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薬だけでがんを治せる時代が来るかもしれない…研究が進む「免疫療法」の驚くべき効果

プレジデントオンライン / 2023年5月16日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

免疫療法というと、効果が不確かな民間療法や自由診療を連想してしまう。しかし、内科医の名取宏さんは「じつは免疫療法は、ここ10年ほどで驚くほど進歩しました。現在では標準医療に加わり、保険適用で受けられる効果的な免疫療法があるのです」という――。

■民間療法や自由診療の免疫療法は眉唾もの

爪をもんだり、玄米を食べたり、体を温めたり、サプリメントを摂取したりすることで「免疫力がアップして、がんが治る!」と主張する民間療法はたくさんありますが、その効果は証明されていません。はっきり言えば効きません。そんなことくらいで、がんに対する免疫が働けば世話はないでしょう。

また、効果のほどのわからない保険適用外の免疫療法を、自費診療で行っているクリニックも多々あります。保険適用外でかなり高額ですが、医療については値段が高いからといって効果があるとは限りません。そもそも効果があるというはっきりした証拠がある治療法は「標準医療」として採用されて、保険適用になるからです。しかし、わらをもつかむ思いでお金を払う患者さんはたくさんいますので、自由診療クリニックのビジネスは成立します。

本来であれば、きちんと臨床試験を行って効果の有無をはっきりさせてから治療を行うべきです。効果が示されたなら、標準医療として採用され、より多くの患者さんの命を救うことができます。反対に、効果がなければ患者さんは無駄な治療を受けずに済むのです。ところが「効果がない」という結論が出てしまえば、それ以上もうけることができなくなるので、自由診療クリニックにとっては損です。そういうわけで自由診療クリニックの多くは臨床試験には消極的です。

■長く研究されてきたものの、その進歩は遅く…

こうした民間療法や免疫療法がビジネスとして流行したせいで、「免疫力」という言葉はすっかりうさんくさくなりました。「タイトルに、免疫力という言葉が入っている本や記事は疑ってかかったほうがいい」と言う医師もいるくらいです。

でも、理論的には、がんを攻撃する免疫能を高めれば、がんを治せるはずです。治療をしていないのに自然にがんが消える「自然退縮」という現象があるのは前回の記事の通りで、19世紀末にウィリアム・コーリー医師が試みた「コーリーの毒」も免疫療法の一種とされています。自然退縮に免疫が関係していることはわかっていたので、がんに対する免疫療法は長らく研究されてきました。がんと戦う免疫細胞を取り出して活性化させて体に戻したり、がん細胞が持つ抗原をワクチンのように投与したり、さまざまな免疫療法が試みられましたが、あまりうまくいきませんでした。

私自身も大学院生だった頃、ほんの少しだけがん免疫療法の研究に協力したことがあります。がんワクチンと活性化免疫細胞療法のハイブリッドで、がん抗原のうちの免疫細胞がよく認識する部分だけを人工的に合成し、免疫細胞に振りかけて活性化させるというものでした。結果はというと、確か第一相試験にすらたどり着かなったと記憶しています。

■免疫療法の副作用は必ずしも軽くはない

一昔前までの免疫療法は、このように効果はいまひとつで、しかし副作用はそこそこあるというイメージでした。がんの三大治療法は、外科的切除、抗がん剤治療、放射線治療であり、免疫療法は主力外だったのです。

免疫療法は副作用が少なくてやさしい治療法だと宣伝されることがありますが、必ずしもそうではありません。免疫についての研究が不十分だった時代のコーリー医師は、がんを治すためには発熱が重要だと考え、細菌を加熱・殺菌した抽出液を治療に使いました。生きた細菌を使うよりは安全だとはいえ、発熱に必要な量の死菌を注射し続けると体力を消耗します。

以前から悪性黒色腫や腎細胞がんといった一部のがんには、私たちがウイルス感染した際に免疫細胞から分泌されて免疫系を活性化させる物質「インターフェロン」が薬として使われてきました。主力ではないとはいえ標準治療の一つであり、保険適用です。ただ、治療のためにインターフェロンを投与すると、インフルエンザや新型コロナにかかったときと同様に、高熱や関節痛や全身倦怠(けんたい)感といった不快な症状が生じます。がん細胞を攻撃する免疫系だけをうまく活性化させるわけではなく免疫系全体に作用するので、こうした副作用は避けられません。それでも効果がすごく高いならいいのですが、がんに対するインターフェロンの奏効率は10~20%くらいだとされていました。

病院の空のベッド
写真=iStock.com/LightFieldStudios
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LightFieldStudios

■以前の免疫療法の効果が乏しかったワケ

今では、以前の免疫療法の効果が乏しかった理由がわかっています。ノーベル医学生理学賞を授与された京都大学の本庶佑先生らの研究などで、免疫細胞にブレーキをかける分子の存在が示されたのです。

「がん細胞は1日に5000個も発生するが、免疫細胞が退治している」という話を聞いたことはありませんか? がん細胞の数が5000個かどうかはともかく、この話は大筋としては正しいのです。われわれの体では新陳代謝によって新しい細胞が次々と作られ、その過程でDNAのコピーミスが生じ、がん細胞が発生します。でも、そうしたがん細胞のほとんどは免疫系によって殺されます。ごく一部のがん細胞のみが、たまたま免疫細胞のブレーキを刺激することで免疫系の監視から逃れ、成長することができるのです。

レントゲンに映ったり、症状を引き起こしたりするほど大きくなったがん組織は、免疫系から逃れる能力に長けた、いわば「がん細胞のエリート」で構成されています。やみくもに免疫系全体を刺激したり、免疫細胞を活性化させたりしても、肝心のがん細胞に対してブレーキがかかっているのでは、免疫療法の効果は十分に発揮できません。これが昔の免疫療法が効かなかった理由なのです。

■がんを攻撃する免疫細胞のブレーキを解除

ところが、こうした免疫細胞のブレーキを解除する「免疫チェックポイント阻害薬」の登場によって、免疫療法は劇的に進歩しました。代表的な薬は、ニボルマブ(商品名オプジーボ)です。当初は悪性黒色腫という皮膚がんにだけ保険適用されていましたが、今では非小細胞肺がん、腎細胞がん、胃がんなどのさまざまながんに使えます。興味深いことに、自然退縮が起こりやすいがんには、免疫チェックポイント阻害薬が効きやすい傾向があります(※1)

もちろん、免疫チェックポイント阻害薬を使っても治らないがんはあります。また、免疫チェックポイント阻害薬は、抗がん剤のような脱毛や血球減少は起こりにくいものの、免疫系が強く働き過ぎることで間質性肺炎や大腸炎や皮膚障害といった副作用が生じることが知られています。夢の特効薬ではなく、副作用に注意しながら専門家が適切に使う必要のある薬です。とはいえ、効果が不明確で値段だけは高い自費診療の免疫療法よりはずっといいのは間違いありません。

ニボルマブだけでなく、さまざまな新しい免疫チェックポイント阻害薬が次々と開発されています。他の治療法との組み合わせ、使うタイミングや使用期間についても新しい知見が蓄積され、治療成績は向上しています。まだ小規模の先行研究の段階ですが、「ドスタルリマブ」という免疫チェックポイント阻害薬だけで局所進行直腸がんが消失したという報告があります(※2)。もしかすると、手術なしに薬だけで、がんが治るようになる時代が来るかもしれません。

※1 Meta-analysis of regression of advanced solid tumors in patients receiving placebo or no anti-cancer therapy in prospective trials
※2 PD-1 Blockade in Mismatch Repair-Deficient, Locally Advanced Rectal Cancer

移行期のがん細胞イメージ
写真=iStock.com/Christoph Burgstedt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Christoph Burgstedt

■患者さんの体内のT細胞を改造し、がんを攻撃

また免疫チェックポイント阻害薬だけではなく、がん細胞と戦う免疫細胞を改造する「キメラ抗原受容体T細胞療法」も、一部の血液系のがんに対して保険適用されています。キメラ抗原受容体T細胞療法というのは、患者さんの体内にある「がん細胞を殺す働きのある免疫細胞」であるT細胞をいったん取り出し、キメラ抗原受容体を導入し、培養して数を増やした上で患者さんの体に戻すという治療方法です。

抗原受容体というのは「がん細胞の抗原を認識する部分」で、T細胞に抗原受容体をくっつけただけでは、ただの「がん抗原を認識するT細胞」であり、ブレーキがかかってしまって十分な効果を発揮できません。そのため、もう一工夫として免疫細胞を元気にする共刺激分子「アクセル」を抗原受容体にくっつけます。いろいろ混ぜ込むので「キメラ抗原受容体T細胞」と呼ばれるのです。

「キメラ抗原受容体T細胞」は患者さんの体内でも増えるので、1回投与で十分です。いわば「生きている薬」といえるでしょう。現時点では血液系のがんのみが治療対象ですが、固形がんへの応用も研究されています。

以前、このキメラ抗原受容体T細胞療法の初期の論文を読んだとき、私は衝撃を受けました(※3)。他の治療が効かなくなってきた難治性の白血病に対し、劇的な効果を発揮していたからです。その効果のほどは、あまりにも効きすぎて免疫細胞が一気にがん細胞を殺し尽くし、大量のがん細胞の死骸によって高尿酸血症や高リン酸血症といった腫瘍崩壊症候群が起きたほどでした。

※3 Chimeric antigen receptor-modified T cells in chronic lymphoid leukemia

■次世代のキメラ抗原受容体T細胞療法とは

現在のキメラ抗原受容体T細胞療法は、患者さんのT細胞を改造する究極の個別化治療であり、薬と違って大量生産はできません。そのため薬価は高く、3000万円を超えます。しかし、2019年に保険適用となったので、高額療養費制度を利用すれば、患者さんの自己負担額は高くても数十万円以内におさまります。近年、日本の医療費は増大し続けていて、公的保険財政を圧迫するという問題はありますが、他の治療で助からない患者さんの命が救えるのは大きな福音です。

次世代のキメラ抗原受容体T細胞療法は、健康なドナーや多機能幹細胞由来のT細胞を使うというものなので、コストダウンが見込めます。患者さん由来のT細胞を使うのがオーダーメードの治療法だとすると、次世代はレディメードの治療法です(※4)。コストダウン以外にも、患者さんからT細胞を採取する必要がないので治療開始までの時間が短くなり、また、それまでのがん治療でT細胞が減った患者さんの治療もできるという利点があります。

今では、がんの治療法は「外科的切除」「抗がん剤治療」「放射線治療」に「免疫療法」を加えて四大治療法といっていいでしょう。免疫療法も含めて標準医療は進歩しています。高額な割にエビデンスが乏しい自費診療の治療を受けるより、標準医療を受けることを強くおすすめします。

※4 Ready-made CAR T Cells | Harvard Medical School

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。

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(内科医 名取 宏)

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