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土地を焦って買ってはいけない…34年前、千葉県の「水田→宅地」を44坪1560万円でローン購入した人がいた

プレジデントオンライン / 2023年5月14日 10時15分

横芝光町母子にある放棄分譲地周辺の航空写真。国道に面しているわけでもなく、周囲には水田と沼しかない。国土地理院ウェブサイト(https://www.gsi.go.jp/)の航空写真をもとに筆者作成。

千葉県の郊外には宅地造成されたまま放置されている「限界分譲地」が多く存在している。ブロガーの吉川祐介さんは「筆者が暮らす千葉県横芝光町には、田んぼの真ん中に放置された分譲地がある。上水道はあっても下水、電気はなく、道路は未舗装だ。バブル期に投機目的で買われ、手つかずのままになっている」という――。

■なぜ田んぼの真ん中に「無人の分譲地」があるのか

1970年代から80年代末にかけ、千葉県北東部の農村地帯において開発・造成された分譲地の多くは、名目上は住宅地や別荘用地として販売されたものである。

なかには実際に家屋を建てて暮らし始めた住民ももちろん存在したものの、その大半が居住用ではなく投機目的で購入された。自分が購入した土地の周辺で都市化が進んだり、あるいは何らかの公共用地や事業用地として白羽の矢が当たった際に、高値で売却できる「資産」の形成を想定していたのだ。

しかし、購入者はその土地を実際に利用するビジョンを持っていたわけではない。投機目的で購入する以外に使い道のない、まともな住宅用地としての造成工事もろくに行われないまま販売された「分譲地」も数多く存在する。

筆者が暮らす千葉県横芝光町、現在の銚子連絡道路横芝光インターチェンジ周辺に広がる広大な水田地帯に、バブル時代の乱暴な土地分譲を今に伝える放棄分譲地が残されている。

■国道からアクセスできない

「画像1」の航空写真をご覧いただければお分かりのように、この分譲地は、四方を水田に囲まれた、文字通り田んぼの真ん中に位置している。決して水田地帯の一角に作られた、というようなものではない。

南側に国道126号線が通るが、国道側からまともにアクセスできる道路はない。分譲地にたどり着くためには、北川の町道から田んぼの中の未舗装路を通る必要がある。この道は軽トラックがかろうじて通れる程度のもので、乗用車や、工事用の大型車がむやみに入り込める道路ではない。

分譲地に向かう、ほぼ唯一の進入路。写真奥の雑木林の手前付近が分譲地。舗装はされておらず、乗用車の往来は想定されていない。
筆者撮影
分譲地に向かう、ほぼ唯一の進入路。写真奥の雑木林の手前付近が分譲地。舗装はされておらず、乗用車の往来は想定されていない。 - 筆者撮影

■宅地になることを想定していない分譲地だった

古い航空写真や登記簿を確認する限り、昭和40年代、この場所は山林だった。

田んぼをつぶして開発されたものではないようなのだが(地目は原野だった、昭和39年地目変更)、いずれにしろ水田地帯のど真ん中であるという事実に変わりはなく、そこにつながるまともな道路も造られず、およそ宅地としての利用など想定されていない。

分譲地の入り口。分譲地の中だけは舗装されている。
筆者撮影
分譲地の入り口。分譲地の中だけは舗装されている。 - 筆者撮影

分譲地までの道路は未舗装のあぜ道だが、分譲地の中だけは舗装されている。

区画数は合計で12区画。2023年4月現在、この分譲地の区画はすべて、草刈業者による管理なども入っておらず放置されている。そのため、刈り取られることもない雑草が舗装道路にまで侵食してきていて、一見しただけではそこが分譲地であるとはわからない。

分譲地の中は、使われている区画は一つもない。すべて造成当時から今に至るまで更地のままだ。
筆者撮影
分譲地の中は、使われている区画は一つもない。すべて造成当時から今に至るまで更地のままだ。 - 筆者撮影

前述のようにこの分譲地は、その開発前の時点で既に水田としては利用されておらず、地目も原野であった。しかし、四方を水田や沼地に囲まれたこの立地では、地盤が強固であるはずもない。

分譲地の周囲を見渡せば、造成時に築造されたらしき土留めはゆがみ、沈下しているのが肉眼でも見て取れる。降雨後は、周囲は沼地のように水がたまる。何一つ建物が建てられていないのに、すでに地盤沈下が始まっているのだから、こんなところに家屋を建てたらどうなるか、結果は明らかである。

分譲地の周辺は、降雨後は湿地と化し、土留めは沈下によりゆがんでいる。(2022年2月撮影)
筆者撮影
分譲地の周辺は、降雨後は湿地と化し、土留めは沈下によりゆがんでいる。(2022年2月撮影) - 筆者撮影

■上水道は開発業者の負担で敷設

ところがきわめて不可解なことに、この分譲地には公共の上水道が敷設されている。

当時の販売業者(東京・池袋にあった不動産会社)と提携していた地元の不動産会社が申請者となって、この分譲地のある旧匝瑳郡光町の上水道事業を管轄する広域行政組合「八匝(はっそう)水道企業団」に、水道管敷設工事の申請が行われていた記録が残されている。申請は昭和63年である。

分譲地の水道管の埋設状況図。分譲地には何もないのに、水道管だけが引かれている。
図版=八匝水道企業団提供
分譲地の水道管の埋設状況図。分譲地には何もないのに、水道管だけが引かれている。 - 図版=八匝水道企業団提供

この分譲地は、過去に水道設備を備えた建造物が建築されたことはないので、その水道管が現在もまともに使用できるかどうかはわからない。しかし、少なくとも平成元年の分譲時点ではすでに水道管の敷設工事は完了しており、上水道完備の分譲として販売されたはずである。当然敷設費用は販売価格に上乗せされている。つまり購入者が負担している。

敷設工事を行った八匝水道企業団の職員によれば、こうした敷設工事は原則として、申請を行った開発業者が工事費用を負担するものであって、費用や工事を行う上で問題がない限り、申請を拒絶することはしない(できない)とのことだ。

誰が見ても無駄な工事であることは明白だが、公共の上水道とはいえ、一般の公共事業とは少々性質の異なるものである。

■電柱は一本もない

ご丁寧なことに、分譲地の奥には消火栓のマンホールも残されている。一方で電線に関しては、分譲地のすぐ近くにまで、おそらく農業機械用と思われるための引き込みが行われているのだが、分譲地の中には電柱はない。

分譲地に残されている消火栓のマンホール。
筆者撮影
分譲地に残されている消火栓のマンホール。 - 筆者撮影

また、これも信じられないことであるが、この分譲地の道路は建築基準法第42条第1項第3号道路として指定されており、現在も法的には家屋の建築が可能である。

1区画あたりの面積は40~50坪しかないので、宅地としては狭いものの、舗装も行われ、水道も引かれ、消火栓もあり、家屋の建築も可能という、住宅地としての最低限の条件は整っている。しかし、そこへつながるまともな道路はない。

電柱もなく、一見すると草むらにしか見えないが、区画ごとに異なる所有者が存在する。
筆者撮影
電柱もなく、一見すると草むらにしか見えないが、区画ごとに異なる所有者が存在する。 - 筆者撮影

それでも実際に造成工事が行われているだけ、70年代に横行した原野商法と比較すればまだ良心的と言えるのかもしれない。

■需要があるから分譲地が造られた

実際筆者は、以前勤めていた江東区内のタクシー会社で、80年代にこの手の投機型分譲地の営業マンを行っていたという元同僚と話をしたことがあるが、彼は、自分のやっていたことでは原野商法ではなく、きちんと測量図も作成し、造成工事を行って分譲していたまともな会社だった、と断言していた。

開発業者にしてみれば、別に違反造成を行っているわけでもなし、需要があるから分譲していたにすぎないのかもしれない。

重要なことは、彼らもあくまで営利事業で行っているわけで、たとえその造成工事が非合理的で、水道管など実際は全く無用の長物だったとしても、分譲価格には、それに要した工事費用がしっかり上乗せされていたということだ。

つまり、こんな水田のど真ん中の、およそ宅地としての利用に堪えないような無駄な造成工事や無駄な水道管の敷設工事も、最終的にはすべて分譲地の購入者が負担させられていたということになる。

ただでさえ実際の価値から大きくかけ離れた地価の暴騰が起きていたバブル期において、工事費用まで上乗せされていたとなれば、それは今日の感覚ではにわかには信じがたい価格であることは想像に難くない。

■田んぼの真ん中なのに坪40万円弱…

筆者はこの分譲地について調査した際、全12区画の登記簿をすべて取得している。

それを見ると、購入者のほとんどが東京や神奈川といった県外在住者で、購入時期は平成元年の分譲時だった。その後、まともな売買取引が行われた形跡はほとんどない。

およそ半数の購入者の所有権には、所有権移転と同時に抵当権が設定されていた形跡がある。異なる購入者の抵当権の債権者が、ほぼすべて同名の信販会社になっているので、彼らは開発業者が手配した金融業者で、購入者はこの信販会社から購入資金を借り入れて土地を購入したのであろう。

その抵当権の債権額は、人によって若干の差はあるが、1200万円~1560万円。頭金を用意していた可能性もあるので、この債権額がそのまま土地の代金だと断定することはできないが、少なくともこの分譲地は、高い区画では1560万円の借り入れを行わなければ購入できなかった価格で売られていたということになる。単純に借入額が土地代金だと仮定しても、坪単価は40万円弱になる。

分譲地の1区画の売買時に設定された抵当権(解除済み)。1560万円もの債権額が設定されている。
筆者撮影
分譲地の1区画の売買時に設定された抵当権(解除済み)。1560万円もの債権額が設定されている。 - 筆者撮影

2023年4月27日現在、この分譲地がある横芝光町の玄関口、総武本線横芝駅より徒歩1分、つまり駅の目の前にあるコインパーキングが売地として広告に出ているのだが、その価格は216坪で2980万円。坪単価にして14万円弱である。

もちろん、バブル期と今の地価の差を比較すること自体はさして意味のある話ではないが、駅前ですらこの価格で売られるようになった現在、この田んぼの中にある放棄分譲地は、果たして一体いくらの値付けができるのだろうか。

■細切れになった分譲地を誰も欲しがらない

近年はやや下火になっているようだが、数年前まで、千葉県の北東部は、その地価の安さから、遊休地や耕作放棄地が次々と太陽光パネル基地に転用されてきた。筆者が踏査を行っている分譲地の区画の中にも、小規模な発電設備が設置されるケースはあるにはある。

しかし、多くの太陽光事業者は、むしろそうした旧分譲地を避ける形で、最初から広大な遊休地を取得してパネルを設置している。広大な敷地が欲しいのであれば、そんな売地はいくらでも見つかる中、わざわざ細切れになった分譲地の地権者一人ひとりと交渉を進めて用地を取得することに何らの合理性もないからだ。

この分譲地の周辺では現在、銚子連絡道路の延伸工事が行われている。延伸にあたって横芝光町役場では、周辺の農地を、インターチェンジを活用した産業用地へと転換すべく計画を進めているが、この分譲地はその計画用地にも含まれていない。

道路用地としても、事業用地としても需要のない分譲地。地価の上昇を見込んで購入したはずの分譲地が、その特性ゆえに、周辺よりもかえって訴求力や資産性が著しく劣る結果になろうとは、なんという皮肉な話だろうか。

分譲地の道路から、銚子連絡道路の延伸工事現場が見えるが、この分譲地はその延伸予定地には含まれておらず、町が計画する産業用地への転換の予定もない。
筆者撮影
分譲地の道路から、銚子連絡道路の延伸工事現場が見えるが、この分譲地はその延伸予定地には含まれておらず、町が計画する産業用地への転換の予定もない。 - 筆者撮影

■お膳立てされたバブル時代の「投機商品」の末路

こうした分譲地の購入者をただ嗤うのは安直な話だとは思うが、一方で筆者は、これらの土地の半数が、高額のローンを組んで購入されたものであるということに戦慄(せんりつ)を禁じ得ない。おそらく購入者としては、たとえローンを組んででも、こうした土地の購入が一つの資産形成の手段として有効であると判断し、購入に踏み切ったのであろう。

もちろん、投機の結末があらかじめ予測できるのであればだれも苦労しない。それにしてもこの分譲地は、造成工事を行い、上水道まで敷設したうえで、その費用がすべて販売価格に上乗せされている。それでも投機目的で購入する人がバブル期には大勢いたのだ。

当時はそういう時代だったのだ、と言ってしまえばそれまでかもしれないが、今でこそ土地神話そのものは色あせてはいるものの、「資産形成」の言葉に惑わされ、得体のしれない投資・投機商品に手を出してしまい多額の損失を出してしまう話は後を絶たない。実際に今回紹介した分譲地の購入者の中には、分譲地を差し押さえられた人や転居を余儀なくされた人もいた。

投資の失敗事例には世論も冷淡で、一時的にニュースになっても、その後しばらくすれば風化してしまうのが通例だが、土地の場合は、その後も爪痕が永く残されてしまう。

千葉県の限界分譲地は、お膳立てされた「投機商品」なるもののうさんくささに、もう少し敏感になっても良いのではないか、と思わせてくれる。

すべてお膳立てされた「投機商品」というものが持つ危うさを、この分譲地は今に伝えている気がしてならない。
筆者撮影
すべてお膳立てされた「投機商品」というものが持つ危うさを、この分譲地は今に伝えている気がしてならない。 - 筆者撮影

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吉川 祐介(よしかわ・ゆうすけ)
ブロガー
1981年静岡市生まれ。千葉県横芝光町在住。「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」管理人。「楽待不動産投資新聞」にコラムを連載中。著書に『限界ニュータウン 荒廃する超郊外分譲地』(太郎次郎社エディタス)がある。

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(ブロガー 吉川 祐介)

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