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金融資産が数億円程度では救急車すら呼べない…中国人が日本の医療体制に感動を覚えるワケ

プレジデントオンライン / 2023年5月19日 9時15分

病院の廊下で、新型コロナウイルスの治療を受ける人々(2022年8月12日、中国・上海) - 写真=EPA/時事通信フォト

中国人富裕層が日本で医療を受けるケースが増えている。フリージャーナリストの中島恵さんは「実費診療なので、1回の治療で数百万円から数千万円かかるが、それでも日本で治療を受けたいと望む人は大勢いる。最大の理由は、中国人が中国の医療を信じていないからだ」という――。

※本稿は、中島恵『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

■中国人は中国の医療体制を信頼していない

前回記事〈上海のマンション1室分で、日本ならビル1棟が買える…中国人富裕層が日本の不動産を爆買いする本当の理由〉では、中国人が日本のマンションを多数購入している実態を書いた。その理由は投資目的や中国社会の不安定さだけではない。中国の医療体制について、中国人自身があまり信頼していない、という点も関係している。

少し前の話だが、2015年、私は北京にある協和病院の内部を見学する機会があった。

公立の協和病院は、全国的にも有名な三級病院だ。中国の病院は一級から三級まで分類されており、三級が最も医療レベルが高いが、人口と比較してその数は非常に少ない。大都市に集中している上、中国全体の病院の10%未満しかない。

日本でよく目にする街のクリニックや医院は中国ではあまり見かけない。ここ数年、私立のクリニックが増えているが、日本のような身近な存在ではなく、経済的にゆとりのある人が、混雑している公立病院を避け、高額でもいいからと予約して通院するところだ。

中国は公的医療保険制度をとっており、会社員、公務員、自営業者は加入が義務づけられている。都市部の会社員など、たいていの人は医療保険を使って公立病院に足を運ぶが、常に混雑している。

■玄関ホールに布団を敷いて待つ人も

中国の医療保険は日本の国民皆保険のように、全国どこでも保険証を持参すれば診察してもらえるものではなく、地域ごとに運営方法や制度は異なり、その人の戸籍などによって自己負担額の割合も異なる。高齢者、学生、農民は任意加入で、入っていない人も多い。

協和病院の外来の入り口でまず驚いたのは、地方からやってきた患者とその家族十数人が布団や椅子、ボストンバッグなどを置いて順番待ちをしている姿だった。

案内してくれた担当者によると、彼らの多くは、農村では治療できない病気のため、十数時間かけて北京の大病院までやってくるが、順番待ちをしている数日間、ホテルに泊まるお金がないので、入り口付近に座っているという。夜になると、玄関ホールに布団を敷いて寝る人もいると聞き、さらに驚かされた。

受付から診察室、入院病棟まで各フロアを見せてもらったが、たとえば医療費は、現在も一部の病院を除いて、基本的に前払い制だ。入院中も同様で、支払いをしないと治療は一切してもらえない。

ちなみに中国は完全看護ではなく、着替えや食事の介助、診察の付き添いなどのため、ヘルパーを雇うのが一般的だ。

■患者のベッドや担架を運ぶのは看護師ではなく…

2023年初頭、中国各地でコロナの感染が急速に拡大しているとき、病院の廊下や玄関ホールにまでベッドや担架、車椅子を並べて点滴をしている様子を日本のテレビニュースで見た、という人もいただろう。玄関ホールに入り切れず、屋外で点滴をしている人もいた。

多くが高齢者で家族が付き添っていたが、中国では患者の家族が、患者のベッドや担架を廊下やエレベーターまで自ら運ぶ。17年、私は大連の大病院の玄関ホールで、患者が寝たままのベッドが、数十分間、置き去りにされているのを目撃した。

2017年、大連の病院の玄関ホールで置き去りにされる患者
筆者撮影
2017年、大連の病院の玄関ホールで置き去りにされる患者 - 筆者撮影

このように、中国では、感染爆発して病床が逼迫しているときでなくても、患者がぞんざいな扱いをされることは珍しくなかった。

また、中国の病院の特徴といえるのが、「VIP(中国語で特需=ターシュー)専用の診察室や病棟だ。政府の高官、富裕層、特定のコネを持つ人が利用できる診察室で、大混雑する一般外来と違って、ほとんど待ち時間なく、有名教授に診察してもらうことができる。

日本にも病院により最上級クラスの個室は存在する。ただし、日本では基本的に誰でもお金を払えば使用できるのと違い、中国では、どんなにお金があっても、使用できない場合がある。重視されるのは、病院や政府とのコネの有無だ。

■外務省報道官の妻が薬不足を嘆いて猛批判

中国の大病院では、ロビーに病院の組織図や沿革、医師の顔写真と略歴が貼り出されている。その筆頭にあるのが有名教授だが、彼らに診察してもらえるのは一握りのVIPだけだ。

23年1月、「戦狼外交の顔」といわれた外務省の報道官、趙立堅氏が突然、国境海洋事務局に異動したことが日本でも報道された。急な異動の理由は明らかにされなかったが、噂では、趙氏の妻がSNSでコロナ感染の可能性と医薬品不足を嘆き、「解熱剤が手に入らない」と書き込んだことが背景にあるのでは、と囁かれた(その投稿はすぐに削除された)。

SNS上で「高級官僚の妻が、一体何をいっているのか。彼らが解熱剤を入手できないなんてことはあり得ない」「庶民のふりをして同情を買おうとしている」と猛批判を浴びた。

このエピソードからもわかる通り、中国で政府の重要な地位にいる人は、特権階級であり、VIPに相当する。公務員専用の病院もあるし、医薬品の特別な入手ルートがあるといわれているので、本当に薬がなくて困っていた国民は激怒したのだ。

■「国内製にするか、外国製にするか」常に迫られる

夫の仕事の関係で、日中間を往復している私の友人も、義兄がかつてある省庁のナンバー2という高官だった。その義兄が骨折して入院したときの話だ。

「手術にどんな器具を使いますか、と聞かれたそうです。『安い器具は国産だから品質が悪いですよ。錆びるかもしれませんから、高い器具でいいですか。高い器具は輸入品です。保険はききません』といわれ、義兄は通常の20倍の費用を払って手術してもらったそうです。

そこは有名な大病院。義兄はお金もコネもあったから、いい医者に診てもらえたのです。日本でも保険がきかないことはありますが、中国では日本以上に、保険で賄える範囲は狭く、常に医者から『国内製にしますか、外国製にしますか』と二者択一を迫られます」

その友人自身も定期的に血圧の薬を飲んでいる。

「知り合いに頼み、1カ月300元(約5700円)の薬を買っているのですが、平凡な血圧の薬でさえ、国内製か外国製かと聞かれます。

ほかに特権ルートというものも存在します。22年に江沢民元国家主席が白血病で亡くなったことが報じられましたが、義兄から聞いた話では、江氏にかかった治療費は1億元(約19億円)を下らないだろう、という話でした。まさか、と思いますが、本人が支払うわけではなく、すべて政府のお金です。

医薬品に限りませんが、『中南海(政府要人の居住地域)』にいる人々には『特別供与』というものがあり、どんなものでも入手できるそうです」

手術室
写真=iStock.com/sudok1
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sudok1

■大金を稼いでも中国では手に入らないものが日本にはある

このように、ごくわずかの特権階級の人々を除き、中国では相当なお金を出しても、十分な治療をしてもらえないこともある。コロナ禍でロックダウンされた都市では、数億円の資産がある富裕層でも救急車を呼ぶことさえできなかった。

中国の人々がお金儲けに熱心なのは、いざというときに大金が必要になるからだが、たとえ大金があっても、手に入らないものが多い。そのため、富裕層の中には、外国人であっても、お金を払えば高度な医療を提供してくれる日本に、健康診断や精密検査、治療などのためにやってくる人がいる。

そうした需要を受け、訪日医療をサポートしている在日中国系企業が多数ある。私は中国人の訪日医療、訪日美容(整形、アンチエイジング)、在日中国人向けの医療通訳講座などを手掛ける日本医通佳日社長の徐磊(じょらい)氏を訪ねた。コロナで往来が少なくなったとはいえ、中国からの問い合わせはかなりあるという。

「日本の高度な健康診断や治療を受けたい中国人は非常に多いです。すでに病気にかかっている方であれば、その方の状況をヒアリングし、医学的な資料や画像データなどを提出してもらって日本語に翻訳。その方に最適な医療機関を探し、セカンドオピニオンを求めます」

■同じ癌患者がいたら、日本で治療するほうが早い

「患者さんの状況によって、日本の医療機関が引き受けられると判断した場合、医療ビザの発行手続きの代行や治療予定表などを作成、診察にも同行し、通訳も行います。実費診療なので、1回の治療(手術など行った場合、経過観察も含めて1カ月半~2カ月)で数百万円から数千万円かかりますが、それでも日本で治療を受けたいと望む人は大勢います。

中島恵『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)
中島恵『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)

中国人が日本で治療を受けたい最大の理由は、日本の医療を信じているからです。治療効果も日本のほうが高いし、医療の環境、医療サービスも中国より断然日本のほうがいい。私個人も日本の医療レベルは本当に高いと実感しています。

翻って、中国ではとにかく患者の数が多すぎる。トップレベルの病院は常に患者があふれていて、一人の治療に掛けられる時間は非常に短い。

もし同じ癌患者がいたら、日本のほうが早く治療を開始できます。中国にはVIP専用の診療部門があっても、日本よりも治療費が高い。

私自身、仕事でこれまで数えきれないほど多くの診察に立ち会いましたが、日本のお医者さんは本当に親切で丁寧、優しいと、毎回感動します。中国の人々が、できれば日本で治療を受けたいと望むのは、ある意味当然です」

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)などがある。

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(フリージャーナリスト 中島 恵)

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