「これはもうサウナどころではない」高級マンションと洋服と化粧品を手放した50代女性の"毎日が整う習慣"
プレジデントオンライン / 2023年5月26日 11時15分
※本稿は、稲垣えみ子『家事か地獄か 最期まですっくと生き抜く唯一の選択』(マガジンハウス)の一部を再編集したものです。
■家事がうっとおしかったのは「大変すぎた」から
それにしても我ながら驚くのは、我が人生から、あのメンドクサイ家事が「消えた」ということだ。
50年近くずっと格闘してきた家事。やらなきゃやらなきゃと思って、でもふと気づけば洗濯物はたまり食器はたまりホコリもたまり洋服は散乱し、つまりはいつだって全然やりきれなかった家事。結局、自分は人として大事な何かが欠落しているのではなかろうかと苦しい気持ちになる家事……。
そうなのだ。家事というものは、別に好きでもなんでもないのに、生きている限り私の人生に妖怪のごとくペッタリととりつき、エンドレスなうっとうしさをグイグイ提供し続けてくる存在であった。
それがふと気づけば、いない。消えてしまったのである。
一体何が起きたのか。
考えるに、家事があんなにうっとおしかったのは、結局は「家事が大変すぎた」からなのだ。もしもその大変すぎる家事をちゃんとやりきることができたなら物理的にも精神的にもステキな生活になるとしても、問題は、それを日々やるとなれば時間も労力もかかりすぎて絶対無理ということなのである。永遠にやりきれるはずもない途方もない宿題。目の上のタンコブ。そんな相手をなぜ好きになることができるだろう。
■「家事をなくそう」と狙ったのではない
でもその相手がですよ、まるで呼吸でもするように、その存在すら忘れてしまうほどにラクに短時間にできちゃうんだとしたら……もちろん話は全然違ってくる。ただ呼吸でもするようにステキ生活を楽しめば良いのである。
そう、これこそが我が人生に起きた魔法なのだ。
で、一体何をどうしたらそんな素敵な魔法がやってきたのか?
ということで、いよいよこれからそのタネを明かしていくわけだが、まず断っておきたいのは、これは「家事をなくそう」「ラクにしよう」と狙ってやったことではないということだ。家事とは何の関係もない、しかもどちらかといえばネガティブな体験が重なった結果、いつの間にか想像もしていなかった極楽にたどり着いていたのである。
今にして思うのだが、実はそういうものこそ「ホンモノ」なのではないだろうか。人が頭で考えることなど知れている。どんなに頑張って考えたところで従来の体験や常識を乗り越えるのは至難の業だ。だから人類の偉大な発見のほとんどは多かれ少なかれ「偶然」によってもたらされている。
ということで、私もきっと偉大な発見をしたのだ。
■掃除機を手放したら掃除がラクになった
最初のきっかけは「節電」だった。
福島の原発事故を機に「実は原発頼みだった便利で快適な暮らし」に今更ながら気づいた私は、まずは個人的にそこから脱却せんと、電気の使用量を可能な限り減らすべく勝手に格闘を始めた。まあそれだけなら珍しくもなんともないことだが、私の場合、一人暮らしゆえ調子に乗る性格を止める人もおらず、事態はどこまでもエスカレート。果てはずっと当たり前に頼ってきた家電製品を「なくてもやっていけるのでは?」と一つ一つ手放していくところにまで至ったのである。
この「暴挙」が、思いもよらなかったバラ色の世界への扉となった。
何しろ驚いたことに、家電を一つ手放すたびに、家事がラクになっていくのである。
いや……これってどう考えてもものすごく変ですよね? だって家電製品というものを一言で定義するならば「家事をラクにするための道具」である。だからいくらお調子者の私とて、それを手放すに当たっては、大げさでもなんでもなく、これから我が日々の暮らしはどんな大変なことになってしまうのかと自分なりに人生をなげうつ覚悟だった。それがいざ手放してみたら家事がめちゃくちゃラクになるなんて、そんなこと、一体誰が想像できようか。
でも、これが掛け値なく本当のことなのである。
そうなのだ。本当の本当に、掃除機を手放したら掃除がラクになり、洗濯機を手放したら洗濯がラクになり、炊飯器や電子レンジやついでに冷蔵庫もなくしたら炊事が飛躍的にラクになったのだ! 我ながらキツネにつままれたようである。
そして次の異変は、いろいろ思うところあって50歳で会社を辞めることとなり、人生初の「給料をもらえない生活」に直面した時に起きた。
■連日ソロキャンプみたいな生活の始まり
先立つものがないとなれば、当然のごとく享受してきた生活をあれこれあきらめねばならぬ。ということで、まずは家賃を抑えるため高級マンションから老朽ワンルームに引っ越したら超狭い上に収納ゼロ。結局、洋服も化粧品もタオルも食器も調味料も調理道具も、つまりは私が長年にわたり懸命に働いてコツコツ買い集めてきた我があらゆるコレクションをほぼ全て手放す羽目になった。
洋服は、一昔前のベストセラー『フランス人は10着しか服を持たない』(だいわ文庫)を地でいく10着程度、食事はカセットコンロ一個で塩と醬油と味噌だけで全調理を行うという、連日ソロキャンプみたいな生活の始まりである。修行中のお坊さんだってもうちょっとキラキラした暮らしをしてる気がする。
■家事とは「自分を大切にすること」だった
で、その「悲劇」の結果何が起きたかというと、なんと、さらに家事がラクになりまくったのだ!
掃除も洗濯も炊事もそれぞれ10分程度しかかからない。ここまでラクになってくると、前にも書いたとおり、あんなにうざかった家事との関係が、まさかのラブラブになってきたのである。
だってほんの短時間ちょこちょこ体を動かすだけで、清潔な片付いた部屋で、うまいものを食べ、お気に入りの服を着て過ごす……そんな理想の暮らしが日々実現できるとなれば、どんなズボラ人間とていそいそと動かずにはいられない。
そうなってみて私は突然、ハタと気づいたのだ。
家事とは人生について回る悪夢でもなんでもなく、「自分の自分に対するおもてなし」だったんじゃ?
家事とは自分で自分の機嫌を取ること。自分を大切にすること。世界中の誰も自分を認めてくれなくたって、自分だけは自分をちゃんと認めることができるのだと確認することだ。これまでは家事が大変すぎて、とてもじゃないがそんなふうには考えられなかった。そう「家事なんてなくなれ」と思っていた。とんでもないことであった。家事をしないということは、自分で自分を大切にすることを放棄するということにほかならないのではないだろうか?
■「整う」とはサウナーの専売特許ではなかった
かくして一日の終わり、我が極小の台所を蛇口もガス台も流しも壁も全てキュッキュとふきんで拭き、最後にそのふきんをじゃぶじゃぶ手で洗ってベランダにパシッと干すことが最大の楽しみという人生が始まった。今日もいろんなことがあったけれど、何はともあれちゃんと自分を整えて終えることができた。ああ私、大丈夫! ……と思えるありがたさ。その日の結着をちゃんとつけて終えるとはなんと気分の晴れやかなことだろう。
そのことに、私は50年生きてきて初めて気づいた。「整う」とはサウナーの専売特許ではなかった。というかこれはもうサウナどころではない。どんな贅沢も、これ以上のリラックスと心の平穏をもたらすことはないように思う。
こうなってくると、これには我ながら本当にビックリしたんだが、あんなに人生をかけて夢中になりまくってきたグルメだのショッピングだのという「娯楽」が、急に「どうでも良いこと」になってしまった。
だって生きている限り最低限の家事はどうしたってついて回るわけで、その家事が簡単な上に楽しく、気分を明るくしてくれるのである。つまりは生きているだけハイレベルな楽しさが保証されているんである。私は生きている限り、いつだって満たされているのだ。
生きているだけでまるもうけ。
「足りないもの」など何もない。
……という、どこぞの偉いお坊さまのような心境に至ったのである。
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フリーランサー
1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒。朝日新聞社で大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員を務め、2016年に50歳で退社。以来、都内で夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしのフリーランス生活を送る。『魂の退社』『もうレシピ本はいらない』(第五回料理レシピ本大賞料理部門エッセイ賞受賞)、『一人飲みで生きていく』『老後とピアノ』など著書多数。
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(フリーランサー 稲垣 えみ子)
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