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セミナーで「デジタル化の最新事情」を知るより重要…いま、文系ビジネスパーソンが本当に学ぶべき分野

プレジデントオンライン / 2023年5月21日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

リスキリングが話題だ。学び直しで人材力の強化を図ろうという国・企業の考えは理解できるが、いったい「何」を学べというのか。近著『超「超」勉強法』が話題の野口悠紀雄さんは「日本企業の全員が統計学の基礎を身につけ、それを日常の仕事で活用するだけで、日本は大きく変わる」という──。(第6回/全7回)

※本稿は、野口悠紀雄『超「超」勉強法』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■日本経済弱体化の最大の原因は人的能力の劣化

リスキリングが重要であると、さまざまなところでいわれるようになりました。岸田文雄首相も、2022年10月3日の所信表明演説で、リスキリングの支援に5年で1兆円を投じるとしました。

「リスキリング」とは、転職して新しい仕事を行なうために、あるいは、いまの仕事で必要とされるスキルが大きく変化していることに適応するために、新しいスキルを獲得することです。

最近では、デジタル化との関連でのスキルが問題とされています。日本のデジタル化が世界の水準に比べて著しく遅れており、その遅れを取り戻すために、すでに仕事についた人も、新しいスキルを身につける必要があるということです。

学び直しは大変よいことです。日本経済が弱体化した最大の理由は、人的能力の劣化にあります。世界が大きく変わっているので、新しいスキルを身につけなければ、生き残ることはできません。

■セミナー業者への補助策に終わらないか

日本再生のためには、一人一人が、学校を出てからも、勉強を続けることが必要です。つまり、日本が「勉強社会」になることが必要です。

こうした時世を背景に、リスキリングのためのセミナーが、多数提供されています。そして、政府や自治体による補助制度がいくつも作られています。企業がこうした補助金を受け、社員にセミナーを受講させる動きが広がっています。

それによって、社員の知識は広がるかもしれません。しかし、社員のスキルが向上する保証はありません。結局は、セミナー事業者への補助だけで終わってしまうことにならないでしょうか?

■何を学ぶべきか

問題は、何を学べばよいかです。これが一番難しい問題です。

文字通り、スキルを高めることを考えなければなりません。単に、知識を広げ、物知りになるだけではだめです。

また、提供されているセミナーのメニューから受動的に選ぶのではなく、一人一人が、何が必要かを能動的に判断することが必要です。

仕事に就いた後の再教育では、学校での教育のように、標準的なカリキュラムはありません。誰もが同じ内容を学べばよいわけではないのです。

時とともに学ぶべき内容が変化するし、目的とすべき水準や現在の水準は、人によって異なります。だから、目標としてどれだけの水準を目指し、そこに辿り着くのにどれだけの勉強が必要かは、人によって違います。

スマートフォンなどのIT機器の使用に習熟することが必要な人たちもいるでしょう。ただ、こうしたレベルで十分であるわけでは決してありません。

多くの人が、さまざまな変化に対応できる基礎的な知識を身につけることが重要です。

■物事を評価する考え方を獲得する必要がある

では、データサイエンスの最先端で何が行なわれているか、最先端のAIが何をやっているか、などについての知識が必要なのでしょうか? 企業のリスキリング教育では、そうした講座を行なっている場合が多いように見受けられます。

確かに、いま最先端で何が起こっているかを知るのは、よいことです。しかし、それを知ったところで、すぐに同じことをできるわけではありません。

では、ディープラーニングなど、コンピュータがデータから学習して能力を高める手法を学ぶ必要があるでしょうか? しかし、最初からそれを目指すのは難しいでしょう。このように、カリキュラムの選択は難しいことです。

いま何が起きているかの知識は、新聞や雑誌、あるいはウェブを見ていれば分かります。問題は、毎日大量に生じるニュースの重要度を判断して位置づけ、それをどのように自分の仕事に反映させていくかです。

そのためには、物事を評価する考え方を獲得する必要があります。つまり、重要なのは、「いま何が起きているか」を学ぶことよりも、それらを評価できる能力を身につけることです。

■日本人に必要なのは数学の基礎的訓練

こうした観点から言うと、日本人の多くにとって必要なのは、数学の基礎的な訓練だと私は考えています。

いろいろなことを知って教養を広げるより、物事の重要性を識別できるスキルや道具のほうが重要です。そうした道具として最強のものは数学です。

それにもかかわらず、数学は理工系の仕事に就くためには必要だが、それ以外の分野では必要ないと多くの人が考えています。

よく「私は文系だから、数学は必要ない」という言い訳を聞きます。しかし、これは間違いです。文系の仕事であっても数学が必要です。ただ、必要とされる数学が、理系の数学とは違うだけのことです。

教室で手を挙げる生徒
写真=iStock.com/seb_ra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/seb_ra

■「文系数学」を鍛えよ

私は、「文系数学」というものがあると思います。そして、日本では、この教育が著しく欠けていると思います。

理工系(とくに物理学系統)で必要とされる数学は、微分積分学を中心とした数学(解析学)です。これに対して、文系の仕事で必要なのは、線形代数学と統計学です。

これらは、データサイエンスやファイナンス理論を学ぶには、どうしても必要なものです。この訓練が足りないことが、日本がデータサイエンスやファイナンス分野で遅れをとる大きな原因だと、私は考えています。

■危険分散の理論

例えば、「分散」(variance)という概念は、統計学の基礎的な概念の1つですが、それを理解できていない人が多いのです。

ファイナンス研究科の面接入試で、「分散とは何か?」という質問に正しく答えられる受験生が3分の1程度しかいないのに、愕然としたことがあります。

分散とは、各データと平均値の差を2乗したものの平均で、データの散らばりを表す指標です。分散を知らないでファイナンスの勉強をしようとするのは、無謀としか言いようがありません。このために、平均収益率だけを見て、金融資産の優劣を判断するような誤りに陥ります。

実は、かつて私自身がそれと似た誤りに陥っていたことがあります。危険分散(risk diversification)がなぜ重要かが、理解できなかったのです。

この背景を説明しましょう。中世の世界で、地中海の航海は冒険航海でした。現代の用語でいえば、「ハイリスク・ハイリターン」でした。しかし、イタリアの商人たちは、決して無謀な航海を行なったわけではありません。リスクに対処したのです。

それが保険の仕組みであり、株式会社の仕組みです。その基礎にあるのが、危険分散の理論です。

■『ベニスの商人』に見る文系数学の可能性

シェイクスピアの『ベニスの商人』で、アントニオは、自分の船を世界のさまざまな港に分散し、これによって危険分散を図っています。

『ベニスの商人』の物語を、私は大学生のときに知っていました。しかし、なぜ危険分散が良いことなのかを、明確には理解していませんでした。工学部の数学は解析学が中心で、統計学はおざなりにしか勉強しなかったからです。

危険分散の本当の意味を理解できたのは、ずっと後になって、ファイナンス理論を勉強してからのことです。そして、中世のイタリアで発達した危険分散の理論がヨーロッパを中世から脱却させたことを知って、感激しました。

これは、「文系数学」がいかに強力であるかを示す証拠です。

■統計学の基礎を身につけよ

ところが日本人には、この類の発想をできない人が多いのです。

野口悠紀雄『超「超」勉強法』(プレジデント社)
野口悠紀雄『超「超」勉強法』(プレジデント社)

例えば、食糧危機に対処する最も重要な方策は、供給源を世界に分散することです。しかし日本では、まったく逆に、国内自給率を高めることが必要だと考えられています。あるいは、金融資産を、期待収益率だけで評価しようとします。そして、リスクを無視します。

危険分散の理論は、中世のイタリアですでに知られていたことであり、現代の最先端理論ではありません。しかし、その理論を知り、それを実際の仕事に活用できることは、現代の世界でも、間違いなく最強のスキルです。

これを学ぶのに、セミナーを受講する必要はありません。独学すればよいのです。

日本企業の全員が、統計学の基礎を身につけ、それを日常の仕事で活用するだけで、日本は大きく変わると思います。それは、社員がセミナーでデジタル化の最新事情を知るより、ずっと重要なことです。

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野口 悠紀雄(のぐち・ゆきお)
一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問を歴任。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書に『「超」整理法』『「超」文章法』(ともに中公新書)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)、『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)ほか多数。

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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)

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