込み、米国の対外政策に大きな影響を与えていたことが立証されつつある。

立証されつつあると表現しているのは、公開された機密文書は膨大であり、その研究はまだ進行中だからだ。

誤解しないでほしいのは、第二次世界大戦当時、米国がソ連と連携しようとしたこと自体が問題だったと批判しているわけではない。

第二次世界大戦の後半、ナチス・ドイツを打倒するため、米国はソ連を同盟国として扱うようになった。敵の敵は味方なのだ。共産主義には賛同するつもりはないが、目の前の敵、ナチス・ドイツを倒すために、ソ連と組むしか選択肢はなかった。

■なぜソ連のアジア進出を容認したのか

問題は、戦後処理なのだ。ルーズヴェルト政権は、ソ連のスターリンと組んで国際連合を創設し、戦後の国際秩序を構築しようとした。その交渉過程の中で1945年2月、ヤルタ会談においてルーズヴェルト大統領はこともあろうに東欧とアジアの一部をソ連の影響下に置くことを容認した。このヤルタの密約のせいで終戦間際、アジアにソ連軍が進出し、中国共産党政権と北朝鮮が樹立されたわけだ。

「なぜルーズヴェルト大統領は、ソ連のアジア進出、アジアの共産化を容認したのか。それは、ルーズヴェルト民主党政権の内部に、ソ連・コミンテルンのスパイ、工作員が暗躍していたからではないのか」

多くの機密文書が公開され、研究が進んだことで、こうした疑問が米国の国際政治、歴史、外交の専門家たちの間で浮上してきている。

ソ連・コミンテルンは、相手の政府やマスコミ、労働組合などにスパイや工作員を送り込み、背後からその国を操る秘密工作を重視してきた。この秘密工作を専門用語で「影響力工作」という。

■内務省・外務省が作成した『米国共産党調書』

実はこのソ連・国際共産主義の秘密工作の実態を当時から徹底的に調べ、その脅威と懸命に戦った国がある。国際連盟の常任理事国であった、わが日本だ。

コミンテルンが創設された翌年の1920年、日本は警察行政全般を取り仕切る内務省警保局のなかに「外事課」を新設し、国際共産主義の秘密工作の調査を開始した。1921年2月には、内外のインテリジェンスに関する調査報告雑誌『外事警察報』を創刊する。

内務省警保局と連携して外務省もソ連・コミンテルンの対外「秘密工作」を調査し、素晴らしい報告書を次々と作成している。

その代表作が本書で紹介している『米国共産党調書』である(「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B10070014000、米国共産党調書/1941年(米一_25)(外務省外交史料館)」)。

ルーズヴェルト政権下でソ連・コミンテルン、米国共産党のスパイがどの程度大掛かりな秘密工作を繰り広げていたのか。その全体像を提示しているのがこの『米国共産党調書』だ。ある意味、「ヴェノナ文書」に匹敵するぐらい、衝撃的な内容がここには記されている。

書類の上のボールペン
写真=iStock.com/DNY59
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DNY59

■優れた情報・分析を政治側は生かせなかった

あの外務省が、コミンテルンや米国共産党に関する詳しい調査報告書を作成していたと聞いて驚く人もいるかもしれない。しかもその内容たるや、スパイ映画顔負けのディープな世界が描かれている。

「戦前の日本外務省や内務省もなかなかやるではないか」という感想を持つ人もいれば、「これは本当に日本外務省が作成した報告書なのか」と絶句する人もいるだろう。

どちらの感想を持つにせよ本書を読めば、戦前の日本のインテリジェンス、特に調査・分析能力は優れていたことが分かるはずだ。

同時に、その調査・分析を、戦前の日本政府と軍首脳は十分に生かせなかったこともまた指摘しておかなければならない。対外インテリジェンス機関がいくら優秀であったとしても、その情報・分析を政治の側が生かそうとしなければ、それは役に立たないのだ。

■防衛力だけでは「脅威」に対抗できない

幸いなことに日本政府もようやくインテリジェンス重視を明確に打ち出した。

2022年12月、岸田文雄政権は、国家安全保障戦略など「安保三文書」と、5年間で43兆円の防衛関係費を閣議決定し、防衛力の抜本強化に乗り出した。このとき、マスコミは、防衛力強化と43兆円の防衛費にばかり注目したが、アメリカに並ぶ経済力をもつ中国、そしてロシア、北朝鮮の「脅威」に直面している日本が、自国の防衛力強化だけで対応するのは難しい。

では、どうするか。今回の国家安全保障戦略の特徴は、防衛力強化以外の方策も明確に打ち出していることだ。日本を守る力は防衛力だけでない。次の五つだと同戦略は指摘している。

日本地図
写真=iStock.com/btrenkel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/btrenkel

■日本を守る力の一つが「情報力」

第一に外交力。ロシアによるウクライナ侵略でも明らかなように、友好国、同志国をどれだけ持っているかが戦争の動向を左右する。よって日本も、「大幅に強化される外交の実施体制の下、今後も、多くの国と信頼関係を築き、我が国の立場への理解と支持を集める外交活動」を展開している。

第二に防衛力。それも防衛力に裏打ちされてこそ外交力は高まるとして「抜本的に強化される防衛力は、わが国に望ましい安全保障環境を能動的に創出するための外交の地歩を固めるものとなる」として、外交と防衛の連動を強めてきた。

江崎道朗『ルーズヴェルト政権の米国を蝕んだソ連のスパイ工作』(扶桑社)
江崎道朗『ルーズヴェルト政権の米国を蝕んだソ連のスパイ工作』(扶桑社)

第三に経済力。「経済力は、平和で安定した安全保障環境を実現するための政策の土台となる」。経済力があってこそ軍事力も強化できる。

第四に技術力。この「官民の高い技術力を、従来の考え方にとらわれず、安全保障分野に積極的に活用していく」。科学技術の軍事利用に反対する一部勢力には屈しない、ということだ。

第五に情報力。「急速かつ複雑に変化する安全保障環境において、政府が的確な意思決定を行うには、質が高く時宜に適った情報収集・分析が不可欠である」。

この五つの力を使って2012年からの第二次安倍晋三政権以来、日本は必死に米国以外の国とも防衛協力関係を強化してきた。その結果、いまや以下の国・組織が、日本の「味方」になりつつある。

■インテリジェンス軽視から重視へ方針転換

○オーストラリア=「特別な戦略的パートナー」として、米国に次ぐ緊密な防衛協力関係を構築。
○インド=海洋安全保障をはじめ幅広い分野において二国間・多国間の軍種間交流をさらに深化。
○英国、フランス、ドイツ、イタリアなど=グローバルな課題に加え欧州・インド太平洋地域の課題に相互に関与を強化。
○NATO(北大西洋条約機構)・欧州連合(EU)=国際的なルール形成やインド太平洋地域の安全保障に関して連携強化。
○カナダ、ニュージーランド=インド太平洋地域の課題への取組のため連携を強化。
○北欧、バルト三国、中東欧諸国(チェコ、ポーランドなど)=情報戦、サイバーセキュリティーなどの連携強化。

日本はこの五つの力を使って中国やロシアなどに対抗すべく同志国を増やしてきた。その実績を踏まえて2022年12月、国家安全保障戦略を全面改訂し、外交、軍事、経済、技術だけでなく情報、つまりインテリジェンスも重視すべきだとしたのだ。インテリジェンスを軽視してきた戦後日本にあって、これは画期的だと言ってよい。

■政治家の質がインテリジェンス活用の鍵

関連して2022年4月、政府与党の自民党安全保障調査会(小野寺五典会長)は「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」と題する報告書のなかで、国家としての対外インテリジェンス機関「国家情報局の創設」を提案している。

このように日本でも対外インテリジェンス機関創設に向けた動きが本格化しているが、前述したように、いくら優秀な調査・分析ができるようになったところで、政治家の側がそれを使いこなす大局観、能力がなければ宝の持ち腐れになってしまう。戦前の日本外務省が作成した『米国共産党調書』を、当時の日本政府も日本軍首脳も活用しなかった。

本書を通じて戦後、ほとんど顧みられなかった戦前の我が国の対外インテリジェンスに対する関心が高まり、日本の機密文書を踏まえた「インテリジェンス・ヒストリー」が発展していくことを心より願っている。

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江崎 道朗(えざき・みちお)
評論家
1962年、東京都生まれ。九州大学卒業後、国会議員政策スタッフなどを経て2016年夏から本格的に評論活動を開始。主な研究テーマは近現代史、外交・安全保障、インテリジェンスなど。社団法人日本戦略研究フォーラム政策提言委員。産経新聞「正論」執筆メンバー。「江崎塾」主宰。2020年フジサンケイグループ第20回正論新風賞受賞。主な著書に『日本は誰と戦ったのか』(第1回アパ日本再興大賞受賞、ワニブックス)、『知りたくないではすまされない ニュースの裏側を見抜くためにこれだけは学んでおきたいこと』(KADOKAWA)、『緒方竹虎と日本のインテリジェンス』(PHP新書)などがある。

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(評論家 江崎 道朗)

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