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なぜ「ジェンダーレストイレ」が注目を集めるのか…ドイツ出身作家が痛感した「日本人ならでは」の身体感覚

プレジデントオンライン / 2023年5月17日 9時15分

東急歌舞伎町タワーの外観。 - 筆者撮影

4月14日にオープンした東急歌舞伎町タワーの「ジェンダーレストイレ」が話題を集めている。ドイツ出身のコラムニスト、サンドラ・ヘフェリンさんは「ドイツでは男女の垣根が低く、共用トイレは受け入れられている。日本人は『性的な意味』を考えすぎなのではないか」という――。

■「性別に関係なく利用できるトイレ」がなぜか炎上

いま男女共用トイレが物議を醸しています。

話題の中心になっているのが、4月14日に東京・歌舞伎町にオープンした東急歌舞伎町タワーの、誰でも利用が可能なトイレです。

このトイレは東急歌舞伎町タワーの2階にあります。男性の小便用トイレを除き、個室トイレや手洗い場は男女共用になっています。ところがSNSではこんな反応が相次ぎました。

「こんなことをやったら変なおじさんが来ると思う」
「性犯罪が増えるのではないか」
「身体は男性なのに心は女性だと言い張る人と同じトイレを使うのは嫌」
「男性と同じトイレを使うのは抵抗がある」

さまざまなメディアが取り上げたこともあり、炎上状態になりました。

4月19日には公式サイトに「東急歌舞伎町タワー2F 個室トイレについて」という文書が掲載されました。

文書では、設置の経緯として「国連の持続可能な開発目標(SDGs)の理念でもある『誰一人取り残さない』ことに配慮し、新宿歌舞伎町の多様性を認容する街づくり」と書かれています。

さらに警備・防犯対策として、以下を実施するとしています。

・警備員による巡回
・防犯カメラによるトイレ共用部の常時監視・カメラ画像解析
・上記に加え、SOSボタン、長時間滞在と騒音による異常を検知した場合の警備員による駆け付け
・清掃員による高頻度の清掃実施
・夜間の電子錠によるロック(店舗利用者のみ使用可)

■「危険な要素」は全く感じられなかった

筆者はゴールデンウイーク中に東急歌舞伎町タワーのトイレを訪れました。

入り口には警備員がいました。トイレの中は、個室と個室を区切る壁は分厚く、上にも下にも隙間はありません。

もちろん個室に鍵もついていますし、危険な要素は全く感じられませんでした。筆者は女性用の個室に入ったのですが、サニタリーボックスもありますし、何の支障もありませんでした。

ただこれが「新しいスタイル」のトイレであることは間違いなく、やはり「慣れない」と感じる人もいるようです。

筆者がトイレの共用部分(手を洗う場所)を出たところで、初老の女性が外で待っていた配偶者と見られる男性に「(トイレに)男性もいたのよ。びっくりしちゃったわ」と話していました。

トイレの入り口
筆者撮影
トイレの入り口。男性用の小便器は左に、個室は右側にある。 - 筆者撮影
個室は男性用、女性用、共用に分かれている
筆者撮影
個室は男性用、女性用、共用に分かれている - 筆者撮影
個室トイレの中
筆者撮影
女性用の個室トイレ。筆者は安心して利用できた。 - 筆者撮影

■トランス女性への差別が続いている

こうした「トイレ問題」はジェンダーレストイレに限ったものではありません。

今年2月、埼玉県富士見市の加賀ななえ市議がTwitterで、トランスジェンダー女性がトイレなどの「女性用スペース」を利用することについて懸念を示しました。

「心の性がどうであろうと、身体が男性の人が女性用スペースを使えるという社会的合意は作るべきではない。『心は女性だ』と偽った性犯罪者が入り込んでも判別できないし、やはり怖い。(中略)女性用スペースに、男性はいないという前提が崩れると安心して利用できない」(加賀市議)

こうした意見に、SNSでも共感する声が多く投稿されています。「身体は男性だけれど心は女性のトランス女性が女子トイレを使用することには断固反対」という立場の人の意見が多く見られます。

日本ではなぜ「トランスジェンダー」と聞くやいなや「トイレ問題」で大炎上するのでしょうか。

■性別を簡単に変えられるようになるドイツ

ドイツでは今夏、性別の変更が容易になる新しい法律が施行されます。

「本人の表明だけで役所で性別を変えることができる法律」(Selbstbestimmungsgesetz)により、「自分の性的アイデンティティーと身分証の性別が一致しない」という本人の表明があれば性別および名前を役所で変更できるようになります。

ドイツ国会議事堂
写真=iStock.com/bluejayphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bluejayphoto

今まで性別を変更するためには、2人の医師による精神鑑定が必要で、最終的には裁判所が性別を変更できるかの判断をしていました。

新法の施行で医者の精神鑑定は不要となり、その人がトランスジェンダーなのか、ノン・バイナリーなのかいわゆる「間性」なのかは関係ありません。親の同意があれば14歳から性別を変えることが可能です。

もちろん生まれて持った身体の性別よりも、性的アイデンティティーが重んじられることについて、ドイツでも懸念の声はあります。特に、女性専用のDVシェルター(Frauenhaus)にトランス女性が入居することへの懸念です。

DVシェルターには、家庭内暴力から逃れる多くの被害女性たちがいます。一部フェミニストたちは、身体的には男性であるトランス女性が来ることで心身ともに傷ついた女性がさらに傷つく恐れがあると訴えています。

しかし日本のように「トランスジェンダー」という言葉を聞くやいなや、すぐに「トイレ」の問題に焦点を当てることはありません。理由を考えてみると、ドイツと日本の「女性の生き方の違い」や「寛容さの違い」に行き着きます。

■ブラジャーを外して日光浴を楽しむミュンヘンの女性たち

ドイツ人が男女の壁をどう考えているのか。それを端的に表すのが「女性の裸」に対する認識です。

日照時間が少ないドイツでは「日焼けが趣味」という人が少なくありません。多少肌寒くても、少しでも太陽が出ると、街中のオープンカフェはテラス席で、つかの間の太陽の日差しを楽しむ人たちであふれかえります。

FKK(Freikörperkultur)と呼ばれる「裸体主義」(ヌーディズム)が19世紀から盛んなドイツでは、夏になると、公園や川沿いで裸で日焼けしている人もいます。女性も「日焼けの跡がつかないようにきれいに焼きたい」などの理由からトップレスで日焼けしていたりしますが、猛暑日の多かった2019年、南ドイツのミュンヘンでは「女性の裸」をめぐってある「事件」が起きました。

ミュンヘンのイザール川の川岸で、トップレスで日焼けを楽しんでいた女性に警備員が「ビキニトップを着用するように」と命じたのです。ところが女性は反発し警備員と口論になります。それを目撃した「ビキニ姿で日焼けをしていた女性たち」が警備員に注意された女性との連帯感を示すため、次々とブラジャーを外しました。

■サウナは「男女混浴」が当たり前

この「事件」をめぐり、ミュンヘン市議会では議題に上りました。「男性は公の場でも上半身裸の状態で日焼けができるのに、女性にはそれが認められていないのはおかしい」と言うのが理由です。

結果的に、日光浴に関する市の規定が改正され、「性別に関係なく男女とも性器を覆っていればよい」と見直されました。

スポーツジムなどに設置されたサウナもいい例です。ドイツでは男女混浴であることが多く、老若男女が同じ空間で裸になって汗をかいています。日本人の感覚だと「異性の前で裸というのは恥ずかしくないのか?」と思いそうなものですが、ドイツ人の感覚でいえば、裸は人間の本来の姿であり、そもそもサウナで汗をかくのに男も女もない、性別は関係ないというのが一般的な考えです。

裸だからといって、それがすぐ性的な意味に結び付くわけではないのです。

■男女別のトイレを作る必要がない

ドイツのトイレ事情を紹介しましょう。日本に比べて男女の垣根が低く、共有トイレは広く受け入れられています。

たとえば、ドイツの労働安全衛生関係法令の概要(Arbeitsstättenverordnung)では、職場のトイレについて「異なるスペースでのトイレ使用が不可能な場合のみ、男女のトイレを分ける必要がある」としています。

少し分かりにくい書き方ですが、要はジェンダーレストイレであっても「個室」が設けられていれば「異なるスペースでのトイレ使用が可能」であるため、特に男女の性別を分けたトイレを作る必要はないということです。

前述のドイツの一般均等待遇法(Allgemeines Gleichbehandlungsgesetz)により、誰一人取り残さないよう「誰でも使えるトイレ」を作ることがドイツでは推進されています。

法律の規定では「個室が3室までの場合、共同の洗面台が一つあればよい」とされているものの、プライバシーを保つためなるべく全ての個室に洗面台を設置することが望ましいとされています。

大学などのジェンダーレストイレの設置が話題になっているものの、駅など公共の場では予算などの関係もあり工事が進んでおらず昔ながらの男女別に分かれているトイレもまだまだ多いです。

でも前述の一般均等待遇法(Allgemeines Gleichbehandlungsgesetz)があるため、誰でも性的アイデンティティーに沿うほうのトイレを使用することが可能です。つまり「心は女性だけれど身体は男性」のトランス女性が女性用トイレを使うことに問題はありません。逆にそれを防止しようとするのは差別にあたります。

■「女子だけのスペース」を求めない

以前ドイツ人の女友達とミュンヘンのデパートに行った時のことです。

ドイツでも、日本と同様に女性用トイレのほうが男性用トイレよりも混んでいます。女子トイレの前にできた長い行列に、その友達は「あっち(男性用トイレ)に入っちゃおうかな?」と言いました。

ドイツのデパートのトイレには、掃除などを担当しトイレの使用者からチップももらういわばトイレの番人のような人がいるのですが、彼らの多くはドイツ語があまり堪能ではない外国人です。

結局、女友達は「トイレ掃除の人をビックリさせちゃうとかわいそうだから」という理由から男子トイレには入らなかったのですが、もしも掃除の人がいなかったら、きっと入っていたことでしょう。

ドイツの女性は川沿いや公園で好きな時にトップレスで日焼けもするし、普段の生活でも特に女らしさを求められることもなく比較的自由に過ごしているので、それほど「女子だけのスペース」を求めない傾向があるようです。

もしかしたら「好きな時に好きなことができる」と、性別などにあまりこだわらなくなるのかもしれません。

街を歩く人々
写真=iStock.com/Nikada
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

■性的マイノリティーへの差別はドイツにも存在する

ドイツにもトランスジェンダーに対する偏見はあります。トランスジェンダーの活動家であるJulia Monroさんはメディアに対して「トランス女性の私は、男性からも女性からも性的な質問をされることが多い。まるで私の存在が性的なことに限定されているみたいだ」と話しています。

2022年に発表されたドイツ連邦刑事局(Bundeskriminalamt)の統計によると、2020年に比べ翌2021年にはトランスジェンダーの人に対するヘイト・クライム(敵意に基づく犯罪)が67%も増えました。今まで犯罪の被害に遭っても声を上げることができなかったマイノリティーの人たちが被害を訴えるようになった背景もあるものの、ドイツの社会でトランスジェンダーの人がヘイトの対象になっているという事実は否定できません。

トランスミソジニーが問題になっているなかで、今年夏に「本人の表明だけで役所で性別を変えることができる法律」(Selbstbestimmungsgesetz)が施行されるわけですが、これを機にドイツの社会が少しずつ変わっていくことを期待する声も多いのです。

■総論賛成、各論反対の日本人が多すぎる

日本も性的少数者に寄り添った社会に変わりつつあります。ただし「総論は賛成」。各論となるといまだに根強い反対の声があります。ジェンダーレストイレはその典型例だと思います。

日本ではジェンダーレストイレの話になると「女性の使用済み生理用品を持って帰る変態の男性がいるのではないか」「盗撮が増えるのではないか」といった懸念が上がるのが常となっています。

日本に住むドイツ人女性にこのことについて聞いてみたところ「使用済みの生理用品を持ち帰るのは異常だとは思うけれど、たとえ私の使用済みの生理用品を持ち帰ったとしても、だから何? 勝手にやれば? としか思わない」とのことでした。

盗撮のような許されない卑劣な行為にドイツの女性も嫌悪感を抱くものの、だからといって「トイレに異性が入ることについて断固反対」とはならないのが日本との大きな違いかもしれません。

なぜ日本人はジェンダーレストイレにこれほど反発するのか。これまで紹介した男女の垣根の高さは一つの理由でしょう。さらに言えば、「みんなが同じであるはずの場に、異質な人間は入るべきではない」という同質性を過度に重んじる日本人の心理が根底にあるように感じます。

日本の一般的な中学校や高校では「みんな制服を着て同じ格好」をしています。たとえ週末であっても、私服で学校内に入ることを許していない学校もあります。こういったことを即「トイレ問題」とつなげるのは尚早かもしれませんが、少なくとも日本でジェンダーレストイレがなかなか共感を得られない遠因にはなっているのではないかと思うのです。

■トイレ問題で露見した偏見・差別の根深さ

もう一つは、無自覚的な偏見と差別にあると思うのです。ジェンダーレストイレに反対する人には「(トランス女性を含む身体的な)男性による性犯罪」を挙げる人がいます。

でも、これはそもそも前提に偏見が入っているのではないでしょうか。「日本に外国人をたくさん入れると犯罪が増える」という偏見と根は同じだと思います。日本に来る外国人の中には犯罪をする人もいますが、大多数はそうではありません。性犯罪に関しても「この属性の人だから危ない」と決めつけるのは性急です。

日本では表では「多様性」といいながら、裏ではマイノリティーの人に対して「申し訳なさそうに生きるべき」と考える人がまだまだ多いのではないでしょうか。

世界の先進国では「誰一人取り残さない」をモットーに性別の垣根はどんどん低くなっています。性的マイノリティーに牙を向けるのはいかがなものでしょうか。

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サンドラ・ヘフェリン(さんどら・へふぇりん)
著述家・コラムニスト
ドイツ・ミュンヘン出身。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「ハーフ」にまつわる問題に興味を持ち、「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。ホームページ「ハーフを考えよう!」 著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから‼』(中公新書ラクレ)、『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)、『なぜ外国人女性は前髪を作らないのか』(中央公論新社)など。

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(著述家・コラムニスト サンドラ・ヘフェリン)

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