「東大秋入学」茂木健一郎さんと考える

プレジデントオンライン / 2012年8月9日 13時0分

世界の中で、東大はどの位置にいますか?(THE世界大学ランキング2011-2012より。棒グラフは、東大の評価内訳)

東京大学が4月入学を改め、9月の秋入学へ全面移行すると発表した。実施時期は5年後をメドとしており、現在検討会議を設置、本年度中に具体的な工程を作成するとしている。

現在も、一部秋入学を導入している大学はあるが、全学部の秋入学を、しかも東京大学が実施するというニュースは関係者を驚かせた。もし大学の入学時期が秋になれば、小中学生を持つ親にとっては、受験のみならず、その後の就職にも響いてくる問題だ。東大は他大学や産業界との連携も呼び掛けており、今後の動向に目が離せない。

そもそもなぜ今、秋入学なのか。これから受験を迎える子供やその親は、何をすべきなのか。自身も東京大学で物理学と法学を修め、近年、東大をはじめとする日本の大学制度や新卒一括採用に関して提言を行っている脳科学者の茂木健一郎氏に話を聞いた。

「東大の秋入学。僕は大賛成です。ぜひやるべきだし、今やらなくては東大の長期的没落は避けられないと思います。これまで東大が日本の近代化を担ってきたのは間違いない。でもそのブランド価値は近年、急速に下降しています。日本の中では依然『いい大学』でも、国際的な存在感は薄いんです」

それを裏付けるのが、世界大学ランキングだ。さまざまな国や機関が独自の査定方式で発表しているが、たとえばイギリスの高等教育専門誌『タイムズ ハイヤー エデュケーション』(以下、THE)が毎年発表しているランキングでは、2004年には世界第12位だった東大が、11年には30位まで下がっている。

「かろうじてまだアジアの中ではトップだとはいえ、すぐ後ろには香港大学(34位)やシンガポール大学(40位)が控えている。東大の先生方も、大学評価は『十分信頼に足るものではない』と言いながら、内心は戦々恐々としているはずです」

ランキングの査定項目の内訳を見てみよう。THEの場合、項目「教育」「研究」「国際性」「産業収入」「論文の影響力」の5つ。項目ごとに最高の評価を得た大学を100ポイントとして算出される。実は東大は「教育」や「研究」では高い評価を受けている。足を引っ張っているのは「国際性」だ。留学生比率や外国人教員率が低く、同じアジアの大学でも、34位の香港大学の国際性が83.7ポイント、40位のシンガポール大学が93ポイントであるのに対し、東大は23ポイントしかない。このままでは「アジアトップの大学」という地位も危うい。

■在学中に留学する東大生は、わずか1%強

問題は大学としての立場だけではない。学生の質、ひいては日本の国力にも関係してくる話だ。東京大学憲章は、「市民的エリート」の育成をうたってい る。現代の「エリート」とは、グローバルに活躍できる人材のこと。当然、産業界も大学側がそのように学生を養成することを望んでいる。

しかし現状は難しい。東京大学の学部生向けのアンケート(※)によると、58.6%の学生が「留学プログラムの機会の充実」を望んでいるにもかかわらず、実際に長期留学を実現しているのはわずか1.6%。これでは「市民的エリート」の育成はおぼつかない。

「東大は明治期に欧米の最先端の学問を輸入するために創設された機関です。当初はラフカディオ・ハーンをはじめ、外国人講師が直接英語で講義を行っていま した。ところが夏目漱石が東大で教え始めた頃から、日本人教師の比率が増え、学問の日本語化が進んだ。おかげで日本は母国語であらゆる学問を論じられる特 異な国となりましたが、同時に学生の語学力は低下し、英語で直接学問の最先端にアクセスする能力が失われたんです」

■英語入試がTOEFLになるかも!?

茂木健一郎●脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授。1962年、東京都生まれ。東京大学理学部、法学部卒業。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心の関係を研究。

東大はあらためて、学内の国際化を望んでいる。秋入学はそのための第一歩なのである。より多くの日本人学生が海外留学できるよう、また学内の外国人留学生を増やすことで、日本にいながら異文化と触れあう機会をつくるのが目的だ。文部科学省の調査によると、世界の約7割の大学は秋入学であり、4月入学は日本を含め、インドやパキスタンなどわずか7カ国しかない。現行のシステムでは留学した学生の多くが留年を余儀なくされる。

「よりグローバルに、よりタフに」。これが、大学が目標とする東大生像である。茂木氏はこのような動きを「Jリーグからワールドカップへ」とたとえている。

「これまで入学時期の違いから米ハーバードや英オックスフォードなど有名大学と直接競争する立場になかった東大も、今後は同じ土俵に上がることになります。『どうせ東大も秋入学なら、同じく秋入学の海外の大学にも挑戦しよう』という受験生も出てくるでしょう。そうなれば東大は優秀な学生を失う恐れもある。だから今回の決定は、ある意味、開学以来一番の革新でもあるんです。おそらく英語で行う授業も増えるでしょう。ひょっとしたら、入試の時期や形態も変わるかもしれない。たとえば入試にTOEFLを導入する可能性だって、ゼロではありません」

となると心配なのが、英語の勉強。従来のやり方で対応できるのだろうか。英語で直接読み、書き、聞き、話し、議論する能力が、日本人は非常に低い。

「学校の英語教育と受験英語の質が悪いとしか言いようがありません。自分で言うのも何ですが、僕はかなり勉強ができるほうでした。英語も得意。それでも、大学時代に日米学生会議で1カ月アメリカに滞在して現地の学生と英語で議論したときに痛感しました。受験英語はまったく役に立たないということを。『1万時間の法則』というものがあります。1万時間勉強すれば、誰でもその分野に熟達するというものです。1万時間とは、1日3時間みっちり勉強して10年間。長いと思うかもしれませんが、10歳で始めた子が20歳でネイティブ並みになると考えれば、それほど無茶な話でもありません」

ただ、同じ英語を勉強するのでも中身が重要。茂木氏のお勧めは、原書を読むこと。それも辞書は極力引かず、どんどん読み進めていくことだという。

「高校時代、僕は20~30冊の原書を読みました。これまで日本語の本をどれくらい読んできたかを考えれば、原書を読まずに英語が上達しないと嘆くほうが無茶な話だとわかるはずです」

茂木氏は東大の秋入学実施は、日本の閉塞(へいそく)感を打破するきっかけになるはずだと期待をもつ。ギャップイヤー(高校卒業から入学までの半年間)をうまく使えば学生の視野も広がるはずだ。

「僕が聞いた話では、北京大学の優秀な学生は日本などには来ず、グーグルに入社してしまうそうです。それもアメリカ本社に。おそらく日本人にとって『グーグル入社』とは、グーグル日本法人を指すでしょう。もう考え方のスケールが全然違うんですよね」

いま、受験生にとって最大の目的は大学に入ることだろう。しかし本当に大切なのは、入学してからすごす時間の密度の濃さ、そして将来の可能性を探ることだと茂木氏は強調する。

「東大入学だけを目標にするのではなく、どういう子に育てたいかをあらためて考えてほしい。秋入学は、子供たちの将来の可能性を広げる一つのきっかけになると僕は期待しています」

※「2010年度大学教育の達成度調査」より。回答は東大の学部卒業生1994人。

(フリーランスライター 三浦 愛美 市来朋久=撮影)

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