「知らない言葉をスマホで調べてはいけない」平成生まれの脳科学者が小中学生1人1端末時代に訴えたいこと
プレジデントオンライン / 2023年5月29日 8時15分
※本稿は、榊浩平(著)、川島隆太(監修)『スマホはどこまで脳を壊すか』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■GIGAスクール構想で子ども1人が1端末を持つように
パソコンやタブレット端末などのデジタル機器を用いた教育は、子どもたちの脳や学力へどのような影響を与えるのでしょうか?
2019年12月、文部科学省はGIGAスクール構想を発表しました。「1人1台端末」と、「高速大容量の通信ネットワーク」を整備することで、「多様な子どもたちを誰ひとり取り残すことなく、公正に個別最適化された資質・能力が育成できる教育環境」を実現することを目指しているようです。
文科省の2021年7月時点における「端末利活用状況等の実態調査」によると、公立の小学校等の96.2%、中学校等の96.5%が、「全学年」または「一部の学年」で端末の利活用を開始しているとのことです。このように、すべての子どもたちへ「1人1台端末」がすでに行き届きつつあるのが現状です。
■2分間で調べられる言葉の数は辞書よりスマホが1つ多い
みなさんは知らない言葉を調べるときには何を利用していますか?
最近はスマホを使って、指先一つで簡単に情報を得られるようになりました。一方で、スマホで得た知識は頭に残らず、すぐに忘れてしまうような感覚を抱いている方も多いのではないでしょうか。
そこで、私たちは実際に調べものをしているときの脳活動を計測し、スマホを使用した場合と紙の辞書を引いた場合で比較する実験を行ないました。東北大学の学生さんにご協力いただき、少し難しい単語(例えば「忖度」など)の意味を2分間でどれだけ調べられるかを、超小型NIRS(ニルス)(脳活動を測る機器の一つ)を用いて前頭前野の脳活動を計測しながら実験しました。
実験の結果、紙の辞書を引いた場合は2分間で5つの単語の意味を調べることができました。一方で、スマホを使用した場合は6つでした。この結果から、やはりスマホは手軽に情報を得られる便利な道具だといえます。
■スマホやタブレットでの学習では脳が働かない!?
では、肝心の脳の活動はどうなっていたでしょうか?
【図表1】は、言葉調べをしているときの前頭前野の活動の変化を表しています。縦軸が「脳の活動の変化」、横軸が「時間」です。黒い線が「右の脳活動」、灰色の線が「左の脳活動」をそれぞれ表しています。
![言葉を調べているときの脳活動](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/9/1200wm/img_19f770bc40af144e951bc9a512f12faa153345.jpg)
最初の約30秒間は何もせずにボーッとして安静にしていただきました。1本目の縦線までの時間です。この間の脳活動が基準となります。
続いて、2本目の縦線までの間が、自分のスマホを使って2分間の言葉調べを行なっているときの脳活動を表しています。脳活動の変化を見ると、最初の何もしていないときの脳活動とほとんど変わっていないことがわかります。
再び、30秒間の何もしない状態をはさんで、3本目から4本目の縦線までの2分間が、紙の辞書を使った言葉調べの脳活動を表しています。
■ネット検索では脳の前頭前野が動いていないという衝撃
紙の辞書を用いて単語を調べているときには、調べ始めから前頭前野の活動が急激に上がっている様子が見てとれます。その後、2分間絶えず活発にはたらき続けています。先ほどご紹介したように、紙の辞書で言葉調べをしたときには、5つの単語を調べることができました。グラフの線の動きをよく見てみてください。きれいに5つの山ができていますね。
きちんと言葉調べに応じて、前頭前野が生き生きとはたらいている様子がわかります。目的の単語を見つけた瞬間は特に活動が高まっていますが、実はそれ以外の時間も、調べる作業の間は、活動が高く維持されています。紙の辞書で単語を調べるためには、頭文字のツメを探して本を開き、柱を見ながらページをめくり、単語を探さなくてはなりません。
指先を器用に操りながら文字を目で追う繊細な作業です。ときには目的の単語だけではなく前後にある単語が目に入り、気になって読んでいることもあるでしょう。このように、紙の辞書を引くという行為そのものが前頭前野の活動を高めていると考えられます。
さらに、調べた単語の意味を思い出せるかを実験後に抜き打ちでテストしてみました。紙の辞書で調べた単語は5つのうち2つ思い出せたのに対し、スマホで調べた単語は6つのうち1つも思い出せませんでした。
みなさんも日常生活の中で同じような経験をされたことはありませんか? ちょっと気になってスマホで調べた情報は、次の日には覚えていなかったり、以前にも同じことを調べていたりしたことがあるかと思います。脳がはたらいていないのですから、覚えていなくて当然なのです。
■脳が記憶を放棄してしまう「デジタル性健忘」に注意
この現象は、「Google効果」や「デジタル性健忘」とも呼ばれています。スマホで検索した情報は、覚えることができないというより、そもそも覚える必要がない情報と、私たちの脳はとらえているのです。
なぜなら、検索することで何度でも一瞬にして情報を得ることができるからです。そうすれば、わざわざ記憶に留めて必要なときに思い出すといった労力を使う必要がなくなります。「忘れたらまた調べればいいや」と脳は最初から記憶することを放棄してしまうのです。脳が持つ記憶という機能を、インターネットに頼って「アウトソーシング」しているような状態といえます。
普段の生活のように、いつでもインターネットへ接続できる状況であれば、私たちの記憶をアウトソーシングしていても支障はないのかもしれません。
しかし、私たちにとって、本当に情報が必要になるのはどんなときでしょうか? その一つに、災害などに見舞われた生死に関わる緊急事態があります。2011年の東日本大震災、私は仙台で被災しました。当時、インターネットは全く使えない状態になりました。
生死を左右するような極限状態で、人間の「生きる力」が試されます。多くの記憶をアウトソーシングしている人間が、生き残れるとは思えません。
■インターネットを使うことが多い国ほど読解力が低い
もしもこの実験と同じような現象が、タブレット等のデジタル機器を用いて学習をしている子どもたちの脳活動でも表れているとしたら、極めて恐ろしいことに思えます。表面上は効率的に学習しているように見えても、実は学習した内容が子どもたちの記憶に残っていないかもしれないのです。
![勉強机でスマホを操作](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/a/1200wm/img_ba80af734736038be47b7a0a36362bcd592301.jpg)
経済協力開発機構(OECD)が2015年に発表した、世界72の国と地域に住む15歳の子どもたち約54万人を対象とした調査結果によると、「学校にあるコンピュータの数が多い国ほど数学の学力が低い」「学校でインターネットを使うことが多い国ほど、子どもたちの読解力が低い」ことなどが報告されています。
■そもそもスマホは人間がラクをするために作られている
そもそも機械とは何のために作られたかというと、人間がラクをするためです。ラクをする、すなわち時間と労力を肩代わりしてくれるものに対して、私たちは便利であると感じ、対価を支払います。スマホを開発する側の技術者の方たちに【図表1】のグラフを見せたら、逆に大喜びしてくれることでしょう。人間の脳に負荷をかけないことが、スマホが便利な機械であることの証明になるわけですから。
私たちの脳は負荷がかかって初めて活動し発達していきます。人間にラクをさせるために作られた機械を使って、脳に負荷をかけるべき作業である勉強をするというのは、本来の目的と真逆のことを強いているのです。
■私たちの脳は負荷がかかって初めて発達する
![榊浩平(著)、川島隆太(監修)『スマホはどこまで脳を壊すか』(朝日新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/b/1200wm/img_8b1dbcda33c70572788399b22fa796d5346348.jpg)
「ラクして稼ぐ」「ラクして痩せる――私たちはそんな見出しへすぐに飛びつきます。一方で、そんなうまい話はないことにも、薄々感づいているわけです。「ラクして脳を鍛える」こともまた、ありもしないうまい話の見出しに過ぎないのです。
「ラクをするな、頭を使え!」
昭和生まれの大学教授がこう言うと、古臭い考え方だと非難されるかもしれません。でも私は違います。平成生まれ、ゆとり世代の若手研究者です。危機感の強さに気づいてくれる方が少しでもいてくだされば、私が研究成果を発表した意味があったと思えます。
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東北大学加齢医学研究所助教
1989年千葉県生まれ。2019年東北大学大学院医学系研究科修了。博士(医学)。認知機能、対人関係能力、精神衛生を向上させる脳科学的な教育法の開発を目指した研究を行なっている。共著に『最新脳科学でついに出た結論「本の読み方」で学力は決まる』(青春出版社)がある。
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東北大学加齢医学研究所教授
1959年千葉県生まれ。89年東北大学大学院医学研究科修了(医学博士)。脳の機能を調べる「脳機能イメージング研究」の第一人者。ニンテンドーDS用ソフト「脳トレ」シリーズの監修ほか、『スマホが学力を破壊する』(集英社新書)、『オンライン脳』(アスコム)など著書多数。
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(東北大学加齢医学研究所助教 榊 浩平、東北大学加齢医学研究所教授 川島 隆太)
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