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静岡県のゴネ得に「法的根拠」はあるのか…リニア建設を遅延させている「河川法」の政治決着が待たれるワケ

プレジデントオンライン / 2023年5月9日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PhotoNetwork

品川―名古屋間を40分で結ぶリニア中央新幹線の建設計画が難航している。開業予定は2027年だが、静岡県が地下水への影響などを理由に県内での着工を拒否している。ジャーナリストの小林一哉さんは「静岡県は『河川法』を理由としているが、その法的根拠には疑いがある。政府が政治決着を目指すべきではないか」という――。

■リニア計画が静岡県でこじれている理由

静岡県の川勝平太知事の反対によってリニア計画が進んでいないことはよく知られている。しかし、実情がどうなっているのかはほとんど知られていない。

それはテレビや新聞の報道が表面的なものにとどまっているからだ。取材している記者たち自身がちゃんと理解できていないようにすら思える。

筆者はリニア問題を静岡県とJR東海の対立が始まった2018年夏から追いかけ続けている。改めて、リニア問題が袋小路に迷い込んでしまった理由を解説したい。

2023年4月26日、静岡県庁で静岡県地質構造・水資源専門部会が開かれた。ここでは約2時間にわたって、山梨県内で行っているJR東海の「調査ボーリング」の是非が問われた。

どういうことか。いまJR東海は地質調査のために山梨県内で「調査ボーリング」を実施している。静岡県は、静岡―山梨県境で行われているこのボーリング調査によって、山梨県内の断層帯に圧力が掛かり、地下奥深くで連動する可能性のある静岡県の断層帯に影響を与え、静岡県内の地下水が山梨県内に引っ張られ、どんどん流出するのではないかと主張しているのだ。

県専門部会で配布された会議資料。赤い斜線部分が山梨県の断層帯と静岡県の断層帯が連動する可能性を示す。実際に地中深くで県境付近の断層帯がつながっているのかは不明。
県専門部会で配布された会議資料。赤い斜線部分が山梨県の断層帯と静岡県の断層帯が連動する可能性を示す。実際に地中深くで県境付近の断層帯がつながっているのかは不明。

■JR東海は静岡県の術中にはまった

当初、川勝知事は水が水を引っ張るという「サイフォンの原理」を持ち出して懸念を示したが、あまりにも荒唐無稽な主張だったため、途中で誤りを認めて引っ込めた。その代わりに県専門部会長が持ち出したのが、ボーリング調査によって高圧水の出てくるという新たな可能性だ。

だが、筆者が専門家に取材したところ、たとえ高圧水が出ても、10年掛かってわずかな水が山梨側に到達する程度だという。しかし、専門部会では誰もが固く口をつぐむ。

JR東海は静岡県の懸念(言い掛かり)を打ち消すことに躍起だ。「一滴の水の流出も認めない」と主張する静岡県から、県の懸念が現実になった場合の対応を迫られると、JR東海は「水の戻し方や戻す時期について静岡県等と議論を進め、水を戻したい」などと回答した。静岡県の術中にはまり、JR東海が「流出リスク」を認めることで、静岡県の懸念に真実性を与えた。

■静岡県がJR東海に仕掛ける「嫌がらせ」

静岡県の懸念はデタラメであり、それはリニア計画を遅らせることだけが目的だ。「サイフォンの原理」と同様に“諸悪の根源”は川勝知事にあると筆者は繰り返し批判してきた。

ただ肝心のJR東海はそう断じるわけにはいかない。「山梨県の調査ボーリングをやめろ」がいくら理不尽な嫌がらせだとわかっていても、事業者のJR東海は許認可権限を持つ静岡県の懸念に誠実に答えなければならない。

そもそも南アルプスの地下約400メートル超の世界を科学的に解明することは現実的に不可能だ。

JR東海がいくら足が地に着いた説明をしても、専門部会の委員たちは科学的と称される反証や疑問を次から次へと呈する。県が委嘱した委員、つまり“御用学者”たちは、県の意向に沿った意見を述べているに過ぎない。

実際、「世界最大級の断層帯」が続く南アルプスのトンネル工事は、実際に掘って見なければ全くわからないほど不確実性が高い。不確実性を取り除くためには現地の調査ボーリングなどを重ねるしかない。それにもかかわらず、静岡県や川勝知事は、そうした調査すらJR東海にさせないと主張している。これでは一向に話が進むはずがない。

県専門部会で「たられば」の可能性、その懸念や疑問を持ち出して、事前に議論しても際限なく続くのはわかりきっている。県専門部会は川勝知事の意向に沿ってリニア計画を遅らせることだけを目的としているため、委員たちに社会的な常識を期待しても仕方ない。会議は踊り、遅々として進まない。

それが静岡県で行われているリニア議論の“正体”である。次から次へ無理難題を持ち出すから、リニア計画は静岡県でストップしたまま前に進まない。

■山梨のボーリング調査をやめさせる権限は静岡県にはない

会議後の囲み取材で、筆者は静岡リニア問題の責任者である森貴志副知事に「静岡県はリニア計画推進の立場を表明しているのに、このような不毛な議論を続けることが行政として正しいのか?」と尋ねた。森副知事は「正しい」と答えた。

山梨県内の調査ボーリングをやめろという権限は静岡県にはない。だが、静岡県が地下水への懸念を口にすれば、JR東海は対応せざるを得ない。だから、単なる嫌がらせだったとしても、行政的には「正しい」ことになってしまう。

静岡県庁で4月26日に開かれた、山梨県の調査ボーリングをテーマにした県専門部会
筆者撮影
静岡県庁で4月26日に開かれた、山梨県の調査ボーリングをテーマにした県専門部会 - 筆者撮影

4月26日の県専門部会でも結論らしきものはなく、次回に持ち越された。中日新聞は『「山梨県の地下にある水は静岡県の水か」という議論に陥り、空転した』と書いた。このような空想科学の議論ならば永久に続いてもおかしくない。

■静岡県に手を出せない政府もだらしない

元首相秘書官の飯島勲氏は、『プレジデント』(2022年3月18日号)の連載「リーダーの掟」で「名案求む! リニア開通で未来へ進むために」と題して、静岡県のリニア問題を取り上げている。

飯島氏は、国の有識者会議で大井川水系の水資源に影響がないと結論が出されたのに、川勝知事が「納得できない」と繰り返すだけで、着工すべきでない理由を明確にしていない状態に憤慨している。

「大井川水系の水資源に影響がない」ことは、拙著『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太静岡県知事「命の水」の嘘』(飛鳥新社)で詳しく紹介した。現在の議論は不毛と言うほかなく、単に川勝知事の嫌がらせでしかない。それがわかっていて、静岡県を指導できない政府が「だらしない」のひと言に尽きる。

■リニア計画は「日本の未来を背負った重要な問題」ではないのか

飯島氏は「知事の権限が強くて計画が進まないなら、法律を改正して国の決定事項として早期着工が可能になっていい」と提案した上で、「早急に政治の重要課題として国会で議論を始めるべきだろう」と政府の決断を促していた。

リニア計画推進の大きな理由を「リニア中央新幹線は日本経済を成長させる原動力」「単純な『自治体VS企業』の問題ではなく、この国の未来を背負った重要な問題」としていた。

「この国にかかわるすべての人がアイデアを出し合い、『工事を進めるために何ができるか』を考える必要がある」と読者の名案まで求めた。

筆者も、静岡県で不毛な議論をだらだらと続けるよりも、政治的な打開策を打つほうが、ずっと現実的な解決方法であると思う。

しかし、飯島氏の提言から1年以上が経過したが、これまで政府には何ら動きは見られない。いくら飯島氏が切歯扼腕(せっしやくわん)しても、政府や志の高い政治家は誰も動かなかったのだろう。

となると、政府にとって、「リニアは日本経済を成長させる原動力」「この国の未来を背負った重要な問題」ではないのかもしれない。

■県にはJR東海の強行着工を止める権限があるのか

そもそも、静岡県に国家的プロジェクトを止める権限はあるのだろうか。

実は、県がここまでJR東海に強気でいられるのには理由がある。

川勝知事は『日経ビジネス』(2018年8月20日号)で、JR東海のリニア工事に対して、「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる。それを黙って見過ごすわけにはいかない」「全量を戻してもらう。これは県民の生死に関わることだ」「おとなしい静岡の人たちがリニア新幹線の線路に座り込みますよ」などとJR東海を脅していた。

ところが、同じ記事の写真説明では一転して、「立派な会社だから、まさか着工を強行することはないだろう」と不安気なコメントを寄せていた。

実は、静岡県のリニア担当者が「県にはJR東海の強行着工を止める権限がない」と川勝知事に話していたのだ。つまり、この時点では川勝知事は「県がいくら騒いでもリニア工事を止める権限がない」と認識していたことになる。そのため、知事は脅すような言葉を用いたり、JR東海の「良心」に呼びかけるような弱腰な発言をしていたのだ。

■リニア工事の足かせとなっている「河川法」

だが、その姿勢は一変する。

筆者が取材を進めると、JR東海が「強行着工」に踏み切れない理由、つまり、静岡県に工事を拒否する権限があることがわかった。

それが、「河川法」である。

河川法は、河川区域内の土地に鉄橋など工作物を設置する者は河川管理者(大井川上流部は静岡県)の許可を得なければならないとしている。

南アルプスを貫通するトンネル25キロのうち、静岡工区は8.9キロ区間で、大井川本流・支流などの400メートル超の地下6カ所を通過する。リニアトンネルは深い地下を通過するため、大井川には何ら影響を与えないと思うのが普通だ。

大井川支流の西俣川にあるJR東海のリニア工事現場(静岡市内)。この地中深くにリニアトンネルが建設される。
筆者撮影
大井川支流の西俣川にあるJR東海のリニア工事現場(静岡市内)。この地中深くにリニアトンネルが建設される。 - 筆者撮影

だが、筆者が何度も取材を繰り返すと、河川法を所管する国交省中部地方整備局は「どんな深い地下でも対象となる」と認めた。

JR東海は工事が河川法の対象であることは当然把握していたようだ。ただ、今回のトンネル建設が400メートル超という地下深くのものであり、県からの認可はすんなり下りると考えていたようだ。

■静岡県が急に「河川法」を盾にし始めた

筆者は自身が運営するウェブサイト「静岡経済新聞」で2018年11月7日に「越すに越されぬ大井川」というタイトルでこの権限を紹介した。すると県庁内は大騒ぎとなった。

19日の定例会見で、川勝知事は「河川法の問題をクリアしないとJR東海とは基本協定を結ばない」と、わざわざ「河川法」を盾にすることを宣言した。そのときから、“リニア騒動”は始まった。

筆者が「静岡県の権限」を取材したのは、川勝知事がJR東海との交渉で静岡県にとって有利な“落としどころ”を目指していると考えていたためだ。だが、川勝知事は非科学的な懸念やごまかしを織り交ぜて県民やJR東海を困惑させ、不当に「リニア騒動」を長引かせようとしている。

それ以来、川勝知事の無理難題にJR東海はなすすべもないのだ。同じ国交省なのに、リニア計画推進の鉄道局(旧運輸省)と河川法を所管する河川局(旧建設省)にお互いの協力関係はない。

リニアトンネルが建設される地下約400メートル超の世界が本当に河川区域内となるのか筆者には疑問だ。

「リニア」がこの国の未来を背負った重要な問題であるならば、いまからでも遅くない。もはや局間連携が取れない国交省に任せている段階ではない。政治の重要課題として政府が乗り出すべきではないだろうか。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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