1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

収益額はプロ野球50億円、Jリーグ320億円と大差…WBC優勝でも「野球離れ」が止まらない根本原因

プレジデントオンライン / 2023年5月16日 17時15分

「KICK OFF!FUKUOKA」公式ウェブサイトより

2020年10月から、Jリーグの企画・監修によるサッカー番組が全国30局のテレビ局で始まった。スポーツライターの広尾晃さんは「Jリーグは動画配信のDAZNから得た巨額の放映権料の一部をこうしたサッカー普及活動に使っている。プロ野球はJリーグの仕組みを学び、球界の将来を考えた行動をすべきだ」という――。

■民放30局が始めた「KICK OFF!」という番組の正体

2022年10月から「KICK OFF!」という地上波テレビ番組が始まったのをご存じだろうか?

Jリーグ(公益社団法人 日本プロサッカーリーグ)が企画、監修を行い、クラブチームがある各地方の民放テレビ局が放送している。

各クラブチームを応援するこの番組は、Jリーグが「リーグ30周年」記念事業として全国の民放30局と提携して始めたものだ。その背景にはサッカー界が抱えるある問題がある。

■サッカー離れへの危機感

1993年にスタートしたJリーグは、サッカーを野球に次ぐ日本の「ナショナルパスタイム」に押し上げた。特に2002年の「日韓共催ワールドカップ」以降、サッカー人気は急拡大した。

笹川スポーツ財団の調査によればサッカー人口(男女、実施人口・愛好者人口)は2000年には219万人だったが、コロナ直前の2018年には436万人とほぼ倍増している。

しかし、青少年に限ると、サッカー競技人口は伸び悩んでいる。

JFA(日本サッカー協会)の調査によれば、第3種(中学生相当)の競技人口は、2000年には20万4223人だったが2010年には23万8713人と増加したものの、2021年には21万1356人と減少傾向にある。

これは近年の少子化に加え、スポーツの選択肢が増えたことが大きい。さらにコロナ禍で中学生世代のスポーツ活動が制約を受けたことも要因だ。

1993年に1リーグ10クラブで始まったJリーグは、2023年にはJ1からJ3まで3リーグ60クラブになっている。

これは1996年に発表された「Jリーグ百年構想」の「あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること」に基づくエクスパンション(拡張)ではあったが、地方のJ3クラブは経済基盤も小さく、経営も厳しい。

Jリーグはこの状況下、主として地方にあるJ2、J3クラブを支援するためにローカル局と提携して「KICK OFF!」という番組を立ち上げたのだ。

■地方球場が埋まらない

一方でプロ野球はWBC人気に沸いている。コロナ禍も明けて大声で応援できるようにもなり、各球場には客が押し寄せている。

12球団の平均客数は5月10日時点で2万8065人、昨年の2万4558人を大きく上回り、コロナ前に過去最多を記録した2019年の3万929人に迫る勢いだ。

しかし一方で、関係者を愕然とさせる事態も起こっていた。

4月19日、佐賀県さがみどりの森球場で行われた巨人対DeNAの一軍公式戦は8069人しか入らなかった。

この球場の定員は1万6532人とNPB(一般社団法人日本野球機構)公式戦をする球場としては際立って小さいが、平日のナイターとはいえその半分以下の動員だったのだ。

前日の長崎ビッグNスタジアムでの同一カードも2万5000人の定員に対し、1万4015人しか入らなかった。

それだけでなく、近年、12球団が本拠地球場以外で行う公式戦はほとんど満員にならない。筆者はここ10年、新潟、富山、岐阜、松山、長崎、宮崎、沖縄などでプロ野球公式戦を観ているが、巨人戦であっても大谷翔平が出場しても、満員札止めになることはなかった。

シート
写真=iStock.com/oluolu3
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oluolu3

■野球はローカルスポーツ

かつて、地方試合は「プロ野球興行のドル箱」だった。一軍ではなく二軍戦であっても、地方球場は満員のお客で沸きに沸いた。顔は知らなくてもテレビで見たユニフォームの選手がプレーするだけでお客は入ったのだ。

しかし今や地上波放送での野球中継はほぼなくなり、BS、CSやネット配信が中心になった。

各球団のマーケティングはファンクラブなど「リピーター、ヘビーユーザー」がメインとなり、本拠地エリア以外は対象ではなくなった。

その結果として、プロ野球は「12球団の本拠地周辺だけをマーケットとするローカルスポーツ」になりつつあるのだ。「日本最大のナショナルパスタイム」を標榜するNPBとしては由々しき問題ではあろう。

事実、多くの日本人が野球のルールを知らなくなっている。WBCの中継で「送りバントとは」のようなごく初歩的な用語の解説をしていたのも「野球離れ」の深刻さを反映している。

「プロ野球を知らない日本人なんていない」は、もはや昔話である。

■Jリーグの経常収益はプロ野球の6倍

本来であれば、NPBもJリーグと同様、地域に向けて普及活動をすべき時ではある。

しかしNPBは小中学校向けの「ベースボール型授業の普及活動」などは行っているが、本拠地球場以外のエリアへ向けた特別なキャンペーンは行っていない。そもそもそれをするだけの「原資」がないのだ。

NPBの2021年度(2022年9月30日決算)の「正味財産増減計算書」によると、NPBの経常収益は53.8億円。主たる収益は日本シリーズ、オールスター戦、さらに侍ジャパン関係などの事業収益と、NPB12球団から入る年会費(1球団年間1000万円)だ。(NPB公式サイトより)

売り上げ50億円余りは150億~300億円とされるNPB球団単体よりもはるかに少ない。

これに対し、Jリーグの2022年度(2022年12月31日決算)の「正味財産増減計算書」を見ると、Jリーグの経常収益はNPBの約6倍の320.3億円。

■「KICK OFF!」を作った原資

収益で目立つのは公衆送信権料収益の194億円だ。これは一般には「放映権料」と呼ばれる。このほぼすべてがスポーツ専門のビデオ・オン・デマンド・サービス「DAZN」からのものだ。

2016年7月、Jリーグは「DAZN」と2017年から10年間で約2100億円の放映権契約を締結。その後、新型コロナウイルス感染症の拡大による試合の一時中断を受け、2017年~2028年で約2239億円の放映権契約に見直しを行った。さらに、今年3月にも、契約を一部見直し、2023年から2033年までの11年間で約2,395億円という契約を締結した。

194億円の放映権料は、ほぼ「DAZN」からの分割払いなのだ。

Jリーグはこの収益などを原資として、Jクラブチームに対して総額152億7300万円もの配分金を配っている。また「KICK OFF!」の制作、放映など普及活動も展開している。

コロナ禍で試合開催もままならない中、経済基盤が弱いJ3クラブは困窮した。Jリーグからの配分金で命脈を保ったクラブもあったと聞く。

それだけではない。Jリーグは日本サッカー協会(JFA)と連携して「JFA/Jリーグ協働事業(JFA/J.League Cooperative Development Programme)」という次世代選手育成事業も行っている。

筆者はたまたま2016年8月の終わりに東京都立大学の理事長室で、Jリーグ生みの親の川淵三郎氏にインタビューした。

川淵氏はJリーグが「DAZN」と契約したことに触れて「彼らは本当によくやったね。日本サッカー界はこれからいろんなことができる」と言った。

■JリーグとNPBの運営の最大の違い

野球ファンならよく知っているように、NPBの試合も「DAZN」で放映されている。しかしJリーグと異なり、NPBの場合、契約しているのは個別の球団だ。

「DAZN」はJリーグ同様、NPBとも一括契約を目指したが、特にセ・リーグの足並みが乱れた。

親会社がメディア企業の巨人、中日、そして地元放送局と関係が深い広島、阪神が当初、難色を示した。紆余(うよ)曲折を経て今では広島を除く11球団の主催全試合が視聴可能だが、JリーグのようにJ1、J2、J3リーグの全試合パッケージにはなっていない。

DAZNサイドとしてはJリーグのようにプロ野球で「いつでもどこでも好きなチームの試合を応援できます」と言えないのは商品的に大きな問題があるのだ。

またNPBの場合「DAZN」の放映権料は球団に入っている。球団は自分たちの経営の原資にはするが、球界全体のことを考えたりはしない。このあたりがJリーグとNPBの運営の最大の違いだと言えよう。

■メジャーリーグとJリーグの共通点

実は、こうした契約形態の違いは、さらに大きな格差にもつながっている。個別の球団、クラブが放送メディアやスポンサーと契約する場合、契約は短期間で少額になる傾向がある。球団やクラブは単体では「中小企業」であり、テレビ局や大企業との力関係では弱くなる。また、供与できるサービスやコンテンツも限定的だ。

しかしJリーグ全体やNPB機構となると事業規模も大きくなるし、提供できるサービス、コンテンツもはるかに大きくなる。だから契約も長期間で大型になるのだ。一事で言えば「スケールメリット」があると言えよう。

アメリカのMLBでは、全国規模の放映権料や、ライセンス契約など30球団がまとまったほうがいいビッグビジネスは、MLB機構が包括的な契約をメディアや企業と結んでいる。コロナ禍でもMLBはApple TV+と年間8500万ドル(約99億円)の新たな放映権契約を結んでいる。当時で、配信契約からの収入は、年間19億5500万ドル(約2268億円)だ。

その一方で球団は入場料収入や物販などローカルビジネスに徹している。

この分業が確立しているから、MLB機構は巨大な経済力を背景にエクスパンション(拡張)を行ったり、経営不振に陥った球団を救済したり、海外のプロリーグに出資して国際戦略を展開するなど、MLB全体の繁栄のために大きな力を振るうことができる。今回のWBCもMLB機構とMLB選手会が共同出資した企業が主催者だった。

しかしNPB機構は、財力がないために機構が主導して将来構想を描くことができない。

■「プロ野球を反面教師にした」

1993年のJリーグ開幕当時、有名な「川淵三郎・渡邉恒雄論争」が起こった。Jリーグの理念に基づき、地域密着のクラブを全国に展開しようとする川淵三郎氏に対し、ヴェルディ川崎オーナーの渡邉恒雄氏はクラブ名に親会社の企業名を冠するとともに放映権をクラブに帰属させるように主張した。

要するにJリーグを「プロ野球型」のビジネスモデルに変えるように主張したのだ。しかし川淵氏はそれを峻拒(しゅんきょ)。渡邉恒雄氏に「独裁者」と呼ばれる騒ぎになる。

バットと小さなサッカーボール
写真=iStock.com/marcoventuriniautieri
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/marcoventuriniautieri

以後、Jリーグはプロ野球とは異なるビジネスモデルで発展し、現在に至っている。

前述した川淵三郎氏のインタビューで、川淵氏は「Jリーグを作るにあたっては、先行するプロ野球の仕組みを参考にさせていただいた。でも中には“反面教師”にしたものもある」と話した。それは恐らく放映権を中心としたビジネスモデルのことを指しているのだろう。

川淵氏が「今はナベツネさんとは仲がいいんだよ」と言ったのが印象的だった。勝負はついたということか。

■プロ野球界の未来は暗い

野球、サッカーなどのプロスポーツは、少子化、高齢化、テレビメディアの衰退、DXの進展など市場やメディアの変化の中で、事業戦略、マーケティングの変革に直面している。

この問題は1球団、クラブの努力で何とかなるものではない。プロ野球、サッカーを統括する機構、さらには野球界、サッカー界が総意をまとめ上げて動くべき大きな課題だ。

さまざまな団体が乱立し、経済的にも脆弱(ぜいじゃく)な基盤しか持たない野球界は、野球人口、競技人口の減少に直面して、大同団結すべき時を迎えるはずだ。

すでに新潟県などでは少年野球から大学野球、社会人までもが話し合う協議会ができている。独立リーグもここに参画することがあるが、野球の未来をともに考える「野球の仲間」としての連帯が必ず必要になるだろう。

2026年の次のWBCまでに、本当の意味の「オールジャパン」が誕生してほしいと願わずにはいられない。

※編集部註:初出時、タイトルを「利益額」としていましたが、正しくは「収益額」でした。訂正します。(5月19日16時00分追記)

----------

広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

----------

(スポーツライター 広尾 晃)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください