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働くママは「職場のお荷物」なのか…育休から帰ってきた女性たちがみるみる自信をなくす根本原因

プレジデントオンライン / 2023年4月27日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Martin Barraud

育休中には「リスキリング」に勤しんだほうがいいのか。ジャーナリストの浜田敬子さんは「育休中に組織マネジメントの研修を受けた人は、子育てと仕事の両立に対する自信が高まったという研究結果がある。『職場に復帰できるのか』という不安に応えるような学びを優先するべきではないか」という――。

■育児に疲れ果てて「学び」は一切できなかった

岸田首相が「育休中のリスキリング」を後押しすると国会で答弁して、「育児の大変さをわかっていない」と大きな批判に晒されたのは今年1月のことだった。

16年ほど前の話にはなるが、私自身、出産後は極度の睡眠不足と孤独な育児に疲れ果てていた。今思えば軽い育児ノイローゼ状態で、何かを学ぶ気力などとても持てなかった。

一方で、同じ時期に育休を取った同僚は、子どもが比較的長時間寝続けてくれるタイプだったからか、彼女が私より10歳も若く体力があったからか、育休中にしっかり勉強してFP(ファイナンシャルプランナー)の資格を取得した。

「私には到底無理」と思っていたことを成し遂げた彼女に対しては心から敬服すると同時に、育休中「学び」らしいことを一切できなかった自分を責めた。

■母親を襲う「元に戻れるのか」という不安

同僚の育休中のキャリアに対する意欲を見ていた私は、復職後、当時所属していたAERAで育休中の学びについて特集した。取材した人たちは親などに子どもを預け学校に通い気象予報士の資格を取得するなど涙ぐましい努力をしていたが、その背景には、正社員であっても育休復帰後に仕事が与えられるのか、元の職場に戻れるのかという切実な不安があったのを覚えている。

岸田首相の育休中リスキリング発言を受けて、働く母親を支援する株式会社mogが、育休中の女性100人にアンケートをとったところ、8割近い人が資格取得のために勉強や語学学習、ボランティアなど育休中に何らかの活動をしていた。その理由としては、復職後の準備やスキルアップのためと答えている。それだけ復職後の厳しい環境を自覚しているからだろう。

復職後の職場に自分の居場所はあるのか、本当に子育てと仕事を両立していけるのか。キャリアは望めるのか――。自身のつらい育休経験と、取材でも感じた女性たちの復職後の不安。岸田首相はこうした現実をどこまで本質的に理解しているのか。育休中リスキリング発言への反発は、理解の浅さへの不信感から生まれたものだろう。

■「育休中に学んだ人は両立への自信が高まる」

今は女性側だけが焦燥感を味わい、自助努力で育休中に学んでいる。この状況に対する支援はないよりもちろんあった方がいい。ただ自分の時間やエネルギーを学びに費やせるかどうかは、それぞれの雇用形態や子どもの状態、育児へのサポート体制など深く関わっている。

そもそも非正規雇用やフリーランスの人には「育休」すら取れない現実があり、「育休中のリスキリング」が正社員中心の考えだと反発されるのは当然だと思う。

そんな中、1本の注目すべき論文が発表された。筆者は静岡県立大学の国保祥子准教授。国保さんは2014年から、育休中の女性たちに学びの場を提供する「育休プチMBAプログラム」を実践してきた。受講後の女性たちに明らかな変化が見られたことから、16社の社員の協力を得て、育休中の学びが復職後にどのような影響を及ぼすかを研究した。

静岡県立大学の国保祥子准教授
写真=国保氏提供
静岡県立大学の国保祥子准教授 - 写真=国保氏提供

結論から言えば、「育休中に学んだ人は復職後の両立生活に対する自信が高まり、その結果上司から見てもわかるほどに組織やチームを意識した行動を取るようになる傾向がある」ということがわかったという。

■会社側は「働く母親たちは意欲がない」

いまだに第1子の出産による退職は5割近くいるものの(2018年内閣府調査)、正社員では育休からの復職率100%という状態は大企業を中心に珍しくなくなってきた。辞めずに働き続けられる環境は整いつつある。辞めずに働き続けられる環境は整ってきたということだ。

だが、ここ数年国保さんの元には、企業サイドから「復職はするけど、キャリアアップを意識しなくなる」「自分の仕事を終えることだけに集中しがちでチームに貢献しなくなる」という相談が増えていたという。復職者が増えたことで、特別扱いもできないという悩みも増えている。

私自身は、それは女性の意識の問題だけでなく、受け入れる職場側にも問題があると思っているが、少なくとも会社や上司はそう見ているという現実がある。女性側にも復職後は両立するだけで精いっぱいでキャリアを考える余裕がないという事情もあるだろう。そこだけを捉えて、会社や上司が、復職後の女性は「キャリアに前向きでない」「意欲がない」と考えるのはもったいないと感じてきた。

さらにこうした上司の思いは女性たちにも伝わる。自分が職場で「お荷物」扱いになっているのではないか、という思いが自己効力感の低下につながり、さらに女性たちがキャリアを諦める要因となる。上司と復職後の女性たちはお互い不信感を募らせ、女性たちの中には、転職や離職をしてしまう人もいるだろう。

■研修を受けた人は「私は」から「会社は」へ

国保さんは協力企業16社から自発的に育休中の研修に参加してくれた約100人と、参加しなかった人たちを比較することで、研修の効果を測定した。

研修は1回2時間を4回。ユニークなのは研修内容だ。子どもが急に熱を出して保育園から呼び出しがかかったらどうするか、という実際起こりうるケースを基に、当事者である女性自身の視点だけでなく、上司や顧客、同僚などになりきって考えるという内容なのだ。

国保さんは、「自分を取り巻く全ての人の視点で考えるということをするだけで、最初は『私が』という主語でしか考えられなかった人が、研修を重ねるごとに『組織は〜』『会社は〜」という主語で考えられるようになる」という。この他者の視点の取得という研修によって、上司は自分たちが考えているほど復職者に対してネガティブな感情を抱いていないことがわかってくるという。

また大変なのは自分だけだと思い込んでいたのが、より俯瞰的な視点になることで、困っているのは自分だけではないから、どうしたら自分だけでなく同じような立場の人が働きやすくなるか、もしくは周囲の人に対してどう振る舞えばいいかも理解していくという。

■自分以外の選択肢に気づくと、自信につながる

研修当初、参加者に「復職者は会社から期待されていると思うか」という質問を投げかけると、3分の2が「期待されていない」と答えていたという。それほど、育休から復職する女性たちの自己効力感は低いのだ。

「それが、具体的に直面するケースを事前に予習することで両立不安を払拭できる。さらに復職前は全てを自分でやらなければと思い込んでいる部分も多い。子どもが病気というケースでも、夫に保育園に迎えにいってもらうという選択肢すら考えつかない人もいるのです。それが『自分が〜』という主語から離れることで、他にも選択肢があることに気づく。結果的に、これだったらできるという自信につながっていくのです」(国保さん)

だが、重要なのは復職する女性だけの意識が変わっても、会社側の受け入れ体制が変わらなければ復職後にその意欲は空回りすることになるどころか挫折感につながるだろう。

国保さんの今回の研究は、協力企業の人事部を通じて、育休中の社員に案内してもらったという。

■知識やスキルを学ぶだけがリスキリングなのか

「人事を通して、こうした研修を勧められること自体、会社の期待の表れだと考えてほしい。育休中に業務に関わることはさせられないという企業もありました。であれば、復職直後、例えば保育園のならし保育の期間にこうした研修を組み込めば、育休中には子どもを預ける先がなく研修を受けづらいと考えている人も参加できます」(国保さん)

今回岸田首相が使ったリスキリングという言葉は今一種のバズワードになっているが、この言葉の正しい定義は、新しい仕事や職務に移行するためのスキル習得を指す。特にAIやデジタルスキル、気候変動問題対応に欠かせない環境関連の知識やスキルなどを学び、成長分野に移るところまでが含まれるので、育休中の学びは正確に言えばリスキリングには当たらない。

とはいえリスキリングは本来、個人の自発的な学びではなく、企業が経営戦略とセットで社員に投資することが前提とされる。育休から復職してきた女性たちに企業内でどう働いてほしいのか、その期待を伝え、意識を高めてもらうための研修はまさに人材投資の一環と言えるのではないか。

セミナーに参加する女性たち
写真=iStock.com/electravk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/electravk

■ワンオペ育児では「学びたい」と思いにくい

今回の研究では、復職半年後の追跡調査を本人だけでなく、上司にも行っている。復職前に自己効力感を高めた人が、チームを意識して働けるようになれば、それは組織にとってもプラスだということを考えると、企業が投資する意味は十分にある。

そして個人的には、上司側の研修も必要だと感じる。実際に復職してくる女性たちが何に悩み何を不安に思っているのか。女性側だけが上司や組織の論理を学ぶのではなく、上司にこそ復職者の両立の実態や気持ちを知ってほしいとも思う。

この研究でもう1点興味深いのは、同じ企業内でもこの研修に参加しなかった人たちは、「家庭支援のスコアが低い」という傾向があったことだ。つまり夫や実家などのサポートがない人は、研修などの機会があっても積極的に参加しようと思えないのだ。

これは育休中に限らない。復職後も、夫の家事育児の参加が十分でなければ、妻のキャリアへの意欲は大きく損なわれる。21世紀職業財団の調査によると、総合職女性の4割が昇進ややりがいを見いだせない「マミートラック」に陥っていると答えているが、マミートラックに陥るかどうかの一つの要因は夫にあると言える。

■非正規やフリーランスにこそ支援が必要

とはいえ、こうした研修の機会に恵まれるのは、そもそも育休を取得できる正社員だけだ。

育児休業給付を受けているのは、2018年段階の推計で生まれた子ども100人につき、女性は29.1%、男性は1.6%しかいない。女性の育休取得率は8割を超えているというが、これは雇用保険に加入し、出産後も雇用を継続する女性たちを母数としているからで、実態は母親の3割弱しか育休を取得しておらず、育児休業という制度そのものが女性の格差を生み出していると、政治学者の三浦まり上智大学教授は著書『さらば、男性政治』(岩波新書)で指摘している。

階段の壁にうつる上り下りする人々の影
写真=iStock.com/Brasil2
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Brasil2

今では非正規雇用の人も一定の条件を満たせば育休は取得できるが、実態としては妊娠出産の時点で雇用止めに遭うケースもあり、育休取得のハードルは高い。

育休中、そして復職後も含めて非正規やフリーランスの女性たちに「学び」の機会が与えられることはほぼない。それが、一度離職してしまうと、正社員としての再就職を難しくしている大きな要因にもなっている。スキルのアップデートだけでなく、前述したように自己効力感の低下にもつながっていくからだ。

結果として、それがこの国で働く女性の約半数を非正規が占めるということにもつながっている。育休中のリスキリングを進めるというならば、むしろ学びの機会になかなか恵まれない、非正規やフリーランスの人に対しての支援こそ必要だと思う。

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浜田 敬子(はまだ・けいこ)
ジャーナリスト
1966年生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業後、朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部へ。2014年に女性初のAERA編集長に就任した。17年に退社し、「Business Insider Japan」統括編集長に就任。20年末に退任。現在はテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」などのコメンテーターのほか、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)、『男性中心企業の終焉』(文春新書)。

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(ジャーナリスト 浜田 敬子)

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