4時間で配達8件でも利益は50円…アメリカでウーバー配達員が「儲からない仕事」になった根本原因
プレジデントオンライン / 2023年5月5日 12時15分
■パンデミックを支えた配達員たちが生活苦に直面している
Uber Eatsなどフードデリバリーの配達員たちは、新型コロナの感染拡大で外出がままならなかった時分、海外では「パンデミックの英雄」などと呼ばれもてはやされた。もはやエッセンシャル・ワーカーに近い存在とまでみなされていたようだ。
だが、今では状況が一変し、収入の確保に苦労しているという。
会社に雇われず、短時間で単発の仕事を請け負うこうした労働スタイルは、ギグワークと呼ばれる。働く時間を柔軟に選べる反面、収入が安定しない弱みがある。
Uber Eats発祥の地でもあるアメリカで、ギグワーカーの実情を大手紙が報じている。
■高級寿司の配達でチップを狙う56歳男性
ニューヨーク・タイムズ紙は4月、配達員たちの苦境を報じる記事を掲載した。
同紙は「配達員たちは、パンデミックの英雄として称えられていた」と述べ、気軽に外出できなかった時期の助けになったと評価している。しかし記事はまた、結果としてはそのパンデミックが配達員たちの生活を破壊してしまったと指摘する。
同紙記者は配達員で56歳男性のブラントリー・ブッシュさんと30時間以上を共にし、その実態を取材した。記事によるとブッシュさんは、カリフォルニア州サンタモニカに近い高級住宅街の路地裏を待機場所にしているようだ。単価の高い配達案件を受注でき、高額なチップを狙いやすいのだという。
ブッシュさんは高級寿司店からの配達案件を引き受け、フードをピックアップしては注文主の元へと愛車のスバルを走らせた。手入れの行き届いた芝生の広がるきらびやかな住宅や、深夜のオフィス街で働くピアノ教師などが届け先だった。
続く3件目を受注したとき、さすがに胸を高鳴らせたようだ。同じ高級寿司店への注文だが、今度は388ドル(約5万2000円)の大口案件だった。配達の基本料金がわずか数ドル(数百円)という現状、収入の大部分はチップに依存している。この案件なら、運が良ければ50~70ドル(約6700~9400円)のチップが期待できる。
■パンデミックの英雄から「残り物」のような扱いに
はち切れんばかりの寿司と味噌汁が詰まった袋を大事に抱え、ブッシュさんは注文主の邸宅の呼び鈴を鳴らした。庭には噴水や、手入れの行き届いた盆栽の数々が並ぶ。
現れた注文主の男は、軽いあいさつを交わすと、寿司を受け取って足早に奥へと消えていった。さあ、ブッシュさんの待ちかねた時間だ。
顧客はチップの額を注文時に指定してアプリで決済するが、アメリカのUber Eatsのシステム上、チップについては一定額までしか事前に配達員側に表示されない。目立った注文がなかった今夜、ブッシュさんの稼ぎは、配達後に表示されるこのチップにかかっている。
1時間後、ブッシュさんのアプリが更新された。受け取れたチップの額は、1件目の邸宅がわずか10ドル。2件目の音楽教室はゼロ。3件目の豪邸は最大70ドルを当て込んだが、結果は20ドルにすぎなかった。
パンデミックの間、配達員は社会に必要不可欠な存在だった。「みな、拍手を送っているかのようでした」とブッシュさんは振り返る。だが、状況は変わった。
「今となっては、私たちは残り物のようなものです」
■置き配が広がってチップが減った
別の配達員男性はニューヨーク・タイムズ紙に対し、チップは「ギャンプルのようなもの」であり、「エキサイティング」でもあると語る。しかし、まったくもらえないことも少なくない。生活の基盤がギャンブルのような状況になっていては、安心して業務にあたることも難しいだろう。
記事によると、配達員たち100ドルを稼ぐのに100キロの道のりを運転することもあり、ガソリン代を取り戻そうと次のオーダーを探す負の連鎖に陥っているという。
パンデミックはチップの習慣に変化をもたらした。ニューヨーク・タイムズ紙は、配達員たちの声を報じている。記事によると、「非接触の配送が台頭したことで、顧客は以前のようにチップを奮発しようとしなくなり、ギグワークで生計を立てることは一層難しくなってきている」という。
ドア前に置いて立ち去るいわゆる「置き配」であれば、互いに顔が見えないやり取りとなる。顧客としては、通常支払うべきとされるチップを減額したとしても、罪悪感を抱きにくい。
米インサイダーも今年4月、非対面での受け渡しが収入源の一因になっているとの見方を報じた。「“非接触配達”が依然続いていることで、配達員との関わり方が弱まり、チップが減少する原因になっていると非難する向きがある」とのことだ。
■4時間で8件の配達、利益はたった50円
アメリカでの配達料は1回につき数ドル(数百円)程度であり、チップが主な収益源となる。正規の配達料の計算式は入り組んでいるようだが、ある配達員はニューヨーク・タイムズ紙に対し、基本的に配達1件につき3.5ドル(約470円)、そして1マイルごとに約1ドル(約1.6キロごとに135円)の報酬が生じると語った。
1件で数百円から1000円台程度の収入であり、ガソリン代を引くと手元に残るのはすずめの涙だ。生活を維持するためにはチップに頼らざるを得ないが、置き配の浸透で頼りのチップが減少傾向にあり、配達員たちは頭を抱えている。
働いた挙げ句、ほぼ利益なしという例も報じられている。テキサス州で配達を始めたという男性は昨年、インサイダーに対し、深刻な実入りの少なさを明かした。
ふだんは家庭教師として働いているこの男性は、2週間の休職期間が生じたことから、Uber Eatsを始めて収入の確保を試みたという。しかし、土曜日の夕方という稼ぎ時に臨んだ配達員生活の2日目、4時間をかけて8件の配達をこなしたものの、合計の利益はわずか37セント(約50円)にすぎなかった。
![スウェーデン・ヨーテボリで、原チャリで移動するウーバーイーツ配達員](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/d/1200wm/img_bdfbc3f2ee6f3366c313270bc241c004407668.jpg)
■ガソリン代の高騰でかさむ配達経費
配達の合計収入自体は、30.97ドル(約4200円)あったという。うちチップが7.89ドルと、25%以上を占めており、割合としては良好な水準だ。だが、手元に残る取り分をはじき出すためには、配達で消費したガソリン代を差し引く必要がある。
合計収入からガソリン代の30.60ドルを差し引くと、4時間で37セント(約50円)の利益にしかならなかったと男性は語る。インサイダーに対し、「2回目(この日)が最後のシフトになりました」と述べ、早々に見切りを付けたと明かした。男性は「もう二度とやらない」とやるせなさをにじませる。
Uberはインサイダーに対し、「ここに書かれている体験は典型的なものとは異なります」との声明を寄せ、特殊なケースであるとの見解を示した。
だが、配達員を取り巻く環境は確実に悪化している。昨年3月からガソリン価格は高騰しており、配達に必要な経費は上がる一方だ。
対策としてUberは、配達サービスと配車サービスの両方について、1回につき35~55セント(約47~74円)を顧客に上乗せして請求している。しかし、インサイダーの取材を受けた配達員6人は、この差額ではガソリン価格の上昇を到底カバーできないと語った。
■チップを企業が横取りしていたケースも
ニューヨーク・タイムズ紙はフードデリバリーという業務について、レストランのウエイターやウエイトレスよりもさらにストレスが多いと述べている。渋滞を抜け、階段を駆け上がり、吠える犬をかわし、そしてフードやドリンクがこぼれないよう慎重な配達が求められるためだという。
こうして苦労した配達員をねぎらうチップだが、本人に届いてすらいなかった例もあるようだ。日本でも展開し、すでにWoltとの統合でサービス終了したDoorDashの米法人は、2019年、チップを実質的に会社側が横取りするシステムになっていたとして訴訟を起こされた。250万ドル(約3億4000万円)で和解している。
アメリカではウエイターなど一部の職種が最低賃金の規制外となっており、これを補う目的でチップを弾むことが習慣となっている。ミネソタ州の女性は米FOXニュースに対し、フードデリバリーはウエイターやウエイトレスに近いため、チップを渡すことは当然だと語った。
米フード宅配アプリのGrubhubは具体的に20%のチップを推奨しており、10~15%が相場だという意見もある。しかし、アメリカの人々からは、必ずしもこれに同意しない声も聞こえる。だが、より低い額を支払う顧客も多い。
FOXニュースによると、バイラルになった動画である配達員は、40分を走ってわずかなチップしか受け取れなかったため、食べ物を届けずにそのまま持ち帰ったと語っている。
■ユーザーはチップの重要性を認識しているが…
もっとも、一般的には利用者側もチップの重要性を理解しており、一部ユーザーは積極的に高額のチップを弾んでいるようだ。カナダ公共放送局のCBCは、チップの提示により、迅速な受け取りが期待できると説明している。
同局は、実際の配達員たちの話を基に、各種フード宅配サービスではチップが「運賃の大きな割合を占めている」と述べている。このため多くの配達員たちは、配達案件に表示されるチップの額とにらめっこし、「あなたの注文に足を運ぶ価値があるかどうか、評価を下している」のだという。
フードデリバリーをよく利用しているというカナダ南部・カルガリーに住む男性は、CBSに対し、チップの支払額は優先的に配達担当者を確保するための「入札」のようなものだと述べている。
この男性は「10カナダドルだろうと20カナダドルだろうと(約1000円から2000円)、誰かが私のために最速で取ってきてくれるのであれば、間違いなくその価値はあります」と語る。
■高額チップで配達員を騙す「チップ・ベイティング」が横行
ところがこのチップが、配達員たちを翻弄する新たな要因になっている。「チップ・ベイティング(チップ釣り)」と呼ばれる悪質な手口が一部で横行している。配達前に高額のチップをちらつかせて素早くフードを配達させるが、完了後に実際の支払い額を大幅に引き下げる手法だ。
米ニューヨーク・ポスト紙は、ある配達員がTikTokで苦境を訴え、バイラルになった動画を取り上げている。子育てをしながら隙間時間に配達をこなし、家計の助けにしているというこの女性は、自宅から車で5分の距離にチップ15ドル(約2000円)をうたう配達案件を見つけ、喜んでフードを届けたという。
指示にあったとおり、ケチャップやペーパーナプキンなどを「大量に」付け、「熱々のうちに」配達を完了させたと女性は語る。ところが仕事が完了し、アプリを確認した女性は、愕然としたようだ。「稼ぎはいくらだったと思う? 2ドル(約270円)ですよ」と女性は憤る。期待したチップの87%が支払われなかった計算だ。
■アプリの不具合ではなかった
アプリの不具合かとも思い配達仲間に相談したところ、「うん、まあそういうことはあるよね」という反応だったという。女性は「あまり知られていないがよく起きている手口」だと述べ、「こんなことはしないで」と動画で訴えている。
アメリカの別の配達員男性も昨年、「顧客がし得る最悪のこと」としてTikTokに動画を上げた。チップ額は顧客の管理下にあるため、チップ・ベイディングへの対策はほぼ不可能だと嘆く。動画は480万再生の注目を集めた。
ある配達員はCBCに対し、チップ・ベイティングを20件に1件ほどの割合で食らうことがあると述べている。
■ギグワーカーという働き方には利点もあるが…
もっとも、悪い面ばかりではない。役者志望のある男性は、ニューヨーク・タイムズ紙に対し、好きな時間にオーディションを受けられる柔軟な働き方が気に入っていると述べている。
単発の仕事を請け負うギグワークは、いまやめずらしい働き方ではなくなった。CBCは、カナダ統計局がパンデミック以前に発表したデータを引き、カナダ人労働者のおよそ10人に1人をギグワーカーが占めていると報じている。
![自転車のそばには複数のウーバーイーツのバッグが置かれている](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/1/1200wm/img_4135bdae7558b23bea63be2252646a70495376.jpg)
だが、チップに依存し労働をギャンブル化する制度設計については、疑問の声も聞こえる。そもそもUber Eatsが徴収する配達料から適正な報酬が配達員に分配されていれば、配達員たちはチップに依存せずとも安心して業務をこなすことができたはずだ。
ギグワーカーズ・ユニオンの代表であるジェニファー・スコット氏は、CBCに対し、Uber Eatsなどのフードデリバリーの報酬システムを批判している。
「チップは私たちの収入に欠かせない要素ですが、それは各アプリが利益を増やす目的の下、可能な限り私たちの賃金を下げようと活発に取り組んでいるからです」
■チップ文化のない日本の配達員たちも追い込まれている
日本でもUber Eatsの配達員の報酬は高いとはいえない。2021年以降、報酬の計算式の非公開化や、ピーク料金加算の廃止などが発表され、配達員を取り巻く環境は一段と厳しくなった。
正規の報酬はアメリカと同程度であり、さらに日本ではチップの習慣が定着していない。日本のアプリでも任意でチップを支払えるしくみは導入されているが、あくまでユーザーの厚意まかせになっている。配達員のおかれた状況はアメリカよりも深刻と言えるだろう。
アメリカやカナダでギグワークの厳しさが問題となるなか、こうした北米の習慣と報酬体系をそのまま日本に持ち込んだ結果、日本のギグワーカーはより厳しい現状にさらされているといえそうだ。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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