一般道を時速194kmで走っても「高級輸入車」なら危険運転ではない…重大事故をめぐる理不尽な法解釈
プレジデントオンライン / 2023年5月5日 9時15分
■なぜ「無謀な速度違反」がなくならないのか
4月13日、下記のニュースが報じられました。
『9歳の女の子が死亡 一般道を速度100キロ超で走行か… スポーツカーの医師(36)を危険運転致死傷の疑いで書類送検』(RCC中国放送)
事故が起こったのは2022年6月18日午後8時すぎ。広島県福山市の交差点で、医師の男性(当時36)が運転するフェラーリと、交差点を右折してきた対向の軽乗用車が衝突。軽乗用車に乗っていた女児(当時9)が車外に放出されて死亡、運転していた女児の祖父と近くを歩いていた男性が重傷を負うという痛ましいものでした。
事故直後のTVニュースで激しく損傷した白いフェラーリの映像が映し出されたとき、「高速道路でもないのに、いったいどんな走り方をすればここまで車がつぶれるんだろう……」と感じたことを鮮明に記憶しています。
その後、防犯カメラやドライブレコーダーを検証した結果、医師の男性は一般道にもかかわらず、時速100キロ以上の高速度で走行していたことが明らかになりました。
■「危険運転致死傷罪」の高すぎるハードル
記事によると、警察は、男性医師が「進行を制御することが困難な高速度で車を走行させ、軽乗用車の右折を妨害する目的で交差点に進入して事故を起こした疑いがある」とし、事故から10カ月後、医師の男性を危険運転致死傷の疑いで書類送検したというのです。
しかし、危険運転致死傷罪で送検されたからといって、検察官が同罪で起訴するとは限りません。
「令和4年版 犯罪白書」によると、危険運転致死傷罪の起訴率(令和3年)は年間の総数479件に対して起訴率は77.8%(339件)でした。つまり、警察が危険運転致死傷罪で送検しても、検察は4~5件に1件、同罪での起訴を見送っていることになります。
また、危険運転致死傷罪で起訴されたとしても、裁判官が判決で「(危険運転には当たらず)過失」と判断するケースも十分にあり得るのです。
ここ数年、同様の事故を取材してきましたが、法定速度の2倍、3倍という超高速度で走行中に死亡事故を起こしても、単なる「過失」(つまり不注意)と見なされることに、遺族からは数多くの疑問の声が上がっています。
この問題を野放しにしたままでいいのでしょうか。
■「進行を制御することが困難な高速度」というあいまいな条文
交通事故を起こし、その結果、相手を死亡させると①「過失運転致死罪」か、それより刑が重い②「危険運転致死罪」に問われることになります。
①過失運転致死罪:7年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金刑
②危険運転致死罪:1年以上の有期懲役刑(最大20年)
(飲酒運転など、他の罪と併合加重されると、最高で30年の懲役刑を言い渡される場合も)
②は、飲酒運転や赤信号無視、大幅な速度オーバーなど、悪質な交通違反による事故の厳罰化を訴える遺族らの訴えを受け、2001年の刑法改正で導入されました。しかし、被害者や遺族の苦しみは一向に癒えることはありません。
※参考 自動車運転処罰法
(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
1) アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
2) その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
3) その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為
4) 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
5) 車の通行を妨害する目的で、走行中の車(重大な交通の危険が生じることとなる速度で走行中のものに限る。)の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転する行為
6) 高速自動車国道又は自動車専用道路において、自動車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転することにより、走行中の自動車に停止又は徐行をさせる行為
7) 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
8) 通行禁止道路を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
「危険運転」とみなされる速度違反について、条文を見てみると「進行を制御することが困難な高速度」と記されているにすぎません。
具体的にどんな道で、何キロオーバーすれば「危険運転」になるのかについては明記されておらず、司法の判断は法改正から22年経過した今も大きく揺れています。
■時速140キロ超で一般道を走って「過失運転」になる異常
危険運転致死傷罪の解釈をめぐって大きな注目を集めた交通事故裁判があります。
事故は2018年12月、三重県津市の国道で起きました。
ベンツ(排気量約3500cc)を運転していた元会社社長(当時58)が、直線道路を時速146キロで走行。国道沿いの飲食店から中央分離帯の開口部に向かって横断していたタクシーの右側に衝突し、タクシーの男性運転手と乗客3人を死亡、1人に大けがを負わせました。
三重県警は元会社社長を自動車運転死傷処罰法違反(危険運転致死傷)の疑いで逮捕。その後、検察は「危険運転致死傷罪」で起訴し、懲役15年を求刑。さらに、危険運転が認められなかった場合の予備的訴因として「過失致死傷罪」を追加し、懲役7年を求刑していました。一方、被告側は「本件事故はあくまでも過失運転である」と主張し、執行猶予を求めていたのです。
2020年6月16日、津地方裁判所が被告に言い渡したのは、「過失致死傷罪」で懲役7年という判決でした。これは、同罪としては最も重い刑罰です。しかし、この判決に対して、検察側、被告側双方が不服として控訴。審理は名古屋高裁で続けられました。
■遺族「本当にありえない判決です」
そして、2021年2月17日、名古屋高裁(堀内満裁判長)が下したのは「控訴棄却」の判決でした。判決文には次のように記されていました。
「制限速度60km毎時の一般道を時速約140kmを超える高速度で、しかも頻繁に車線変更を繰り返し、ほかの車両の間隙を縫うように走り抜けるという、公道である本件道路をあたかも自分一人のための道路であるかのごとき感覚で走行するという身勝手極まりない被告人の運転が常識的に見て『危険な運転』であることはいうまでもない」
しかし、「危険運転致死傷罪」を適用しなかった理由については、こう述べられていました。
「衝突時の被告人車両の速度、被告人車両の構造・性能、本件道路の状況などを踏まえてみても、被告人の行為が、法2条2号の進行制御困難高速度に該当するとはいいがたく、本件で危険運転致死傷罪の成立を認めることは困難である」
進行制御困難高速度に該当するとはいいがたく……、まっすぐ走れていてれば時速146キロの無謀な運転でも「危険運転」の罪に問えないのでしょう。名古屋高裁は過失致死傷罪で懲役7年とした一審の裁判員裁判の判決を支持し、判決は確定しました。
この事故で、結婚を目前に命を奪われた大西朗さん(当時31)の母・まゆみさんは、悔しさをにじませます。
「本当にありえない判決です。あのような運転が危険運転でないというのなら、いったい何を危険運転というのか……。判決確定から2年が経ちましたが、今も納得することができません」
■過失運転の理由は「衝突するまでまっすぐに走れていた」から
このほかにも、制限速度を大幅にオーバーした高速度での死傷事故は枚挙にいとまがありません。私が最近、取材・執筆した最近の記事からいくつか挙げてみます。
※一般道で時速157キロ、6人死傷事故になぜ執行猶予? 息子亡くした遺族の悲憤(2022.7.22)
この事故は、2021年7月24日午後10時10分頃、当時18歳だった専門学校生の被告が自分の車に友人5人を乗せて買い物に行く途中、一般道で時速157キロ出し、橋の欄干に激突。欄干のポールが車に2本突き刺さり、後部座席に乗っていた少年(18)が死亡、被告を含む5人が重軽傷を負うというものでした。
遺族や被害者は「危険運転」で起訴するよう訴えましたが、検察は「衝突するまでまっすぐに走れていた」という理由で、過失運転致死罪で起訴。結果的に懲役3年執行猶予5年の判決が下されています。
■「悪質かつ重大」でも過失運転になる
また、埼玉県鴻巣市で2019年に起こった以下の事故も、免許取りたての18歳の少年による暴走事故でしたが、「過失」で処理されました。
※【4人死傷】無謀運転の少年に奪われた命 日本も初心者ドライバーに法規制を(2021.5.10)
この事故では、少年が車に3人を乗せ、制限速度40キロの道を時速118キロで走行。危険を感じた同乗者らは「事故るだろ、やめろ!」などと叫びましたが、少年はアクセルを踏み続け、対向車を避けるために大きくハンドルを切ったことで車はガードレールを乗り越えて縦回転し、前方に停車していた重機に突き刺さった状態で停止したのです。
後部座席に乗車していた同乗者の一人は頭部および顔面を半分欠損し、即死。もう一人は重症頭部外傷で意識不明の重体でしたが、その後、死亡しました。
さいたま地裁の田尻克巳裁判長はこの事故について「単なる不注意ではなく無謀運転の結果であり、過失は悪質かつ重大」としながらも、過失運転致死罪で懲役2年(求刑懲役4年)の判決を言い渡しました。
結果的にこの事故も「危険運転」には問われなかったのです。
■遺族の声が検察を動かした事例も
検察が過失運転致死罪で起訴した被告を、裁判の途中で危険運転致死罪に訴因変更するケースは極めてまれです。しかし、遺族らの声が検察を動かすこともあるのです。
2021年2月、大分市内の県道交差点で、直進していたBMWが、右折する車と衝突する事故が起きました。BMWを運転していたのは当時19歳の少年です。衝突直前のスピードは時速194キロで、法定速度(時速60キロ)の3倍を超えていました。この事故で右折車を運転していた50代男性はシートベルトをしていたのに車外に放り出され、死亡しました。
大分県警は、元少年の運転が、危険運転致死罪の適用要件である「制御困難な高速度」に当たると判断して、事故から2カ月後に同容疑で書類送検しました。しかし検察は「過失運転致死罪」で起訴しました。
少年は「何キロ出るか試したかった」と供述していましたが、検察は「衝突するまでまっすぐに走れていた」、つまり「制御できていた」として「危険運転」と見なさなかったのです。
検察の判断に納得できなかった遺族は、「一般道で時速194キロも出した末に起こった事故を過失で処理するのはおかしい」と声を上げ、署名活動を展開しました。
多くのメディアも相次いで取り上げました。それを受けた地検は一転、「危険運転致死罪」に異例の訴因変更を行いました。これから裁判員裁判が開かれる予定です。
■法務省「速度のみをもってこの要件に該当するというものでもない」
速度超過による事故の問題については、国会でも何度か取り上げられています。しかし、現状はすぐに改善しそうにはありません。
昨年10月28日、衆議院内閣委員会では、緒方林太郎衆議院議員が、大分で起こった194キロ死亡事故を引き合いに出し、法務省にこう質問しました。
「一般道で、超高速運転する行為というのは、危険運転致死罪の『その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為』の構成要件に当たらないのか? どんなにスピードを出していても、前を正視してハンドルをきちんと握っていれば危険運転に当たらないと、そういうことなんでしょうか?」
これに対して、法務副大臣の門山宏哲氏は、「あくまでも一般論として」という前提で次のように答弁しました。
「『進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為』とは、速度が速すぎるため、道路の状況に応じて進行することが困難な状況で、自車を走行させるということを意味しているところでございますが、この要件に該当するか否かにつきましては、個別の事案ごとに証拠によって認められる事実、例えば、車両の構造性能、具体的な道路の状況、すなわち、カーブ、道幅など諸般の事情を総合的に考慮して判断されるものと承知しております。したがいまして、進行方向を正視してハンドルをきちっと握っていた、それだからと言って、およそこの要件に該当しないというわけではない、一方、運転する自動車の速度のみをもってこの要件に該当するというものでもない、そのように認識しております」
*筆者注:上記国会中継については、「衆議院インターネット審議中継」のサイト(発言者/緒方林太郎議員をクリック)から視聴できます。
■BMW、ベンツなら速度超過は許されるのか…
このときの副大臣の答弁の中に、気になる文言がありました。それは「車両の構造性能」という言葉です。例えば、直進安定性の高い高性能のスポーツカーが、直線道路をまっすぐに走行していれば、かなりの高速度であっても「危険運転」とはみなされない可能性がある、ということになるのでしょうか。
ちなみに、本稿で取り上げた超高速度による5つの重大事故のうち、3件は、フェラーリ、BMW、ベンツが加害車両でした。いずれもスピードメーターは250キロ以上刻まれている欧州製の高級輸入車で、その速度でも十分に走行できるポテンシャルを備えています。
しかし、どれだけ「車両の構造性能」が高くても、日本の狭い一般道を制限速度の2倍も3倍も出して走る行為は、「危険」ではないのでしょうか。
何より、対向車や合流してくる他車、歩行者などを避けられなかったということは、結果的に、『進行を制御することが困難な高速度』だったと言うことはできないのか……。
警察庁交通局が発表した「速度規制の見直し状況と課題」(2013)によれば、「法令違反別交通死亡事故件数」は、最高速度違反の数が6番目となっていますが、死亡事故率でみると、最も高くなっています。つまり、速度が高いということは、万一の事故が起きたとき、それだけ致命傷を与えるリスクが高いということです。
■無謀な運転を「過失」で済ませてはいけない
また、「速度規制の見直し状況と課題」では、速度超過の危険性を示す以下のようなデータも公表されています。
●規制速度超過の死亡事故率(4.70%)は、規制速度内(0.40%)の約12倍
●規制速度超過がなかったとすれば、1181件、約3割の事故は死亡事故に至らず。
制限速度を大幅に上回る超高速度による事故の被害者遺族は、「過失」という軽い処罰に対する疑問と怒りを払拭することができないまま、司法の判断に苦しみ続けています。
「進行を制御することが困難な高速度」とはどう判断されるべきなのか、実態に即した解釈が事故抑止につながるよう、運用されるべきではないでしょうか。
そしてハンドルを握る私たちは、制限速度を守るということがいかに大切か、いま一度認識すべきです。
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ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故、死因究明、司法問題等をテーマに執筆。主な作品に、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)、『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、『開成をつくった男 佐野鼎』(講談社)、『家族のもとへ、あなたを帰す 東日本大震災犠牲者約1万9000名 歯科医師たちの身元究明』(WAVE出版)、また、児童向けノンフィクション作品に、『泥だらけのカルテ』『柴犬マイちゃんへの手紙』(いずれも講談社)などがある。■ウェブサイト
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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)
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