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これ以上戦争が長引けばロシアは解体を余儀なくされる…プーチンの最側近が「停戦」を訴え始めたワケ

プレジデントオンライン / 2023年5月10日 11時15分

ロシア南部クラスノダール地方で、自社戦闘員の墓地を訪れたロシア民間軍事会社ワグネル創設者のエフゲニー・プリゴジン氏(同氏傘下のコンコルド社がテレグラムに投稿した動画より) - 写真=AFP PHOTO/Telegram channel of Concord group/時事通信フォト

■「勝利を宣言して戦争を終結させるべきだ」

ロシア傭兵集団「ワグネル」のトップが4月中旬、実質的な停戦を求めるメッセージを発表した。ワグネルはロシアによるウクライナ侵攻に兵士を送り込んでいるが、戦争はプーチン大統領の当初のもくろみを外れ、泥沼化している。

トップによる今回の発言は、停戦へ持ち込まなければワグネルの維持に問題が生じるとの焦りがにじみ出た形といえそうだ。

急遽数万人の囚人を雇って頭数を稼いだワグネルだが、海外報道によると、訓練不足による大規模な兵員喪失に加え、前線の維持に多額の支出を迫られ経済的な痛手を負っているとの指摘がある。

ブルームバーグによると、ワグネルを率いるエフゲニー・プリゴジン氏は4月15日、メッセージアプリ「Telegram」上で私見を発信した。ロシアはウクライナでの「特別軍事作戦」の目標を達成したと宣言すべきだと述べ、これにより、これまでに占領した領土の維持に専念できるとする内容だ。

■長期化すればロシアは解体する

アメリカ議会が出資する放送局のラジオ・フリー・ヨーロッパは、このメッセージにおいて同氏が、さらに踏み込んだ発言を行ったと報じている。ウクライナでの紛争が長期化するにつれ、ロシアの解体につながるおそれがあると指摘したという。

プリゴジン氏はメッセージを通じ、「昨日まで特別作戦を支持していた人々の多くが、今日は疑念を抱くか、もしくは状況に対して断固反対の立場を取っている」と述べ、「特別軍事作戦」の厳しい現状を指摘した。氏は、ウクライナ侵攻での目標はすでに「達成された」との見解を明かし、戦闘を終結するよう主張している。

イスラエルのエルサレム・ポストは、発言にはプーチン氏への一定の配慮が含まれていると見る。プリゴジン氏はメッセージにおいて、ロシアはウクライナの領土の大部分を占領したと主張し、作戦が成功裏に終わったとのスタンスを強調した。

以前からプーチン氏との見解の相違が指摘されていたプリゴジン氏だが、今回の発言においては「ロシアの権力を脅かすものは何ら存在しない」と述べ、プーチン氏を立てた形となる。体面を捨ててでも、迅速に戦闘終了を促したい意図がありそうだ。

2010年9月20日、ウラジーミル・プーチン首相(当時)は、学校に調理済みの食事を供給する新工場を視察した
2010年9月20日、ウラジーミル・プーチン首相(当時)は、学校に調理済みの食事を供給する新工場を視察した(写真=Government of the Russian Federation/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

■訓練不足の囚人は戦力にならなかった

終戦や和平交渉への転換をちらつかせるこのメッセージには、長引く戦況に痛手を負うワグネルの狼狽が透けて見える。

ニューヨーク・タイムズ紙は、ロシア正規軍でさえも動員による政治的コストが課題となっていると指摘する。また、徴兵から部隊を組織し、訓練を経て戦場に送るまでに、時間的コストや経済的コストが無視できない。

ワグネルの場合も状況は似たようなもので、ほとんど戦闘経験のない元囚人たちを大量に雇い、前線に送り出している。同紙はアメリカ政府筋の見解を取り上げ、「ワグネルの囚人からの新兵など、前線に急いで送り出された部隊は、すぐに大砲の餌食になるのだ」と指摘している。

囚人から雇用した兵士の数をワグネルは公表していないが、数万人規模になるとの見方がある。ロシア独立紙のモスクワ・タイムズは4月、同じく独立系のニュースメディア「メディアゾナ」の報道を取り上げ、ロシアで収監中の囚人の数が1万7000人ほど減少していると報じた。

メディアゾナによると、侵攻以前の囚人数はむしろわずかに増加傾向にあった。そのため、この急激な減少の数は直接、傭兵として連れ出された囚人の数を表している可能性があるという。1万7000人という数字は、ロシアの半分以下の地域の動向を集計したものだ。ロシア全土ではさらに多くの囚人が傭兵として採用された可能性がある。

米CNNは2月、ワグネルが「ロシア全土の刑務所にいた4万~5万人の囚人と契約を結んだ」と報じていた。

■殺人犯やレイプ犯も傭兵になったが…

兵員不足は深刻化している模様だ。未確認ながら、現役市長が戦地に赴いたとの報道も聞かれるようになった。ラジオ・フリー・ヨーロッパによると、ロシア東部・ボリショイカーメニ市のルスタム・アブシャエフ市長は、自らがウクライナで戦うロシア軍に参加したと語った。戦闘服を着込み、焼け野原を歩く映像をTelegramに投稿したという。

同局は、アブシャエフ氏の主張の真偽を独自に検証できなかったとしている。しかし氏は詐欺罪で指名手配を受けており、また、ロシアでは囚人だけでなく拘留中の被告人も兵士募集の対象となっているとの情報があることなどから、市長が戦地に赴いたとの情報はあながち否定できないと同局は見る。

ウクライナの捕虜となった2人のワグネルの傭兵は、CNNに対し、ワグネルに雇われるためのハードルは非常に低いと証言している。殺人やレイプで有罪判決が下った囚人を含め、ほぼすべての囚人が応募できるという。

■ワグネルを苦しめるコスト負担と採用活動の行き詰まり

囚人の採用で部隊を急編成したワグネルだが、2月ごろを境に、訓練不足の兵を前線に送り出す計画に無理が生じているようだ。CNNは2月、重傷を負った兵士たちが刑務所に戻って来ているため、戦場での惨状がほかの囚人たちに知れ渡るようになったとの見方を示した。採用が難航している一因だと記事は指摘している。

財政上の負担も重くのしかかる。同記事は、ワグネルの親会社であるコンコード・マネジメントの財務状況が非常に不透明であると指摘し、数万単位の囚人を新兵として抱え続けるだけの財務力に疑問を呈している。

さらに記事は「この囚人キャンペーンが、ワグネルの財務状況を疲弊させた可能性もある」と指摘する。募集に応じた囚人たちにワグネルは、「賃金やその他の福利厚生について大胆な約束」をし、犯罪歴の抹消も確約したという。

ロシア民間軍事会社ワグネルの「今すぐ勝利者のチームに参加しよう!」と書かれたリクルート看板
ロシア民間軍事会社ワグネルの「今すぐ勝利者のチームに参加しよう!」と書かれたリクルート看板(写真=Alexander Davronov/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

ワグネルに生じる財務的な負担は、直接賃金として支払う金額にとどまらない。新たに雇用した兵員に武器など装備を買い与え、ルハンスクに設営するキャンプで訓練を施し、前線まで輸送し、食事と消耗品を与えなければ集団は維持できない。

■もう正規軍に頼るしかない

こうして苦労して戦闘地帯に送り込んだ兵士たちにも、そもそも使い物にならない者が少なくないようだ。囚人のひとりは、ラトビアからロシア語でニュースを発信するメデューサに対し、ワグネルの採用担当者が採用活動時、「(戦地に)到着するや否や、健康状態について言い訳を並べ、活動を拒否する者がある」と憤っていたと明かした。

ワグネルによる人員確保が期待できなくなっている一方で、正規軍は採用を強化しているようだ。英BBCは4月、「軍への入隊を市民に促す大々的な広告キャンペーンがロシアで開始された模様」だと報じた。モスクワの国防省は民間人に対し、軍との契約を優先し、一般の仕事をあきらめるよう呼びかけているという。

国営TVを通じ、このような広告が頻繁に流れている模様だ。BBCは、ロシア在住の人物によるツイートを取り上げ、「(広告キャンペーンは)いまやモスクワを完全に占拠しており、2分も行けばほぼ次のポスターが現れる」と報じている。

■プーチンと傭兵集団にできた亀裂

訓練不足の兵を大量に送り込む手法には、無理があったようだ。CNNによるとワグネルは、すでに囚人の採用を停止したという。プリゴジン氏は理由を説明していないが、「大砲の餌食」をばらまく従来の戦法が状況に適合しなくなってきていることや、この採用手法がワグネルの財政を圧迫した可能性があるとCNNは指摘している。

英ガーディアン紙によると、プリゴジン氏は2月、ウクライナ東部地域の攻略について、完了までに1年半から2年かかるとの見通しを示していた。「ドニプロ川まで行かねばならない(支配域を広げなければならない)ならば、3年ほどかかるだろう」とも述べている。

ガーディアン紙は、氏の発言はロシア軍の公式見解ではないとしながらも、戦闘の実務を担う傭兵集団のトップ自らが、攻略の厳しさを認める発言になったと捉えているようだ。記事は「今回の紛争に対するロシア側の見通しについて、貴重な洞察を与えるものである」と評価している。

ワグネルの内部事情に加え、同社とプーチン氏との摩擦も、プリゴジン氏が不満を募らせる要因のひとつになっているようだ。ニューヨーク・タイムズ紙によるとワグネルは、勝手に同社の弾薬を盗用したとしてロシア当局を非難するなど、しばしばロシア当局との間に緊張を生じている。

ロイターも4月26日、二者の不和を報じた。プリゴジン氏がTelegram上で音声メッセージを発表し、ロシア当局を非難したという。氏はロシア国内で「裏切り」が起きていると述べ、戦闘に必要な弾薬を兵士に届けなかったとしてロシア防衛省を非難した模様だ。

2023年1月3日、ヴァレリー・ファルコフ科学・高等教育大臣との会談に臨むプーチン大統領
2023年1月3日、ヴァレリー・ファルコフ科学・高等教育大臣との会談に臨むプーチン大統領(写真=Presidential Executive Office of Russia/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

■ウクライナの反転攻勢が和平交渉のきっかけになる

ワグネルの体制に過負荷が指摘される一方で、領土の回復を目標に掲げるウクライナ側にも、一定の譲歩が必要との指摘が出ている。

当面の春の攻勢にあたっては、ウクライナ側に一定の利があるとする分析も多い。ニューヨーク・タイムズ紙は、米国防総省からのリーク文書を基に、1旅団4000人の兵士からなるウクライナの戦闘旅団が12旅団整う見込みだと報じている。アゾフ海の海岸線やクリミア付近で展開されるという。

同紙によると、元駐ロシア米国大使でNATO高官のアレキサンダー・バーシュボウ氏は、「すべてはこの反攻作戦にかかっている」と述べたという。

バフムートでの戦闘では弾薬の枯渇で大きな被害を被ったウクライナ軍だが、現在は欧州の戦車やアメリカの装甲兵員輸送車で武装している。同紙によると米軍関係者は、ウクライナ軍が再びロシア軍を驚かせる可能性があると語っている。

■「非武装地帯を設けることが現実的」という見解も

だが、ウクライナ側も弱みはある。現在頼りにしている西側の支援も、決して無尽蔵ではない。ニューヨーク・タイムズ紙はまた、春の攻勢で成果を上げられなければ、欧米諸国から和平交渉への圧力が高まるシナリオもあり得ると論じる。

これとは別に、米外交官のリチャード・ハース氏および米国際政治学者のチャールズ・カプチャン氏は、米政治外交専門誌のフォーリン・アフェアーズに寄稿し、今後あるべき展望を論じている。

両氏は、アメリカと同盟諸国は、外交的上の最終局面をプランニングする必要があると説く。ウクライナは自軍の攻勢が高まった時点で停戦を提案し、両軍は前線から兵器を引き上げ、事実上の非武装地帯を設けることが現実的な路線だという。

こうすることで両氏は、ウクライナとロシアが仲介国の介入を得て交渉のテーブルに着き、和平交渉を開始する下地ができるはずだと見る。両氏はこのプロセスへ至る前段階として、ウクライナにとって、この夏の攻勢が正念場になると指摘している。

■戦争を終わらせることができるのか

両氏は、「この夏、ウクライナが戦場で成果を上げたならば、少なくともプーチンが停戦と和平案を、メンツを保つための切り札になると考えることが、もっともらしさを帯びる」と分析している。

侵略戦争が幅を利かせることはあってはならないが、現実的な問題として、完全勝利への道はロシアとウクライナのどちらにとっても遠い。ロシアは現状以上の侵攻を停止し、ウクライナ側も一定の痛みを受け入れることを検討すべきとの意見が出ているようだ。

プーチン氏もゼレンスキー大統領も決して譲歩の言葉は口にしないが、日々失われている両国の人命を守るためにも、両者落としどころの探り合いに転じるべき時が来ているのかもしれない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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