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「爪痕を残す」「食べ歩き」「悲喜こもごも」…NHKも判断に悩む「誤用が当たり前」になっている表現4つ

プレジデントオンライン / 2023年5月10日 10時15分

イラスト=德永明子

大勢の人にいちばん伝わりやすい日本語とはどんなものか。NHK放送文化研究所の「用語班」は、全国の放送局からのことばの問い合わせに答えている。その名回答をまとめた書籍『NHKが悩む日本語』(幻冬舎)より、一部を抜粋して紹介する――。(第1回)

■「爪痕を残す」は「印象付ける」という意味ではない

【爪痕を残す】
Q.最近、「爪痕を残す」を良い意味で使う人がいますが、悪い意味のときに使う表現ではないのですか?
A.「爪痕を残す」を、「印象付ける」といった意味で使う人がいますが、「おかしい」と感じる人もいるので注意が必要です。

「爪痕」について、『大辞林第四版』(三省堂)は、「(1)爪でかいた傷あと。(2)災害や事件などが残した被害のあと」という2つの意味を載せています。「爪痕を残す」という表現は、「今回の台風は、県内の農業に大きな爪痕を残した」というように、ニュースでも使われます。この場合の「爪痕」は、「災害や事件などが残した被害のあと」という意味です。

しかし最近では、「爪痕を残す」を「印象づける」「成果をあげる」といった良い意味で使う人もいます。「この大会で爪痕を残して、自分をアピールしたい」「今回の出演で、爪痕を残すことができた」といった発言を、スポーツ選手や芸能人がするのを聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。

このような「爪痕を残す」の使い方について、一般の人たちがどう感じているか、NHKで調査しました。

■年齢が高くなるほど「おかしい」と感じる人が増える

すばらしい演技をした場合に、「今回の出演で爪痕を残すことができた」と表現することについて、どう思うか聞いたところ、「おかしい」と答えた人が全体の40%、「おかしくない」が37%、「どちらともいえない」「わからない」が、あわせて23%でした。

これを年代別で見てみると、20代では「おかしい」が18%と割合が低く、「おかしくない」が62%だったのに対して、50代では「おかしい」が49%、「おかしくない」が33%でした。

「今回の出演で爪痕を残すことができた」という表現についての各世代の回答
「今回の出演で爪痕を残すことができた」という表現についての各世代の回答(出所=『NHKが悩む日本語』)

このように「爪痕を残す」を良い意味で使うことについては、年齢によっても受け止め方が異なる傾向があり、若い人に比べて、年齢が高い人のほうが「おかしい」と感じる人が多いことがわかります。「爪痕を残す」は、もともとは、災害などに使われることが多いことばです。使う場面を間違えると、「変な“爪痕”を残してしまった……」と後悔してしまうかも。気をつけましょう。(中島沙織)

■「歩きながら食べる」は「食べ歩き」ではない?

【食べ歩き】
Q.最近、「歩きながら食べる」の意味で「食べ歩き」を使っている例をよく耳にします。正しい使い方でしょうか?
A.「食べ歩き」は、本来は「土地の名物料理やめずらしい食べ物などをあちこち食べてまわること」(『日本国語大辞典第二版』小学館)の意味で使うことばです。
歩いてホットドッグを食べながら一緒に時間を楽しむ若い幸せなスタイリッシュな女性のトリミングされた頭の肖像画
写真=iStock.com/YakobchukOlena
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/YakobchukOlena

「食べ歩き」は、本来、右記の辞書にあるような意味で使われるのが一般的です。旅行雑誌やテレビの旅番組でも、「食べ歩きの旅」などがたびたび特集されますし、観光地でよく見かける、いわゆる「食べ歩きマップ」(おすすめの飲食店を地図にしたもの)は、観光客になるべく多くの店で地元の味を楽しんでもらうためのアイデアとして定着しています。

こうした使い方の「食べ歩き」は、一般的には「あちこちの店で食べて歩くこと」だと考えてよいでしょう。

もともと「食べ歩き」は、複合動詞「食べ歩く」が名詞になったものです。「食べ歩く」は、「食べる+歩く」と捉えることができますが、日本語の複合語では、「うしろに来るほう(太字部分)が主要部である」という原則があります。つまり、この場合は、「歩く」が主要部となり、焦点が「歩くこと」に当てられているため、意味は「あちこちの店で食べて歩きまわること」になるのです。

■「歩きたばこ」とは用法が違う

例えば、「歩きながらたばこを吸うこと」は、「たばこを吸うこと」に焦点が当たっているので「歩きたばこ」になりますし、「立ち読み」「立ち食い」なども「立ったまま読む」「立ったまま食べる」と、うしろに来る動詞である、読むこと、食べることに焦点が当たっています。

しかし、最近、街なかやイベント会場などで、テイクアウトして歩きながら食べられるスナック類やお菓子が注目され、「食べ歩きにおすすめのスナック」などと言われることがあります。ここでなされている行動は「歩きながら食べる」ということであり、焦点が「食べる」ことにあると考えれば、「歩き食べ」とでもすべきところでしょう。『日本国語大辞典第二版』を調べると、本来の「食べ歩き」「食べ歩く」ということばについては、戦前・戦中に使われた用例が載っています。

『NHK日本語発音アクセント辞典』(NHK出版)には、1985年発行版に初めて立項され、旅やグルメの特集記事や番組を通して、すっかりおなじみのことばとなりました。そして現在、昔は行儀が悪いと敬遠された「歩きながら食べること」が一つのスタイルとして流行するのに合わせて、耳慣れている「食べ歩き」に新しい意味を持たせて使うようになったのでしょう。

観光地によっては、従来の「食べ歩き」をすることは歓迎しつつも、衛生面の配慮から「歩きながら食べること」(つまり「歩き食べ」)は禁止しているところもあります。やむを得ず新しい意味でこの語を使うときは、誤解や混乱を招かないように、言い添えや前後の文脈を工夫することが必要です。(滝島雅子)

■「明暗を分ける」と同じ意味だと思っている人も

【悲喜こもごも】
Q.選挙や、入試の合格発表のニュース番組で「(当選した人、落選した人)(合格した人、不合格だった人)、悲喜こもごもです」などと伝えることがあります。このような場合には、「悲喜こもごも」という言い方はしないのではないでしょうか。
A.そのとおりです。「悲喜こもごも」は、一人の人間の心境について用いるのが伝統的語法です。複数の人たちの感情・心境について同時に言う場合には「悲喜こもごも」は使いません。

「悲喜こもごも」は、喜びと悲しみが一度にあるいは交互に訪れた一人の人間の心境について用いるのが伝統的な語法です。

×(試験に)合格した人、不合格だった人、悲喜こもごもの光景でした。
×(選挙に)当選した人、落選した人、悲喜こもごもでした。

右記のように、喜ぶ人や悲しむ人が入り交じっている様子を「悲喜こもごも」と表現するのは本来の言い方ではありません。このような場合には、「明暗を分ける」「喜ぶ人、悲しむ人、いつもながらの光景(情景)……」などといった言い方があります。

■「悲しみと喜びが入り乱れる」という意味ではない

この語の誤用が目立つためか、国語辞典の中には語釈の後に「補説」として次のように記しているものもあります。〈一人の人間が喜びと悲しみを味わうことであり、「悲喜交々の当落発表」のように「喜ぶ人と悲しむ人が入り乱れる」の意で使うのは誤り。〉(『大辞泉第二版』小学館)

フィールドで白い服を着た美しい長い髪の女の子の肖像画
写真=iStock.com/Galina Zhigalova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Galina Zhigalova

私も新人記者時代に、ある地方都市で初めて高校の入学試験の合格発表を取材した際、「発表の掲示板を見て、飛び上がって大喜びする者、ガックリと肩を落として立ち去る者、いつもながらの悲喜こもごもの光景でした。」と原稿を書いたら「この書き方は間違っているぞ」と上司に叱られたことがあります。(豊島秀雄)

■「通り一辺倒」は二つの言葉が混ざっている

【通り一遍倒】
Q.「選択肢は“通り一辺倒”ではないんだ」という表現はおかしいですか? 言いたいのは「選択肢は一つではない」という内容です。
A.この表現には2つ問題点があります。まず、「通り一辺倒」という言い方についてです。これは、「通り一遍(※1)」と「一辺倒」ということばがまざってしまったものでしょう。また、言いたい内容から考えると、「通り一遍」も「一辺倒」も使わず、「選択肢は一つではない」でいい場面です。

「通り一辺倒」を、インターネットで検索すると「通り一辺倒な対応」「通り一辺倒なボディーソープ」などの例が見られます。「うわべだけの」または「ふつうの」というような意味合いで使われているようです。「うわべだけの」という意味から考えて、「通り一遍」ということばを間違えて、響きが似ている「一辺倒」とまぜて使ってしまっているのではないでしょうか。

「通り一遍」は、「通り」の「通行・通過」という意味に、「一回」「一度」という意味の「一遍」が結びついた語です。もともと、「通りがかりに立ち寄った客で、平素からの馴染(なじみ)でないこと」(『日本国語大辞典第二版』)という意味の語でした。これが「うわべの形だけであること」に転じたものです。

一方、「一辺倒」は、一つの辺に片寄るということから、ある一方だけに傾倒することという意味で使われます。例えば、「洋酒だけを飲む」というような場合に「洋酒一辺倒」などと使います。

(※1)NHKの表記は「通りいっぺん」。本項の説明では、語の意味を伝える必要があるため漢字表記とした。

■別の言葉に言い換えたほうが伝わりやすい

このことばは、戦後になって使われるようになった語で、『新明解語源辞典』(三省堂)に次のように説明されています。

昭和24年(1949)7月に、毛沢東が発表した論文中に「要向社会主義一辺倒」とあったことから、北村徳太郎(芦田均内閣の蔵相)が、国会で「共産党は向ソ一辺倒、政府は向米一辺倒である。中立こそ大事なのではないか」と質問演説。それが契機となって、「一辺倒」が昭和25年の流行語となった。なお、「一辺倒」は12世紀中国の「近思録」の文をもとにしているといわれる。
NHK放送文化研究所『NHKが悩む日本語』(幻冬舎)
NHK放送文化研究所『NHKが悩む日本語』(幻冬舎)

「通り」には「通行・通過」のほかに、「人や車が通るための町なかの道」「声、音が伝わること」「それと同じ道筋をたどる、または同じ状態であること」などの意味があります。しかし、「一辺倒」は、どの意味の「通り」に結びついても意味をなしません。やはり、「通り一辺倒」は誤った表現と言えるでしょう。

では、質問にある「選択肢は一つではないんだ」という意味のことを言う場合、「通り一遍」と「一辺倒」の、どちらを使えばいいのでしょうか。

それぞれの語の意味を考えると、どちらの語でも意味がとおりません。どちらも使わずに「選択肢は一つではない」または「いくつもの選択肢がある」などと言いかえると意味が伝わりやすくなります。(山下洋子)

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NHK放送文化研究所(エヌ・エイチ・ケイほうそうぶんかけんきゅうじょ)
1946(昭和21)年、世界に類を見ない、放送局が運営する総合的な放送研究機関として設立。放送に関する調査研究や、デジタル時代のさまざまな分野の調査研究に取り組んでいる。略称は文研。

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(NHK放送文化研究所)

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