上海のマンション1室分で、日本ならビル1棟が買える…中国人富裕層が日本の不動産を爆買いする本当の理由
プレジデントオンライン / 2023年5月15日 14時15分
※本稿は、中島恵『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。
■大崎の物件は約8300万円→1億1000万円に
東京の中心部。ライトアップされた東京タワーの夜景が見える高級会員制クラブにたびたび足を運んで優雅なひとときを過ごす30代後半の中国人男性がいる。大手企業に勤務するA氏だ。
仕事は多忙でプレッシャーも大きいが、得意先や友人を誘って、時折このクラブを訪れ、ワインを飲んだり、美味しい料理を食べたりして、リラックスするのが楽しみだという。
個人会員の入会金は約130万円、年会費は約20万円。A氏が入会できたのは、年収約2000万円のエリート会社員だからというだけではない。それ以外にも副収入があり、生活にはかなりの余裕があるからだ。
副収入は不動産によるもの。彼が都内で所有している物件は4戸で、大崎、池袋、そして目黒に2戸だ。購入時期と購入時の金額、そして取材時(2022年秋)の価格を聞いた。
「大崎駅近くの物件の面積は約67平方メートル。購入時の価格は約8300万円。現在は1億1000万円ほどです。池袋の物件は投資用のワンルームマンション。19年に約2300万円で購入後、2900万円にまで跳ね上がっています。目黒の物件のうち、1戸は3600万円で購入し、現在は4000万円になっています。
10年くらい前、初めて千葉県に約100平方メートル、約2840万円の物件を買いました。そこは通勤が不便だったので3100万円で売却したのですが、それ以降、投資用マンションを次々と買うようになったのです」
■狙い目は「大きい駅から徒歩6分以内、山手線の南側」
いろいろ経験を積み、不動産を買う条件として3点を挙げる。まず最寄りが大きな駅であること、駅から徒歩6分以内であること、資産価値の高いJR山手線の南側であることだ。
「一つの物件だけでも毎月の家賃収入は30万円以上あるので、自宅のローンがカバーでき、家賃収入で固定資産税も賄えます。いまの会社に今後も勤めたいと思っているのですが、定年になったら、毎年不動産だけで600万円ほどの収入になる計算です。老後の生活費には困りません。老後の準備は万全です」
A氏が不動産を買うようになったのは、もちろん、資産を増やすことが大きな目的だが、「老後の不安」が常に念頭にあるからだという。
彼の生活は安定しているが、常に「老後」を考えるのは、脳裏に母国・中国の国内事情がちらついているからかもしれない。日本以上のスピードで少子高齢化が進む中国では、老後に不安を覚える人は少なくない。
多くの中国人がわざわざ日本まで不動産を買いにやってくるのも、投資目的や中国社会の不安定さだけが理由なのではない。
中国バブルが崩壊する可能性、不動産不況、政治問題など、国内のリスク要因がとても多く、自らの老後が心配だから、資産を海外に持ち出せる人ならば、どこかに財産となる「モノ」を所有しておきたいのだ。
■現金は紙切れに変わってしまうかもしれないが…
政府の政策により、90年代初頭まで自らの不動産を所有できなかった中国人にとって、何かを買う=モノを持つ、という認識だ。そうした“習性”は日本に住むA氏にも備わっているようだ。中国に住む両親は不動産も所有するが、「この先、何があるかわからない」とA氏は言う。他の多くの中国人から同様の話を聞いた。
中国の医療体制の脆弱(ぜいじゃく)さ、医療の構造的問題も、海外で不動産購入に走ることと関係がある。日本に家を持ち、永住権や国籍を取得して、日本の医療を受けながら老後を過ごせたら本当に心から安心だ、と語る中国人が多いのだ。中国で現金は、ある日突然紙切れに変わってしまうかもしれないが、日本の不動産ならばリスクは低い、と彼らは考える。
むろん、日本の不動産にも価格下落リスクはあるが、そこは「自分でじっくり不動産を研究し、注意するしかない」とA氏。現に、彼は約10年間の不動産投資で損をしたことは一度もなく、資産は増え続けている。
A氏にとって、日本は「第二の故郷」。日本が大好きで、今後も住み続けようと思っているので、そのためにも不動産を買い続けたいという。
■中国人が感心した日本の不動産会社の気遣い
「私がメインで取引しているのは日本の中小の不動産会社、数社です。大手、中小とも日本の不動産会社はアフターケアがしっかりしていて、担当者も責任感があるので、私は日本の会社とつき合っています。
ある日、私が一人で物件を見に行ったとき、日本の不動産会社の担当者が『今日は、奥様はご一緒じゃないのですか。次は奥様と一緒にいらしてください』といったのです。
女性目線だとキッチンの位置、昼間の日当たり、ベランダの広さなど、細かいところに気がつくからで、後々揉めないためにも、物件は夫婦や家族と一緒に見ることがよいそうです。私はその話を聞いて、とても感心しました。
中国系不動産業者からは、こういった気遣いの言葉はあまり聞きません。中国系は売買のときの愛想はとてもいいのですが、アフターケアはあまりないので……。それに、担当者がすぐにやめたり、独立したりすることも多い。だから、私は日本の不動産会社とつき合っているのです」
■かつてない「不動産の爆買いブーム」が起きる
22年10月、東京・御徒町にある不動産会社「Worth Land」代表取締役の杉原尋海(ひろみ)氏を訪ねた。
杉原氏は91年、上海市生まれの中国人だ。留学のため11年に来日して、すでに10年以上になる。専門学校を卒業後、もともと興味があった不動産業界に入った。まだ30代前半だが、年収は軽く1億円を超える。
物腰は柔らかく丁寧で、フットワークが軽く、日本語も流暢。そんな杉原氏によると、同社も他の中国系不動産会社と同じように、顧客の大半が中国人や在日中国人だという。
「コロナ前は中国各地で不動産セミナーを開き、超富裕層も含め、数多くの問い合わせがありました。実際に来日して不動産を買って帰る中国人が非常に多かったです。
コロナが始まり、彼らが来日できる機会が減り、今は在日中国人の顧客が多いのですが、状況が変われば、再び中国から来日する人が増えるでしょう。かつてないほどの『不動産の爆買いブーム』が起きるかもしれない、と予想しています」
![契約開始日に手渡される鍵](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/c/1200wm/img_fc35f4b637f3747f4c4d3048927d3b26362770.jpg)
■購入制限が緩い日本が狙われている
中国の顧客が日本の不動産に感じている魅力は、欧米に比べて治安がよいこと、距離的に近いこと、そして、利回りが安定しているという点もあるという。杉原氏によると、一等地なら利回りは4%の物件もあり、4~6%が人気だ。
「日本は利回りが安定しているので、不動産を貯金のように捉えている中国人もいます。
中国人顧客は資産のリスク分散も目的としています。中国に全財産を置くことに不安があり、資産を分けて管理したいのです。欧米では外国人の不動産購入に制限がある国が多いですが、日本ではあまり規制がありません。だから日本でできるだけ多く不動産を買いたいと思っている人もいます」
日本に不動産があれば老後の住居の心配がない、日本は医療設備が整っていて、介護サービスなども充実していて安心なのも大きい、と杉原氏も語る。日本に留学中の子どものために不動産を買い与え、自分たちが来日したときに泊まりたい、と希望する親も多いそうだ。
■豊洲のマンションは上海の「25m2ワンルーム」と同じ
日本で不動産を買える中国人富裕層とはどのような人々か。
杉原氏によると、「1億~3億円の現金をポーンと出せる人、1棟買いができる人です。(22年の)円安傾向で、彼らにとって日本の不動産の安さが際立ちました。まさにバーゲンセール状態。何しろ、日本のビル1棟は上海のマンション1室分の値段ですから」という。
筆者は、このほど上梓した『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)のプロローグで、豊洲のマンションを7000万円で購入した中国人男性について紹介しているが、上海在住の別の友人にその話をしたところ、「それはとても安い」と語っていた。
友人の話では、上海の中心部なら1平方メートルで平均7万~8万元(約133万~152万円)。7000万円で単純計算すると35平方メートル分になる。中国では外廊下など共用部分も入れて計算するため、7000万円なら、実質25平方メートルのワンルームマンションくらいしか買えないことになるからだ。
杉原氏はいう。
「日本の不動産は安いので、ホテルや旅館を買いたいという人もいます。一般のマンションを買うよりも利回りがいいし、ビジネスとして広がりがあるからです。私のお客さんに人気なのは、富士山周辺の温泉ホテル、旅館、リゾート施設、ゴルフ場など。富士山は中国でも知名度が高く、ブランド力があり、東京からも近いので、問い合わせも多いです」
■日本の温泉地を“VIP専用”として買う中国人たち
「ただし、落とし穴もあります。古い温泉ホテルや旅館は、温泉の元栓が壊れることがたまにあります。修繕しなければ使えないなど、かえって高くつく場合も……。ですので、古い物件には手を出さないという人もいますね」
温泉ホテルをビジネス用ではなく自身や家族、ビジネスのために買いたいという顧客もいる。自分のプライベートクラブ(中国語で会所=ホイスオ)として改装し、中国から取引先が来たときに使いたいというのだ。
![中島恵『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/d/1200wm/img_adea44085e7a4ab45de52cce070ea796198370.jpg)
中国では富裕層が利用する「会所」が流行っている。一般の人にはその存在が知られず、VIPだけしか利用できない、特別感や高級感があるところ、というイメージだ。
「河口湖にある知り合いの会所は野生の鹿が庭にくるなど自然が豊かで、富士山が見える、ゆったりしたところです。そこにお客様を案内すると、皆、自尊心をくすぐられて、大喜びします。
日本人の管理人が常駐していますが、お客様を招いたときは、東京の有名な和食料理店の板前やミシュランの星つきレストランのシェフをわざわざ呼び寄せることもあります」
「プライベートな空間で、最高級の懐石料理などをサービスしてもらい、日本のワインや日本酒をたしなみつつ、商談や私的な会話をする。至福の時間だと喜ばれています」(杉原氏)
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フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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