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6170億円の税金投入はまたムダになるだけ…半導体技術者が「経産省の半導体支援」に疑問を呈するワケ

プレジデントオンライン / 2023年5月16日 9時15分

半導体受託製造で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)とソニーグループ(G)などが共同で建設を進めているJASМの半導体製造工場=2022年10月26日、熊本県菊陽町 - 写真=時事通信フォト

日本の半導体産業は今後どうなるのか。半導体産業コンサルタントの湯之上隆さんは「私は2021年6月1日の衆議院の意見陳述で、日本半導体産業が凋落したのは『診断が間違っていたため、その処方箋も奏功しなかった』と論じた。政府と経産省は、また同じ間違いを犯そうとしている」という――。(第2回)

※本稿は、湯之上隆『半導体有事』(文春新書)の一部を再編集したものです。

■TSMC熊本工場への補助金は効果があるのか

経産省は、今のままでは日本半導体産業のシェアが2030年に0%になってしまうという危機感を持った。そこで、シェアの低下を止め、上昇に転じさせるための政策を立案した。

その目玉が、半導体工場の新増設に補助金を投入する改正法だった。この改正法は、2021年12月20日、参議院本会議で与党などの賛成多数で可決し、成立した。その改正法により、補助金は国立研究開発法人の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に設置する基金から複数年にまたがって拠出する。その基金は、2021年度補正予算でまず6170億円を計上した。

この改正法による補助金として、TSMC熊本工場に4760億円、マイクロン広島工場に465億円、キオクシア四日市工場&北上工場に929億円が支出されることになった。

ところが、すでに分析した通り、補助金を投入しても、TSMC熊本工場の月産5.5万枚の20~30%しか日本のシェアには貢献できない。また、マイクロン広島工場の貢献度は0%であり、さらにキオクシア四日市工場&北上工場では、その50%しか日本のシェアの増大に貢献しない。

したがって、経産省が立案した政策に従って、日本政府が補助金をTSMC熊本工場、マイクロン広島工場、キオクシア四日市工場&北上工場に投入しても、日本半導体全体でのシェアの向上は、数%あるかないかだろう。

■6170億円の補助金はほとんど意味がない

筆者は2021年6月1日の衆議院の意見陳述で、日本半導体産業が凋落したのは「診断が間違っていたため、その処方箋も奏功しなかった」と論じた。今回の経産省ならびに日本政府の診断と処方箋も、間違っていると言わざるを得ない。6170億円の補助金を投入したところで、日本半導体産業の大幅なシェアの向上は、ほとんど期待できないからだ。

さらにまずい事態が起きつつある。TSMC熊本工場が2024年から生産を開始するはずの28nmのロジック半導体の不足が解消されてしまったのである。

2021年初頭に、世界的に28nmのロジック半導体が不足した。そのため、日米欧の各国でクルマが生産できなくなった。そして、日本政府から招致を受け、TSMCが熊本に28/22~16/12nmのロジック・ファウンドリー工場を建設することになった。

ところがルネサスなどの垂直統合型の半導体メーカーがTSMCに生産委託している28nmのロジック半導体の不足は2021年前半で解消されてしまった。

その代わりに、ルネサスなどが自社工場で生産するレガシーなパワー半導体やアナログ半導体が不足することとなった。その理由は、電気自動車や自動運転車が普及し始めたことによる。電気自動車にはパワー半導体が必要であり、自動運転車にはさまざまなセンサからの情報を処理するためのアナログ半導体が大量に必要になった。

ルネサスシリコンバレーオフィス
写真=iStock.com/hapabapa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hapabapa

■閑古鳥が鳴くかもしれないTSMC熊本工場

そして、これらパワー&アナログ半導体は、パワー半導体メーカーやルネサスなどの垂直統合型の車載半導体メーカーが生産する。TSMCへの生産委託は(ゼロとまでは言わないが)、ほとんどない。

となると、2024年に稼働し、28~12nmを生産する予定のTSMC熊本工場は、一体何のための半導体をつくるのだろうか? 少なくとも、28~12nmのロジック半導体の逼迫は解消している。そして、TSMC熊本工場ではパワー&アナログ半導体は生産できない。となると、TSMC熊本工場はつくる半導体がなくて閑古鳥が鳴くことになるかもしれない。結局、経産省が立案した半導体政策は、またしても「大失敗」に終わることになるのではないだろうか?

日本政府や経産省はTSMCを熊本に招致するにあたって、「経済安全保障の点から半導体のサプライチェーンの確保が重要である」ということを強調している。

しかし、筆者は、TSMCが日本に新工場を建設することが、どうして経済安全保障が担保されるのか、なぜサプライチェーンを強靭化することになるのかが分からない。

TSMC熊本工場は、ソニーのCMOSイメージセンサの工場に隣接して建設される。また、ソニーは、TSMC熊本工場に約20%資本参加している。要するに、ソニーのCMOSイメージセンサとTSMC熊本工場は深くつながっている。

■新工場は経済安全保障を担保できるのか

それでは、ソニーのCMOSイメージセンサを例に取り上げて、TSMC熊本工場が稼働した場合、経済安全保障が担保されるのか、サプライチェーンが強化されるのかを考察してみよう。

スマートフォンのカメラモジュールなどに使われるソニーのCMOSイメージセンサは、ピクセルと呼ばれる画素、メモリのDRAM、ロジック半導体、という三つの半導体チップを張り合わせることにより形成されている。ピクセルはソニーが生産し、DRAMはマイクロンなどのメモリメーカーから購入し、ロジック半導体はTSMCに生産委託している。

まず、これまでは、次のようにCMOSイメージセンサが生産されてきた(図表1)。

ソニーのCMOSイメージセンサ(CIS)の生産の流れ
出所=『半導体有事』

ソニーがロジック半導体の設計を行い、その設計データを基に、TSMCが所有するマスクショップで、マスクを設計し製造する。さらにTSMCはこのマスクを基にプロセス開発を行い、例えば500工程ほどのプロセスフローを確立する。そして、そのプロセスフローを基に、TSMCがCMOSイメージセンサ用のロジック半導体を量産する。

このように生産されたロジック半導体はソニーに送られて、マイクロン等のメモリメーカーから購入したDRAM、およびソニーが生産したピクセルと張り合わせる。それが例えば台湾のASEなどのアセンブリメーカー(OSAT)に送られ、パッケージに封入されて各種検査が行われた後、中国にあるホンハイ(本社は台湾)の工場でアイフォンなどのスマートフォンに組み込まれる。

では、TSMCが日本に新工場を建設した場合、CMOSイメージセンサの生産の流れはどのようになるか、図表2で説明する。

TSMC新工場のイメージセンサ(CIS)の生産の流れ
出所=『半導体有事』

■結局、中国で最終製品に組み込まれることになる

ソニーがロジック半導体を設計した後、これまでと同様、マスクは台湾のTSMCのマスクショップで設計し、製造される。次に、そのマスクを用いたプロセス開発と量産は、TSMCの熊本工場で行うことになる。

そして、TSMCの熊本工場でロジック半導体が生産され、ソニーがピクセルをつくり、DRAMをマイクロン広島工場から調達すれば、確かに3種類の半導体を全て日本国内で賄うことができる。

しかし、ソニーが3種類の半導体を張り合わせた後、OSATでパッケージ化しなければならない。その工場は日本にはないため、これまでと同様、台湾のASEに送られることになる。そしてパッケージ化されたCMOSイメージセンサは、中国のホンハイでアイフォンなどに組み込まれる。

このように見てみると、TSMCが熊本に新工場を建設した場合、ロジック半導体を生産する前工程は日本国内で行うことができるが、マスク設計・製造と後工程は今までと変わらず台湾で行われ、中国で最終製品に組み込まれることは何ら変わらない。

■「半導体産業が再興する」は夢物語でしかない

これで、日本政府や経産省が唱えるところの「経済安全保障を担保し、半導体のサプライチェーンを強靭化」したことになるのか? 前工程だけでなく、マスク製造、後工程、最終製品の組立も日本国内で行わなければ、「経済安全保障」を担保したことにはならないのではないのか?

湯之上隆『半導体有事』(文春新書)
湯之上隆『半導体有事』(文春新書)

せめて、OSATのASE等の後工程の工場を日本に誘致しなければ、経済安全保障は担保されない。なぜ、経産省はこうした中途半端な政策しか立案できないのだろうか?

このようにTSMCの工場を熊本に誘致しても、日本の経済安全保障はまったく担保されないし、サプライチェーンも強靭化されない。

TSMCが正式に熊本に工場をつくることを決定し、経産省も4760億円もの助成をすることになった(複数年の支援をするという話もある)。世間ではこれをきっかけに、日本半導体産業が再興するという話で持ちきりである。日本人とは、なんとまあ、おめでたいことだろうか。

■TSMCの熊本工場に税金を投入するのは馬鹿げている

TSMCはボランティアではないし、慈善事業団体でもない。れっきとした営利企業である。その事業はすべて、営利目的のものである。日本の熊本に月産5.5万枚の工場をつくり、世界的に不足している28~12nmを大量生産し、世界中に売りまくるわけである。熊本で生産したロジック半導体の利益は、当然ながらTSMCの懐に入る。

このような営利企業であるTSMCのために、日本の税金を使うのは、はっきり言って間違っている。TSMCが28~12nmの工場を熊本に建設したいのなら、自力でやってもらえばいいのである。ソニーやデンソーが協力したいのなら、すればいい。しかし、土地、インフラ、助成金など、日本の税金を使うことは許せない。いち納税者として、断固、異議を唱えたい。

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湯之上 隆(ゆのがみ・たかし)
半導体産業コンサルタント、ジャーナリスト
1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』『半導体有事』(ともに文春新書)がある。

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(半導体産業コンサルタント、ジャーナリスト 湯之上 隆)

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