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デフレ不況での増税は「経済学の非常識」なのに…「消費税5%→8%→10%」を実現させた財務省の裏工作

プレジデントオンライン / 2023年4月28日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Seiya Tabuchi

消費税は2014年に5%から8%に、そして2019年には10%に引き上げられた。産経新聞特別記者の田村秀男さんは「経済学的にはデフレ下の増税なんて非常識だ。それでも消費増税を実現できたのは、財務省官僚の裏工作があったからだ」という――。

※本稿は、田村秀男『現代日本経済史 現場記者50年の証言』(ワニ・プラス)の一部を再編集したものです。

■復興増税へ誘導されていく民主党政権

鳩山政権から菅直人政権、野田佳彦政権と民主党の時代は続きましたが、悪化していく日本経済をどうすることもできず、政府、日銀ともただ手をこまねいているだけの状態でした。

東日本大震災のような状況になってさえ、白川総裁は大々的な金融の量的緩和政策に踏み出そうとはしませんでした。日銀がとる政策は、大震災被害を受けた地方の金融機関の信用を維持するために最低限の資金を供給するといったところです。

海外の投機筋は、震災後の資金を確保するために日本の金融機関や企業が大量にドルを売って円資金を確保するはずだから円高になると踏んで、円買い投機に走ります。結果は1ドル70円台の超円高です。

しかも、菅政権は財務省に誘導されるまま、復興増税にのめり込みます。財務省が増税の舞台としたのは東日本大震災復興構想会議で、2011(平成22)年4月14日の第1回会合では、会議後、復興財源は増税で行うことで一致したと、財務官僚が記者説明しました。あとで、復興会議メンバーに訊くと、実際には増税論議はほとんどなかったにもかかわらずです。

■「将来世代にツケ回すな」キャンペーン

復興会議はそのまま増税へと突き進みます。その復興会議メンバーの顔ぶれと言えば、議長の五百籏頭眞防衛大学校長、副議長の建築家安藤忠雄氏ら、経済問題はド素人が大半です。五百籏頭氏らは財務官僚に誘導されるままに増税に賛同したのです。

では経済学者やメディアはどうかというと、一貫して増税キャンペーンです。典型的なのが伊藤隆敏、伊藤元重の両東京大学教授です。日経の2011年5月23日付朝刊の「経済教室」で、両伊藤連名で「復興費用は全国民が薄く広い負担をすべき」「将来世代にツケ回すな」と提言したのです。

さらに両教授は国内のめぼしい経済学者全員に向かって「復興増税に賛同を」と呼びかけました。賛同者は2011年6月15日現在で113人にも及びました。なかには、財政や金融が専門外の学者も名を連ねていました。

■産経以外の主要全国紙も「増税容認」

元財務官僚で財務省の内実を知り尽くしている高橋洋一嘉悦大学教授によれば、この多くが財務省に阿(おもね)る御用学者です。署名に応じなかったマクロ経済学者も私の知るかぎり数人はいます。その全員が、経済が困難な時期に増税すべきではないとの当たり前の見識をもっていました。

私は反増税の主張を産経などの媒体で展開しました。日経、朝日、読売、毎日など主要全国紙の論説委員たちはこぞって増税容認です。私は「デフレ下の増税は日本をさらに痛めつける」と確信しています。これはデータとジャーナリストとして経済の現場から得た経験に基づいています。

その私の記事を高く評価してくれたのが浜田宏一イェール大学名誉教授です。浜田先生は「怪我をした子供に荷物を負わせてはならない」ときっぱりと言います。以来、浜田先生とはことあるたびに意見を交換するようになりました。

■復興増税は“二次災害”を引き起こした

復興増税は両伊藤教授の言った通り「薄く広い負担」のように見えますが、「経済活動は限界値が大きく作用する」という経済学の常識を無視しています。「限界」とは例えば風船がいっぱいに膨らんだ場合、ほんの小さな衝撃でも破裂することをイメージすればよいのです。

デフレは需要不足によるものです。企業はデフレのために収益をギリギリで確保している、あるいは収益が減りつづけている場合、さほど多くはない税負担を追加されると、新規設備投資や雇用にますます後ろ向きになり、賃上げどころではありません。

実質賃金が下がりつづけている家計は年間数千円から1~2万円程度の増税でもその負担感は数倍以上になります。その結果、需要は大きく萎縮し、デフレ不況がひどくなります。

浜田先生の言うように、怪我をした子供の怪我は軽症であっても、荷物は余計に重くなるのです。

もうひとつ、デフレ下の増税は円高を進行させます。デフレとはモノに対してカネ、つまり円の価値が上がると市場では受け止められるからです。

円高では日本企業は国際競争力を失い、収益を大幅に減らします。こうして東日本大震災後の復興増税は“二次災害”を引き起こしたのです。

■消費税3%→5%だけでデフレ不況に

こうした増税による災厄は、消費税増税でより鮮明に表われます。1997(平成9)年度には消費税率が3パーセントから5パーセントに上がっただけで、日本経済はデフレ不況に陥り、以来慢性デフレから抜け出せません。

ところが、復興増税に賛同した学者先生の大半はさらなる消費税増税を先導しています。なかでも吉川洋東大教授は東日本大震災から間もない2011(平成23)年5月30日に、「内閣府の社会保障・税一体改革の論点に関する研究報告書」をまとめ、その後の大型消費税増税の道を付けています。

報告書では、1997年度の消費税増税がデフレ不況の引き金になったことを否定し、消費税率を引き上げても景気への影響は軽微と結論づけています。吉川氏らは1997年に起きたアジア通貨危機や山一證券の経営破綻などが不況の元凶だと決めつけていますが、激しい通貨危機と金融機関が大きな信用不安に見舞われた韓国や東南アジアのどこも日本のようなデフレ不況にはなっていないことを無視しています。

■「民主党政権だから千載一遇のチャンス」

デフレ下の増税というとんでもない経済学上の非常識に染まっている日本の経済学界の恐るべき現実が露見したのが、先述した経済学者113人による復興増税賛同の“奉加帳”だったわけです。厄介なことに、こうした面々が財務省の消費税増税や緊縮財政路線を擁護しているのです。

2012(平成24)年に入ると、財務省による2段階の消費税率引き上げ案が煮詰まっていきます。まずは2014(平成26)年4月から3パーセント幅、1年半後には2パーセント幅になります。いずれも大増税です。

5%、8%、10%と書かれた旗が付いている、階段状に並べた積み木
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

さすがに省内では「付加価値税の本場欧州でも3パーセントもの税率引き上げは前例がないし、景気への衝撃が大きすぎるのではないか」との声が上がりました。すると、勝栄二郎事務次官が言います。「いまは民主党政権だから千載一遇のチャンスだ。それを逃すわけにはいかない」と。

故安倍晋三首相は2023(令和5)年2月出版の『安倍晋三回顧録』(中央公論新社刊)で〈財務省は税収の増減を気にしているだけで、実体経済を考えていない。〉と述懐していますが、消費税増税はまさにその通りのことが背景になったのです。

■無知な民主党幹部を財務官僚が洗脳

たしかに2010(平成22)年6月から2011年9月まで、民主党の菅首相、それを継いだ野田首相も財務官僚のシナリオ通りに動きます。「私の在任中は消費税増税をしない」と宣言した自民党の小泉純一郎政権とは大違いです。

自民党にも財務官僚に従順な議員が多いのですが、それでも大物議員になると財務官僚の言いなりになるとまずいことになることを、橋本龍太郎政権の消費税増税失敗などから学んでいます。

菅氏は「日本はギリシャみたいに財政破綻する」と騒ぎ、財務相に就任するや「私は財務省にどっぷり浸かる」と吐露した野田氏は首相になると「消費税増税すれば景気が良くなる」と言い放って平気だったのです。

こうした政治家の無知につけ込む財務官僚は、「これぞ」と目星を付けた議員には日ごろからコンタクトして洗脳に努めています。財政、経済に疎い民主党幹部は易々と籠絡できたのです。

■「なぜ増税するのだ」に沈黙する財務官僚

財務省のほうは消費税増税に向け、先述した吉川報告以降、メディア対策に力を入れます。財務省の幹部が主要全国紙の編集局幹部を行脚し、「ご説明に上がりました」とくるわけです。

財務省発足時の銘板(写真=っ/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons)
財務省発足時の銘板(写真=っ/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons)

2012(平成24)年の春ごろだったと思いますが、産経にも財務省の主計局と主税局の幹部ら3人がやってきました。産経の秘書室から私に連絡があり、同席してくれとのことです。私は、すぐに駆けつけ、1997(平成9)年度の消費税増税後、日本経済が慢性デフレになり、しかも政府税収は増税後減りつづけていることを示すグラフを彼らに見せました。

消費税増税は財政健全化どころか、財政収支を悪化させているのです。しかも経済はゼロパーセント以下の長期停滞に陥っています。なのに、なぜ増税するのだと問い詰めます。すると不可解なことに財務省の予算や税のプロたちはひたすら沈黙します。

私は外で別の取材の約束があったので、30分しかいられませんでしたが、彼らは私の前では何ひとつ反論しませんでした。ワシントン特派員時代は通商、通貨、金融、財政について当局者に対し、疑問をぶつけると必ず答えがあったものですが、日本ではそうならないのです。私は内心で「こんな人たちが日本のパワーエリートなのか」と暗然たる思いで会議室をあとにしたものです。

■官僚のトップと議論できる機会がやってきた

その後も、財務官僚と産経社内で会合をもったことがあります。2019(令和元)年10月の消費税率2パーセント引き上げ実施の半年前くらいです。このときは岡本薫明事務次官が単身で産経に乗り込んできました。そして産経役員フロアの大会議室で会長、社長、編集局及び論説の幹部が居並ぶ前で、消費税増税について講演し、質疑応答するというのです。

とくに岡本さんは全国紙のなかで唯一反増税の論陣を張る私を名指しにして、みんなの前で議論したいとのメッセージを編集幹部経由で寄越していました。

そのとき私は「敵ながら、あっぱれ」と財務官僚トップに感じ入り、「さあ勝負だ」と意気込みつつ、会議場に入りました。

議事進行役の編集局長に指名されると、持論の増税反対論を展開しました。1997年度、2014(平成26)年度の消費税増税とも、日本経済に強いデフレ圧力を加える結果になったと、データをもとに説明しました。そして、デフレ圧力が去らないなかでの消費税増税は避けるべきだと主張したわけです。

■財務省OBの「最功労者」になるための執念

さぞかし、岡本さんは反撃に努めるだろうと思ったわけですが、彼は一切直接反論しません。経済に及ぼす影響には触れない代わり、消費税増税すれば社会保障財源が確保できると繰り返した末に、「皆さんどうか消費税増税を受け入れてください」と頭を下げるのです。

田村秀男『現代日本経済史 現場記者50年の証言』(ワニ・プラス)
田村秀男『現代日本経済史 現場記者50年の証言』(ワニ・プラス)

私のほうは「消費税増税してデフレ圧力が高まると、経済活動が萎縮し、消費税収は増税効果で増えても、法人税や所得税収は減るので、財政健全化にはつながらないのではないか」「消費税増税は子育て世代への負担を大きくする」などと批判を重ねるのですが、岡本さんは同じ要請を繰り返すのです。

岡本さんは増税による財源確保、対する私は実体経済への打撃を中心に説明するのですが、論議は噛み合わないままでした。

財務官僚の最高のポストは事務次官ですが、その歴代次官のなかでも、増税を時の政権に実施させた者は、財務省OBの間から最功労者として評価されます。岡本さんがそれを意識していたかどうかはわかりませんが、増税にかける執念には空恐ろしさを覚えました。

財務省のエリートたちは公の場では論争を避け、裏で政治家やメディアを懐柔するのです。

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田村 秀男(たむら・ひでお)
産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員
昭和21(1946)年、高知県生まれ。昭和45(1970)年、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、日本経済新聞社に入社。ワシントン特派員、経済部次長・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て、平成18(2006)年、産経新聞社に移籍、現在に至る。主な著書に『日経新聞の真実』(光文社新書)、『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『経済で読む「日・米・中」関係』(扶桑社新書)、『日本再興』(ワニブックス)、『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、『日本経済は誰のものなのか?』(共著・扶桑社)、『経済と安全保障』(共著・育鵬社)、『「経済成長」とは何か』『日本経済は再生できるか』(ワニブックスPLUS新書)がある。

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(産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員 田村 秀男)

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