「総合職の女性だから」という理由で違う仕事に…東京のマーケ部に抜擢された私が異動初日の帰り道に号泣したワケ
プレジデントオンライン / 2023年5月3日 9時15分
※本稿は、千林紀子『仕事の成果が上がる「自分ごと化」の法則』(有隣堂)の一部を再編集したものです。
■入社4年目に待ち受けた“試練”
1990年4月に入社した私は、3年間にわたる女性総合職の「大量採用の初代」に当たります。男女あわせて大卒総合職が256名入社し、うち110名ほどが女性でした。最初の配属先は大阪支社で、新人営業として約3年半勤務しました。
私は元来、器用な性質ではなく、エンジンがかかるのは遅かったものの、2年目からはまるで初めて自転車に乗れたときのように、顧客との人間関係も構築できて営業成績が急激にアップしました。
販売予算の達成率や一斉キャンペーンの受注などでは、大阪支社全体でも上位に入ることが増えてきて、3年目になると「営業が天職ではないか」と思えるほど楽しく働いていました。
サラリーマンの異動は、だいたいそういう時期に発生します。お客様の半分は女性なのに、マーケティング担当に女性がいないのはおかしいという社長の号令で、営業総合職の女性の中から誰かを異動させることになりました。後で聞いた話ですが、私の営業日誌を社長が読んで「面白かった」というのが理由で声がかかったようです。
1993(平成5)年9月、大阪支社からアサヒビール東京本社のマーケティング部商品開発課に異動になりました。
■「一般職の女性社員との間で軋轢になるかもしれない」
商品開発課には同期の男性と一緒に配属になったのですが、業務説明を受けて愕然(がくぜん)としました。男性同期は最初から商品開発の担当だったのですが、私には庶務(しょむ)の仕事と課内の補佐的な事務作業が割り振られたのです。
上司からは、初めての女性総合職であり、「一般職の女性社員との間で、最初から仕事に差をつけたら、軋轢(あつれき)になるかもしれない」と、私が働きにくくならないための配慮だと説明を受けました。
大阪支社では、「総合職は営業」「一般職は内勤」と業務の区分が明確になっていましたが、本社は総合職も一般職も内勤のため、全国転勤の有無という採用コースは違っても、どのように業務の区別をしたらよいか処遇に困ったようでした。
根本をたどれば、「女性=庶務・補助業務」という「性別役割」の慣習や認識が、当時は根強く存在していたことによりますが、今ならば考えられません。
これを「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」と言い、あれから30年以上を経た今なお、社会での大きな問題として注目されています。
■帰り道、涙があふれて止まらなかった
数年後に一般職は廃止され、現在では全国転勤社員と地域限定社員の区分だけが残っています。当然ながら性別による仕事の差はなくなりました。
異動初日の帰路、本来やる気に燃えていて良いはずなのに、地下鉄に乗った瞬間に、涙があふれて止まりませんでした。悔しかったのか、悲しかったのかは、よく憶えていません。
大阪の営業では男性と対等に仕事をさせてもらったし、頑張った分、評価もしてもらえました。お客様からも一人前に扱っていただき、異動する際には大いに激励を受けて東京本社にやってきたのです。自分から異動希望も出していません。こんなことなら、大阪でもっと営業をしていたかったと、そのときは思わずにはいられませんでした。
長い歴史や文化を背景として、社会通念や慣習のなかで形成されたステレオタイプの思考(決めつけ、思い込み)から生まれる「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」は、「D&I」「DE&I」施策の難敵の一つです。社会通念や慣習のなかですり込まれた「アンコンシャス・バイアス」は、誰もが抱えています。
■企業側も消費者側も「これが炎上?」と気づきにくい
それはまさに「無意識」で「こうであるはずだ」「常識である」と思い込まれているために、自ら気づきにくく、指摘されないと気づけないばかりか、素直に受け入れにくいのです。
たとえば、企業の商品やCM表現などが、「家事や育児は女性の役目である」というイメージを強調したものだったとします。従来であれば普通に行なってきた内容でも、昨今では、「アンコンシャス・バイアス」であると指摘され、SNSで大炎上し、謝罪した上で広告・商品の販売中止などに追い込まれたケースも散見されています。
企業側も、一般消費者側も、「まさかこれが炎上?」と思った事例も多いのではないでしょうか。それほど気づかずに行なってしまうのが「アンコンシャス・バイアス」であり、セクハラやパワハラなどの各種ハラスメント以上に気づきにくく、日常の言動に潜んでいるので怖いものです。
企業組織内で、「アンコンシャス・バイアス」が存在すると、「DE&I」などの妨げになる上に、組織風土の悪化、社員のモチベーション低下などが知らず知らずに起きてきます。組織の活性化を阻(はば)んでいく可能性があるのです。
■純粋な「思いやり」「いたわり」の場合の厄介さ
様々なアンコンシャス・バイアスが存在するなかでも、とくに「慈悲的なアンコンシャス・バイアス」はさらに厄介だと感じています。
たとえば「性別役割」に上乗せして、「女性は弱いものであるから、過度な役割負荷はいけない」といったような考え方です。
なぜ厄介かと言えば、本人にはまったく他意はなく、純粋に「思いやり」や「いたわり」の感情から発言しているため、「アンコンシャス・バイアス」を受けた側が問題に感じても、相手に指摘しにくいのです。
たんなる「性別役割」などの通常の「アンコンシャス・バイアス」であれば、「それは思い込みや決めつけです」と言うことは、ハラスメントと同様に比較的対応しやすいご時世ですが、「思いやり、いたわり」の感情を前面に押し出された「慈悲的アンコンシャス・バイアス」は、指摘すると相手を含めた周囲から、逆に批判を受ける可能性もあるからです。
内閣府・男女共同参画局の「令和3年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査結果」では、「直接ではないが言動や態度からそのように感じたことがある」という設問で男女の上位10項目を挙げています。(★は男女両方で上位10項目に入っているもの)
■「家事・育児は女性がするべき」が男女ともに1位
1.家事・育児は女性がするべきだ(22.5%)★
2.男性は仕事をして家計を支えるべきだ(21.3%)★
3.デートや食事のお金は男性が負担すべきだ(20.5%)★
4.男性は結婚して家庭をもって一人前だ(20.2%)
5.受付、接客・応対(お茶だしなど)は女性の仕事だ(19.6%)★
6.女性は感情的になりやすい(19.5%)★
7.女性には女性らしい感性があるものだ(19.4%)
8.家を継ぐのは男性であるべきだ(18.7%)★
9.共働きでも男性は家庭よりも仕事を優先するべきだ(18.6%)
9.親戚や地域の会合で食事の準備や配膳をするのは女性の役割だ(18.6%)★
【女性】
1.家事・育児は女性がするべきだ(31.8%)★
2.受付、接客・応対(お茶だしなど)は女性の仕事だ(26.7%)★
3.男性は仕事をして家計を支えるべきだ(26.2%)★
4.親戚や地域の会合で食事の準備や配膳をするのは女性の役割だ(26.0%)★
5.共働きで子どもの具合が悪くなった時、母親が看病すべきだ(25.8%)
6.職場での上司・同僚へのお茶くみは女性がする方が良い(25.3%)
7.女性は感情的になりやすい(24.3%)★
8.家を継ぐのは男性であるべきだ(23.9%)★
9.実の親、義理の親に関わらず、親の介護は女性がするべきだ(23.8%)
10.デートや食事のお金は男性が負担すべきだ(23.6%)★
■「気の毒」という思いやりと「庶務は女性向き」の二段重ね
とくに男女ともに一位である「家事・育児は女性がするべきだ」は、調査された女性の約3人に1人がアンコンシャス・バイアスを感じているのです。これらのなかには、長い歴史のなかで日本人に馴染んできた価値観も多く、いきなりそう考えるなと言われても無理でしょう。
しかしダイバーシティが世界的な価値観として広がりつつある昨今、企業はアンコンシャス・バイアス問題を避けることはできません。個人として気をつける場合、発言したり行動に移す前に「これはアンコンシャス・バイアスにならないか」を一瞬立ち止まって考える習慣が浸透することが必要です。
私の実体験から話をすると、営業部門から本社の商品開発部門に配転したとき、同時に配属された同期の男性と担当業務の差があったことは、今でいう「慈悲的アンコンシャス・バイアス」だったと思います。「一般職女性と総合職女性の軋轢があったら気の毒だ」という上司の思いやりと、「補助業務や庶務は女性の方が向いている」との慣習的な「性別役割」の存在で、アンコンシャス・バイアスの二段重ねだったと言えそうです。
![オフィスで働くビジネスパーソン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/b/1200wm/img_bb8f045c0baaf8d8c9bc01f2abaec8f2556871.jpg)
■人望が厚い素晴らしい上司でもおきること
その上司は、とても思いやりにあふれ、周囲からの人望も厚い素晴らしい方でした。しかも私は異動したばかりで、入社4年目とキャリアも浅く、上司の善意ある配慮に不服を言うわけにはいきません。先輩や同期女性に、酒席で愚痴を言うぐらいが精一杯でした。
実際には、一般職の女性たちとも良好な関係性でいられましたし、逆に色々と親しく話ができていました。上司の心配は、「杞憂」で済みました。
今は当時と異なり、アンコンシャス・バイアスは具体的なケーススタディでの啓発活動や学習機会が増えています。まずは、どのような思考や言動がアンコンシャス・バイアスにあたるかという事例を、知識としてインプットしていくことが大切だと思います。何がアンコンシャス・バイアスにあたるかの知識があれば、「気づき」につながり、「言動を抑制」することが可能になります。
■「誰かに言ってもらおう」ではなく、自分で説明する
![千林紀子『仕事の成果が上がる「自分ごと化」の法則』(有隣堂)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/4/1200wm/img_84d0fbdd5a0fbef6acc2095a18d49e6d16831.jpg)
そのステップを自分の内部に確実に埋め込んでいくことで、アンコンシャス・バイアスで無意識のうちに「他人」を傷つけたり、不快にさせてしまうリスクは抑えられるはずです。その一連のステップの習得も重要ですが、その前提として大切なのは、いかに相手の立場にたって「自分ごと化して共感・想像ができるか」ではないでしょうか。
アンコンシャス・バイアスの受け手になった場合でも、単に正面から指摘するのではなく、「対応力」を磨く必要があります。「なぜアンコンシャス・バイアスなのか」を事実ベースで相手に理解してもらえるよう説明することが大切です。
そのためには、「会社が何とかしてくれるだろう」とか「誰かに言ってもらおう」といった他力本願の姿勢はNGです。それでは「自分ごと化」できているとは言えません。「『気づき』に向けた双方向アクション」に、自ら主体的に誘導していく必要があります。
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アサヒバイオサイクル社長
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、アサヒビール入社。スーパードライブランドマネージャー、飲料、食品事業会社のマーケティング部長を歴任。アサヒグループホールディングスにてM&A業務を経て、カルピスに出向。2017年アサヒカルピスウェルネス(現、アサヒバイオサイクル)代表取締役社長就任。アサヒグループのバイオ技術で、世界の農業・畜産・環境分野の課題解決に挑むビジネスを手掛けている。
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(アサヒバイオサイクル社長 千林 紀子)
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