出生率は2023年で底を打って回復へ…楽観見通しの理由を一切説明しない厚労省に働く政治的バイアス
プレジデントオンライン / 2023年5月17日 11時15分
■出生率の推定値がほとんど高めにハズれているワケ
「2070年の日本の総人口は8700万人(20年時点の69%)に減少する」
厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が、4月末に新しい将来推計人口を公表した。これは5年ごとの国勢調査をベースに50年後までの将来の人口を推計するものだが、今回はコロナ危機の影響で1年遅れの公表となった。
日本の人口はすでに長期的な減少基調にあるが、そのペースは、前回調査(2017年)と比べて、やや緩やかなものとされている。これは高齢者の平均余命の伸長と、日本に流入する外国人数が、今後、大幅に増えるという想定による面が大きい。
以下では、人口推計の内で、岸田文雄政権の異次元の少子化政策と密接に関係する「出生率」の動向を中心に検討する。
一人の女性が一生に産む子ども数を示す合計特殊出生率(以下では出生率)が2.1の水準を維持すれば、人口は安定化する。周知のとおり、日本の出生率は1985年ごろの1.8から、2021年の1.3まで、ほぼ持続的な低下を続けている。この間、1987年から97年までの3つの人口推計時点の出生率見通しは、いずれも予測時点から緩やかに回復するパターンであったが、現実にはいずれも裏切られている。つまり回復せず、下がっている。
なお、ここで出生率の見通しは、人口数のような予測値ではなく、その前提となる仮定値とされている。すなわち高位、中位、低位の3つの仮定に基づく複数の推計によって、「将来の人口推移について一定幅の見通しを与えている」とされている。
しかし、現実の年金財政検証などで主に用いられる出生率は、中位値であることが大事だ。低位値ほど悲観的な数字ではないものの、まあまあ楽観的な予測といえる中位値。当然のことながら、どちらを採用するかによって、導き出される結果は大きく変わる極めて重要なものだ。
冒頭で触れた将来人口推計は、厚労省によれば「国際的に標準とされる人口学的手法にもとづき、人口変動要因である出生、死亡および国際人口移動に関連する統計指標の動向を、数理モデル等により、将来に投影する方法で推計」とされている。
ここで問題となるのは、過去の出生率の見通しで、実績値よりも低い結果となったのは2007年推計時のみで、残りの推計値は、いずれも高めに外していることだ。予測である以上、実績値と乖離(かいり)することはやむを得ない。ただ、それがほとんど高めの方向だけに外れていることは、出生率が自動的に回復することへの期待との関係で、何らかのバイアスが働いている可能性が高い。
■「2023年で底を打ち、その後着実に回復」という希望
とくに、今回の2023年推計では、出生率が23年の1.23まで大きく低下した後、底を打ち、24年以降は着実に回復するという、やや極端な変動を示している。グラフ内の赤線は2024年でV字となり右上がりの線を描いている。その傾斜はさほど急とは言えないが、このグラフは他のさまざまな予測や政策立案などに大きな影響をもたらす。
23年発表の推計について国立社会保障・人口問題研究所はプレスリリースで、「コロナ感染拡大以前から見られた出生率の低迷を反映し、短期的にはコロナ感染期における婚姻数減少等の影響を受けて低調に推移」としている。しかし、肝心の出生率の反転上昇の要因については、特に何の説明もない。
勝手に類推すれば24年以降に、それ以前の婚姻数や出生数低下の反動が生じることを織り込んだということなのだろう。しかし、果たしてコロナ後の出生数の反動増が、これまでの出生率の下方トレンドを反転上昇させるほどの大きな力を持つものなのだろうか。
![【図表】過去の合計特殊出生率の比較(中位推計)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/9/1200wm/img_c94d5f0d77c7a33cfeded71ccc538d95254420.jpg)
日本の人口予測の手法が極めて精緻なものであることは、筆者も以前に参加していた人口問題審議会での議論で承知している。しかし、いくら精緻な予測手法でも、それに用いる出生率などの仮定値に、バイアスがあれば、人口推計の結果にも大きく影響する。
それだけでは済まない。それはすでに始まっている2024年度の年金財政検証にも連動する。
今回の人口推計では、出生率の長期想定値が1.36と、前回推計の1.44から引き下げられたが、それでも現在の出生率(1.33、2020年時点)よりも高い水準となっている。また、前回の倍以上に高まった外国人の入国超過数の想定も、年金財政を支えるプラス要因となるが、果たして長期停滞で円安の日本が、今後も引き続き外国人にとって稼げる国としての魅力を維持できるかあやしいものである。
今回の将来人口推計における、早期の出生率の回復見通しや外国人の大幅増は、本来の人口推計の結果ではなく、その仮定値の設定に基づいた結果である。これは2023年1月に公表された、内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」との対比では、これまでの経済動向を不変とした「ベースラインケース」ではなく、望ましい政策運営が実現した結果としての「成長実現ケース」に近いものといえる。
本来の将来人口推計を、年金財政検証などの重要な政策決定の基礎として用いいる場合には、出生率に上方バイアスのかかった中位値よりも、より慎重な低位値を用いるべきであろう。岸田政権の異次元の少子化対策の効果を織り込んだものは、政策実現ケースとして、あくまでも参考資料として示すことが望ましいが、現実の公表の仕方はその逆に近い。あまりに希望観測的で甘いと言わざるをえない。
過去の人口推計から繰り返してきた出生率の自動的な回復の見通しは、それだけ将来の年金財政を改善させることになる。そうなれば、どういうことが起こるか。
■「出生率回復」という見通しは政権のバイアスか
現政権にとって、年金支給開始年齢の引き上げは世論の大きな反発を呼ぶにちがいないが、年金改革にとっては必要不可欠なものである。「出生率回復」の見通しは政治的なもくろみとしてそれを避ける口実ともなりうる。
今後の急速な高齢化社会における年金財政検証には、より慎重な前提を用いる必要がある。そのためには、同じ厚生労働省の年金審議会が、従来のような出生率の中位値ではなく、より悲観的だが、むしろ実績値に近かった低位値を用いた人口推計を活用することが必要となろう。
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経済学者/昭和女子大学特命教授
経済企画庁、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授、昭和女子大学副学長等を経て現職。最近の著書に、『脱ポピュリズム国家』(日本経済新聞社)、『働き方改革の経済学』(日本評論社)、『シルバー民主主義』(中公新書)がある。
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(経済学者/昭和女子大学特命教授 八代 尚宏)
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