2040年までにガソリン車全廃は本当だった…ホンダが国内にバッテリー工場を新設する背景を解説する
プレジデントオンライン / 2023年5月9日 9時15分
■急速にシェアを伸ばす中国企業に対抗
4月28日、GSユアサ、本田技研工業、および両社の合弁企業であるブルーエナジーはプレスリリースを発表した。GSユアサとホンダは、今後のEV(電気自動車)戦略に必要なリチウムイオンバッテリー工場を国内に建設し、研究開発体制も強化する。事業規模は約4341億円に及ぶ。最大で1587億円を経済産業省が補助する。
電気自動車(EV)に搭載されるバッテリーの分野では、ここへきて中国企業の台頭が鮮明だ。中国では人件費が増加し、世界の工場としての地位も徐々に低下している。わが国をはじめ主要先進国企業にとって、中国企業のバッテリー部門での台頭は大きなリスク要因になることも考えられる。
そうしたリスクに対応するためにも、ホンダとGSユアサは国内の生産体制を共同で強化する。突き詰めて考えると、脱炭素に対応してバッテリーやEVなどの供給体制を強化するには、原材料の採掘、調達体制の強化も急務だ。
他の企業の参画も巻き込んで、両社の事業運営体制はさらに強化され、海外に展開していくことも考えられる。ホンダとGSユアサの連携強化は、多くの本邦企業に前向きな心理を与え、成長志向が高まる一つのきっかけになる可能性がある。
■パナソニックは世界トップ3から陥落
今回のホンダとGSユアサの連携強化の背景には、いくつかの要因がある。まず、世界全体で経済安全保障上の重要品目としてバッテリー(特に、車載用などの高容量バッテリー)の重要性は急上昇している。
世界の車載バッテリー市場では、もともとわが国のパナソニックが高いシェアを獲得した。その後、大気汚染問題や異常気象の問題が深刻化し世界全体で“脱炭素”への取り組みが強化されるにつれ、急速に中国企業が台頭した。象徴的な存在は寧徳時代新能源科技(CATL)だ。
2017年にCATLは、パナソニックを上回るシェアを獲得し世界トップの車載バッテリーメーカーに成長した。その後、韓国のLGエナジーソリューションや中国のBYDも車載用バッテリー市場での成長を目指して設備投資を積み増した。2022年、パナソニックは世界第4位に後退した。
■中国依存のままでは情勢変化に対応できない
問題は、台湾問題や半導体などの先端分野で米中の対立が先鋭化したことだ。米国は経済安全保障体制の強化のために半導体や人工知能など先端分野で対中規制や制裁を強化している。万が一、台湾海峡などで有事が発生すれば、中国に依存してきた資材調達は行き詰まるだろう。そうしたリスクに対応するために、ホンダとGSユアサはリスクを負担しあって国内でのバッテリー工場を建設する。
それは、わが国産業界にプラスの波及効果をもたらすだろう。わが国にはバッテリーの正極と負極の接触を防ぎ、リチウムイオンの透過を可能にするバッテリー部材(セパレータ)など素材分野に強みを持つ企業が多い。
それに加えて、本邦自動車メーカーの生産するEVに関しては韓国メーカーで問題になった発火問題は起きていない。そうした製造技術を用いて安心、安全な車載バッテリーや家庭、産業用の定置用バッテリーシステムを生産することは、世界の需要を取り込むことにつながるだろう。そうした観点から、経済産業省は両社のプロジェクトへの支援を決定した。
■2040年までの“ガソリン車全廃”へ本腰
今回の発表には両社の狙いもある。まず、2040年にホンダは、世界販売のすべてをEVとFCV(燃料電池車)にする計画だ。かなり野心的な目標といえる。ホンダは欧州の自動車生産から撤退し、国内でも工場の閉鎖を進めた。得られた資金は、米中、および国内での電動車の生産体制強化に再配分されている。
米国ではGM、LGエナジーソリューションとの連携が強化されている。中国ではCATLからバッテリーを調達する方針が示された。残るピースは、日本国内でのバッテリー調達体制強化だ。2020年にトヨタはパナソニックと車載用バッテリーメーカー(プライムプラネットエナジー&ソリューションズ)を設立した。
日産はバッテリー事業を中国企業のエンビジョンに売却した。日産はルノーからの譲歩を取り付け、対等な資本関係を実現して電動車事業の成長を加速させようとしている。世界の自動車メーカーの合従連衡や異業種との提携が加速する中、ホンダにとってGSユアサは、国内での車載用バッテリー生産とEVなどの販売(地産地消)、さらには輸出体制の強化に欠かせない。
■経営陣の決意はかなり強い
GSユアサは今回の合弁事業をきっかけに、ビジネスモデルの転換を加速させようとしている。同社は、エンジン始動時などに使う鉛蓄電池メーカーとして成長してきた。ただ、そうした事業運営体制を維持することは徐々に難しくなるだろう。中長期の目線で考えると、人口減少などによって国内の需要は縮小していく。
海外ではEVシフト、脱炭素の加速などを背景に高容量バッテリーの需要は増える。GSユアサにとって、高容量のバッテリーメーカーとしての業態転換は急務と化している。業態転換に必要なヒト、モノ、カネの負担を軽減しつつ、世界経済の環境変化にしっかりと対応するために同社はホンダを協業のパートナーとして選んだ。
環境変化への対応を進めるという点で、ホンダ経営陣の決意はかなり強い。加えて、ホンダは自主性を発揮するために海外企業との連携を強化した。そうした考えを取り込んでGSユアサは構造改革を加速させようとしているように見える。
![リチウムイオン電池](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/3/1200wm/img_d333331684eddec0bd6d3fe4aa92ba67321132.jpg)
■原材料の採掘エリアに拠点を置く企業も
ホンダとGSユアサは、業務、資本面で連携をさらに強化し、国際市場での成長を目指すだろう。要因の一つとして、環境規制の強化は大きい。4月25日、欧州連合は環境規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税を課す“炭素の国境調整”(国境炭素税などとも呼ばれる)を最終承認した。10月から、鉄鋼やセメントなどを対象に二酸化炭素(CO2)排出量の報告が義務付けられる。
中長期的に、車載用バッテリーなどの原材料の採取、製品の生産、廃棄・リサイクルまでのライフサイクル全体を通して排出されるCO2の報告(ライフサイクル・アセスメント)が義務化される可能性もある。
そうした展開に対応するために、原材料の採掘レベルから事業体制を構築する企業は増えている。例として、2024年からインドネシアで、韓国の現代自動車とLGエナジーソリューションはバッテリー生産を開始する予定だ。
今年3月、フォルクスワーゲンはカナダにEV用のバッテリー工場を建設すると発表した。リチウムなどのレアメタルの鉱脈を押さえる。そこに、二酸化炭素の回収、貯留、再利用などの技術を組み合わせる。このようにして中長期的に世界全体で直接投資は増えるだろう。
■日本の産業界全体の成長機運が高まる
その結果、社会インフラが発展途上にある新興国で再生可能エネルギーを用いた発電が増えることも考えられる。そうした需要の獲得を狙って直接投資に拍車がかかり、自動車やエネルギー、バッテリーなど多くの分野で企業間の競争はさらに激しさを増すだろう。
ホンダとGSユアサに求められることは、世界の競合相手に引けをとらない規模とスピード感で原材料の調達、バッテリーの生産体制などを強化することだ。そのために、アライアンス体制はさらに強化されるはずだ。
今後、ホンダとGSユアサ以外の企業がブルーエナジーに出資を行い、車載用バッテリーの生産能力や研究開発体制が強化される展開も考えられる。海外への技術流出などに留意しつつ、政府はそうした取り組みをより積極的に支援すべきだ。このように考えると両社による高容量・高出力なリチウムイオン分野への投資は、わが国産業界全体で先端分野への投資が積み増され、より高い成長を目指す機運が高まる呼び水になると期待される。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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