一気に「働かないおじさん化」が進む…役職をはぎ取られた50代社員を襲う"無言の圧力"【2022編集部セレクション】
プレジデントオンライン / 2023年5月5日 18時15分
■「自分がここにいること自体“お荷物”なのか?」
「よっし! 新天地で、心機一転がんばろう!」と、不本意な異動であっても、“それはそれ”と受け止める。「どうせ、片道切符だから」「どうせ、ライン外されちゃったから」とグレるのではなく、「もうひと踏ん張りがんばろう」と、自らを奮い立たせ、いざ出陣!
ところが……、新天地は想像をはるかに超えた“完全アウェー”だった。そんなとき、あなたなら、どう対処するだろうか。
「あれこれ試してみたんですが、ダメですね。っていうか、客観的に見ると、私も何もしていないと思われているんじゃないかって。私がここにいること自体がお荷物なのか? って。周りとか関係ないと思えば思うほど、気になってしまうんです」
こう切り出したのは、某大手企業に勤めていた白木さん(仮名)、50代の男性である。
■役職定年、出向、そして…
白木さんは昨年、系列会社に出向になった。役職定年して、1年後の出来事だった。片道、格安切符の辞令に、「ついに用無しか……」と落胆する一方で、「新天地はリセットするきっかけになる」と、決意を新たに意気込んだ。
ところが、がんばれどがんばれど手応えがない。自分に注がれる周囲の“まなざし”に自尊心が揺らぎ、真っ暗闇の回廊に入り込んでしまったという。
「50歳の働き方」が問われる今、今回は「“まなざし”の正体」について考えてみたい。
まずは白木さんの独白からお聞きください。
■待っていたのは露骨な「排除」
関連会社異動の辞令が出たときはショックでした。人事部長は「営業を強化したいので、これまでの経験を生かしてください」と言うけれど、実際には「うちの会社にアナタの居場所はない」という最後通告です。
何も悪いことしたわけじゃないのに、悔しいというか、怒りというか。でも、その一方で、人事部長の言葉にすがる自分もいました。
この1年間は屈辱の連続でしたからね。以前は、メールをチェックするために早めに出社したけど、役職を外れると、メールのCCからも外されるんですよ。結構、ひどいでしょ。露骨ですよね。
社外の人に連絡する事案もない、会う約束もない。今日中にやらなきゃいけない仕事もないし、会議もありません。
なので、出向はリセットするチャンスだと、不思議とそう思えたんです。
河合さんのコラムに、50歳の最大の武器は暗黙知だって書いてあったので、それに背中を押されたんです。自分が長年培ってきた知見を新天地で最大限に生かそう。よっし、やってやろう! って、意気込みました。
■「もう、心が折れそう…」
ところが異動してみると、現実はそんなに甘くなくて。営業強化って言われていたのに、実際は事業を縮小させるのが私の役目でした。不採算部門をなくして、人減らしをすることも期待されたんです。
でも、これ以上会社の言いなりになりたくなかった。なので、必死で争いました。どうにか結果を出して、事業縮小をとどまらせてやろうと思ったんです。
社内には、グループ会社から追いやられた社員や、役職定年で現場に舞い戻った人がかなりいたので、まずは、彼らのモチベーションを上げることから始めようと、責任ある仕事をまかせてみたりしました。彼らに危機感を持ってもらいたかったので、話をする機会も積極的につくりました。
自分ではあれこれ手を尽くしたつもりです。なのに、まったく手応えがない。50過ぎた人たちは、そう簡単には変わりません。想像以上に手強かった。私に敵意をむき出しにする人もいましたし、面談にすら応じてくれない人もいてね。
で、ふと思った。
あれ? ひょっとすると、私も彼らと同じなのか? って。自分ではあれこれやっているつもりでも、客観的に見ると、何もしていないと思われてるんじゃないかって。私がここにいること自体がお荷物なのか? って。
周りとか関係ないと思えば思うほど、気になってしまって。もう、心が折れそうです。
■よみがえる「追い出し部屋」の記憶
やる気満々だった白木さんを苦しめている“まなざし”──。
それは、社会に根深く刷り込まれた「50歳過ぎたら用無し」と言わんばかりの空気感だ。
追い出し部屋──。陰湿さとやるせなさが漂うその“部屋”の存在が、大々的に報じられたことを覚えているだろうか。
今から10年以上前の2012年の年の瀬。大手全国紙に、当時赤字にあえいでいたパナソニックグループの中に「従業員たちが『追い出し部屋』と呼ぶ部署がある」という文言で始まる記事が掲載された。
当時の私のメモによれば、「100台ほどの古い机とパソコンが並ぶがらんとした室内に、様々な部署から正社員113人が集められ、退職強要とも受け止められる“業務”を課せられている」といった、企業の卑劣なやり方が、その記事には記されていた。
■希望・早期退職の名を借りた「リストラ」
会社側は、「新たな技能を身につけてもらい、新しい担当に再配置するための部署。会社として退職を強要するものではない」(広報グループ)と説明したものの、集められた社員の中には、「希望退職するか異動を受け入れるか」の二者択一で配属されたケースもあった。
似たような部署は、ソニーグループ、NECグループ、朝日生命保険などにもあり、「企業開拓チーム」という名目の下、自分自身が社外での自分の出向先を見つけることを「業務内容」としている会社もあったという。
この報道は新年早々話題となり、社会問題に発展。大手電気メーカーや上場企業が、希望・早期退職の名を借りた「リストラ」に踏み切り、募集人数も爆増しているとして社会に衝撃が走り、連日メディアに取り上げられることとなった。
■企業批判がいつしか「働かないおじさん」批判に
あの頃の社会にはまだ、企業の卑劣なやり方を戒める空気があった。会社に尽くした社員に、なんてひどいことをするんだ! と。
2008年に発生したリーマンショックの影響を受けて、同年暮れには日本で派遣切りが多発した。複数のNPOなどが日比谷公園(千代田区)に、生活困窮者が年を越せるように「年越し派遣村」を開設するなど大きな騒動となった。その余韻も残っていたため、「今度は正社員まで切るのか!」という怒りが、社会全体で共有された。
しかし、そのうちだんだんと、企業側の問題が働く側の問題にされ、ついには「働かないおじさん」という辛辣(しんらつ)かつ失礼な言葉が飛び交うまでになった。
「仕事が残っていても平気で、『もう時間なんで』って帰るんですよ!」
「『そんなにお金もらってないもんね?』って開き直って、仕事拒否するのもムカつきます!」
「こんなこと、なんで俺がやるんだとか、不満ばっかり。もう、やめてほしい!」
「ずっと隣で居眠りされるのも、嫌になりますよ!」
「うちのシニアはコミュニケーション拒否!」
これまで私がインタビューした人たちからは、繰り返しシニア社員批判を聞かされた。
■50代への厳しい“まなざし”
むろん、私とて、周りを困らせる幼稚なおじさんたちがいることを否定するつもりはない。
しかし、特定の集団に対するネガティブなイメージが、長い時間をかけてじわじわと社会に根づくと、そこに差別や偏見が生まれ、結果的に“集団隔離”につながっていく。
やる気満々だったはずの白木さんもまた、50代への厳しい“まなざし”による「ステレオタイプ脅威(Stereotype Threat)」で心を痛めつけられてしまったといえる。
ステレオタイプ脅威とは、「自分と関連した集団や属性が、世間からネガティブなステレオタイプを持たれているときに、個人が直面するプレッシャー」と定義され、その脅威にさらされた人は不安を感じ、自分自身もそれをみずからの真の姿だと考えるようになる。
このようにしてステレオタイプが内面化してしまうと、自尊心が低下し、自分への期待値を下げ、自己不信などを引き起こして、その能力や性格にまでダメージを与えることがわかっている。
■何が「働かないおじさん」をつくるのか
たとえば、「女性は数学が苦手だ」というステレオタイプによって、実際に女性の数学の成績が落ちることは多くの実験で確かめられているし、「年寄りは物忘れがひどい」というステレオタイプは、本当に老人の記憶力を低下させる。「50代は高い給料もらっているくせにモチベーションが低い」というステレオタイプもまた、おじさんのやる気を低下させる。
「周りから何も期待されていない」「経験を話すと自慢だと勘違いされる」「余計なことしてくれるなと思われている」などと、みずから“働かないおじさん化”していくのだ。
しかも、「ステレオタイプ化」には伝染力がある。「働かない、やる気のないおじさん」に囲まれた環境に身を置くと、その人まで働かないおじさん化が加速するという、リアルな現象も起こる。
追い出し部屋とは、いわば「働かないおじさん製造機」のようなものだし、役職定年者が溢れる現場の伝染力もかなり深刻である。
■社会のまなざしが人間を狂わせる
なんとも解せない話ではあるが、私たちの言動の多くは、社会のまなざしという得体の知れない空気に操られている。自分の能力だと信じているものでさえ、他者が深く関係しているのだ。
しかも、“まなざし”は実に厄介な代物で、「自分をほかの奴らと一緒にするな! ステレオタイプが間違いであることを証明してやる」と過剰に意気込むと、かえって能力をうまく発揮できなくなる。
とりわけ、孤軍奮闘を余儀なくされる状況下では、視野狭窄(きょうさく)に陥り、ストレスが蓄積され、心身ともに疲弊し、望ましい結果が出せず、ネガティブスパイラルに入り込んでしまいがちだ。
まなざしの圧は、私たちが想像する以上に強い。「働かないおじさん」という一見、ソフトな言葉の裏側には他者の心を傷つける“刃”が内在しているのだ。
「地獄とは他人」と説いた哲学者のサルトルは、“社会のまなざし”をregardと名づけ、権力関係を含む概念を展開した。つまり、まなざし=regardとは明らかな権力であり、優位に立つ者が、劣位な者に対し「あなたは私より下だ!」とみなす悪質なメッセージといえよう。
■「半径3メートル世界」を取り戻す
冒頭の白木さんは、1人でがんばりすぎた。彼が争っていたのは、会社ではなく、社会の“まなざし”だったのではないだろうか。
「会社の言いなりになってたまるか」と、怒りを前に進むエネルギーに転換する前に、私の言うところの「半径3メートル世界」を充実させることから始めればよかった。
「会社」という主語で「私」を語るのではなく、「半径3メートル世界」の「私」として主体的に動くことは、「社会のまなざし」への最良の対処になる。
若い世代には、「仕事に役立つ情報」を惜しみなく伝えればいい。同世代でくすぶっているおじさん社員とは、50代の生きづらさについて語り合うだけでもいい。
「ちょっといい?」と声をかけられる距離(=半径3メートル世界)の人間関係を充実させれば、他者は白木さんにまなざしを注ぐ存在から、白木さんに「傘を差し出してくれる」存在に変わっていく。
半径3メートル世界は、社外にもある。自宅でたまには妻の家事を手伝ってみたり、マンションですれ違う人に挨拶してみたり。通勤途中で、ミンミン鳴いているセミの鳴き声に夏の終わりを感じたり、道端の名前も知らぬ花に感動してみたり……。
遠くばかり見ていたのを近くに視線を移すと、意外に楽しい世界が広がっていることに気づかされるものだ。
■50代、腐るのはまだ早い
そうやって、半径3メートル世界が充実してきてから、新しい人生の第一歩を踏み出しても決して遅くはない。「3メートル以内」だけでなく、「3日以内」くらいの感覚で、「今」を楽しみ、幸せを感じ、仕事も自分のマックスの能力から「3割減」くらいの気持ちで取り組めばいい。
焦らなくても大丈夫だ。だって、案外、自分が気にするほど周りは「あなた」のことなど見ていないし、気にもしてない。
後ろを振り向けば、きっと「あなた」に励まされている人々の笑顔が見えるはず。
腐るな50代!
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健康社会学者(Ph.D.)、気象予報士
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。著書に『残念な職場』(PHP新書)、『他人の足を引っぱる男たち』『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』(プレジデント社)などがある。
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(健康社会学者(Ph.D.)、気象予報士 河合 薫)
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